アルカナ・ナラティブ/第15話/07

「トランプは、これを使いましょう」
 有馬が手に取ったのは、教室の後ろに置いてあった備品だった。
 うちのクラスはダウトを元にしたゲームを主催するのだ。そこで使うトランプをさしあたって5組ほど買ってあったのだ。
 新品のトランプの封を切る有馬。
「わかるとは思うけど、封切したばかりだからイカサマはしようがない。周防さんも確認してみて」
 有馬は鮮やかな手際で、トランプを扇状にオープンさせる。
 俺も確認したが、すべての札がきちんと揃っており細工された形跡はない。
「ジョーカーはナシで行きましょう。カード交換は最高でも一回だけ。では、言い出しっぺの私がディーラーを務めましょう」
 二枚のジョーカーを束の中から取り除くと、有馬はカードをシャッフルしはじめる。
 一体どこで覚えたのか不思議なくらい、手際よいシャッフルを数回繰り返す。
 そのうえで、有馬は上から連続で五枚のカードを自分の手札に。次の五枚を氷華梨の手札に。
 見ていてきな臭い部分がないわけではない。
 とはいえ、止めるべきか判断しがたい。
 このままゲームを中断して有馬の魔法が発動するリスクもありうる。
 ここは氷華梨を信じて待つしかない。
 対面して座る氷華梨と有馬。
 俺は氷華梨側のカードなら確認できた。
 氷華梨の手札は、すべてクラブだった。しかも数字が4、5、6、7、8と連続していた。
 一回もカードを交換していない状態で、綺麗に役ができていた。
 ストレートフラッシュ。二番目に強い役だ。おいおい氷華梨、お前は豪運の持ち主なのか?
「周防さん、カードを交換するなら言ってね?」
 有馬は楽しそうに言う。氷華梨の役を知ったらどんな顔をするだろうか。
「いいえ、大丈夫。私はこのままで勝負する」
「あら、超強気な発言! なら私も交換しなーい!」
 舐め腐った態度で、有馬は自身の手札をオープンした。
「え?」
 氷華梨の顔から血の気が失せていく。
 それもそのはず。
 有馬の役もストレートフラッシュだったのだ。
 絵柄は氷華梨と同じくクラブだったが、数字は9、10、J、Q、K。
 ポーカーは同じ役なら数字が上の方が強い。
 つまり、この勝負は有馬の勝ち……。
 待て待て、どうして二人して交換がなかったのに、二人してこんな強い役が出てくる。
 十中八九イカサマだ。
「有馬、お前どんなズルをした?」
 彼女を問い詰める俺。
「さあ、何かしたのかしら。というか仮に私が何かしたというなら、中身を説明するのはそちらの義務では?」
 有馬のふてぶてしさには呆れを超えて、ある種の尊敬すら覚える。
「はーい、説明できないならこれは私の大勝利!」
 有馬は高々と勝利宣言した。
 果てしなく腑に落ちない。
 とはいえ、氷華梨が負けた場合の詳しいペナルティの取り決めはない。
 結局として、この勝負の目的も不明なままだ。
「お前の狙いを話してくれ。正直、付き合いきれない」
「だったら翔馬、これからする質問に全部『いいえ』で答えてみて」
 有馬の言葉に、俺は血が凍る思いだった。
「はい、質問開始。あなたは詐欺で捕まったことがある。どうかしら?」
「いいえ」
 真実ではないが、有馬の指示に従い答える。
 というか、これと似たシチュエーションを俺は知っている。
「あなたは電車通学をしている」
「いいえ」
 こんな嘘発見器みたいことをするなんて、まるで……。
「あなたは周防さんが大好き。さあこれは?」
「いくらなんでも、それは『いいえ』と言えないな」
 まるで、氷華梨の魔法でも悪用しているみたいな有馬。
 一方で氷華梨は呆然としていた。
「翔馬が嘘を言ってるのか……わからない」
 パニック寸前の氷華梨。
 次に彼女が行ったのは彼女自身の左手首の確認だった。
 そこにはかつてのリストカット跡と、【女教皇】の証である【II】の呪印。
 しかし、本来は紫色だったはずの呪印は灰色に変化していた。
 まるで力尽きたような、枯れた色だった。
「なるほど、氷華梨さんの呪印は手首にあったのね!」
 高笑いしながら、有馬は自らの左手首を凝視。
 俺と氷華梨も覗き込む。
 彼女の手首には紫色の【II】の文字があった。
「お前……氷華梨に何をした!」
 半狂乱で俺は有馬の手首を掴む。
「言ったじゃない、私の魔法は略奪だって」
 俺に手首を掴まれた状態で、有馬はたじろぎもしない。
「まさか……」
 とある可能性に至りながら、俺は確信を持てずにいた。
 そんな俺を嘲笑いながら有馬は言う。
「私の魔法はね、『賭けに勝った相手の魔法を奪う』ことができるの。中々に強力な魔法だと自負しているわ」
 冗談はやめてくれ。
 魔法を奪うなんてアリかよ。
 でも、今の状況を説明するとしたら一番筋が通る説明でもある。
 しかも、魔法が奪えるなら魔法研究部の部室で俺の正気を奪った力の正体も予測が立つ。
 俺はあの力を、まるで【正義】こと名壁の魔法みたいだと思った。
 実際は『まるで』なんかじゃない。
 本当に名壁の魔法【コンヴィクト】だったのだ。
 どんな経緯があったかは知らないが、有馬は名壁からも魔法を奪ったに違いない。
 そこまで考えが及んで、急いで有馬の手首を離す。
 強引に有馬を物理的に拘束すると【コンヴィクト】で無茶苦茶な断罪をされかねない。
「いい判断ね。これ以上の付きまといは断罪に値する罪と判断していたわ」
 鼻歌交じりに手首をさする有馬。
「さて、二人に質問。周防さんの力はやっぱり『相手の嘘がわかる』で確定よね」
「それは……そんなことはない!」
 有馬の悪用を防ぐためだろう。氷華梨は精一杯の虚偽の否定をしてみせる。
「なるほど、あなたの言い分がはっきりと嘘だとわかる! 素晴らしいわ!」
「そんな……」
 氷華梨は力尽きたように、椅子に座ったまま頭を抱えていた。
「こんな便利な魔法が世の中にあったなんて! ああ、そういえば周防さんは教室で『ダウト』とか言ってたわね。そうかそうか、あれは嘘だと看破したら使う言葉だったわけね」
「だったら何?」
 少しだけ頭を上げて、有馬を見やる氷華梨。
「べーつーにー。だったら私も使ってみようかなって思ったのよ。ではでは、奪うものも奪ったし私は帰るわね」
 有馬は立ち上がり、軽やかに手を振って教室を去る。
 俺は、彼女を捕えることができない。
【コンヴィクト】による理不尽な断罪に警戒してのことだ
「クソッ!」
 自分のふがいなさに腹を立てて、教室の机を蹴り倒す。
「翔馬……」
 氷華梨は不安げに俺を見つめてくる。
 彼女の眼差しに、俺は自分を恥じた。
 ここで激昂しても問題は解決しない。俺がすべきは今後の対策を考えることだ。
「と、とりあえず私は制服に着替えるね」
「そうだな。俺は廊下に出てるよ。何かあったらすぐに呼んでくれ」
 俺は教室を一旦出ようとした。
 けれど、そんな俺の腕を氷華梨は掴んでくる。
「ごめん、やっぱり、教室にいて」
「いいけど、それじゃお前はどうやって着替えるんだよ」
「えっと……じゃあ後ろ向いてて。その間にぱぱっと着替えるから」
 大胆な依頼だが、俺はたしなめることができない。
 今が氷華梨にとって一番不安なとき。近くにいてやるのが一番いい。
 背後からは布が擦れる音がして振り向きたい衝動に駆られるが我慢する。
「すごく今更な質問かもだけど、嘘がわかるってどんな気持ちだったんだ?」
 窃視への欲動を誤魔化すべく、氷華梨と雑談を交わす。
「正直、気持ちのいいものじゃなかったかな。うちのクラスの人はそれほどでもないけど、世の中には酷い嘘を言う人っていっぱいいるから」
「お前、ずっとそんなのに耐えてきたのか」
「最近では慣れてきたけどね」
「嫌な慣れもあったもんだな。とはいえ、【イラディエイト】も完璧な魔法ってわけでもないだろう?」
「うん。知ってると思うけど、あれは相手が『リアルタイム』で『故意』に『事実と異なること』を『喋った』場合に発動するの。この四つの条件が一つでも整わないと嘘だとはわからない」
「例えば、テレビの生放送で出演者が嘘を言ってたらどうなるんだ?」
「嘘だと見破れるよ」
「お前が国会中継とか見たら、会議場の半数以上が牢獄送りになりそうだな」
「もっとも、私が嘘だとわかってもそれを信じてもらう手段がないけどね」
 一介の女子高生が『私は嘘がわかるんです!』と喚いても普通は信じない。下手をすれば、心のお医者さんを紹介されかねない。
「お前の魔法、どうやったら取り戻せるんだろう」
 奪われたら奪い返すのが人生の基本ルール。有馬にはきっちりと返還してもらう必要がある。
「私は……実はどっちでもいいって言ったら、翔馬は怒る?」
 回りくどい言い方だ。
「つまりお前は泣き寝入りするつもりかよ?」
 不愉快さで俺の胸が煮えくり返る。
「違うよ。ただ考えてもみてよ。アルカナ使いの魔法って、基本的には厄介事でしょ? 私は、魔法が使えなくなるなら、それはそれでいいの」
 彼女の意見は染み入るほどによくわかった。
「そういや俺も、自分の魔法に誇りを持ってるわけじゃないな。むしろ、邪魔なぐらいだ」
「でしょ? ズルい考え方かもだけど、有馬さんに魔法を押し付けちゃうのもありだと思うんだ。私は魔法【イラディエイト】が嫌いで、有馬さんは逆に欲しがってる。これって、最高のことだと思うの」
 言われてみれば、これほどのウィン・ウィン関係もない。
「怖いのは、有馬が【イラディエイト】をどう使うかだけどな。あの魔法、悪用しようと思えば際限がない気がする」
「そうだね。しかも、彼女は名壁の【コンヴィクト】まで持っている」
「最終的に、すべての魔法を吸収して究極存在になっちゃったりして」
「少年漫画だと、手に入れた力に飲み込まれちゃうパターンだね」
 氷華梨は皮肉を効かせてみせたので、俺は笑ってしまった。
「実は魔法を取り込みすぎて、あげく破裂しちゃったり……流石にこれはシャレにならんか」
「うん、いくらなんでもそれはちょっとね。――さて翔馬、もう着替え終わったよ」
 氷華梨が言うので、俺は振り返る。
 制服を折り目正しく着こなした氷華梨の姿。普段から教室で見ているはずなのに、うっすらと違う印象を受けた。
 今の氷華梨は魔法なんて意味不明な力を有さない、本当に、ただの少女だ。
 極端に言えば、騙そうと思えばいくらでも騙せる無防備な存在。
 ゴクリ、と唾を飲み込む。
 いくらでも、無制限に俺の言葉を信じてもらえる。
 俺はこれから先、悪魔の囁きに誑かされても自分の力で堪えなくてはならないのだ。だって氷華梨は俺の嘘を見破ってくれないのだから。
「どうしたの?」
 あどけない表情で首を傾げる氷華梨。
 なのに、俺は悪魔の誘惑に屈服する。俺はこれまで口にするのが恐ろしかった言葉をうっかりと吐き出してしまった。
「氷華梨、俺は絶対にお前を不幸にしない」
 いきなりの宣言に氷華梨は目を丸くしていた。
「え、あ、うん、嬉しい……けど、いきなりどうしたの?」
 魔法が使えない少女は、当然『ダウト』と言ってこない。
 ああ、やっと言えた。心に一ミリの隙があれば、途端に嘘と判断されかねない宣言を。
「俺はどんな困難があっても、お前と共に生きることを誓う。必要なら、お前の親御さんに頭を下げることだってしてやる」
 魔法が使える氷華梨相手なら、こんな台詞は絶対に言えない。意識の上では本音でも、もし自分の無意識が嘘をついていたら氷華梨を傷つけてしまう。
 でも、大丈夫。
 今の氷華梨はただの女の子。
 俺本人すら嘘か本当かわからない言葉でも、とりあえずは聞き入れるしかない。
「そっか……、私は翔馬を信じる。だから、そんなに怯えなくてもいいんだよ」
 震える俺に手を差し伸べてくる少女に、俺は情けなくも甘えてみることにした。

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