アルカナ・ナラティブ/第15話/08

 有馬の魔法についてアルカナ使いの間で情報共有をする必要がある。これ以上、有馬の被害者を増やすのを防ぐためだ。
『賭けに勝った相手の魔法を奪う』――短い言葉で説明可能であっても荒唐無稽すぎる。
 有馬の魔法に氷華梨の魔法が奪われた説明をメールで伝えるのは案外難しい。
 単純に事実だけを伝えても相手がそのままの意味で解釈してくれるとは思えない。
 なので要点だけ伝えて、最終的に実際に会って話すしかない。
 すでに下校時刻は過ぎている。詳しい事情を聞きたい人間には学校付近にある公園に集合してもらうことにしてある。
 そうしたらまあ、これまで出会ったアルカナ使いがわんさかと押しかけた。
 一人ずつ名前を挙げるのは煩雑だ。名壁と有馬以外の【I・魔術師】から【XIV・塔】までのアルカナ使いが大集合。あとは、有識者として水橋先輩も参加している。
「魔法を奪う魔法って、ずいぶんと毛色の違うアルカナ使いも現れたものだな」
 天野先輩が言うが、いつもの余裕はない。顎に手を当てて考え込んでいた。
 辺りはすっかりと暗くなっており、公園を照らすのは街灯の明かりのみ。
「俺も未だに信じられない。けど、氷華梨が嘘をわからなくなるわ、呪印の色が灰色に変わるわで信じざるをえない」
「ためしに周防さんの呪印がどうなってるか見せてくれない?」
 天野先輩は頼んでくるが、氷華梨はためらっていた。
「どうしても見せないとダメですか? 私の左腕、あの、その……ちょっと……」
「あー、よくわからんけど了解した。大丈夫、オレはメンタルヘルス部の創設者だぜ? 周防さんの手首がどうなってようが怯えたりはしない」
 まあ、そりゃそうだ。そもそも天野先輩の性格的にちゃんとした配慮はできるだろう。
 俺は氷華梨を見て、頷く。
 氷華梨も頷いて、手首にしていたリストバンドを外した。
「うーむ、なるほど。灰色の呪印ってのは初めて見る。経験則だけど、呪印って有彩色だったから」
「もはや呪印評論家っぽくなってきてるな」
 俺が皮肉げに言う。
「メンタルヘルス部自体が、アルカナ使い探しもしてるからね。しかもオレの魔法って呪印を見ないと意味ないし」
「呪印を見たアルカナ使いを成長させる方法がわかる――改めて考えると究極に微妙な効果な魔法だよな、それ」
「否定できないのが辛いところだな。とはいえ、使いどころがほぼないからこれまで力に飲み込まれるでもなく過ごせてきたけどね」
「アルカナ使いの魔法は厄介事の火種だしな」
「そういうことさ」
 天野先輩はいい笑顔をしていた。
「あの……もういいですか?」
 手首を押さえながら聞く氷華梨。
「おっと、こりゃ失礼。もう大丈夫。状況確認は完了だ」
 天野先輩の言葉を受け取ると、氷華梨はおずおずとリストバンドを再装着する。
「んで、こうなった場合ってどうすれば有馬さんを止めればいいんだ?」
 何か知恵を借りるべく、天野先輩のみならずこの場の全メンバーに聞いてみる。
「例えば、俺の【オートマトン】で有馬に命令するってのは?」
 と言ってきたのは【皇帝】のアルカナ使い阿加坂光栄。最初こそ最悪の出会いを果たしたもの、一緒に名壁と戦って以来、比較的友好的に接している。……あくまで比較的だけど。
「有馬が任意で魔法の返還ができるなら有効な手だな。とはいえ、そうでない場合はちょっと話がこじれかねない」
 俺が言うと阿加坂は、
「どうしてだよ?」
「実はあいつ、名壁の【コンヴィクト】も奪ってるみたいなんだ」
「……マジで?」
 名壁の魔法は阿加坂にとって思い出したくない記憶だろう。なにせ、名壁に身勝手な命令をしたばかりに【コンヴィクト】で反逆されたことがある。
「最悪の場合、【コンヴィクト】を使って『自分との賭けにわざと負けなければならない』とかやりかねない」
 もしも有馬が【オートマトン】まで手に入れたら、彼女の凶行を止めるのが更に困難になる。
「ここは魔法に一番明るいであろう専門家の見解を聞きたいわけだが」
 天野先輩が視線を投げた先には、眉間にシワを寄せたイケメンがいた。
 水橋理音先輩である。
 いわく一般的な魔法使いである彼なら、この問題を解決する一手を持っているかもしれない。
「振れば答えが出てくるわけではないんだがな。そうだな……俺が気になったのは、有馬が賭けに負けた場合はどうなるかってことだ」
 水橋の指摘。
 賭けに勝ったら魔法を奪えるとしても、負けた場合のペナルティを彼女は言及していない。
 彼は更に続ける。
「わざわざ賭けの形式をとっている以上、負けた場合のリスクがないのはおかしいと思う」
「そういえば……氷華梨と勝負する前に、有馬は自分が負けたら魔法を使うことはないって宣言していた。だよな?」
 確認のために氷華梨に話を振ってみる。
「確かに言ってた! それは嘘ではなかった」
 氷華梨の言葉に、水橋先輩は確信を得たのか深く頷いた。
「となると、彼女は賭けに負けた場合に手持ちの魔法が使えなくなるんだろうな。それが元の持ち主に返却されるのかは判断に困るが」
「だったら……有馬に賭けで勝つことが問題の解決策ってわけか」
 と――口で言うのは簡単だった。
 現実問題として、賭けに勝てるかは別問題だが。
「嘘がわかる人間に、ギャンブルで勝つのは可能かね?」
 疑問を口にしたのはヒノエ先輩。
 みんなして沈黙するしかない。
「サイコロの出目を当てるみたいな単純な運任せのゲームなら、あるいは……」
 俺は言ってみるが、そんな勝負をしたいとは思わない。
「運の要素を大きくしすぎると、勝つための作戦が練れない。運に身を任せるだけの度胸があれば別だけど」
 天野先輩は渋い顔。他のメンバーも概ね似たようなリアクション。
 ……北出先輩以外は。
「だったら、みんなで一丸となって一人ずつ勝率が半々のギャンブルを仕組んでいったらどうだ?」
「なるほど、単純に運だけのゲームなら有馬もどこかで負けるだろうってアイデアか」
 理屈はわからんではない。仮に勝率が二分の一なら、有馬が十連勝する確率は約〇・一パーセント。
「問題は、そんなリスキーな一手をみんながやりたいかだ。しかも、有馬側がイカサマをしかけてきたら、こっちが大惨敗とかありそうで怖い」
「それだよなあ」
 北出先輩にしては珍しい困った様子。
 これ以上話し合っても、葛藤が深まるだけと判断した俺は締めの言葉を語ることにした。
「しかたない。有馬にどう勝つかは後日考えよう。とりあえず、今は各自有馬の魔法に気をつけるのを徹底してほしい。彼女が勝負をふっかけてきても、不用意に承諾しないこと!」
 問題を拡大させないのも立派な対策だ。
 根本解決にはならないとしても、とりあえずはしょうがない。

   ◆

 翌日から、有馬はフルスロットルだった。
「ダウト。あなたが熊沢なんて興味がないってのは嘘よ」
 昼休みの教室でのこと。クラスメイトの女子との会話の最中、有馬は言った。
 いきなりの宣告に、言われた女子はたじろぐしかない。
「え、何を言っているの?」
 有馬と話していた女子は、ちらちらとクラス男子の熊沢を確認していた。
 彼女たちと近い位置で俺と雑談に興じていた熊沢も、きょとんとしていた。
「おいおい有馬、そいつはどういう意味だ?」
 有馬の言葉を聞き捨てるわけにいかない熊沢。
「そのままの意味よ。この子は熊沢に気があるみたいなの」
【悪魔】の微笑みを浮かべ、先刻嘘を指摘した女子の頭を撫でてみせる有馬。
「あ、有馬さん……そんなことないよ……!」
 目を泳がせながら、女子生徒は反論する。
 しかし、今の有馬には無意味である。
「それも嘘。私の目は誤魔化せないわ」
 躊躇なく有馬は言うが、彼女の観察眼が優れているわけではない。すべて氷華梨から奪った魔法の効果だ。
 じっと、有馬は女子生徒を見据えてみせる。
 まるで獣が獲物を狙うかの形相だった。
「そうよ……私は熊沢のことが好きだった」
 ついに観念したのか、女子の方から告白タイム。
 わお……。
 賑やかな昼休みの教室が、一転してミュート設定したみたいな静けさに陥る。
 突然の告白を受けた熊沢の表情に、悪い意味で深みが増していた。
「早く答えてあげなさいよ、女の子を待たせるなんてサイテーよ」
【悪魔】は人の心を手のひらの上で弄ぶ。
 教室にいた他のメンバーも、好奇の目を熊沢に向けていた。
「え、えっと……俺もずっと前からお前が好きだった」
 とかなんとか。
 熊沢、告白を受領。
 よくわからんがうちのクラスからカップルが誕生……?
「ああ、それもダウト。別に熊沢はずっと前から好きってわけじゃないみたい。コクられたから、とりあえずそれっぽいこと言っておこうってカンジ?」
 手のひらの上で躍らせて、気まぐれに手のひらを返すって人道的に大問題だ。
「違う、俺はそんなことはない……!」
 せっかく訪れたリア充へのステップアップチャンスに熊沢はあくまでしがみつく。
 けれど、【悪魔】は人を踏み潰すのが大好きなようで、
「でも熊沢、他に好きな子いるんじゃないかしら?」
「断じて違う!」
「嘘はいけないわ。もしかして、このクラスの他の子かしら?」
「そんなわけあるか!」
 熊沢は徹底な隠蔽を試みるが意味がない。
「なるほど、その否定も大嘘ならばこのクラスの中にいるわけね。さーて、誰かしら。名簿番号は奇数かしら?」
「……違う」
 首を横に振るが覇気がない。
「うんうん、名簿番号は奇数なわけね」
 という恐怖のやりとりを続けることにより、有馬は熊沢の真の本命を絞り込んでいく。
 じりじりと相手を追い詰める様は、もはや悪魔を超えて魔王である。ゲームならこの辺で勇者登場なんだが現実は厳しい。
「もういい、やめて……!」
 最終的な答えが出る前に、告白した方の女子は半泣きで教室から逃げ出してしまった。
 去っていく女子生徒の背中を眺めながら、有馬は満足げだった。
「あらあら、真実は劇薬ってのは本当みたいね」
 教室で起きた惨状に、俺を含む他の生徒は戦々恐々。
 自らに向けられる畏怖の眼差しに有馬は愉悦を覚えているみたいだった。
 溜まったものじゃないのは巻き込まれた熊沢だ。
「有馬……テメエ、何をした!?」
 顔を真っ赤にさせながら、有馬の襟首を掴んていく。
 女性に暴力はよくないと言っても無駄だろう。熊沢の怒りは正当なものだ。
 けれど、このまま彼を放置はできない。
 有馬が【コンヴィクト】を使ったら、それこそ収集がつかない。
「まあ待て熊沢。ここは冷静になろう。有馬、ちょっとツラ貸してくれ」
 荒ぶる熊沢をなだめ、俺は有馬に言う。
「あら、私ったら何かしたかしら?」
 いけしゃあしゃあと振舞う有馬に、熊沢は「テメエ!」と声を張る。
「すまない熊沢。まずは俺が有馬と話がしたい」
 詳しい事情が説明できるわけではない。
 でも熊沢は、不承不承ながら身を引いてくれた。彼としても、ずばずばと嘘を見抜いてくる有馬を相手にするのは危険と判断したのだろう。
 場所を人気のない学校北庭へと移す。
「さーて、どうしてあんな茶番を演じたのかを話してもらおうか」
 二人きりで話すのは危険であると判断し、氷華梨にも同行してもらった。
「あら、私ったら悪いことでもしたかしら」
 ふてぶてしく知らばっくれてくる有馬に、俺は苛立ちを隠せない。
「ふざけるなよ。人間関係を壊しかねない真似をしてたじゃないか!」
「たかだかガキが色恋沙汰でピーチクパーチクしてるだけじゃないの。そんなのよくあるこであって事件性はないわ」
 一切の迷いなく言い切る。禍々しいのに、凛々しい態度。
「有馬さん……もしかして、好きだった人に裏切られたことでもあるの?」
 氷華梨の質問。脈絡はないが、有馬の目つきが一瞬だけ剣呑な獰猛さを孕んだ。
「へえ、周防さんが冗談を言うなんて珍しい! 真面目なだけが取り柄だと思ってた」
 有馬から圧倒的な殺気を向けられてなお、氷華梨は怯えない。
 ただ、じっと有馬の瞳を見つめていた。
 こえー。今が平成の世でよかった。もしも有馬が帯刀していたら鞘走っていた。俺ごとき小者なんて、開始数秒で切り捨てられている。
「私も信じていた人に裏切られたことあるから。もしかしたら、あのときの私も今の有馬さんみたいだったのかなって」
 臆することなく氷華梨は有馬に踏み込んでいく。
 蛮勇と真の勇気は別物という。氷華梨の眼差しがどちらかは、俺は見極められない。
「ああ、それって中学時代の名壁のことかしら? 噂には聞いてるわ。周防さんの元カレがあいつだって。というか、あんな顔だけのクズと付き合うなんて周防さんは男見る目がなさすぎ」
 えぐるようにズバリと指摘する有馬。氷華梨は退かない。
 それどころか、氷華梨は隣にいた俺の手を握ってくる。
「今は見る目があるよ?」
 そのときの有馬の顔は筆舌に尽くしがたいし、映像化してはいけないレベルだった。
 RPGのラスボスにありがちな演出として、一段階目を倒すとより凶悪な姿に変形するってのがある。
 今の有馬はまさにそんな感じだ。
 第一形態デーモン有馬が、第二形態グレートデーモン有馬へと変化を遂げた。
 ……デーモン有馬って何だ。デーモン小暮閣下の御親戚かな。俺、蝋人形に変えられちゃいますか?
 グレートデーモン有馬にターンを渡すのは賢くない。一撃死効果のある全体攻撃をしてこないとは言い切れない。
「鎮まれ! さぞ名のあるアルカナ使いとお見受けしたが、なぜそのように荒ぶるのか!」
 挙句飛び出した台詞が有名アニメ映画のパロディだ。自分が情けないけど生きねば。

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