アルカナ・ナラティブ/第15話/11

 午後四時。未だ生徒たちの多くは校舎に残っており、廊下からは賑やかな話し声が聞こえる。まもなくすれば吹奏楽部の楽器練習の音律も響いてくるだろう。
 しかし、俺たちの集った空き教室には、痛いまでの緊迫感がみなぎっていた。
「指定した時間通りにお集まりいただき嬉しいわ」
 この時間に、この教室に来るように指示してきたのは有馬だ。彼女は窓を背にして座っていた。背後から差し込む屋外の光を背負う形。まるで自らが神々しい存在であるかのうように演出しているみたいだ。
 これからはじまるゲームの支配者は有馬。嘘がわかるという圧倒的な力を持つ以上、彼女の優位は揺るがない。
「俺たちが逃げるとでも?」
 有馬への挑発の意味も込めて言ってやった。
「正直、本当に来るかはイーブンだと思っていたわ。ちゃんと要求を飲むなんて、翔馬ったらお利口さんね」
「有馬からすればカモネギなんだろうけどな」
「ふふふ、どうかしらねえ。それが嫌なら私に勝てば?」
 簡単に言ってくれる。余裕とは敗北フラグだという不文律を彼女は知らんのかね。
「ゲームに参加するメンバーは、俺が連れてるメンツだ」
 俺が引き連れていたのは氷華梨と天野先輩。人選には迷う部分があったが、六限目に魔法研究部にいた人間でパーティを組むとしたらこれが最適解。
 今回のゴタゴタの当事者である氷華梨と俺が参加するのは当たり前として、問題は残りのプレイヤーだ。
 選択肢はヒノエ先輩か天野先輩と北出先輩。
 迷いまくった挙句、天野先輩から『どんな作戦も百パーセントはありえない。負けた場合も考えるべき』とアドバイスを受けた。
 縁起でもないが、勝負である以上は最悪の場合を考慮するのは大事だ。
 今回の勝負で有馬に負けた場合、没収される魔法が一人分なのか全員分なのか不明瞭。ならば、参加者側全員の魔法が奪われる事態に備える必要がある。
 ヒノエ先輩、天野先輩、北出先輩の中で、魔法が奪われた場合に被害が少ないかが決め手となる。
 もし有馬が今後もギャンブルを続けるならヒノエ先輩の【ハイブロウ】は脅威になる。
 北出先輩の『問題児がわかる』魔法は微妙な効果。だが、有馬が思いもよらぬ問題児を発掘したらたまったものではない。
 となると消去法で天野先輩の【エクステンション】を選ぶしかない。アルカナ使いにしか作用しない魔法なら、一般生徒への被害を最小限に抑えられる。
 ゲームに巻き込まれる天野先輩からしたら堪ったものではないかな、とも思った。ところが彼は二つ返事で了承してくれた。本人曰く、『もし奪われても自分の魔法なら有馬の負担も少ない』とのこと。言われてみれば、天野先輩が自分の魔法に悩んでいるって聞いた覚えがない。
 天野先輩がいい人すぎて心が痛むが、ここは彼の懐の深さに頼るしかない。
「では、ゲーム開始としましょう。早くあなたたちの魔法を私のものにしたわ」
 有馬は恍惚としている。戦う前から勝った気でいるらしい。
 このまま有馬が図に乗っているのは気分が良くない。
「ところで有馬、お前の魔法に名前ってあるの?」
「魔法の……名前?」
「例えばお前が奪った魔法にも個別の呼称がある。名壁のは【コンヴィクト】で、氷華梨のは【イラディエイト】だ」
「あらあら、まるで中学生みたいな発想ね」
「かもな。ああ、でも、有馬の魔法に名前はいらないか」
「……どうしてかしら?」
 俺の言い分に、有馬は首をかしげる。
「これからお前は俺たちに負けて魔法が使えなくなるんだ。使えない魔法に名前なんていらないだろう?」
 明らかな挑発だが、有馬は不快げに目を細める。
「随分と言ってくれるじゃない。いいでしょう、そうねそうね、私はこの魔法をこれからも使い続ける。ならば、手早く名乗る手段も必要よね!」
「必要なら、ヒノエ先輩が愉快なネーミングをしてくれるが?」
 提案してみる。ヒノエ先輩に頼めば、冗談抜きでハイセンスな名前が割り振られることになるのは経験的に明らか。
「結構! 私が決める! 【ジャックポット】――それが、あなたたちの魔法を狩り尽くす最強の魔法よ」
 ギャンブルが絡んだ魔法にぴったりのネーミングだ。
 ジャックポット。つまりは、賭け事における大当たり。
 さらに言えば、強奪(ジャック)するのは相手の賭け金(ポット)という心意気も含まれているのかな?
 さて、軽く緊張を解せたところでゲーム開始といこうか。
「じゃあ、まずはプレイヤーがスキルカードを選ぶ。有馬はこっちを見ないでくれ」
 俺が指示すると【悪魔】は素直に応じる。
 有馬が背を向けたのを確認すると、俺はあらかじめ決めた手筈通りに動き出す。
 有馬にも聞こえるボリュームでメッセージを出す。
 ――俺は【ガーディアン】のカードを取る。
 ――氷華梨は【マジシャン】のカードを持っていてくれ。
 ――天野先輩は打ち合わせ通りのカードを任せた。
 という三つの指示。
 こちらを背にしながら、有馬は呆れていた。
「翔馬は、ついに頭がおかしくなっちゃったのかしら? 嘘か否か確実に判別できる私に、そんな撹乱は無意味よ」
「さて、どうだろうな」
「しらばっくれても無駄! 翔馬の言葉に嘘はない! ならば、少なくても翔馬と周防さんのスキルカードは確定! ゲーム開始と同時に二人のカードを当ててゲームセットよ!」
 当然の帰結。確かに嘘のわかる有馬に誰がどのカードを持っているのか聞かれるのは致命的。
 ただし、有馬には大切な情報が欠落している。
「だったらこっちを見てごらん」
 言ったのは天野先輩。状況に即さないリラックスした声だった。
 一方で振り返った有馬の時間が停止した。
 そりゃそうだ。
「……どうして……どうして周防さんが二人いるの!?」
 正気を疑われかねない発言だが、有馬の反応は正しい。
「これが翔馬の魔法【レンチキュラー】だ。翔馬は自分の姿形を相手に錯覚させられる。変身能力みたいなもんだ」
 天野先輩によるネタばらし。
 有馬の顔が引きつっていた。面白いぐらいに引きつっていた。ケータイカメラで撮影できる余裕がないのが残念だ。
「じゃ、じゃあ、どっちがどのカードを持ってるかわからないじゃない!」
「うん、それわかっちゃったらゲームにならないからねえ。さーて、どっちが本物の翔馬でしょう?」
 暢気に構える天野先輩。
「一応聞いておくけど、どっちかは翔馬なんでしょうね?」
「ご安心を。翔馬と別の誰かが入れ替わったなんてトリックはないよ」
「……私が二人を呼ぶ場合、どう呼べばいいのかしら?」
「それもご安心あれ。有馬さんから見て左側の人が一番さん、真ん中の人が二番さんと呼べばいい。オレのことは天野って名前でも三番さんと呼んでもどっちでもOKさ」
「ふふふ、なるほど! ゲームはこうでなければならないわ! いいでしょう、あなたたちの勝負、乗ってあげましょう!」
 大仰に言うけど有馬の笑顔はぎくしゃくとしていた。動揺を隠しきれていない。
「んじゃまあ、ささっと数字カードを配っちゃってよ」
 天野先輩は未開封のトランプを有馬に手渡す。
 有馬は札の中からジョーカーを覗くと、シャッフルを開始する。
 この瞬間、俺の緊張がピークに達する。
 問題なのは有馬がイカサマをするか否か。
 有馬は二つに分けたカードの束を、それぞれ折り重ねるようにシャッフルしていく。
 俺はその回数をカウント。
 全部で八回。
 シャッフルを終えると有馬はカードを上から天野先輩、真ん中のプレイヤー、残りのプレイヤー、自分自身という順番に配っていく。
 ちなみに本物の氷華梨は真ん中の席に座っている。有馬から見て左にいるのが俺だ。
 有馬がカードを配り終えると、各々手札を確認。
 俺に割り振られたカードはAからKまでがそれぞれ一枚ずつ、計十三枚。
 非常に上手くバラけた配列だ。
 俺は氷華梨と天野先輩にアイコンタクト。
 二人は自身に満ちた顔で頷く。
 つまり、事前の予想通りに手札が配られたのだ。
「……何か悪巧みかしら?」
 俺たちの様子に違和感を抱いたらしく、有馬は聞いてくる。
「さてね。それとも有馬さんにやましいところでもあるのか?」
 天野先輩の問い。
「そんなものないわよ。さあ、ゲームを始めましょう。まずは【悪魔】の私から――Aよ」
 表情一つ変えずに有馬は卓上に数字カードを一枚出す。
 けれど、彼女のイカサマはこの場の誰もが知っていた。
 パーフェクトシャッフルを八回繰り返すと、五十二枚のトランプは元の並びに戻る。そんな器用な真似が可能なのは俺の味方サイドにはいない。
 でも、敵サイドにはいると俺は気づいていた。
 誰あろう有馬本人である。
 氷華梨から魔法を奪ったポーカー対決を思い返せば簡単な理屈だ。
 あのときは両者ともカード交換なしで、綺麗に揃った役になっていた。なんのことはない、有馬が八回のパーフェクトシャッフルをしただけなのだ。
 もしも有馬が八回のパーフェクトシャッフルができるなら、この勝負でも仕掛けてくると踏んでいた。
 四人でダウトをする場合、ジョーカーを使わないとしたらターンごとに出すべきカードは以下の通り。

 1ターン目【1人目:A】【2人目:2】【3人目:3】【4人目:4】
 2ターン目【1人目:5】【2人目:6】【3人目:7】【4人目:8】
 3ターン目【1人目:9】【2人目:10】【3人目:J】【4人目:Q】
 4ターン目【1人目:K】【2人目:A】【3人目:2】【4人目:3】
 5ターン目【1人目:4】【2人目:5】【3人目:6】【4人目:7】
 6ターン目【1人目:8】【2人目:9】【3人目:10】【4人目:J】
 7ターン目【1人目:Q】【2人目:K】【3人目:A】【4人目:2】
 8ターン目【1人目:3】【2人目:4】【3人目:5】【4人目:6】
 9ターン目【1人目:7】【2人目:8】【3人目:9】【4人目:10】
 10ターン目【1人目:J】【2人目:Q】【3人目:K】【4人目:A】
 11ターン目【1人目:2】【2人目:3】【3人目:4】【4人目:5】
 12ターン目【1人目:6】【2人目:7】【3人目:8】【4人目:9】
 13ターン目【1人目:10】【2人目:J】【3人目:Q】【4人目:K】

 ここでは1ターン目の1人目をAとしたが、数字がずれてもその分他のカードが同じようにずれる。
 注目すべきは各人が上がりまで出すべきカードだ。一度の嘘もつかずにストレートで上がろうとすれば、AからKをそれぞれ一枚ずつ出すことになる。
 四人でゲームをするなら初期配置のトランプを素直に分配するだけでこれを実現できる。このように割り振れば、必然的に一番目にカードを出す人間は嘘をつかないで最初に上がれるのだ。
 このゲームではルール上【悪魔】が一番手を務める。嘘がわかる有馬であっても、自分の嘘がバレない確証などない。自分にAからKまでカードを一枚ずつ配っておけば勝ちをより磐石にできる。
 案の定、11ターン目までは何も起こらない地味な試合運びだった。
 12ターン目。1人目の有馬が6のカードを切る。彼女は残り一枚。俺たちがアクションを起こさなければ、このまま13ターン目で有馬の勝利。
 だけど、ここまで知っていれば対策を立てられないわけがない。
 2人目の俺が7、3人目の氷華梨が8を嘘をつかずに出す。
「あらあら、このままでは私のダウト宣告はないかもしれないわね。せっかくの周防さんの魔法が無用の長物になるわ」
 余裕ぶった有馬。
 残念、それは単なる慢心だよ。
「ならばオレが打って出よう。スキルカードを使用する!」
 天野先輩は気取った調子で指を打ち鳴らす。
 卓上に現れたのは【アタッカー】のカード。
 有馬の顔が途端に厳しいものになる。
「このカードは三連続でカードを出せるんだよな。さあ、行くぜ。――一枚目は9だ」
 天野先輩は数字カードを切るが、有馬はダウトとは言えない。
 天野先輩はそれを見届けると続ける。
「次のカードは10だ」
 ここで苦々しそうに有馬は、
「ダウト!」
 宣告。
 確認すると、天野先輩にとって最後の一枚となるKのカードが出されていた。
 ルールに従い彼は卓上すべてのカードをごっそりと引き受けるハメになる。
 構わず彼は三枚目のJを出す。当然、今しがた大量に引き受けたカードの中にはJがあった。有馬がダウト宣告しないからには素直にJを出したのだろう。
 そして訪れる13ターン目、有馬の番。卓上に出すべきカードは【アタッカー】の連続行動によりずれ込む。有馬は10のカードを持っているはずだが、出すべきはQとなる。
 ギリギリと歯ぎしりをさせる有馬。
 一泡吹かせてやったぜ。あとは俺か氷華梨が残りの一枚を出し切れば【悪魔】を打ち倒せる。

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