アルカナ・ナラティブ/第15話/12

「油断したわ……あなたたち、最初からこうなることを予想していたのね?」
 ここにきて、ようやく有馬は自らのイカサマが逆利用さていることに気づく。
「はてさて、どういう理屈で事前にこの局面を知ることができるんだろうね。まさか、そちらがズルをして配るカードを操作したわけでもないよな?」
 天野先輩は澄ました顔で知らばっくれる。
 自らの不正を明かすわけにもいかない有馬は泣き寝入りするしかない。
「この状況で素直に残りのカードを出すのは間違いよね」
「だろうね。もしも翔馬か周防さんが最後の一枚を強引に出せるスキルカードを持っていたら有馬さんは敗北だ。もっとも、便利カードを持っていないかもしれない。その判断は君がすることだ」
 現状で最も数字カードを抱え込んでいる天野先輩が、一番ゆったりと構えているのも滑稽な話だ。
 俺としては、有馬に状況をひっくり返されないか怖くてしかたない。
 横目でちらりと氷華梨を確認。彼女も厳しい顔つきをしていた。
「いいでしょう。ならば私は【悪魔】として、残り二人のスキルカードを暴くとしましょう! 私の魔法の力をもって、この勝負に決着をつける!」
 有馬は格好良く言い切るけど、その魔法って元々は他人から盗んだものだけどね。
「よかろう。オレもしっかりと有馬さんの試合運びを見届けよう。君の目の前にいる二人、どちらが翔馬でどちらが周防さんかな?」
 楽しそうに語る天野先輩。この人も割合にクレイジーだな。改めて思うけど味方でいてくれて本当に助かる。
「馬鹿正直に質問を繰り出しても、二人は答えないのでしょうね」
「それは、ね。嘘がわかる相手にむざむざと反応をする義理もない」
 天野先輩の言葉を聞きながら、有馬は至近距離で俺と氷華梨を凝視する。
【レンチキュラー】は物理的に誰かに化ける魔法ではない。あくまで自分の姿を誤認させる力だ。有馬の認識が歪んでいる以上、見た目からでは判断しようがないはず。
 それでも鬼気迫る表情で睨まれるのは良い気分ではない。
「ははは、まったくわからないわね」
 一旦俺たちから顔を遠ざける有馬。
「降参かい? というか有馬さんの魔法って、自分か相手の心が折れた時点で決着するとかないの?」
「ないわよ。何よそのシステム」
「おやおや、今日日の女子高生は名作漫画であっても知らないかね」
 とか天野先輩。
 バービー君……いや、オービー君……違う。とにかく根っからの博奕打ちの話だよね、それ。
 ツッコミ入れたいけど、それは化けている氷華梨のキャラじゃないから控えよう。
 というか天野先輩のアルカナって司祭(ハイエロフォント)だったな。天野篝火の「魂」も賭けよう。……なんちゃって。
「しょうがないわね。少々力技だけれど、魔法を使うとしましょう!」
「嘘を見抜く魔法が機能しないから困っているのに、魔法を使うとはこれいかに?」
 天野先輩の問いに有馬の歪んだ笑顔。
「ははは、違う違う! 私は断罪したいのよ! ねえ周防さん、私は名壁の魔法【コンヴィクト】も使えるの知ってるわよね?」
 その瞬間、氷華梨がこわばる。
 有馬はその変化を見逃さず、本物の氷華梨に対して続けてみせる。
「中学時代にあのゴミ男と周防さんが交際しているって聞いたけど?」
 有馬は心底楽しそうだ。
「だから、何?」
 最低限の言葉で返していく氷華梨。
「周防さんは、名壁に対して一欠片の罪もなく過ごしていたのかしら?」
 這いよる有馬の悪意に、横で聞いている俺の心臓が破れそうだった。
 氷華梨には震えなんてない。
 しかし、有馬は氷華梨の目の前に手をかざす。
「さあ、断罪の時間と行きましょう! 周防氷華梨、あなたは――」
 有馬がそこまで言った瞬間。
 俺の頭が沸騰して、有馬の腕を鷲掴みにしていた。
「やめろ……!」
 氷華梨に何かの罪があるとは思えない。
 でも、陰湿な名壁の魔法が相手では不安をぬぐい切ることができない。どんなイチャモン裁判をされるかわかったものではない。
「あーら、勇ましいこと! こっちが翔馬ってわけね!」
 ゲラゲラと下品に笑い散らす有馬。
 韜晦してもしょうがないので、俺は魔法を解除した。
「随分と高尚なご趣味の持ち主だな、お前」
 皮肉の一つでも言わなくては我慢ならない。
「ええ、私って本当はお上品ですの。さて、どっちが翔馬かわかったところで、スキルカードを暴くとしましょうか!」
 カッと目を見開き、俺と対峙する有馬。
「翔馬……」
 怯え声の氷華梨に、俺は一番いい笑顔を返してやる。
「すまない氷華梨。うかつに手出ししたのは俺の責任だ。本当なら、もっとお前を信じるべきだった」
「なにそれ、まるで私が悪人みたいじゃない! ……なんてね。いいでしょう、あなたたちを踏み潰すためなら私は【悪魔】になりましょう!」
「じゃあ【悪魔】さんよ、時間が惜しいからさっさとスキルカード暴けよ」
 もう俺としては笑うしかない。
「私が背を向けているときに聞こえた声は、翔馬が【ガーディアン】で周防さんが【マジシャン】と言っていた」
「それで?」
 俺は一歩も退かない。
 有馬はまだ確認作業をしているにすぎない。
 というか、内心ではほくそ笑んでいた。
 さあ有馬。俺が【ガーディアン】と言ってみろ。氷華梨が【マジシャン】と高笑いしろ。
 そんなのはトラップだ。
 実のところ、俺が【ガーディアン】なわけでもなく、氷華梨が【マジシャン】なわけでもない。
 俺が魔法で氷華梨に化けていたのはミスリードに過ぎない。
 俺が化けることで、本来『スキルカード選びでの意見は真実か?』という問題が、有馬の中では『どちらが本物の氷華梨か?』という問題にすげ変わっているはず。
 ところが有馬は予想に反して、冷え切った表情。
 さらに言うのだ。
「ところで、私、昨日テレビを見ていて不思議たったのよ」
「何がだ?」
「テレビってさ、盛ったであろうコテコテのトークするじゃない? あれ見てて、私はちっとも嘘だと感知できなかったの」
 有馬の指摘に、俺は声を失う。
 微妙な表情の変化を見極めたのか、有馬は朗々と続ける。
「でね、思ったの。周防さんの魔法って、録音した音声に対しても機能するのかなって。さて、どっちかしら?」
 俺は答えられない。
 なんのことはない。実は有馬が背を向けていたときの会話は、魔法研究部の備品のボイスレコーダーに吹き込んだ音声だったのだ。
 有馬の指摘通り氷華梨の魔法は録音したものまでは嘘だと見抜けない。
「だから翔馬に改めて質問。あなたは【ガーディアン】かしら? いいえ、聞き方が悪いわね。翔馬こそ【マジシャン】よね?」
 俺は言葉に詰まったが、それが答えとなった。
 有馬は声高に言う。
「スキルカード宣告! 瀬田翔馬は【マジシャン】である!」
 彼女は鼻歌交じりに俺のスキルカードをオープンする。暴かれたカードは確かに【マジシャン】だった。
「んー、私ったら素晴らしい!」
 上機嫌な有馬。一方で俺は追い詰められていた。
「なぜ俺のあの音声が録音だと思った?」
「思い返してみれば声に違和感があったわ。生のぬくもりがないというか、どこかぎこちないというか。言ってみれば女の勘かしらね」
 グウの音も出ない。
「そんな……」
 俺以上に氷華梨が落胆していた。
 有馬を騙すためにボイスレコーダーを使おうと提案したのは氷華梨だったのだ。氷華梨の性格的に引きずらないわけがない。
「安心しろ、氷華梨。まだゲームに負けたわけじゃない」
 俺は氷華梨を励ましてみせる。内心は敗北への焦りが募っているが、そんなものを彼女に見るわけにもいかない。
「あらら、お熱いわね。叩き潰したくなるほどお熱いこと!」
 妖魔となった有馬がこちらを睨めつける。
「そいつは聞けない相談だ。氷華梨を守るのが俺の務めでね」
「ハッ! 行動不能になったプレイヤーが騎士道を振りかざしてもダサいだけたっての!」
 一笑に伏す有馬。彼女の言い分も一理ある。
「んで【悪魔】さんよ、お前の次の行動は? もしも氷華梨が【ガーディアン】のカードなら、それはそれでプレイヤー側の勝利だ」
 厳然たる事実を語る。
 ボイスレコーダーのトリックは見破られたが、まだ十分に逆転勝ちは狙える。
「ええ、そうでしょうね。周防さんのスキルカードも見破れば、プレイヤー側二人が行動不能。ルール上、その時点で私の勝ちは確定する」
 有馬はぬらりとした蛇の眼差しで氷華梨を捕捉する。
「となれば、問題は氷華梨のスキルカードが【ガーディアン】か否かだ。どうなんだよ、【悪魔】?」
 瀬戸際の化かし合い。泥沼化は避けたかったので、有馬がボイスレコーダーに騙されていてほしかった。
 まあ、たらればの話をしてもしょうがない。
「ここは周防さんに直接聞いてみるのが一番でしょうね。どうかしら、あなたのカードは【ガーディアン】かしら?」
 気持ち悪いくらい朗らかな有馬。
 氷華梨は完全に萎縮していた。
 もしも何か言葉を紡ごうものなら、相手にヒントを与えかねない。
 元より嘘が苦手な氷華梨だ。針のむしろに立たされるような思いだろう。
「翔馬……」
 視線を俺に滑らせてくる。
「安心しろ。ここでどうなっても俺はお前を責めたりしない」
 俺はなおも余裕を崩さない。完全に虚勢だが、ここで踏ん張れないなら、氷華梨のパートナーを務める資格など俺にはない。
 有馬は馬鹿にしたけど、こういうのも騎士道精神に入るのかな?
 しかし【悪魔】ってのは人間の人間らしい振る舞いが気に食わない種族らしい。
 歯ぎしりをさせながら罵声を浴びせてくる。
「ダーウートー! まさか周防さんは翔馬の言葉を信じるわけじゃないわよね?」
「え?」
 うかつにも氷華梨は【悪魔】の言葉に耳を傾ける。
「だってそうでしょう? もしもゲームに負けたら悔しいものよ。なのに負けても周防さんを責めないってのはありえない。つーまーりー、翔馬は周防さんを騙している!」
 有馬は、まるでそれが真実かのようにまくし立てる。
 実際には髪の毛ほども氷華梨への叱責の予定はない。
 つまり有馬が言う『ダウト』という言葉こそが嘘なのだ。
「往生際が悪いぞ、有馬」
 傍から見ていて愉快ではない。たしなめる意味を込めて言ってやった。
「あら、もしかして翔馬は自分の偽りの愛が剥がれかけて焦ってる?」
 なおも有馬は氷華梨の心を揺さぶろうと試みる。
「俺の場合、中まで愛が詰まってる。表面が剥がれてもやっぱり愛だ。難癖をつけるのはやめてくれ」
「ダウト! ダウト! ダウト! 周防さん、あなたはやっぱり翔馬に騙されている! もしあなたが魔法を取り戻したとしても、翔馬に傷つけられるに違いない!」
 有馬は可哀想なものを見る眼差しを氷華梨に向ける。
「翔馬はそんなこと……考えてないよね?」
 少し寂しそうな目で、氷華梨は俺に聞いてくる。
 どうせここで肯定してみたところで、有馬の横槍が待っているだけ。
 なので、氷華梨を信じるのが俺にとっての最善手。
「それはお前が決めることだ」
 俺は氷華梨に信じてほしい。ならば俺から彼女を信じるべきだと思う。
「なら……もう一つ聞いておく。翔馬を信じれば、私はこのゲームに勝てる?」
「あたりまえだ。そのためにこのゲームにお前を参加させた。二人で【悪魔】を打ち倒そう! だから――俺を信じろ!」
 俺の約束に、氷華梨は満足げに頷いた。
 そして彼女なりの覚悟を決める。
「だったら――有馬さん。私のカードは、絶対に、絶対に、絶対に【ガーディアン】じゃない!」
 嘘が見抜けなくなった代わりに、新しい魔法に目覚めたみたいな力強さ。
【女教皇】は【悪魔】に毅然と立ち向かう。
【悪魔】は【女教皇】を盛大にあざ笑う。
「ダウト! ダウト! ダーウートー! 周防さんったらおバカさん! 特攻精神なんて私の嘘を見抜く魔法の前じゃ無意味なのに!」
「違う、それは私の魔法だよ」
「どうとでもほざきなさい! これは私の魔法だ! それとも何? 愛の力とやらでブッ飛んだ奇跡が起きるとでもいうの?」
「そうだね――翔馬なら、そんな無茶苦茶もやりかねない」
「くだらない! だったら周防さんはそこの男を信じながら、私に負けて泣き寝入りしなさい! 宣言する! 周防さんのカードは【ガーディアン】である!」
 鼻息を荒くした有馬は、氷華梨のスキルカードを表に向ける。
 そこには――【ヒーラー】のカードがあった。
 瞬間、有馬の表情が綺麗に漂白された。
 ぽかーん、と口を半開きにして現実を咀嚼しきれない様子だ。
 一方で氷華梨も、目を瞬かせていた。彼女は彼女で驚きを隠せていない。
 でも有馬と氷華梨には決定的な違いがあった。
 有馬は理解できないことを理解しようとして思考が追いつかない。
 氷華梨は理解できないことを無理に理解しようとしなかった。だから、すぐに現実に戻って来る。
「卓上のスキルカードは全てオープンされた。だったら、有馬さんは数字カードを出さなければならない。さあ、Qを出して!」
 氷華梨の言葉に、有馬は間抜けた態度で聞いていた。
「Q……」
 放心状態で有馬はギリギリ手持ちの一枚を卓に出す。
「ダウト!」
 氷華梨の宣告は当然に正解だ。有馬の出したカードは10であり、彼女の元に戻される。
 現状は行動停止の俺を飛ばして、氷華梨のターン。
「【ヒーラー】のスキルを使って、翔馬の行動不能を解除。私が出すべきカードはKだけど、手持ちは残念ながらQ。次の人に変更します」
 わざわざダウト宣告される前に、自らのカードを開示する氷華梨。その潔さこそ彼女らしさだ。
 次に天野先輩が大量の手持ちカードからAを出して、再び有馬の番。
 出すべきは2のカード。
 ようやく正気を取り戻した彼女はヤケクソで叫ぶ。
「2だ! このカードは2なのよ!」
 しかし、彼女が未だ10のカードしか持っていないのは誰でもわかること。
 俺は氷華梨と目を合わせ、二人同時に、
「「ダウト!」」
 そして巡ってくる俺のターン。
 出すべきカードは3で、手持ちのカードはJ。
 だけどそんなのは関係ない。
「【マジシャン】のスキルで出すべきカードを変更!」
 これで、決着。
 Jのカードを出す前に、氷華梨のQのカードが目に入ってきた。
 気取った調子でこんな風に続けてみせた。
「騎士(ジャック)のカードが姫君(クイーン)を守り抜く!」
 こうして、俺たちは見事【悪魔】を退けたのである。

次→

←前

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする