アルカナ・ナラティブ/第16話/01

 昼間の残り滓みたいな光を空に残して、夜になりきれない時間帯。
 学校前の公園のベンチに座って、俺は一人たそがれていた。
 見渡せば、明日の学園祭の模擬店準備に勤しむ生徒たちの姿があった。
 うちの学校はグラウンドが校舎から離れた場所にある。移動に不便なため、市の許可を得て学園祭の期間中だけ公園を使用するのだ。
 学園祭は二日かけて行われる。一日目は基本的に生徒と教師のみが参加可能で、二日目に保護者や市民など一般参加が許される。
「仕事しない子はいねえが~」
 俺の背後から、邪悪な声がした。
 トラブルを人生のスパイスくらいしか考えていないような人物が脳裏によぎる。いっそ誤認であってほしい。
「今日はノー残業デーだからアフターファイブに働かないのは悪くない。むしろサービス残業こそ日本社会のガンだとは思わんかね?」
 とか俺は言ってみせる。
 瀬田翔馬は基本ヘタレ男子だが、今のセリフは心の底からイケメンだと自負している。
 人が動くから『働』という漢字になるのではない。人を重んじる力こそが『働』なのだ。
 つまり、人へのいたわりをなくしたら『働』ではなく、まずは自分を大切にしなければ人に優しくするなど不可能だ。
「確かにブラック企業は滅殺すべきだ。その点でホワイト団体である学園祭実行局はいい職場だよ」
 その男――北出叶矢は俺の肩に手を置いてくる。
 自分がリーダーを務める組織を自分で賛歌するとはたまげたなあ。
「先輩のスタンスからして、ブラックとかホワイトではなくレッドな気がするんだが?」
 仕方ないので俺は苦笑しておく。
「レッド……正義の赤、情熱の赤、三倍の速度の赤。おいおい翔馬、そんなにベタ褒めしても何も出ねえぞ?」
「血しぶきの赤、赤字、信号で止まれの赤。先輩はこれでも赤を褒め言葉と受け止めるのか?」
 俺の切り返しに北出先輩はなおも飄々としている。
「付け加えるなら俺の魔法は【レッドゾーン】。問題児の赤だな」
 わお、縁起でもねえ。
「先輩の魔法って、ビミョー度ランキングではトップクラスだよな」
 暴王への皮肉を込めて言ってみる。
 なのに北出先輩は言うのだ。
「え、どこら辺が? 問題児がわかるんなら、積極的に関わっていける。学校生活が楽しくなるじゃないか」
「母国語なのに理解できないとはびっくりだ」
「ふーん、そうかねえ。まあ、普通はそんなものか」
 これに北出先輩は苦笑し、そして公園内で模擬店設置に勤しむ生徒たちに呼ばれ去っていく。
 相変わらず北出先輩の理屈は謎だ。
 問題なんて起こらない方がいい。だったら問題児は避けて通るべきだ。
 特に学園祭本番に想いを馳せるとトラブルにはお帰りいただきたい。俺はクラスの仲間たちと最高の思い出を作りたいんだ。

   ◆

 遮光カーテンが敷かれた体育館内の照明が落ちる。周囲は闇に包まれる、館内の全校生徒の間にどよめきは生まれる。
 言い知れぬ緊張感が数秒だけ続くが、次の瞬間に盛大な和太鼓の旋律が皆の動揺を吹き飛ばす。
 体育館ステージにライトが点った。ステージ上で法被を来た者たちが五台の和太鼓をそれぞれ三人ずつで交互に連打する姿があった。
 これも学園祭のクラス企画である。開会式のオープニングを飾る勇壮な演舞だ。
 先輩方の話では、開会式のオープニングを希望するクラスは毎年多いらしい。栄えあるオープニングにふさわしい演目は、事前のオーディションにより厳正に審査され決定される。
 今、ステージ上で威風堂々と舞い奏でる一団は、学園祭実行局のお眼鏡に適ったことになる。
 オーディションの詳しい内容までは知らないが、そこには実行局長の北出先輩もいたはずだ。彼が首を縦に振らなければオーディション通過はありえない。逆に北出先輩が許可を出すからには高いクオリティであることになる。
 ……なんて、理屈っぽく考えるのは俺のよくないクセだ。
 北出先輩云々を抜きにしても、ステージ上の演舞は芸術や芸能には疎い俺でも心を震わせる。思わず身体を揺さぶらずにはいられなくなる感動こそが、この作品への評価だ。
 俺、瀬田翔馬は学級長を務めているため、必然、クラスの列の先頭でまとめ役をしていた。一年生は体育館ステージに最も近い位置に整列している。
 つまりは、俺は迫力ある和太鼓の演奏を特等席で鑑賞できるわけだ。
 学級長なんて面倒臭いだけの仕事と思っていたが、こういうことがあるなら多少は報われたと言える。
 およそ十分ほどの演奏の末、オープニング公演は終了。
 演奏していたクラスの人たちが舞台袖に捌けて、制服の『STAFF』の腕章をつけた男子が現れる。
「というわけで、栄えあるオープニングを務めてくれたのは、二年四組の人々だ! 最高の演奏にみんなもう一回拍手してやってくれ!」
 男子生徒が声高に言うと、体育館内の人間から再度惜しみない拍手喝采。
 まさしくお祭りムード。
 場の空気は最初からクライマックスという様相。
「さーて、こんだけ盛り上がってるなら、俺からの挨拶は手短にいこう! 改めましてこんにちは! 学園祭実行局長の北出叶矢だ。そう――北出が来たで!」
 物言いがつきかねないジョークが体育館内に炸裂。開会式の出席者は、しょうもないギャグに反応できなかった。
「今のは俺の名前の北出と、関西弁の『来たで』をかけたユーモアだ。オーライ?」
 滑ったネタに解説を入れ出す北出先輩。この人どんだけメンタルが強いんだよ。
 みんなは華麗に北出先輩をスルー。かく言う俺も群集に紛れて、微妙な空気を耐え忍ぶ。
 ここからピンの話芸で盛り上げなおすのは至難の業。江夏の二十一球にも匹敵する配球が必要だ。
 北出先輩は空気こそ読めないが、学園祭実行局を取りまとめる人だ。
 ならば、もしものときに一番いいミラクルを起こせるのかもしれない。
「この空気は……自分が撒いたタネとはいえワクワクする! みんなは窮地が好きか!? 俺は大好きだ! 高い壁を乗り越えた時のことを考えると心が震える! 今日から二日かけて行われる学園祭! いかなるトラブルが起きたとしても、この日に向けて研鑽を重ねてきた者ならば、越えられない戦場ではない! 諸君、改めて聞こう! ピンチを、土壇場を、そして人生を楽しんでいるか!」
 北出先輩の常軌を逸した問いかけ。一瞬、会場が沈黙する。
 しかしすぐさま、
「おうッ!!!!」
 という声があちこちから上がり始める。
 タイミングがよすぎるので、おそらくは仕込みだろう。学園祭実行局の人たちや友人知人が震源地かな?
 とはいえ、お祭りムードに乗じて無駄にはしゃぎたい奴はいる。みんなが「楽しんでるよ!」とか「人生サイコー!」とか新興宗教みたいにはしゃぎだす。
 図に乗ったのか北出先輩は、
「人生を楽しむコツは『出しゃばれ自分』だ! あえて空気なんて読まない! 略してAKY! みんなはAKYか!?」
 どこかのアイドルグループみたいなネーミング。
 しかし、群集心理は恐ろしいものでみんなして、
「AKY! AKY! AKY!」
 連呼し始めた。
 北出先輩の扇動者としての能力がカンストしている。
 ある意味、この人だけは政治家にしてはならない。
 神輿は軽い方がいい。リーダーはちょっと無能で叩かれる人間の方が、割と全体最適されていくものだ。

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