アルカナ・ナラティブ/第16話/02

 オープニングはつつがなく進行した。途中、校長によるありがたい長話もあったけど、きっと長いだけの話であり、俺の全編集能力を持ってカット。いつか校長が冗長とか呼ばれないか心配しつつ、俺の人生と無関係なので捨て置こう。
 二日間続く学園祭一日目は、校外の参加者なしで生徒と教師だけが行き交うスタイルで進行していく。
 ぶっつけ本番で校外の人に企画を披露するより、一日目に予行演習も兼ねて内輪での企画運営ができるのは俺としてはありがたい。準備に準備を重ねてみたところで、計画にアラはあるものだ。
 そう……うちのクラスのムードが地味にぎくしゃくしている点とかな。
「さあ翔馬、クラスのメンバーに指示を出してもらいましょうか?」
 体育館から教室に戻ってきて、俺に職務遂行を促してきたのは有馬紅華だった。
 底意地の悪そうな朗らかな微笑は、相手に石化のバッドステータスを付加させても不思議ではない。
「あ、ああ。今日の企画のシフトは事前に配布した資料通りだ。基本はその資料の通りだ。ではおさらいをしておこう――」
 確認のために資料を読み上げようとして、俺は一瞬声を詰まらせる。
「あらあら、どうしたのかしら翔馬?」
 残忍、残酷、残虐な朗らかさで有馬は問うてくる。これ、付加されてるのは石化どころか一撃死だな。
「最初の悪魔役は氷華梨と有馬と熊沢と――」
 名前を読み上げながら、俺は改めて戦々恐々としていた。
 有馬は絶賛クラスで浮き気味だ。氷華梨と仲が険悪なのは勿論のこと、好きな人をバラされた熊沢とも微妙な関係性。
 どうして俺はシフトをクジ引きなんて運任せで決めてしまったんだ。そっちの方が公平な気がするとか言ったクラスメイトの意見は無視すべきだった。
「さーて、周防さんに熊沢、まずは私たちがクラス企画を盛り上げましょうね?」
 楽しそうな有馬の笑顔はラスボスだって軽く屠れるに違いない。かみすらバラバラにするチェーンソーの切れ味だ。
 有馬さんマジ悪魔。実際問題として対応アルカナ【悪魔】だし。
「うん、頑張ろう」
 背筋を伸ばし臆さずに有馬に立ち向かっていく氷華梨。国は彼女の気丈さを無形文化財に指定すべきだな。
 氷華梨ちゃんマジ天使。こっちはアルカナなど関係ない、異論は認めん。
 でも、悪魔と天使が同じ場にいて闇と光の最終決戦にならないか不安だ。この教室で神話もかくやと言わんばかりのラグナロクはご勘弁いただきたい。
 そんな女子二人の傍らで熊沢は、意外にも表情を崩さない。
 気になった俺は、耳打ちで熊沢に聞いてみる。
「熊沢、お前……怖くないの?」
 俺は聞いてみるが不躾な愚問だった。熊沢は渋みを混じらせた笑顔でサムズアップ。
「ここで引いたら男がすたるぜ」
 手垢の付いた言い回しであっても熊沢軍曹ったら目もくらむ輝きだ。あらやだ、この人ってこんなイケメンキャラだったっけ?
「お前、どうしてそこまで覚悟を決められるんだ?」
 当然の疑問を俺は口にする。
 目の前のもののふは言うのだ。
「仕事だからさ」
 今日の熊沢はハリウッド版だった。お見逸れしました。
 俺は……いや、きっと他のクラスメイト一同も心の中で熊沢に敬礼せざるを得なかった。この男、魔術師同士の争いに英霊として召喚されても不思議ではない。
 視線を下ろすと熊沢の足元がガタブルしているがコマけえことはいいんだよ! これきっと武者震いか何かだよ!

   ◆

 準備段階ではプロデューサーをしてきた俺だが、本番当日となれば裏方がメインとなる。
 裏方といえど、俺は気が気ではない。
 氷華梨と有馬が同じ空間にいる。
 普段からクラスメイトとして同じ教室で過ごしている二人。でも、今日は学園祭なのだ。どんなイレギュラーが起きても不思議ではない。
 カフェにやってきた他クラスの客人が紛争の火種を撒き散らす可能性を考えると気が気ではない。
 臆病風と笑いたければ笑えばいい。笑っていられるうちが華なのだ。
 違うテーブルで【悪魔】役を務める氷華梨と有馬の間に、直接的な接触はない。それぞれが個別のゲームを進行している。
 進行をしているが……。
「さーて、私は【悪魔】としてお仕事頑張っちゃうぞ! あーあ、嘘がわかる異能とかあったらラクでいいのになあ」
 間延びした声の有馬。その白々しさたるや俺の脳内まで漂白してくれる。
 当然、声は室内にいた氷華梨にも伝わるわけで……。
 彼女はテーブルの前の客たちに言う。
「えーと、皆さん、ゲームを始めましょう。私、どんどん嘘を暴いちゃいますね」
 意外! 現れたのは剣呑な笑顔の氷華梨。
 しかも言葉を紡ぐ間際に、有馬をチラ見していた。
「でも、もしも嘘を全部看破できる人がいたら、その恋人って大変ですよね! うかうかと遊びにもいけない!」
 有馬はあくまで目の前の客人に言う形をとっているが、真の話し相手がわからない俺ではない。
「さあ、皆さん、楽しんでいってくださいね。私はどんな嘘でも絶対に受け止めてみせます」
 負けじと氷華梨も言ってのける。もちろん、それは有馬への返答なのだろう。
「おいおい翔馬、この教室に満ちる殺気、半端な量じゃねえぞ」
 俺と共に教室にいた男子が怯えていた。彼の警戒は正しい。
「何かあったら俺を置いて逃げろ。人間は神々の戦いには生き残れない」
 クラスメイトを安堵させるつもりで言ってみるが、よくよく内容を吟味すると不安しか生まないな、これ。
「オレ、この戦いが終わったら片思いの相手に告白するんだ」
 クレイジーなことを言い出すクラスメイト。それ、死亡フラグですから。
 死ぬな! 目を開けてくれ! 生きるのを諦めるな!
 とか言ってはみたものの、別にクラスの女子の関係がぎくしゃくしているだけなのだ。そんなのは多かれ少なかれどのクラスにもある話。
 ならばどっしりと構えているのが一番いい。下手に動揺して問題を加速させるなんてのはよくあるパターン。
 うちのクラスには女子のいざこざに干渉したがる奴などいない。まさかお客様の中にもおるまいて。
「じゃじゃーん、北出が来たで!」
 嵐を呼ぶ男が登場!? というか、そのくだらないダジャレ気に入っちゃいましたか?
 どうして北出先輩がうちのクラスに来店するんだよ。曲がりなりにもアンタ学園祭のまとめ役じゃん。そういう人って本番では本部に待機しておくものじゃないの?
 学園祭の偉い人が唐突に来店してくる。この事態に給仕係は躊躇している。一応「いらっしゃいませ」とか挨拶はしているが、緊張感がみなぎっている。
 北出先輩がクレイマーとしてやって来たか否かは判断に困る。クレイジーなのは疑う余地がないけど。
 いくら俺がヘタレであっても、危険な来客から仲間たちを守るのは義務である。しょうがなしに俺は北出先輩に対応していく。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
 可能な限り丁寧な物腰で北出先輩とクラスメイトの間に割って入っていく。
「特に用ってほど大したことはないさ。ただ校外からお客様が来ない今日のうちに気になるクラスは見ておきたくてね。お前のとこのクラスで何か困ってることある? 足らない物資とかあるなら、実行局で他クラスに分けてもらえないか折衝とかできるけど」
 あれ、実行局って優秀な人たちの集まりですか?
 現状では準備は万端のはずだが、トラブルが起きないとは言い切れない。そうなったら、どこかのクラスで余ってるモノや人員を借りるのが手っ取り早い解決策だ。
 そこまできめ細かい配慮ができる。北出先輩は勢いだけの火の玉人間ではないのかも。
「今のところは大丈夫だ。もしも何かあったら連絡させてもらう」
「了解。その代わり他のクラスで何かあったら協力要請があるかもしれない。そこは持ちつ持たれつってことでよろしく」
 北出先輩は快活に頭を下げてくる。
 もしかして、いや、もしかしなくてもこの人ってリーダー向きの性格なのかも。
 変に驕り昂ぶらず、謙虚に人に願い出ることができる。それでいて、自分の意見はちゃんと通す。
 んんん? 目の前の【塔】のアルカナ使いが急に心強く見えてきたぞ。
 モーリス・C・エッシャーが描いた絵画みたいな錯覚かな?
 いやいや、ここは素直に北出先輩の度量を信じよう。
 俺は自らの濁った心の目を拭って、改めて北出先輩を直視してみる。
【塔】はアルカナの中では最凶と謳われるが、【塔】のアルカナ使いまで危険な人間とは限らないのだ。
 俺が認識を改めていると北出先輩は、
「そういや有馬と周防さんの調子どう? あれから上手くやってる?」
 みんなが避けてきた話題を臆さずにブッ込んできた。
 何? 何なの、この人? 本当は過激派かテロリストなの?
 それとも俺に並々ならぬ恨みとか持ってるの? いくら俺の過去が後暗いからって、クラスメイトまで巻き込むのは反則じゃないですかね。
 大慌てで有馬の方を向く。
 有馬は一旦ゲームを中断してものごっそい笑顔を浮かべていた。もしもこのシーンがコミカライズされるなら作家さんは途方に暮れるだろう。それぐらい筆舌に尽くしがたい恐ろしさ。
 心なしか彼女の背後に瘴気が立ち込めているように見えた。
 教室が一瞬にして魔界村へと変容していく。一週目をクリアしても、完全クリアのために二週目をしてこいみたいなシステムなのだろうか。そうか、そういう意味も込めて学園祭は二日連続開催なのか。
 こりゃあ一本取られた。こんなトンチは一休さんでも解明できまい。
「私と周防さんは、元々仲がいいですよ」
 有馬の発言には真実味が感じられない。
「ダウト、それは嘘です」
 氷華梨が客人の出した数字カードの虚偽を宣告。でも、そのダウトコールが客人に向けてだけのものとは限らない。
 北出先輩の登場により、教室内の帯電が深刻なものになっていく。もしかしてこれは雷が降り注ぐフラグですか。
 いや待て、北出先輩のぶっ飛び方は天野先輩に似ていると言えなくもない。天野先輩ならば何だかんだ言いつつ話を穏便なところに収束させるスキルを持っている。
 ならば、北出先輩も上手いことこの気まずいムードを切り替えてくれるに違いない。
「おいおい翔馬。周防さんが怖いんだけど、お前どうにかできないの?」
 自分で種を蒔いておきながら、その刈り取りを丸投げするダメ男がいた。
 もうやだ、この人。早くこの場からお引き取りいただきたい。
「北出先輩、わざわざ俺らのために時間を割いてもらって感謝する。というわけで、早く回れ右してくれないかな」
 謝辞を述べるとみせかけて、災厄の火種を振り払おうとする俺。
「うん、まあ忙しいけど問題ない。学園祭一日目は割とゆったり過ごせるし、基本的には副局長が優秀だから仕事は回っていくよ」
 副局長――各務原先輩のことか。
 そりゃ実務ともなれば、ちゃらんぽらんな北出先輩よりもあの人の方が適任だ。
 クソ、北出先輩が有能でないのが憎たらしい。
 とか何とかやっていると、氷華梨が進行していたゲームが終了していた。
 もちろん勝者は氷華梨である。
 いやまあ、氷華梨の魔法について知らないプレイヤーが普通に勝負して勝てるゲームじゃないんだけど。
「お、一つテーブルが空いたか。せっかくだから俺も一局やらせてもらっていい?」
 誰かこの実行局長をこの教室から引きずり出してくれ。
「構いませんけど……私が相手でいいんですか?」
 氷華梨はきょとんとしながら北出先輩に聞く。
「問題ないよ~」
 順番待ちのプレイヤー二人と共にテーブルにつく北出先輩。
 本格的にこのクラスに居座る気か、この男。
 そもそも自分で空気を重くした部屋によく滞在できるな。メンタルが強すぎる。
「それではゲームを開始させてもらいます。まずはルール確認をしておきます――」
 北出先輩以外の残り二人のためにゲームの説明をしていく氷華梨。
 俺は耳を氷華梨の卓にそばだてながら他の仕事をこなしていく。
 ゲームがスタートすると、氷華梨は親の敵みたいに虚偽申告で出されたカードを撃墜していく。
 絶対防御としか言い様がないその様子に、北出先輩以外のプレイヤーは唖然とするしかない。
 相変わらず、このゲームにおいては氷華梨の魔法はチートだな。
「うひょー、これは凄い! 百発百中で嘘を見破られるって逆に面白い!」
 手を打ち鳴らし歓喜する北出先輩。楽しそうで何よりです。
「……ありがとうございます」
 氷華梨は恥ずかしそうに頭を下げた。
「そこまでびしばしと嘘を看破できるとカレシと付き合うのも大変じゃない?」
 おっと、ここで北出先輩の無粋な一言だ。当然といえば当然の疑問。でも、ここで聞くのはTPOについて不勉強だ。
「いえ、お付き合いしている相手は誠実な人なので問題ありません」
 氷華梨ははにかみながら答える。
「う、うわあああ、世界が逆に回転する!?」
 わざとらしい動作で椅子から転げ落ちていく北出先輩。その滑稽な動作に室内の人間も苦笑するしかない。
「もうこの段階で投了したい気分だわ。でも、俺は負けない! このゲームに勝って、世界の頂を取りに行ってみせる!」
 北出先輩は何を目指して生きているのか謎だ。そのうちエベレストを酸素ボンベなしで登頂とかを達成しそうで怖い。
 まあ、何事もテンションだけで解決できるわけではない。
 数分後には、
「これで私の上がりです」
 と言って最後の一枚を出す氷華梨の姿があった。
 嘘見抜く女教皇はこのゲームでは負け知らずなのだ。イカサマの可能性を指摘されるかもしれないが、タネも仕掛けもございません。マジもんの魔法なのだ。
「いやー、まいった。やっぱり俺では勝てねえや!」
 呵呵大笑の北出先輩。この人がここに来た目的が掴めない。
 氷華梨はこくりと頷く。
「そうですね。このゲームで私の力を超えられる人間なんて滅多にいません」
「滅多にいないってことは、まったくいないわけではない、と?」
 北出先輩は肩をすくめながら聞く。
「はい。前に『私の力』を圧倒して、『私の力』のせいで道を踏み外そうとしていた子を助けた人がいます」
 遠まわしに言うが、ああ、なるほど。それは魔法を奪った有馬に勝った俺のことか。
 ちらりと有馬に目をやった。
 心底つまらなそうな眼差しで氷華梨を見つめていた。
 有馬の心中を見透かせるわけではないが、彼女は氷華梨が羨ましいのかもしれない。
 氷華梨の純粋さは、人生に影を落とすものほど輝いて見える。
 けれど、真っ白というのは世界で有数の恐ろしさを秘めている。
 自らの内に影が渦巻いていない人間などいない。白は自らの暗い部分を無条件に投影してしまう色なのだ。
 怒りも、憎しみも、悲しみも、妬みも、何もかも浮き彫りにされてしまう。
 だとしたら……俺ってこの学校で随一の怖い存在と付き合ってるのかも。
 氷華梨は俺にとっての一番の宝物だ。けれど、宝物を手にするにはそれなりの覚悟が求められるわけで……。
 俺が俺という存在から逃げ出したら、それが氷華梨を失うときなのだ。
 ならば、何が何でも俺は俺から目を背けてはならない。
 もっとも、誰しも自分自身からは逃げられるものではないから、その不安は杞憂なんだけど。
「周防さんは、自分の技能を持て余すことってあるの?」
 チャラい態度は一切排斥し、北出先輩が聞く。
「最初こそ自分に与えられたものが疎ましくてしかたなかったです。でも、今では……これは自分が引き当てた運命なんだと思ってます。……って、運命を引き当てるって変な言い回しですよね」
「言い得て妙だと思うぜ。ドイツ語で『送る』を意味する単語を『schicken』っていうんだ。んで、辞書にもよるけど次の単語に『Schicksal』って単語が来る。『Schicksal』の意味は『運命』だ。もしかしたら、運命は天からおくられたものって感じなのかもしれないぜ。だから、うん、運命を引き当てるって表現は良いセンスだ」
 北出先輩は自分で言ったことに感心するように一人頷いている。
「そういうものですか……」
「腑に落ちない顔してるねえ。まあ、いんじゃないかな。悩んでいるからこその人生だし、悩んでいるうちは周防さんは人生の主人公だ。悩み事があるからこそ、人生は物語として成り立っているんだよ」
 自己啓発本にでも書いてありそうなポジティブ思考。けれど、北出先輩が言うと薄っぺらさを感じない。
 奇妙なまでの深みのある印象を受けた。
 だからこそ、俺は気がかりだった。
 そういう言葉に深みを与えられる者の人生は得てして波乱万丈だったりする。
 北出先輩はどんな人生を送った末に【塔】のアルカナ使いになったのだろうか。
 聞いてしまうのは彼の人生の深淵に触れるようなもの。あえて火中の栗を拾うのは生産的でもないに違いない。

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