アルカナ・ナラティブ/第16話/03

 俺と氷華梨がクラス企画で働くのは午前中だけで、午後からは一日目終了までは自由時間だ。
 二人で学園祭デートする約束をしていた。
 すごいぞ、俺。高校生活がスタートしたときはこんな幸せな未来が訪れるとは想定していなかった。そもそも一生恋人なんてできないと見積もっていた。
「じゃあ、いきましょう」
 と氷華梨。二人して準備を済ますと、教室を出る。
 俺は氷華梨の手を握る。いわゆる恋人握りというやつである。氷華梨の手はちょっとひんやりとしているが、それが俺には心地いい。
「どこいこうか」
 俺は空いている手で校内マップを取り出し、氷華梨と一緒に覗き込む。
「色々まわりたいね。体育館ステージも見たいし、公園の模擬店にも行ってみたい。気になる校内企画もあるんだ」
 嬉々として語る氷華梨。
 普段はおとなしい彼女のテンションが高めで、俺としてはちょっとびっくり。
「楽しそうでなによりだ」
 わざわざ言うのは無粋だろうか。けれど、彼女の晴れやかな顔つきを見ていると素直に安堵してしまうのだ。
 実質的に、俺と氷華梨が抱える問題は多い。
 彼女の御両親と俺が仲直りできたわけではない。距離を置くのをやめたといっても、再び依存関係に戻っただけと指摘されたら否定できない。
 有馬との関係も改善されていない。【悪魔】のアルカナ使いが魔法を使えなくなっても、彼女との葛藤は大きい。
 有馬は俺に好意を持っているとか言っていたが、どこまでが本気かは未知数。
 できれば、遊びでからかっているだけの方が助かる。そっちの方が飄々と誤魔化していける。けれど、彼女の言葉が本気だったとしたら……。
 俺は氷華梨以外に現を抜かすつもりはない。いくら俺でも、この握った手のひらを手放すほどに馬鹿ではない。
 だけどトラブルになるのは嫌だから、どうしても有馬に対しては肩透かしな対応をしている自分を想像できる。
 頭が痛い。幸せのオールオーバーってのは人生にはありえないものかね。
「翔馬は……有馬さんのこと、気になってる?」
「まあね。とはいえこれは俺がどうにかしなきゃいけない問題だけど」
「一人で抱え込むのはよくないよ」
「心配御無用。俺は姫君の騎士(ジャック)ですから」
 キザっぽい台詞でも、心の底からのものなら恥ずかしくはない。むしろ誇らしい。
「でも……そうだな。無関係な人間を巻き込んでみるってのはありかもな。俺たちだけじゃ、ちょっと深刻な話になりそうだ」
「そうだね。とはいえ、難しいテーマになりそうだけど、話せる相手っている?」
「俺にいい考えがある。メンタルヘルス部の企画に足を運んでみよう」
 校内マップの三階奥の教室に『メンタルヘルス部の何でも占い』と書かれていた。
 占いといえば、久留和来海がひと悶着起こしたりもしたので苦い思い出がある。けれど、メンタルヘルス部が監修する企画なら興味が尽きない。
「メンタルヘルス部の人たちが占い……只事じゃ済みそうにないね」
「そもそも、メンバーが基本的に並々ならぬ人たちだからな」
 メンタルヘルス部は、みんながみんなアルカナ使いというわけではない。けれど、この学校の濃ゆい部分のエッセンスだ。
「占いというか、あの人たちは人生相談の方が得意そうだけど」
 氷華梨はちょっと首をかしげてみせる。
「占いってのは人の悩みを聞いて、いくつか助言を与える行為だからな。人生相談と変わりはないさ。ただ、そのまま『人生相談』って企画名にすると重苦しいから、占いって言葉で気軽な感じにしたんじゃないかな」
 しかも、占いなら当たるも八卦当たらぬも八卦とか言えてしまう。ド直球の人生相談だとアドバイスに熱が入りすぎて、逆に相手の行動に縛りを与えかねない場合もある。
「面白そうだから、行ってみようか」
 氷華梨の提案に、俺は頷く。
 校内マップにある教室に移動すると、そこにはほどほどの人だかりができていた。閑散としているわけでもなく、さりとてウツになるほどの混雑でもない。
 ある程度の繁盛という様子だ。
 メンタルヘルス部と占いをイコールで結びつけるイメージは一般的にはない。それでも、メンタルヘルス部の面倒見のいい人々――例えば、天野先輩とか四塩先輩、あるいは藤堂先輩に悩みを聞いてほしい生徒は大勢いるのかも。
 俺たちは順番待ちの客用の席に座って、しばし雑談に興じる。
 誰が占い師かは選べない。空いた人のところに自動で割り当てられるシステムらしい。
 んで、俺たちが案内されたのは天野先輩だった。
「へい、らっしゃい!」
 威勢よく出迎えてくれる占い師・天野。しかし、江戸っ子みたいな台詞には神秘性をまったく感じない。
「今の先輩はアマチュアとはいえ占い師なんだ。もうちょっと厳かに振舞っていいんじゃないかな」
 とりあえずツッコミを入れておこう。
「むむう、グウの音もでない。いいじゃろう、ならばワシに何でも悩みを話してみればよかろう」
 天野先輩はおとぎ話の老魔法使いが長いあごひげを撫でるジャスチャーをしてみせる。もちろん天野先輩にはあごひげが生えてないのでただのポーズでしかない。
「……あー、なんだ、えっと……他の人にチェンジってどうしてもできない?」
「当店にそういうシステムはありません。天のお導きと思って妥協しな」
 ですよね。
 いやまあ、チェンジ云々は冗談だ。どちらかというと、天野先輩と相談できるのは心強い。
「実は……私たちを取り巻く人間関係が複雑化してて。例えば私の両親と翔馬の関係とか、翔馬に好意を抱く他の女子が現れたりとか。私たちは、このままずっと一緒にいられるでしょうか?」
 氷華梨が占い師に問いかける。
「ほほう、二人の道の上に暗雲が立ち込め始めている、と?」
「平たくいうとそういうことです」
「お前たちならどんな困難があっても前に進んでいけるんだろうけど、せっかく来てくれたんだ。きちんとタロットで占ってやろう」
 天野先輩は、テーブルの隅に置いてあったカードを手に取る。
「やっぱりタロット占いだよな、俺らの場合」
 俺はちょっと苦笑してしまう。
「タロットだとわざわざ学園祭のためにカードの意味を覚えなくていいからね」
 アルカナ使いとして過ごしていると、どうしてもタロットカードの意味は覚えてしまう。なぜなら自分の学校生活を左右しかねない自体に遭遇しかねないからだ。
 カードをシャッフルし終えると、天野先輩は一枚のカードを取り出す。
 絵柄の面には、雷撃を浴びて炎上し崩壊する建物が描かれていた。
 最悪のアルカナと名高い【塔】のカードだった。
「よりにもよってこれかよ」
 俺は半眼で口元をひくつかせるしかない。
 氷華梨も不安そうな顔で閉口していた。
「【塔】のカードを引き当てて、大はしゃぎする奴はいないわな。北出は例外だけど」
 そりゃあの人、頭のネジが何本か飛んでるもん。
「いくら占いといっても、【塔】が出てくると不吉ですね」
 氷華梨は困ったような顔をしている。
「確かに縁起の悪いカードだよな、これ。まず絵柄からして不穏だし」
 天野先輩も苦笑する。
「タロットカードのすごいところは、詳しい意味を知らなくてもイラストでなんとなくイメージが伝わるところだな」
 俺はため息をつくしかない。
「人間、理屈で理解できる部分って少ないからな。その点でイメージの力は凄まじい」
「使い方間違えれば、身を滅ぼすんだろうけどな」
「全くの指摘だ。せめて自分と自分の未来に対しては良いイメージを持っておきたいものだ」
「だったら天野先輩、【塔】のカードを引き当てた責任として、そのカードをポジティブに解釈してみてくれよ」
 無茶振りなのは百も承知。
 なのに天野先輩はあごに手を当て、少しだけ考えただけで言う。
「だったらこのカードは神の一撃の暗示ってことでどうだろうか」
「……物々しい言葉だな。それは一体どういう意味だ?」
「積み上げたものが崩壊するのは確かに避けたいものだ。でもさ、強烈な一撃のせいで壊されるからこそ始まる物語もある」
「創造のための破壊みたいな言い回しだな」
「描かれている塔が自分の殻の比喩だとしたら、それが壊れるのは決してマイナスではない。二人にはそういうことってなかった?」
 天野先輩の問いに、俺はハッとする。
 詐欺事件の発覚が俺にとって神の一撃だったといえる。
 もしも、あの事件で一度破滅していなかったら俺は今でもロクでもない人間だったはずだ。
 人と人を思わず見下して、人としての幸せも知らず、空虚な生き方をしていたに違いない。
 それに……。
 俺はちらりと視線を横に向ける。
 こうして氷華梨の隣にいられるのも、一度全ての価値観が崩壊してしまったから、なんだよな。
「私にとっての塔って翔馬のことかも」
 俺と目のあった氷華梨は言ってくる。
「そのこころは?」
「高校に入学したばかりの私は、自分の殻に閉じこもっていた。自分の可能性を信じようともしなかった。それを翔馬が強引に壊してくれた」
 ああ、新入生キャンプで俺が名壁のフリをして襲撃したことか。
 確かにあれは、やられる側からすれば堪ったものじゃないわな。
「それを言ったら、オレにとっても翔馬は【塔】だな。お前がいい具合に引っ掻き回してくれたからヒノエと付き合えてるわけだし」
 天野先輩も言ってくる。
「そう考えると、【塔】のカードは怖くない?」
 俺を見つめながら、氷華梨は微笑んでいた。
「いや、俺は【魔術師】なんだけど」
「それはそうだけどね。でも……やっぱり翔馬には【塔】の面ってあると思う」
「それ、褒め言葉?」
「うん。翔馬はいつだってみんなの誰かの殻や、行き詰まった問題を解決しちゃうから。だから、【塔】のカードが出てきてよかったってことにしよう?」
「氷華梨がそれでいいなら、問題ない」
 一番後ろ向きなカードが出てきて、それでも前向きにまとまるのは奇跡かもしれない。
 でもまあ、そんな結論に到達しちゃうくらいに俺を信じていてくれるなら怖れる必要はない。
「今の二人の胸の中に宿る気持ちやイメージ。それがこの占いの答えなんだよ、きっと」
 占い師は力強い言葉で話をまとめてくれた。

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