アルカナ・ナラティブ/第16話/04

 クラスの中での緊張はあったものの、大過なく学園祭一日目は終了した。
 クラスメイトと一日目の打ち合わせをしてから解散という流れになった。学園祭後もつるみたい奴はつるむんだろうけど。
 氷華梨は剣道部の集まりに顔を出すって言ってるし、俺は明日に備えて素直に帰宅する。
 明日は一般客もやってくるわけで、今日以上の混雑が予想される。
 というか、うちのクラスの企画に人が来てくれたことに衝撃を受けている。
 もちろん、きちんと客人をもてなせるよう準備はしていた。けれど、開始早々人が来るとは思っていなかった。
 多分、客人の幾分かは怖いもの見たさだ。
 元詐欺師が『嘘つきカフェ』なんて企画を開催するのだ。気にならない方が嘘だ。
 話題作りはとりあえず成功ってところかな。
 ……SNSとかで叩かれてるかもしれないけど、知ったことではない。
 俺のクラスメイトの接客に恥じるところは何もない。いや、まあ、有馬と氷華梨の確執は例外だけど。
「翔馬、学園祭はどうだった?」
 家に変えると叔父さんが聞いてくる。
「概ね普通でした。まあ、カノジョと他の女子が修羅場の一歩手前まで行きましたけど」
「……翔馬の恋愛事情はかなり謎だな。カノジョというと周防さんのことか」
「はい」
「彼女は元気か?」
「向こうのご両親とは今もぎくしゃくしてますけど、氷華梨とは仲良くやってます」
「色々大変だろうが、誠意を尽くせばいずれわかってもらえるさ」
 叔父さんが俺の頭にぽんと手を置いてくる。
「俺、もう子供じゃないんですけど?」
「いや、お前はいつまでも私たち夫婦の子供だよ」
 普段難しそうな顔つきの叔父の顔が緩んだ。
 優しげな表情に、俺の涙腺まで緩みかけた。
「あ、えっと、はい、がんばります!」
 こういうとき、どう返していいのかわからない。しどろもどろになる。
 他者からの純粋な優しさにも慣れていかないとまずいよな、やっぱり。
「明日は学園祭は一般公開ありだったな。私と恵美子さんも遊びにいくよ」
 恵美子とは俺の叔母の名前である。
「ぜひともお越し下さい。待ってます」
 保護者が来るって緊張するなあ。
 でも、一般的な高校生ならきっと誰もがこんな気持ちに違いない。
 だとしたら、俺も『普通』に近づいているんだろう。
 早めに眠りについて、俺は学園祭二日目に備える。
 朝イチで登校すると、まだクラスメイトは教室に来ていなかった。
 ちょっと早く登校しすぎたかなと思いながら、俺は教室を見渡す。
 学園祭で使用する教室はクジ引きで割り振られる。なので、ここはいつもの一年五組の教室ではない。
 それでも、今日のためにクラスメイトたちと準備に励んだ晴れの舞台だ。
 思い入れがないわけがない。
 クラス企画、絶対に成功させたいな。いや、させなければクラスメイトに申し訳が立たない。
 朝の教室の静けさの中で、あえて耳をすませてみる。
 聞こえてくるのは教室外を行き交う早くに登校してきた生徒たちの足音。粛々と時を刻む時計の長針。今日一日への不安と期待に高鳴る自らの鼓動。
 どんなものにでも音がある。
 学園祭に向けてクラスを仕切ってきてわかった。本当のリーダーシップとは人の話を聞くことだと。
 小さくて、か細い声にでも耳を傾けること。人の幸せを願うことが罪滅ぼしだとしたら、まずはそこからはじめなければならない。
 少なくとも、俺には北出先輩みたいな馬力はないわけだし。小回りというか、小賢しさが自分の持ち前なのだと諦めて受け入れよう。
「おはよう」
 俺が黄昏ていると、教室に世界一美しい音色が響いた。
 氷華梨がいた。
「おはよう。早いな」
「うん。本当はもっとゆっくりできたんだけど、ちょっと家に居づらくて」
 氷華梨が座っていた席に腰を下ろす。
「もしかして、親御さんともめた?」
「もしかしなくても、もめちゃった。おかしいなあ。中学時代に名壁が家に挨拶に来たときは、全然穏便に済んだのに」
 傍から見て、氷華梨がはにかみたいんだが、泣き出したいんだかわからない。心の中身を調律しきれていない不協和音みたいな表情。
「なあ、氷華梨。これはちょっと覚悟して聞いてほしいことなんだけど……」
「何?」
 今の氷華梨の表情は簡単に読み取れる。
 不安だ。
 彼女は俺が次に発する言葉に、全神経を研ぎ澄ませている。
「俺、絶対に氷華梨を諦めないから」
「ふぇ?」
 俺の発言が予想外だったらしく、彼女は間抜けた声をあげた。
「俺はお前を諦めない。ああ、誰に糾弾されたって折れてやるものか」
「お父さんが翔馬を認めなくても?」
「今は認めてくれなくても、何度だって頭を下げてやるよ。恋人の父親に『君に娘はやれんな』って言われるのは中々にテンプレで胸躍るね」
「私より素敵な女子、探せばいっぱいいるよ?」
 うつむきながら言う氷華梨の顔に、俺はそっと手を伸ばす。
 そして――。
「えいッ!」
 デコピンをいたしてみせた。
 誤解なきように脚注を入れるが、ごく軽く指を弾いただけだ。
「あうう……」
 額を押さえながら、氷華梨は目をぐるぐるさせていた。まさか俺のデコピンに混乱のステータス異常の効果が付加されていようとは。
「氷華梨より素敵なレディ? そんなのいるわけない。そんな奴を探すくらいなら、ツチノコを探した方がまだ建設的だね」
 まったくもって、俺のカノジョさんは何を言い出しますかね。滑稽さとイラ立ちが混ざって、にこにこぷんですよ。
「学園祭が終わったら、また周防家に嵐を呼びに行くのでそのつもりで。平たく言うと、またお前の父親に罵倒されにいくよ」
「それでも駄目だったら?」
「三度目の正直ってことわざを心の支えにして再挑戦。それも駄目なら四度目、五度目、六度目……許しが出るまで繰り返す」
 許してくれる回数を自然数nとすると、n度目の正直ってことになる。
 頭を下げる、拒否される、再び頭を下げる、再び拒否される……という行為の繰り返し。
 無限ループって怖くね?
 否、怖くない!
 氷華梨と引き離される以上に怖いことなんてあるものかよ。
「うん、じゃあ、私も一緒にお願いする。翔馬だけに頭を下げさせるの格好悪いもん」
「やった、勝ちフラグが立った」
 最強の味方を得られるってのはありがたい。
 なんて恋人同士の甘い語らいをしていると、俺のケータイが鳴った。
 やれやれ、無粋な輩もいたもんだ。
 しかもディスプレイには非通知ってある。
 無視するべきか。
 でも、後々問題が出てきても嫌だな。トラブルの種なら早めに摘んでおくに限る。
「もしもし?」
『君は瀬田翔馬かい?』
 電話越しの相手の声に、俺は眉をしかめる。
 ボイスチェンジャーでも使ったみたいな曇った声だった。
「あんた誰?」
『私は君に恨みを持つものさ』
「はい……?」
『君が幸せであるのが何よりも許せなくてね。せっかくの学園祭を台無しにしてやろう。そう考えたわけだ』
「待て、何を言っているのかわからない」
『そうかい? 話としては単純だ。君の学校のどこかに爆弾を仕掛けさせてもらった。というだけのシンプルな話だ』
「はあッ!? 何の冗談だよ」
 荒唐無稽すぎる話題に俺は置いてけぼり。
 だけど通話先の相手は話を続ける。
『一応、私の本気を伝えておこう』
 そこまで言うと、窓の外から爆竹が爆ぜるみたいな音が鳴り響く。
「え……?」
 唖然とする俺。
 相手は続ける。
『もちろん、今のはただのデモンストレーションだ。周囲の民家の方々も爆弾とは思うまい』
「お前の目的はなんだ?」
『私の目的は学園祭の中止を君から学校側に申し出てもらうことだ。簡単だよね?』
「ふざけるなよ……」
『私はいたって真面目さ。君は爆破予告の電話があったから念のためにということで教師の誰かに報告する。それだけだ』
「もし俺が周囲に黙ってたらどうするつもりだ?」
『その場合、学園祭のエンディング行事開始の時刻に素敵な花火をプレゼントしよう』
「お前……ッ!」
『それではご機嫌よう、瀬田翔馬。精々あがいてみせるがいいさ。ハハハハハ』
 耳障りな嘲笑を残して通話終了。
「どう…したの? さっきの破裂音は一体?」
 俺が通話する様子を横で聞いていた氷華梨は怯えきっていた。
「学校に爆弾がしかけられた……らしい」
 現状では電話をかけてきた相手の自己申告であるため断言はできない。自然と語尾は弱々しいものになる。
「え、えっと……バクダンって爆弾のこと?」
 混乱しているのか氷華梨の発言が若干バグっているがしかたあるまい。いきなり言われたら誰だってこうなる。
「まずはお互いに落ち着こう。ボムや発破って意味の爆弾だ。今、俺に通話してきた奴の話じゃ、学園祭を中止しなければ学園祭のエンディング開始のときに爆発させるらしい」
「見逃してほしければ……翔馬が運営サイドに掛け合うしかない、と?」
「そういうことだな。そもそも電話がかかってきたのは俺なんだし」
「いたずらの可能性は?」
「なくはない。けど万が一の場合を考えて、学園祭を中止するのが妥当だろう。人命が優先だ」
 もしも犯人が本気で爆弾を用意していたらシャレにならない。
「それは……もちろんそうだけど」
「とにかく、俺は職員室にいる先生に相談してくる」
 急ぎ教室を出ようとする俺。
 しかし、
「待って!」
 張り裂けんばかりの声をあげて氷華梨が俺を掴んでくる。
「どうした?」
「なんで犯人は職員室じゃなくて翔馬に電話してきたの?」
 氷華梨の問いに、俺は言葉を詰まらせる。
 俺の沈黙に不信感を抱いたのだろう、氷華梨は更に聞いてくる。
「答えて。もしかして、犯人は翔馬と縁がある人なの?」
 彼女の強いまなざしに、俺はすっかり参っていた。
「相手が誰だったのかは知らない。でも……相手は俺に恨みがあると言っていた」
「それって……もしかして翔馬が起こした詐欺事件と関係ある人……?」
「わからない。でも俺に恨みがあるとしたら、そこら辺の関係者かもな」
 少なくとも、学校ではおとなしく過ごしてきたつもりだ。
「だったら、翔馬を陥れるために嘘の情報を流してきた可能性は?」
「どういうことだ?」
 氷華梨の推理に俺は首を傾げる。
「仮に本当は爆弾なんてどこにもなかったとしたら、翔馬はどうなると思う?」
「モヤモヤを残しながらもハッピーエンド……とはいかないよな、やっぱり」
「うん。ありもしない爆弾を爆破させるっていう予告を受けて学園祭を中止させたってレッテルを貼られることになる。もしかして、犯人が狙っているのはそれなのかもしれない」
「でも、本当に爆弾がしかけられていたとしたら? 爆破予告を聞いていたのに、俺が報告しなかったせいで多数の犠牲者が出る。そっちの方がよっぽど問題だ」
「……翔馬はどっちかを選ばなければならない、と」
 どっちか――つまり、ありもしない爆弾がしかけられているのを報告するリスクと、爆弾がしかけられているのに報告しないリスク。
 なんだこのジレンマ。タチが悪すぎる。
「俺は……爆破予告があったことを学校に報告したい。だって、それなら……」
 そこまで言って、俺は言葉を飲み込んだ。
 この先の発言は、きっと氷華梨が最も嫌がる考え方だ。
「言って。翔馬は何を考えているの?」
 薄々勘付いてしまったらしい氷華梨は、泣き出しそうな顔をしていた。
 そんな彼女にトドメを刺すのは胸が痛む。
 でも、告げてやらなければ話が前に進まない。
「俺が嘘つき呼ばわりされるだけなのが一番被害は少ない。もしも本当に爆弾があったら死者だ出かねない。それと比べれば、俺がバッシングを受けるなんて問題ない」
 我ながら合理的な判断だ。
 だけどそんな合理性を許せない人間が目の前に一人。
「私は嫌だ。翔馬がいわれもない罪で責められるなんて許せない」
「だったらどうしろっていうんだよ。まさか爆弾を見逃すリスクを背負えと?」
「違う、そういうことじゃない。どうすればいいんだろう。こんなとき、いくら魔法が使えても無力だ……」
 涙腺が決壊しそうな氷華梨に俺は絶えきれなくなった。
 だから、考える間もなく彼女を抱きしめていた。
「まだ泣くような時間じゃない。考えよう。きっと手はある」
 氷華梨の温かさを腕の中に感じて、俺は少し落ち着きを取り戻せた。
「そうだね。うん。きっと、解決策はあるよ」
 氷華梨の声に元気が戻っていたので、俺は彼女を放した。
「それでさ、この問題はやっぱり俺たちだけでは手に負えないと思うんだ。仮に爆弾を探すとしても、学校中を探し回る必要がある」
「でも……先生たちに相談したらその段階で学園祭は中止だよ?」
「だろうね。けど幸いにして、この学校には先生たちの意思とはあまり関係ないところで学園祭を動かしている人たちがいる」
「あ……」
 気づいたらしい氷華梨は、小さく声を上げる。
「きっとこの手のトラブルに、学園祭実行局長――北出先輩なら嬉々として乗っかってきてくれると思う。まずはあの人に相談してみよう」

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