アルカナ・ナラティブ/第16話/05

 朝も早いというのに、学園祭実行局室は人の出入りが激しかった。
 それも当たり前だ。今日は一般客を交えてのいわば本番中の本番だ。
 実行室の入口には、人の背丈ほどある大きさで頑丈そうなドラム缶が置かれていた。緊急時代であっても、俺としては異様な光景に目が釘付けだ。
「よう翔馬、おはよう。学園祭一日目、楽しめたかい?」
 室内から俺を発見した北出先輩が、気さくに声をかけてきた。
「おかげさまで退屈しない一日目だったよ」
 北出先輩がクラスに投入した火種のおかげで緊迫感が五割増しだった。
 超エキサイティン! とか思っておかないとやってられない。
「であろう?」
 ドヤ顔で迫ってくる北出先輩。この人に過剰供給されている自信を、世界中の心を病んだ人たちに再分配するべきだ。
「このドラム缶は何だよ?」
「いいえ、それは風呂でした」
 まるで中学英語の教科書の不可思議な和訳みたいな調子で答えてくる。どうしてこんな日本語力の人が組織の長を務めているのか謎だ。
「意味がわからんぞ」
「実はな、実行局男子メンバーの内輪会議で五右衛門風呂はロマンって結論になったんだよ。んで、思い立ったら吉日じゃんか。調べたら使えそうなドラム缶がネット通販で安かったんだ。というわけでみんなで私費を出し合って買った」
 しまった。この組織は北出先輩のみならず全体的に頭が悪い。
「使う機会あったのか?」
「それが全然! よく考えたら学校の敷地内で火を焚ける場所がなかった。いやー、この北出叶矢ともあろう者が、こんな初歩的な失敗をするとはな!」
 この人、自分への信頼が天井知らずだ。ここまでくると何かしらの精神疾患を疑うべきだ。病名は知らない。誰か北出病として学会に発表してもいいのよ?
「失敗なしには青春は過ごせないわけか」
「ザッツ・ライト! んで、こんな忙しい時間にわざわざ無駄話で脱線してるってことは、相当に言いだしづらい案件を持ってきたと見るが如何と?」
「うっ……」
 予想に反して北出先輩が鋭い指摘を繰り出してくる。
「あ、ああ。北出先輩は学園祭二日目、完遂したいよな?」
「愚問だな。今のテンションなら、例え爆弾を仕掛けたから中止しろって脅迫があってもぶっ通せる」
「……マジで?」
 偶然なのかは知らんが、北出先輩が話の核心を抉ってきた。
「アリタ前だ……じゃない、当たり前だ。この北出叶矢に二言はない! 年に二、三度しかない!」
 逆に言えば年に二、三度はあるんだ……。
 豪快に笑う実行局長に、他の人々には聞こえないよう耳打ちする。
「実は俺のケータイに、学校に爆弾をしかけたから学園祭を中止しろって謎のメッセージが来たんだけど」
 ここまで話が飛躍していると荒唐無稽というか、もはやギャグにしか聞こえない。
 けれど、俺としてはおちゃらけた態度で話せるわけもない。
 さすがの北出先輩も、俺から事態のシリアスさを察して眉間にシワを寄せる。
 そして、
「ふぁーーーッ!」
 奇声を上げていた。
 しかし、その顔に混乱の色はない。
 むしろ、嬉々として笑っていた。
 って、ここ笑うところ?
「ちょ、おま! それはヤベえ。念のため確認しておくがマジで?」
「俺としては冗談であってほしいよ」
「OK、マジ中のマジなわけな。了解した。詳しい話は人がいないところで聞こう。おい、お前ら、ちょっと席を外すからしばらくの間、俺なしで準備を進めてくれ!」
 北出先輩は実行局室で右往左往していた実行局メンバーに告げる。
 すると、
「よくわからんがいってらっしゃ!」
「私たちは北出先輩がいなくても大丈夫です!」
「というか現場指揮は各務原先輩の方がわかりやすいって!」
 などと心強い言葉を返してくる。
 あれ、もしかして北出先輩っていらない子扱いですか?
「酷い言われようだけどいいのかよ?」
 とりあえず聞いてみた。
「問題ないさ。この段階になってメンバーが頭を頼ってるようじゃ準備不足も甚だしい。俺は今日に備えてしかるべき用意はしてきたさ」
 ものは言いようなのか、それとも本気で言っているのか。彼の場合は虚勢なんて張らないだろうから後者なんだろうな。
 俺と氷華梨、そして北出先輩は体育館裏のスペースへ移動した。
「んで、爆弾がしかけられたってのは、誰からの脅迫だ?」
「わからない。電話は知らない番号からだったし、声も機械か何かで変えられていた」
「明らかに不審人物からだな。そいつからの電話で気になったところは?」
「特には……。ただ、相手は俺に恨みを持っていると言っていた。だとしたら、俺が昔起こした事件と関係があるのかなって」
「ふーん、確か投資詐欺の主犯だったんだよな、翔馬って」
「改めて言われると心が痛む」
「案ずるな。別にその件でお咎めをしようってんじゃない。けど、生きてればそれ以外でも恨まれることあるだろうよ。そっちの可能性も見落とさない方がよくない?」
「例えば?」
 心当たりはあったが、念のために聞いておく。
「つーかさ、普通に考えて周防さんみたいな美人が彼女なんだ。嫉妬する奴はいると思うぜ?」
「私……ですか?」
 話題に出されて氷華梨は当惑していた。
「そうそう。古来より美人には人心を惑わせ、時には国を傾かせるだけの魔力があるものだ」
「北出先輩、私はそんなにルックスに自信ないですから、言われてて恥ずかしいです」
「HAHAHA、ご謙遜を。男子の間では『周防氷華梨を悪徳詐欺師から守る会』の発足計画があるぐらいなんだぜ?」
 さらっと北出先輩が爆弾投下。
「なにそれこわい。え、マジでそんな過激派団体存在するの?」
 卒倒しかける俺。
「現状では計画段階らしいけどな。詳しいことは知らんが、まあファンクラブの亜種と思えばよくない?」
「fanの語源がfanaticなのがよくわかったよ。というか、氷華梨の下駄箱にいたずらした連中とかもいたんだけど、それもそいつらの仕業かな?」
「それは違うと思うぜ。守るべき対象である周防さんを不快にする真似はしないさ。そっちの件は、三年女子による『男子を誑かす魔女を許さない会』の人たちじゃないかな」
「うちの学校の生徒って暇なの? 今の時代、ソシャゲとかSNSで時間つぶせばいいじゃない」
「本当だよ。しかもそういう連中に限って、俺の魔法で見える問題児としての認識度は低いんだぜ? 陰でこそこそ動いている奴は赤みが足りない」
 相変わらず効果が微妙な北出先輩の魔法【レッドゾーン】。『問題児がわかる』ってのは使いどころが見当たらない。
「さてと、話を戻そう。今話したように、詐欺事件に絡まなくても翔馬に恨みを持つ輩は案外いる。そいつらが爆弾騒ぎまで起こすかは謎だけど」
「だよなあ。下手したら自分もお縄になりかねないなら、脅迫電話なんてしないよ」
「あるいはアルカナ使いの中で翔馬に恨みを持っている奴は?」
「これまであったアルカナ使いとは基本的に良好な関係を築いていると信じたい」
「本当に?」
「……改めて考えると、関係が微妙なのが二人ほどいる」
「誰?」
「名壁と有馬」
「ほほう。それぞれから恨まれてるかもと思う理由は?」
「名壁は氷華梨にちょっかい出してきたから退けた。有馬は氷華梨の魔法を強奪してきたから奪還した」
「うん、つまりアルカナ使いとのいさかいの中心には周防さんがいるわけだな」
 北出先輩の指摘に、氷華梨は伏し目がちな表情。
「北出先輩がさっき言ってた美人は人心を惑わせるっての大当たりだな」
「もう翔馬ったら……」
 俺の言葉をからかいと受け取ったらしく、氷華梨は頬を膨らませていた。けれど、恥ずかしそうに赤らんでいる頬は可愛らしい。
「んじゃ阿加坂と名壁、有馬も一応容疑者候補にしておこう」
「いや、名壁に関しては外してもいいと思うぜ?」
「その論拠は?」
「あいつは自分の魔法を自分に使って、声が出せなくなっているから。声を奪われたあいつが電話できるわけがない」
「実はその電話の音声は、誰かに頼んで事前に吹き込んでいた録音だった可能性は?」
「ほぼないな。会話の文脈的に、アドリブじゃないと応答できない部分はあったはずだ」
「となると犯人である条件は、自分で声を出せることか」
「お世辞にも犯人を絞り切れたとは言えないな」
 それで除外されるとしたら、俺の知っている人間の中では名壁と藤堂先輩くらいだ。藤堂先輩の場合、仮に喋れてもそんな意味不明な犯行声明など出すわけがないけど。
「んでさ、翔馬。お前はどうしたい? 学園祭続行する? それとも中止させる?」
 北出先輩は急に真剣な顔つきになる。
「それは……北出先輩が決めることじゃないのか?」
「馬鹿を言うんじゃない。犯行予告を受けたのは翔馬だ。だからお前が決めろ」
「つまり何があっても俺が責任を追えと?」
「話を聞いた以上は俺も責任を負う必要がある。でも、これはお前の持ってきたトラブルだ。だったら、お前が選択しないでどうする。俺が魔法で見るお前の背後には、綺麗な問題児の赤が放たれている。それを裏切るな」
「俺は……」
 言いよどむしかない。
 ここから先は決断するかしないかの話だ。
 学園祭の続行か中止かどちらか選ぶ。結論を出すのは恐ろしいことだ。
 しかも今回の場合、タイムリミットが設けられている。
 決断しないという結論に至った場合は、決断しないという決断をしたことになってしまう。
 ごくりと生唾を飲み込む。
 ここは人気の少ない場所であっても、離れたところからは生徒たちの賑やかな声が聞こえてくる。
 とても朗らかで、楽しそうな空気が学校を包み込んでいる。
 残念ながら、俺には彼らの思い出づくりを邪魔する権利はない。
 俺が脅迫された件を教師に話せば、学園祭に携わったすべての人々の想いがお流れになってしまう。
 ならば、結論は一つしかない。
「学園祭は中止すべきではない。何が起きても責任は俺が取る。だから、俺が脅迫を受けたって話、北出先輩は聞かなかったことにしてくれ」
 深々と頭を下げるしかない。
 そんな俺に【塔】のアルカナ使いは言う。
「よし! そうでなければならない! リスクに立ち向かう覚悟がなくて何が人生か」
 あまりに意気揚々とした態度に、俺は頭を上げて北出先輩を見る。
【塔】は笑う。
 この上のない娯楽に興じているような、恍惚として、同時に狂気的な相好。
「褒めてもらえてるなら嬉しいよ」
「俺は今、お前を心底見直してる。土壇場で逃げないお前は、どう見積もっても自分の物語を生きる者――すなわち問題児だ」
 あいかわらず北出先輩の中での問題児に定義が振り切っている。
 獰猛な笑顔のままで北出先輩は続ける。
「やることが決まったら、その実現方法の検討だな。俺は翔馬に協力しよう。学園祭のまとめ役として、来賓に危険が及ぶのは我慢ならない」
「俺としても、学園祭に詳しい人の協力が得られると助かる。でも……いいのか? 今日は指示だしとかで忙しくなるんじゃないか?」
 学園祭運営のトップが、まさか爆弾探しをするわけにはいくまい。
「おいおい、お前の眼は節穴か? さっき実行局員のメンバーも言ってただろう。当日本番は俺がいなくてもきちんと回せる準備はした。ぶっちゃけ今日の俺は暇人じゃないといけないんだよ。学校視察に来る市のお偉方への挨拶とか除けば、俺は有事の際のために実行局室に待機予定だった」
「本番でリーダーの仕事がないことが真のリーダーの条件ってことかい」
「うちの組織の場合、現場指揮は各務原先輩が卓抜してるから。あの人にはいくら俺でも頭が上がらない」
「北出先輩が誰かに謙虚ってのが驚きだよ」
「俺の人生の主人公は俺だ。とはいえ敬意を示す相手ってのはいるものさ」
 自分自身を人生の主体と置く。
 すなわち、自分の物語を生きる。
 だとするならば、北出先輩もまたどうしょうもない問題児だな。
「とりあえず基本方針は決まったな。俺と氷華梨はいったんクラスに戻って教室のメンバーとクラス企画のシフトの割り振りを再検討してくる」
「了解。俺も一般客向けのオープニング挨拶がある」
「今日もまた、『北出が来たで』とか言っちゃうつもりか?」
 話の本筋から大幅にずれるが、気になったので聞いてみた。
「緊張を解きほぐすのにはありだと思うんだけどな、あれ。でもさあ、実行局のメンバーからあれは寒かったってアドバイスがあった。近年まれにみる自信喪失だよ」
「もういっそ普通の挨拶した方が早くない?」
「馬鹿を言え。俺にとっての一世一代かもしれない舞台だぜ? リーダーが出しゃばらないで、他の誰が出しゃばれようか!」
「間違った方向に責任感を発揮しないでくれ」
「あーあ、なんかこう、全人類がどっかんどっかんと笑うギャグってないかね?」
「そんなの開発できたら、ノーベル平和賞ものだよ」
「いいね、それ! お笑いで世界を救うか。ヤベエ、カッコイイ!」
「どっちかというと、自分の足もとをすくわれそうだな」
「千里の道も一歩からさ。つーわけで、まずは今日やるべきことをきちんとやってのけよう!」
 そう言うと、北出先輩は自らの手を頭の高さぐらいまで当てて、手のひらをこちらを向けてくる。
「もちろん! 最高の学園祭にしよう!」
 俺は彼の手に自分の手を打ち鳴らす。
 ちょっと演出過剰なハイタッチ。でも、これから来るかもしれない修羅場に立ち向かうにはこれぐらいの威勢の良さがないとやってられない。
 えらく大きく見える北出先輩の後姿を目に焼けつけてから、俺は氷華梨と教室へ帰還する。
 事実上の問題は何も解決していない。
 しかし、背中を預けられる人間がいる。
 だから、もう不安はない。

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