アルカナ・ナラティブ/第16話/07

 爆弾探しといっても、校内全域を一人で探すには範囲が広すぎる。
 俺は一旦学園祭実行局室へと足を運んだ。
 爆弾を仕掛けやすい場所があるとすればどこか。それを一番よく知っているのは学園祭の運営役のトップだ。
 仮にそこまでわからなくとも、校内マップくらいは用意してあるだろう。爆弾探しのヒントになるかもしれない。
「翔馬が来たで~」
 しょうもないギャクを飛ばしながら、実行室に入室。ギャグっていうか、そもそもどこにも言葉がかかっていないけれど。
「よくぞ参られた。俺の持ちネタをラーニングするとは正直感服した。いいだろう、そのギャグはお前にやろう」
 べた褒めされてはみたものの、ある種の羞恥プレイと化していた。
「すまない、北出先輩。俺が悪かった。氷華梨と別れる以外なら何でもするから許してくれ」
「ん、今なんでもって言ったよね?」
 とかネット界ではテンプレートと化したやり取りをしてアイスブレイク。
 人気の少ない室内を見渡して、俺は開いていた席に着く。
 室内にいるのは、俺と北出先輩、そして長い髪で顔の半分を隠したワンピースの少女。
 うん……最後の一人は誰だろうか。
 学生服を着ていない以上はうちの学校の生徒でない可能性が濃厚か?
 いや、でも今日は学園祭だ。何かのキャラのコスプレでもおかしくない。むしろそうであっていただきたい。
 呪いのビデオの映画みたいにテレビから出てきたとかはやめてください。今日日ビデオはもう古い。DVDを飛び越えて動画サイトが全盛期の時代なのだ。
「先輩、この方はどなた?」
 まずはきちんと聞いておこう。
 もしも俺には見えて、北出先輩には見えていない類の存在なら俺は速攻でこの部屋から逃げ出す。
「その女の子は俺にとっての最終兵器だ。名前はセツリっていう。現在中学三年生」
 さらっと説明してくれたが、なるほど、わからん。
 とりあえず北出先輩にも見えている存在なのはありがたい。
「えっと初めまして。俺は瀬田翔馬だ」
 挨拶は大事だと古事記に書いてあったかは知らないが、それでも挨拶は大事だ。俺は簡単に自己紹介しておく。
 これにセツリなる少女は、怯えながらもうなずいた。
 あれ、俺ってば拒否されてる?
「あー、まあ、なんだ。その子はちょっと事情が複雑でね。ちっと声が出せないんだわ。なんで、多少のぎくしゃくした態度は堪忍な」
 北出先輩は手を合わせて謝ってくる。
 北出先輩がそこまで下手に出てくるのが意外で、俺は当然に女の子を責められはしない。
 彼の言う複雑な事情がどんなものかは推し量れない。もっとも、俺とて複雑な事情を抱えた人間には慣れてきた。
 俺自身が後ろ暗い過去を持っているのはいうに及ばず。氷華梨だって最初は接し方が難しい子だった。他のアルカナ使いたちも、往々にしてそんな連中だ。
「んで、先輩。これから本格的に爆弾探しをしたいんだけど、校内に爆弾を仕掛けやすそうなポイントってある?」
 謎の少女セツリがいる中で爆弾という単語を使うのは不注意だろうか。でも、彼女は声が出せないと言っているし、まあ大丈夫だろう。
「狭いようで色々と死角のあるのが校舎ってものだからな。闇雲に探すのは得策ではない。とりあえず、校内マップは用意させてもらった」
 そういうと北出先輩はA4用紙に印刷された校舎の平面図を俺に渡す。
「犯人の目的が俺を陥れるためなら、実は誰かを殺傷する必要はないんだよな」
「だろうね。どこかで爆発物が起爆した。これだけで翔馬が報告を起こった責任を追及できる」
「でも、それをするためには犯人は俺が爆破予告を受けていた事実を公にする必要がある。それはどうするつもりだろう?」
「そこがネックか。となると、やっぱり小規模であっても爆発は起こりうるかもな」
 北出先輩の分析に、頭が痛くなってきた。
 爆弾事件の犯人を無視はできないわけだ。
「んでさ、翔馬。まず確認しておきたいんだけど――」
「どうした?」
 北出先輩がおずおずとした態度を見せるとは珍しい。
「爆弾事件といったら、これはかなり重要なポイントなんだが……」
「これって……どれ?」
 俺の中で緊張感が増していく」
「爆破時刻ギリギリに爆弾が見つかったとしたら、赤いコードと青いコードのどっち切る?」
 しょうもない質問だった。
 限りなくしょうもない質問だった。
 なので俺もしょうもない答えを返しておく。
「実はもう一本、ピンクのコードがあるかもしれないぜ」
「その可能性は無視できないな。でも赤と青だったらどっち切りたい? カノジョ持ちのお前としては、赤い糸は切りたくないとかいっちゃう?」
「それは国民的なアニメ映画のネタにあったな。どっちかというと、問題児の赤との御縁を切りたいよ」
「まるで俺と距離を置きたいみたいな言い回しだな」
「先輩とっていうか、トラブル全般とおさらばしたい」
「やれやれ、これだから人生の楽しみ方を知らん者は困る。トラブルといったら、人生を豊かにするコンテンツだろうに」
「先輩の考え方はいつまでも謎だ。トラブルのどこかいいんだよ」
「トラブルが起きる。解決しようと奔走する。自分が強くなる。ほーら、こんなに楽しいことはない」
「先輩、学園祭が終わったら病院行った方がいいぜ」
「病院? 馬鹿な、俺は健康診断では問題なかった。心身ともに健康そのものだ。ここまでいくと、もう宇宙飛行士とか目指しちゃっても不思議じゃないね」
「協調性ゼロな先輩には無理だろう」
「待たれよ、【塔】の次のアルカナは【星】だ。ならばこそ、星に関係のある仕事を目指すのは何が間違いと言えるだろうか!」
 論理的にぶっとびすぎである。
「先輩、なにがどうして【塔】のアルカナ使いなんてやってるんだよ。先輩の過去に葛藤とかあるとは思えないんだけど」
 アルカナ使いの魔法って、悩みとかコンプレックスの現れじゃないの?
「うーん、これでも色々ある人生だったけど、一番辛かったのはアレかな。中学時代に好きだった子が死んじゃったことかな」
 凄いことをさらりと言い出した。
 しまった、アルカナ使いの過去なんて安易に聞くものじゃなかった。
 なのに北出先輩は続ける。
「実は通ってた中学に問題児って呼ばれる生徒がいてさ。俺が好きだった子は暴れるそいつを止めようとして、うっかり階段から突き落とされたの。んで、頭の打ちどころが悪くて……それで、ね」
 まるで昨日の夕飯のメニューでもおさらいするみたいな言い分。
 だからこそ、俺は彼から狂気を感じずにはいられなかった。
「俺、その子のこと本気で好きだったんだけどさ。結局、想いを告げられなかった。守ることもできなかった」
「そんなに自分を責めるなよ」
 聞いているこっちの方が辛くなる。
「いや、責めてないぜ。だってさ、俺とその子は別に交際してたわけじゃない。仲のいい友達くらいだ。だから、自分を責める義理はない」
「本当に?」
「本当に本当。ご心配なされるな。でもさ、時々考えるんだよ。その子はすごくいい子だった。この俺が憧れるほどにできた人間だった。だから……俺はその子が生きられなかった分まで、その子ができなかった分まで生き抜くべきだって思ったんだ」
「もしかして、問題児と積極的に絡むのってそれが理由?」
「かもね。例えば、一人でも多くの問題児を真っ当に生きさせられたら、一つでも多くの武勇伝をつくれたら、天国にいるその子に恥じない人生だったと言えると思うんだ」
「そうすれば……閻魔様にドヤ顔ができるってわけか」
「大当たり。そう言う意味で、閻魔様すら腰抜かすような魂をつくることが俺の人生の課題だ。自分磨きはまず魂からってね」
 笑いながら言うが、しかしやがて北出先輩は気づく。自分の頬に涙が流れていることに。
「あーあ、俺もまだまだ三流だな。こんなことを思い出したくらいで涙腺が緩んでいるようじゃ。これじゃ天国にいるその子に笑われるよ」
 ぎくしゃくと無理矢理に笑おうとする先輩。
「泣いてもいいんじゃないかな。笑って過ごすだけが人生じゃないんだし」
「阿呆を言うな。せっかくの学園祭本番だぜ? ハレの日に湿気た顔なんてできるかよ」
 ああ、この人は元々強いわけではないんだな。
 強がっていたら、なんとかかんとか強くなれた。
 それだけの人なのだ。
 そういう意味では、もしかして俺と北出先輩は似ているのかもしれない。
 いやまあ、俺は強がっているだけで本当に強くなれたのかは謎だけど。
 でも、氷華梨やクラスメイトのためなら強くありたいと切に思う。
「なあ翔馬。お前にはカノジョがいる。本当にその子のことを思ってるなら、石にかじりついてでも一緒にいてやれ。それがエゴかどうかなんて二の次だ」
「俺のせいでカノジョが苦境に立たされても?」
「むしろロミオとジュリエットみたいに、困難があった方が燃えるかもしれないぜ? あ、でも毒薬あおるのはなしの方向で」
「耳の痛いお言葉だ」
 夏休みに、騙しとはいえ四塩先輩の『毒薬』を飲んだ俺としては笑い話ではない。
「ところでさ、北出先輩――」
「何かね、翔馬後輩」
「そこの女の子は本当に何者だよ?」
「ああ、その子は……いずれわかるかもね」
「北出先輩が隠し事ってのが胡散臭くてしょうがない」
「これは俺の見立てだけど、今日の学園祭が終わる頃には彼女が誰か教えられる。それまでは我慢してくれ」
「もしかして……エンディングかなんかを飾るサプライズゲスト?」
「うーん、まあ、なんというか……翔馬にとってはサプライズかもな」
「ますますわからん。まあいいや。俺は爆弾探しに出かける」
「目星はついてるのか?」
 北出先輩が痛いところをついてくる。
「それだよなあ。闇雲に探すのは賢くない。学園祭が始まった今となっては一般客もいる。どこを探していいのか正直検討もつかない」
 爆弾が仕掛けられた『場所』にフォーカスすべきか。それとも爆弾を仕掛けた『犯人』に注目すべきか。それすらも決められない。
 ふらふら歩いていたら犯人発見とかいったら、全てのミステリー作家がブチ切れるだろう。
「じゃあさ、とりあえずアルカナ使いを訪ねてみたらどうだ?」
「何かのヒント?」
「いやまあ、何というか何だかんだでアルカナ使いは問題児軍団だからな。警戒を払うのはありだと思うんだ」
「……本格的に北出先輩は何か隠してるっぽいな」
「ああ、まあ。実は隠し事はしている」
「だったら情報を開示してくれ。一刻を争う状況なんだ」
「うーん、それはちょっと……」
 いつも威勢のいい北出先輩らしさがゼロ。
 ここまでくると逆に聞くのがためらわれる。
「とりあえず、アルカナ使いを尋ねればいいわけだな。了解した」
 それだけのヒントがあれば、動きやすいのは事実だ。
「行ってこい翔馬。行ってトラブルと踊ってこい」
 北出先輩は不敵に言ってくる。
 やれやれ、俺はトラブルなんてゴメンだっての。
 でもまあ、それが人生の主人公である条件なら少しありなのかなとか思っている自分もいるわけで。
 俺も中々に頭のネジが緩んでいるな、こりゃ。
 アルカナ使いに会いに行け。それがヒントだ。けれど、数が多すぎる。誰から会えばいい?
 アルカナ使いをおさらいすると以下の通り。

【魔術師】瀬田翔馬(つまり俺)
【女教皇】周防氷華梨
【女帝】三国煌
【皇帝】阿加坂光栄
【司祭】天野篝火
【恋人達】陸原立花
【戦車】槍先悟
【正義】名壁司
【隠者】丙火野江
【運命の輪】久留和来海
【力】藤堂キズナ
【吊し男】大江杏子
【死神】四塩虎子
【節制】各務原水鏡
【悪魔】有馬紅華
【塔】北出叶矢
【星】????
【月】????
【太陽】????
【審判】????
【世界】????
【愚者】????

 ……思い返してもみても数が多い。というか、まだ正体不明のアルカナ使いが後半部に偏っている。
 知っているメンバーの中で怪しそうなのは……やっぱり有馬だよなあ。俺との確執は残ったままだし。
 何かやらかしかねないって意味では名壁も入るけど、声を奪われたあいつじゃ俺に電話してくるのは無理。これは除外しよう。
 有馬に会うとしたら、もう一回教室に戻る必要がある。
 でも、有馬にもう一回会えたとしても彼女が素直に事情聴取に応じるとは思えない。
 さてはて、どうしたものか。
 有馬を呼び出せる人間……一人いる。
 誰あろう北出先輩である。有馬も学園祭実行局の一員だ。その組織の長である北出先輩なら、何かしらの理由をつければ招集可能なはず。
「北出先輩、折り入って頼みがある」
「有馬でも呼び出すか?」
 なるほど、よくわかってらっしゃる。
「理解が早くて助かるよ。……ダメ?」
「ダメじゃないけど……有馬のこと疑ってる?」
「万が一にもアルカナ使いの中に犯人がいるなら、彼女が一番可能性が高い」
「動機の面からすれば、確かに怪しいか。オーケー、オーケー。ここは実行局長の権力を濫用してやるよ」
 北出先輩はケータイを取り出し、通話する。
「あ、もしもし。オレオレ、実は有馬に大事な用事があって実行局室に来てほしいんだ」
 北出先輩の気さくな態度は、とても爆破予告を受けている学園祭の長とは思えない。
 肝が座っているとかいうレベルではない。
 もはや壊れている。
 だけど、壊れた人間だからこそできることもあるに違いない。
 ともすればはた迷惑にもなりかねない人間でも、彼は自分の持ち前をフルに活かしている。
 そんな北出先輩と自分を比較して、また自己嫌悪。
 いや、今はそんなことは頭から追い出そう。大事なのは、学園祭をつつがなく終わらせることだ。
 今日という良き日に、トラブルなんて起こらなかった。周りの人間にはそう思ってもらわねばならない。
 それは隠蔽であり、俺がもっとも忌み嫌う詐欺。
 だから、死後の世界があったとしたら俺は地獄に落ちるだろう。
 参ったね。
 氷華梨は絶対に天国に行く部類の人間だから、死は二人を分かつわけだ。
 まあ……無神論者の俺としては天国も地獄も、閻魔様も最後の審判も信じてないけれど。
 氷華梨が幸せになれば、俺なんてどーでもいいや。
「はいはい、んじゃお願い」
 電話越しの有馬に言うと、北出先輩は通話終了。
「有馬は何だって?」
「今のシフトが終わったら実行室に来れるってさ」
「有馬のシフトが終わるまで後三十分か……。それまで待つしかないよな」
「だよな。とりあえず、その間に校内で爆弾探ししてみる?」
「それがベター……だよな」
 そこまで言ったときだった。
 俺のケータイが鳴り響く。
 ディスプレイを覗くと『丙火野江』とあった。
「もしもし、どうした?」
「翔馬君、今どこにいるのかね?」
 ヒノエ先輩の声には刺があった。元々テンションの低い人だが、いつも以上に朗らかさとかけ離れていた。
「今は学園祭実行局室だ」
「そうかね。だったらすぐに魔法研究部室に来たまえ。お説教の時間だ」
「はい?」
 不機嫌な声と合致する言葉の内容。
「怒られる理由の見当がつかないな」
 やましいところがないから怒られる理由に思い当たりがないのではない。思い当たるフシが多くてどれが原因かわからないのだ。
「あー、イフイフ翔馬?」
 電話越しにご陽気な声が聞こえてきた。
「イフイフ……もしもしってことかい。っていうか、そういうトンチいらないから。何のようだ天野先輩?」
 今やすっかりヒノエ先輩のカレシである天野篝火氏である。
 せっかくのリア充なんだ。呑気に学園祭を楽しめばいいのに。
「おっと、今の俺は天野じゃない」
「んじゃ何だよ?」
「うん、えーっと、オチは考えてなかった。やっぱりオレはどこまで言っても天野篝火だ」
 しょうもないノリは全くもって天野先輩だった。結局、人間は自分以外の誰かには生まれ変われないのだ。……俺も悟りの境地に足を突っ込んでいるのかな?
「とりあえず、今すぐ魔法研究部室に行くわ」
 と告げて、俺はケータイを切る。
「いってらっしゃい」
 北出先輩はのっそりと、面倒くさそうに手を振る。
 俺は実行局室を出て、早足で呼び出し先へ向かう。

次→

←前

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする