アルカナ・ナラティブ/第16話/08

 部室の扉を開けると、
「おこしやす」
 と気さくな天野先輩の声。
 一方で部屋の奥のパソコン用チェアに腰掛けるヒノエ先輩からは黒いオーラ。
 これは罵られるコースですか?
 むしろ、そういうのは天野先輩にして差し上げた方がいいんじゃないかな。天野先輩ならヒノエ先輩の罵声であっても賛美歌として楽しめそうだ。
「翔馬君、これはどういうことかね?」
 ヒノエ先輩はパソコン画面を顎でしゃくった。
 むしろ、学園祭本番に部室でパソコンいじってる辺りにびっくりだ。
 さすが【隠者】である。逆位置の意味に『引きこもり』ってあるだけのことはある。
 パソコンディスプレイを覗き込む。
 そこにあったのは、某大手掲示板サイトが表示されたブラウザ。
 内容は――。

【転移禁止】詐欺師のいる学校に乗り込んでみた

 スレッドのタイトルを見た瞬間、俺は卒倒しそうになる。
 人の目を集めたいだけのネット民が書き込みをしているらしい。
 ネット民の振り切った行動力には頭が下がる。
 敵に回すと恐ろしいタイプの人間たちだ。ただし、味方につけてもしょうがない連中でもあるけど。
 しかも書き込みしてる連中の中に『嘘つきカフェ』の情報を掴んでいる奴もいた。
 書き込みを追っていくと、絶世の美少女が変則ダウトで敵をバッサバッサと倒しまくってるとある。
 あ、ちなみに変則ダウトのゲーム名は『だうと!』です。ひらがな表記することにより、花の女子高生が制作に関与した感じを出しております。
 書き込み主は氷華梨を指してprpr(ペロペロ)したいほど可愛いと評している。けど残念、その子は俺のカノジョです。
 閑話休題。
 書き込み主のリビドーなどどうでもいい。
 とりあえず、氷華梨は善戦しているみたいだな。……全然心配なんてしてなかったけど。
 んで、書き込み主曰くその子(つまり氷華梨)を倒さないと『魔王』に会えないとある。『魔王』こそが件の詐欺師に違いないと予想している。
 お見事な推測。知恵が回る。
 書き込み主はどうやったら『魔王の腹心』である少女を倒せるか知恵を応募している。
 みんなして全戦全勝の少女のトリックを見破ろうと必死だ。
 配ったカードがどこにあるのか暗記しているに違いないとか、カンニング用のミラーがあるに違いないとか的外れな意見が出ている。
 とはいえ、実は嘘を見破る魔法が使えるって真実の方が荒唐無稽だ。あえて誤答を笑いはすまい。
「んで、ヒノエ先輩。これの何が問題?」
「君は氷華梨君一人に丸投げして恥ずかしくないのかね?」
「氷華梨は了解済だよ。っていうか、このアイデアの発案者はあいつだ」
 俺の説明に、ヒノエ先輩は眉間のシワを寄せる。
「それは……どういうことかね? 氷華梨君が君をかばって何の得がある?」
「いや、別に俺ら損得勘定で付き合ってるわけじゃないから」
「ああ……確かに君たちは打算の関係ではないだろう。だったら……なぜ?」
「氷華梨がクラスで客をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返してる間に、俺は自由に動ける時間をもらってるんだよ」
「もっと詳しい説明を求める」
 ますます眉間のシワが深くなるヒノエ先輩。
 そんなやり取りに横入りしてくる者がいた。
「怖い顔しないでくれよ、ヒノエ。俺としては笑ってる顔のお前が一番だと思うんだ」
「しかし篝火、私にはまったく納得できないぞ」
「安心しろ、オレも完全には理解できない。ただし翔馬がわざわざ持ち場の教室から離れてるんだ。やむにやまれない理由があるんだろうよ」
 相変わらず鋭い天野先輩。
「そうなのかね?」
 ヒノエ先輩の問いに俺は、
「ああ。俺にはどうしてもやらなきゃいけないことがある」
「まるで、宿命の敵に臨むような目をするのだね」
「それ以上だよ。俺は今やるべきことを絶対に失敗できない。この学園祭を楽しんでる連中のためにやり遂げる必要がある」
 ヒノエ先輩の視線を、ど真ん中から受け止める。
 彼女はやがて困ったようにため息を一つ。
「ここで君が詳しい事情を話さないということは、話せないと考えるべきだろうな」
「お察し、感謝する」
 持つべきものは後輩のわがままに目をつむってくれる先輩だね。
 有馬が来るまでに時間がある。
 慌ててもしょうがないし、ちょっと彼らと雑談でもしていこうかな。
 もしも、今日を乗り切れなかったら俺は学校にいられなくなるのだ。最後の会話と思って、馬鹿話を楽しむのも悪くない。
「ところで先輩たちは学園祭を見て回らなくていいのか?」
 これは当然の疑問だ。
 せっかくの学園祭なのだ。こんな学校の僻地にある部室に篭る必要もあるまい。
 ……それとも二人で篭っていかがわしいことでもしていたというのか?
「別に学園祭だからといって、混雑する学校を右往左往する必要はあるまい」
 ヒノエ先輩は、顔を伏せながら言う。
 表情が暗い。
「なんというか、オレの方に問題があってね。学園祭に向けてあちらこちらではしゃいでたら、本番当日にバテちゃったのさ。今は休憩中だ」
 とか取り繕いはじめる天野先輩。
 バテたというか、もしかして……。
「体力が持たなかった?」
 失礼を承知で聞いてみる。
「お、おう。その言い方だとオレが甲斐性なしみたいだな。くそぅ、こんな屈辱久しぶりだ、でもゾクゾクする!」
 天野先輩のおふざけ。
 俺はごまかされない。
「そういうのいいから。天野先輩、身体の調子はどうなんだ?」
 彼の健康問題は深刻な話題だ。無理矢理に踏み込んでいいのかは悩ましい。
 でも、俺は聞かずにはいられない。好奇心とか老婆心とかではなく、本当に心配だったのだ。
「妙なところで翔馬は生真面目だね。だけど気にするな! ……とは言えないよな」
「すまない」
 あれ、どうして俺、泣き出しそうな気分になってるんだろう。
「ぶっちゃけ、オレの身体は良くない。俺の体はボロボロさ」
 小粋な調子で不思議言語を混ぜてくる天野先輩。
 ここは笑うべきなんだろうか。彼が笑ってほしいと願っていても、俺は笑えない。
「どうしても治せないのか?」
 彼いわく自らは不治の病という。
 でも、万が一にも間違いだってはるはずだ。
 医者の診断がいつだって正しいとは限らない。
 誤診だってあるはずだ。天野先輩を診た医者は、医学界の汚点となるようなヤブ医者でないとどうして言える?
「だったら一応言っておく。治る治る、病は気からだから超治る。高校卒業後の新生活がバラ色で困っちゃう!」
「とりあえず……信じておくよ」
 この場に嘘を見破れる氷華梨がいなくてよかった。彼女さえいなければ、俺はいくらでも俺自身を誤魔化せる。
「えーっと、まあ、あれだあれ! オレの命だから細かいことだから、誤差として丸めていけばいいと思うよ?」
 天野先輩としては場を和ませるためのジョークのつもりだったのだろう。
 でも、俺は無視なんてできなかった。
「細かくなんかない!」
 ついうっかり。
 俺は叫んでしまっていた。
「どうして天野先輩は自分のことをヘラヘラ笑っていられるんだよ!? あんたがいなくなったら、悲しむ奴は絶対にいる! 俺を含めたそいつらのことを考えたことあるのかよ!」
 それどころか説教のおまけつき。偉そうに振舞う自分が嫌になる。
「痛いところをついてくるね。ぶっちゃけてしまうと、オレがいなくなって誰が悲しむかは考えたくないんだ。欲を言えば、世界中の連中から『ざまあみろ』って嘲笑される最期を希望している」
「自分のせいで人が悲しむのは嫌だというのは傲慢で強欲だ」
「存じておりまする。でもさ、野望に燃えるだけならいいじゃないか。……ダメ?」
「ダメに決まってる。というか、天野先輩が誰にも影響を与えずに消えていくのは無理がある」
 この人は、もうちょっと自分が周りに与える影響を考慮すべきだ。
「まいったね。後はオレが世界を混沌の海に陥れる魔王になるくらいしか手がないな」
「意味不明だ」
「だってさ、もしオレがオレを知る人間たちから忌避される存在になってみろ。そうすれば、オレがいなくなる方がハッピーエンドだ」
「天野先輩、世の中には言うべきでないジョークってあるわけだが?」
 自分の抱く感情が何なのかわからなくなってきた。
 憤怒なのか無力感なのか、それともあっけらかんとした天野先輩への羨望なのか。
「翔馬君、そこら辺で篝火を許してやってはくれないか?」
 ヒノエ先輩が心底悔しそうな声で言ってくる。
「でも……!」
「君がそこまで何かに熱くなれるのは正直意外だし、それが篝火のためなのはすごく嬉しい。……でも、もういいんだ」
「何が!?」
「私はね、決めたんだよ」
「……何を?」
「仮に篝火に残された時間が短くても、いや、短いからこそ、この先何十年にも匹敵するような最高の時間を彼と過ごす」
【隠者】は淡々と、しかし力強く語る。
 言い返せない俺に、彼女は畳み掛けるように続ける。
「だから、篝火の野望は潰えるしかない。篝火が世界中の誰からもそっぽ向かれたとしても、その中に私は含まれない。誰からも嘲笑されるような死に方は……篝火には不可能だ。なぜなら――篝火のそばには私がいるから。絶対に、絶対に、絶対にだ」
 天野先輩、愛されてるなあ。
 お熱い二人の邪魔をするのは無粋だな。
「俺、他に用がないならちょっと校内をまわってくるよ」
 ここはお若い二人にお任せしましょうかね。とか、お見合いの仲人気分で撤退を試みる。……先輩方が俺より年上なのは言わずもがなだけど。

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