アルカナ・ナラティブ/第16話/09

 一人でめぐる学園祭というのも風情がある。
 ただし、目的が爆弾探しでないのならだが。
 爆弾を探すといっても、範囲が広すぎる上に人も多すぎる。
 しかも校内全域にわたって模擬店やらデコレーションで賑わっているので死角だらけ。
 アルカナ使いの中に『仕掛けられた爆弾を見つける』魔法の使い手っていないかね。
 そんなピンポイントな魔法があっても困ったもんだけど。
 現在、俺は学園祭正面入口を捜索中だ。犯人が不特定多数を殺傷するつもりなら、必然、人が一番多く集まる場所に爆弾を設置する。一番人が集まるこの場所といえばここか、あるいは体育館ステージである。
 ゲートの裏とか、ゴミ箱の中をこっそりと覗き込んでみる。
 周りの人間からはものすごく不審そうに見られる。
 しまったな。北出先輩に学園祭実行局のスタッフ腕章を借りておけばよかった。それだけでもこそこそと動きやすくなる。
 というか。
 もしも爆弾の存在が露呈したら、こうやって不審な動きをしている俺が真っ先に疑われかねない。
 犯人の術中に完全にハマっている気がしてならない。
 後手に回っている。
 この状況をどうにか打開したいものだ。
「あなた……何やってるの?」
 ついには挙動不審な俺に声をかけるものが現れる始末。
「あーいや、これは学園祭の平和を守ろうとしているわけで、決してやましいところがあるわけでは……。って、大江先輩?」
 俺をうろんげに見つめているのは【吊し男】のアルカナ使いである大江杏子先輩だった。
「夏休みの剣道対決以来ね。その後、周防さんとは仲良くやってる?」
 ため息まじりの挨拶だった。
「二人して【死神】に騙されたり、距離を置いてみたりもしたけど、今ではより強い絆を結んでいるよ」
「うん、どうしてかしら。周防さんが幸せなのは素晴らしいのに、あなたに私の魔法を使いたくなってきた」
 大江先輩の魔法は【ハングアップ】――『特定の誰かを吊るし上げる』という代物だ。
「先輩の手を煩わせなくても、俺に嫌悪感を持ってる輩は大勢いるよ」
「なにせ、あなたはネットで話題の詐欺師ですものね」
「あー、やっぱりそうなんだ。薄々そんな気はしてた」
「あら、意外な言葉。あなたインターネットとかしないの?」
「中学時代は不登校で時間があったから結構やってたんだけどね。高校入ってからは時間食われるのが嫌だから最低限の活用にとどめてるよ。SNSとかもやってないし」
「あなたみたいな人は、もっとネットで情報収集ってタイプだと思ってたわ」
「ネットの情報が信憑性が高くて、しかも内容が深堀されてるものだったらバリバリ使うさ。けど現実は厳しい。情報の信憑性を精査するだけでも手間がかかる」
 まあ、実際のところネット使って自分が叩かれてるのを見るのが嫌なだけだ。
 インターネットはパンドラの箱である。誰かを侮辱したり嘲笑したりが大多数なんだから、好き好んで蓋を開けるのは精神衛生的にはよくあるまい。
 よく泳ぐものは溺れるという諺は、ネットサーフィンにも当てはまる言葉なのだ。
「そうやって割り切れるあなたは、やっぱり賢いのでしょうね」
「ところで大江先輩はどうしてここに? クラス企画とか部活の模擬店とかないの?」
「休憩時間ができたから、友達と合流するところよ。ちなみに凄く可愛い女の子よ」
「ほほう、もしかして恋愛対象として見てる?」
「実はね」
「相手はそれを知ってるのか?」
「いいえ。でも、内堀とか外堀とか埋めていったらゆくゆくは告白したいなあとか考えてるわ」
「自分に素直になる覚悟、できた?」
「あなたに竹刀で小突かれた一件で心を改めたわ。自分の気持ちを押し殺した挙句、好きな子を傷つけるマネはもうしたくない」
「そのせいで、自分が傷ついたとしても?」
「合理的に考えたら好きだって伝えた方が被害が少ないと気づいたのよ」
「それは……やらない後悔よりも、やって後悔した方がマシってこと?」
「ちょっと違うわね。私が好きな子に告白して拒否されたら私だけが傷ついて終わりでしょ? でも、私は弱いから……。自分の気持ちを押し殺したら相手を傷つけることを考えてしまう。そうなったら最悪よね。だって相手も傷つくし、相手を傷つけた私も傷つく。だったら、自分に素直になった方がずっといい」
「それがたとえ試練や苦難の始まりだとしても?」
「私は構わない。幸いにして、【吊し男】が意味するのは試練や苦難らしいしね」
「付け加えると、状況の逆転とかいう意味もあるぜ?」
 気休めかもしれないけど、そう言わずにはいられない。
「そうね……そういうことにしておきましょう。ときには詐欺師に騙されるのも悪くないわ」
「ひどい言い分だな。俺はどんな人にも誠意をもって接するように努力してるわけだが?」
 俺は肩をすくめる。
 大江先輩はこめかみをひくつかせてから、俺の両頬をつねってくる。
「どの口がそんな台詞を吐けるのかしら? 口先三寸と明らかに詐欺にしか使えない魔法だけで剣道有段者に勝った人間がよく言うわ」
「グウの音も出ねえ」
 いやはや、あのときは本当にしょっぱい試合をしてしまいましたわい。
「さてと、友達を待たせているから私はそろそろ行くわ」
「その友達が、今年のクリスマスあたりには先輩の恋人になっていることを祈っているよ」
「あなたにお祈りされても嬉しくないわ」
 とか言いつつも、大江先輩は笑っていた。
 俺が彼女を騙したことは決して間違いではなかったのだろう。とか、盗人ならぬ詐欺師猛々しく考えてみる。

   ◆

 やってきましたこの時間。
 有馬紅華と会う。
 それだけで心臓がバックバク。溢れる思い(不安や恐怖)が止まらない。
 自分の人生は自分のものだとしても、今だけは他の人に代打を頼みたい。俺の魔法が脈絡もないパワーアップを遂げて、険悪なムードを緩和する能力とかにならないかな。
 とか考えつつ、北出先輩に呼ばれた有馬に会うべく実行局室へ。
 かえりたい。もういっそ土に還りたい。
 ネガティブシンキングを極めつつ、部屋の扉を開ける。
「おかえり、翔馬。よく冷えた有馬がお前を待ってるぜ」
 入室と同時に北出先輩のトンデモ発言が来たで。
 やめてくださいそういうの。普通になれない自分に覚悟を決めつつある俺でも、そういう普通からの逸脱はいらないの!
 北出先輩の紹介は、悲しいくらいに真実だった。
 室内にいた有馬の目は座っていた。
 ヤンデレ女の子なんて表現では手ぬるい。単にヤンデル女の子だ。
「クラスを放っておいて、一人でのんびり遊びに出るとは結構なご身分ね」
「違う、俺は俺でやらなきゃいけないことをしてたんだ!」
「言い訳とはますますもってみっともないわ。結構なゴミね」
 うわー、これはキンキンに冷えてますわ。むしろキンキンどころか禁忌だよ。
「北出先輩、有馬に何か言ったのか?」
 いくら有馬との関係がぎくしゃくしているからといって、出会い頭にここまで攻撃してくるのは不自然だ。
 となると、北出犯人説が大浮上。むしろそれ一択である。
「俺は翔馬と周防さんがタッグを組んで困難に立ち向かってるって言っただけだぜ? あと、よかったら協力してやってくれとも頼んだけど……それじゃあ流石に問題化しないよ。ハハハ」
 狂ってやがる。
 あえて空気読まない(AKY)とか謳っていたけど、本気で実行してやがる。
 何この人、狂気の沙汰ほど面白いとか言っちゃうタイプ? 命はもっと粗末に扱うべきだとか考えちゃってるの?
「ま、待て、有馬。話せばわかる……とは言わない。だから、有馬の話を聞かせてくれ!」
 コミュニケーションにおいて相手の話を聞くのは大事、超大事。
 むしろ、傾聴に努めることで回避できるトラブルって世の中的に相当数ある。
 人は誰だって自分の話を聞いてほしい。だから自分の話を聞いてくれる人には心を開く。
 そうやってラポールは形成されていくのだ。
 ソースは……悲しいけど現役詐欺師時代の俺。
 何も力のないガキだった俺は、情報機器の力とそういった小賢しい立ち回りで稼ぎまくっていた気がする。
「うん、じゃあ、お話をしましょう。まず翔馬は周防さんと別れて」
 おっとっと。
 初手より奥義で仕られて、俺としてもよろめかざるを得ない。
「どんだけお前は俺に執着してるんだよ? というか、俺、お前に恨まれるようなことしたっけ?」
 おかしい。
 どうして有馬は俺と氷華梨の中を引き裂きたがる? ときに俺を誘惑し、ときに氷華梨に食ってかかる有馬。
 これは相当に根深い恨みを買っているようにしか思えない。
 ところがだ。
「おいおい、翔馬。いくらこの学園祭では『あえて空気読まない』を美徳とするといっても、限度があるぜ?」
 北出先輩が呆れていた。
「はい?」
 当然、理解不能の俺。
「お前は真っ赤なオーラの問題児だからしょうがないかもだけど、それでも空気の読めなさが酷い」
「どうして俺が北出先輩に空気の読めなさを責められているんだ? 今月のお前が言うな大賞だよ」
「失敬な。俺だって空気を読むときは読んでいる。ただ、読んだ上で人生を楽しむために色々と煽ってるだけだ」
「余計に最悪じゃないか」
 確信犯かよ。
 国はこの人の暴走を抑止する法律とか作るべきだよ。
「じゃあ聞くけど、どうして有馬は俺にやたらめったらこだわるんだよ。教えて、学園祭の偉い人」
「……そんなの有馬が翔馬を好きだからに決まってるじゃないか。というか、有馬だって、何度もお前にそう言ったんじゃないの?」
 呆れを通り越して、もはや微笑みすら浮かべる北出先輩。
 きょとんとしながら俺は有馬を見た。
 うつむきながら、半泣きだった。
 もしかして俺……。
 ……盛大に、やらかした?
「待て待て待て。俺が有馬に好かれる理由がわからん。入学から今までのどこにフラグがあった?」
 誰かが誰かを好きになるからには理由が必要だ。
 氷華梨の場合は心当たりがある。
 でも有馬は?
 一緒のクラスにいただけじゃないか。特別なイベントなんてなかったぞ?
「もしかして翔馬は、何かしらの事件を一緒に乗り越えなければ女の子が恋心を抱かないと思ってるのか?」
 意外! それは北出先輩の困惑!
「え、だって恋愛ってフラグ……というか好きになる条件が加点されて一定値を超えたら好きになるもんじゃないの?」
 氷華梨だって、俺が色々ちょっかい出したせいで俺を好きになったに違いない。
「おっと~。ここに真性の馬鹿がいるぞ。むしろこれ、天狗の仕業とかにしときたいよ」
「俺の恋愛観を怪異にするのはやめてくれ」
「いいかい翔馬、世の中には色々な理由で片思いすることがあるんだ。例えば、一目惚れってあるだろう? あれがフラグ方式に思えるのか?」
「え、それって相手の容姿が偶々自分の求める条件に合致して、一気に基準点を超えるだけだろう?」
「お、おう。俺も結構な頻度で周りにブッ飛んでるって言われるけど、お前には勝てる気がしない。え、えっと、じゃあどうしてお前は周防さんを好きになったんだ?」
「そりゃあ、氷華梨が魅力的な女性に見えたからだよ」
「けど、ポイント制ってわけじゃないだろう?」
「うん、でも……俺が氷華梨に抱いてた感情の変化は始業式の日から覚えてるぜ? 好きになるきっかけとかはあった。それは要するにフラグだろう?」
 好きになるには理由がいる。
 そんなの当たり前じゃないか。どうして普段は堂々と構えている北出先輩が混乱するのだ。
「OK、わかった! お前と話してて時々感じた不気味さが理解できた。実はな翔馬、世の中の人々はお前ほど頭が良くできてないんだ。特に恋に関しては好きになるから好きになるっていう、どうしょうもないトートロジーで動いてるのさ」
「まるでヒノエ先輩の説明並の完成度の解説だな。人は何か行動を起こすからには理由がいるだろう?」
 北出先輩の不可解な言葉の羅列を、必死になって検討してみる。
「そうか、本当にそうなのか?」
「当たり前だ。だって……」
 だって……。
 ……どうして俺は、そもそも人の行動に理由を求めるようになったのだろうか。
 ああ、そうか。
 俺の行動基準の原点を思い出した。
 そんなのわかりきってるじゃないか。
「だって――俺の両親は俺を従わせたいから殴ったり食事を与えなかったりしたんだろう? 要するに子どもを奴隷にしたいって理由があった。理由がなければ、普通、自分の子どもにそんなことはしないさ」
「んん?」
 北出先輩の表情がみるみる内に漂白されていくが、知ったことではない。
「もしも理由もなく自分の子どもに手を上げる親がいたとしたら……そんなの、その子どもがいらない子みたいじゃないか」
 大丈夫、両親は俺をいらない人間だとは思ってなかった。
 子どもの頃に痛い目をみたのは、きちんと理由があったからだ。
 人間は理由がなければ行動を起こさない。
 それはすべてに適応される。
 子どものしつけだろうと、犯罪だろうと、恋だろうと何もかも。
 それ以外の結論なんてあってたまるか。
 だから――。
「理由がない感情なんて認めない」
 俺がそう言った刹那。
「もうやめて!」
 室内に悲鳴が上がる。
 有馬が頭を抱えながら震えていた。
「どうして? 有馬の御両親が有馬に酷いことをしたのにも理由があるはずだ。そうじゃなきゃ、実の親が娘を借金のカタに売り飛ばしたりしないさ」
 怯える有馬をなだめるために俺は言ってやった。
 なのに有馬は……余計に身をこわばらせる。
 はてさて、俺は何かおかしなことを言っただろうか?
「私、翔馬のことが大好きだった。ちょっと頼りないけど、ちゃんとクラスの連中をまとめてて格好良いと思ってた。翔馬が昔詐欺師だって知ってもその気持ちは変わらなかった。むしろ、私以上にとんでもない過去があってもそれに立ち向かおうとしてる姿勢、羨ましかった」
「買いかぶりすぎだよ。俺みたいな小者、そうそういないさ」
「違う、翔馬は小者じゃない。むしろ……」
「ん?」
 言いよどむ有馬を安心させるべく、俺は微笑んでやった。
「……翔馬は化け物よ!」
 有馬が泣き出していた。
 俺が……化け物?
「なんで? どこが? どうして? いつから?」
 マズイな。有馬が本格的に発狂している。
「北出先輩、有馬はどうしちまったんだ?」
 助けを求めるべく先達に聞いてみる。
 なのに北出先輩は言うのだ。
「どうかしてるのは翔馬の方だ。有馬がお使いの感覚は正常だ」
「はい?」
「なあ、翔馬。お前、やっぱり壊れてるよ」
「壊れてるってのも不満だし、『やっぱり』って枕言葉が理解できない」
「なんというか、悪い。俺の表現力ではどうにも伝えられない。とにかく! 世の中には理由もないのに生じる行動ってあるもさ。多分だけど、翔馬のカノジョ……周防さんは翔馬が好きだから好きなんだよ。もしも色々なフラグがあったとしても、最終的にはそういうもんだよ」
「何言ってんの?」
「条件が整わなきゃ、人が人を想えないとかいうのさ、頭でっかちだからやめない?」
「俺が氷華梨を好きだって気持ちには理由がある。あいつの笑った顔も声も、あたたかさも、勇気も、ちょっと抜けたところもその理由だよ」
「だったら……翔馬はその条件がなくなったら周防さんが嫌いになるのかい? 例えば、周防さんが死んだらお前はどうなる?」
 縁起でもない質問が不愉快だが、でも、仮定の話として目をつむろう。
「……それでも俺はあいつのことが好きだと思う。ずっと想い続ける」
「だったら、それは条件で好きになってるわけじゃないから。お前は周防さんが好きだから好きなんだよ」
「でも……! 俺は氷華梨が俺を好きだって言ってくれたから……それに応えようとしているだけ……なのか?」
 急に、自分の気持ちに自身がなくなってきた。
 あれ、俺が今まで恋だと思っていたものって……何?
「ならば再び思考実験だ。もしも周防さんが翔馬を嫌いになったら……いや、もっと酷くて無関心に陥ったらお前はどうする?」
「無関心って何だよ?」
「うーんと、例えば、記憶喪失とかになって翔馬を忘れてしまったらとか、どう?」
「そうだな……そのときは……今度は俺からあいつに告白すると思う」
「……ほほう」
「前はあいつから俺に告白してきたから、今度は俺から好きだって言ってみたい」
「つまり、それが理由なんて必要ないってことさ。理由なんてあったら、そんなしち面倒臭いことしないよ」
 北出先輩の不思議論法に、しかし、俺は反論できない。
「何か私すごく滑稽だね」
 有馬が放心していた。
「何が?」
 俺は首をかしげる。
「だって、翔馬はそもそも私の気持ちが理解できてなくて、しかも周防さんとの間には漬け込むスキがなかったんだもの。そんなの……惨めだ」
 嗚咽混じりに泣き始める有馬。
 どうしていいのか俺にはわからない。
 この状況で動いたのは意外な人物だった。
 それは、ずっと実行局室にいた謎の少女セツリ。
 謎の少女が物悲しげに、有馬を抱きしめる。
「大丈夫……泣かないで」
 声を出せなかったはずの少女が、優しい声を有馬にかけた。
 彼女の腕の中で、有馬は一層泣きじゃくる。
「ふう……やっぱり、翔馬はすごいな」
「え、理解できない」
「実を言うとさ、セツリは昔、家族に酷いことをされてね。それ以来、誰にも心を開けなかったんだ。でも……うん、ちゃんと人の痛みを理解できる子だったとわかった。それだけでも収穫だよ」
 北出先輩は胸をなでおろしていた。
「というか、あの子、本当に何者だよ?」
「んー、お前に教えるにはまだ早い! 今後の展開に乞うご期待!」
「推理小説の探偵並の焦らしだこと」
 皮肉を込めていってみた。
「褒め言葉として受け取っておこう。んで有馬、俺から呼び出しておいて悪いけど、翔馬がお前に聞きたいことがあるらしいんだ。ちょっと時間つくってやってくれない?」
 おいおい、この流れで俺に彼女を任せるかい。
「いや、それは有馬も流石に嫌だろうよ」
「いえ、私は翔馬と話したいことがある。だから翔馬の時間をちょうだい」
 散々泣きはらした有馬は、俺を見つめてくる。
 ヘタレ男子の代表を自負している俺でも、流石に目をそらすわけにはいかない。
 有馬はちょっと照れたような、悲しそうな笑顔で言うのだ。
「私は……きちんと失恋したい。だから、翔馬が私に何の用事があったか教えてちょうだい」
「それは……言えない」
「だったら、私とデートしましょう」
「何を言っているんだ?」
「三時間……いいえ、二時間だけでいい。一緒にいられる時間をつくって。一緒にいる間に私は翔馬から聞き出してみせる」
 有馬と時間を共にすることは得か否かを考えてみる。
 俺は自分の置かれた状況を有馬に話したくない。しかし、有馬といなければ彼女から情報は引き出せない。
 一方で有馬は俺から話を聞き出そうとしている。けれど、有馬と距離を置けばリスクは回避できる。
 どうにか自分に有益な部分だけ抽出できないものだろうか。
 ……いや、無理があるか。
 有馬がこの事件にどれぐらい関わっているのか未知数である以上、そもそも分析不能。
 となると、有馬が言う失恋をしたいという気持ちを軸に考えるべきなのだろうか?
 失恋をわざわざしたいって心理を誰か分析してほしい。
 どんな理由がそこにある?
 それとも、有馬の思いにも理由がないというのか。
 解けない謎である。
「俺と一緒にいたとしても有馬に意味があるとは思えない。俺は氷華梨が好きだから、有馬の想いには応えられない」
 黒か白かはっきりさせるのだから黒白(こくはく)というのだろう。
 だけど酷薄でないと信じたい。
 酷だけど、薄くはない。
「うん、だったら私はこれから翔馬を憎むね。無関係にはなれないから、憎み続ける」
 憑き物が落ちたみたいな笑顔。
 これで良かったんだ。
 これ以外に手はなかったんだ。
 人間は機械ではなく、合理化できないのが心なのかもしれない。
 愛憎という単語は、対義語を繋げたものではない。類義語の組み合わせなのだ。
「青春は甘酸っぱいね、こりゃ」
 北出先輩は安穏とした様子。
「ところで有馬、お前って翔馬を愛するあまりこいつの人生を破綻させようとか考えてたりしなかった?」
「先輩、私は翔馬と幸せになりたかっんですよ? だから周防さんを嫌ったけど、翔馬の人生狂わせてどうするんです?」
「本当に? リア充破壊爆弾とか仕掛けてない?」
 地球破壊爆弾みたいに言うのはやめてくれ。
「くだらない冗談はやめてください」
 ……北出先輩の言葉を単なる冗談として受け止めるなら有馬は白かも。
 もちろん演技かもしれないけど。
「とりあえず、翔馬は次にどうする?」
「体育館ステージとかふらついてみたいな」
 あくまで爆弾探しについてをぼかす形で言っておく。
「舞台発表を見たいってこと?」
 有馬は会話の意味を理解できていない。
「んー、まあまあまあ。気にするな」
 北出先輩の雑な誤魔化し。
 でも有馬は追求しない。
 有馬も実行局員だ。北出先輩を信じているのだろうな。
「体育館で探し物ってできる?」
「んー、というか変なもの見つけたら俺に連絡するように局員には言ってある」
「先生すっ飛ばして先輩に伝えるのか?」
「だって、江原先生ことごとく人望ないもん。精神が細すぎる」
 精神が太すぎる人が言うのもいかがかと思うけどね。
 北出先輩に情報が集まるシステムなのはありがたい。その上、実行局員が監視の目を光らせてくれるなら尚心強い。
 未知数な点が多いが、心に余裕ができた。これが油断にならないように気をつけねば。
 一人で爆弾探しが厳しいなら、犯人探しに切り替えるべきだろうか。
 どう探そう。
 むしろ犯人はまだ学校にいるのだろうか。
 もしも爆破が本気なら、事件発生前に逃げておくのが最善手。
 けれど、本腰を入れて犯人探しをするなら有馬をどう振り切りかも考えねば。
 考慮すべき項目が増えすぎだ。これでは何から手をつけてればいいのか見当がつかない。
 となると、一番手をつけやすいことからやってみるのがいい。
「わかったよ、有馬。一時間だ。一時間だけ一緒に学園祭を回ろう。それで手打ちにしてくれ」
 時間が惜しい状況ではあるが、一時間で犯人探しに没頭できる環境を手に入れられるならよしとしよう。
「随分と短いのね……でも、うん、わかった。その一時間でケリをつけましょう」
 有馬は承諾する。
 さーて、有馬がどう出るかに細心の注意を払わんどな。

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