アルカナ・ナラティブ/第16話/10

 有馬と向かったのは舞台発表が行われている体育館ステージだ。
 ここに来ようと提案してきたのは有馬だった。
 ちょっと意外だった。
 もしも俺から話を聞きたいなら、体育館ステージほど不向きな場所はない。音楽の演奏にダンス発表、漫才やコントなど様々な演目がある。騒がしい場所で深く話し合うのは難しい。
 俺にとっては好都合でも、有馬にとっては不都合この上ない。
 わざわざ自らを不利な立場に追いやる。頭の回る有馬がそんなセッティングをしてくると、逆に罠かと勘ぐらざるを得ない。
 もっとも、断る理由もないのだけど。
 体育館ステージは満席だった。
 すでに立ち見客まで出ている状態だった。
「人、大勢いるな」
 俺たちは体育館ステージの入口付近にいた。
 とりあえず、立ち見客として体育館に入ることはできた。前の方にも客がいて、俺の身長でようやくステージを見れるくらいだった。
 音楽の演奏とかなら聴くことがメインだが、ダンスとかだと見えないと面白みが半減だ。
 あくびまじりに俺は演目を見ていく。生徒によるバンド演奏や漫才とかがあったけど、どれもいまひとつだった。うむむ、みんな功夫が足らんよ。
 ……とか名人様みたいに評価していく。
 単純に今の俺に余裕がないから純粋な気持ちで楽しめていないだけなんだろうけど。
 女子生徒のバンドによる演奏が終わって、司会の生徒が登場。
「ありがとうございました! それでは軽音楽部女子メンバーの皆さんにもう一度盛大な拍手を!」
 司会に促されて会場の観客が手を打ち鳴らす。
 そして、拍手が止むのを見計らって司会は言う。
「次の演目、軽音楽部男子のバンド『ウォーター・キャリア』の演奏は三分後に始まります。御用のない方は是非そのままで!」
 司会が告げる背後では、学園祭スタッフがせわしなく次の演目の準備をしていた。
 軽音楽部男子ということは水橋先輩も出演するのかな?
 いや、出演するみたいだ。舞台の上に水橋先輩がいた。
 ここからでは何を言っているかわからないが、舞台上のスタッフに楽器やマイクの設置の指示を出している。
 水橋先輩が出演するなら、どこかに藤堂先輩がいるかもしれない。
 藤堂先輩は生まれつき耳が聞こえない人である。それでもカレシが出演する舞台は見ておきたいだろう。しかも、二人共が三年生で学園祭はこれが最後だ。
 とか考えていると、入口付近で人がざわめき始める。
「おい、押すなよ!」
「俺じゃねえよ! って、ん?」
「皆さん、落ち着いて係員の指示に従ってください!」
 入口付近の客や会場整理のスタッフの声が混じり合って大混乱していた。
 そんな喧騒と人ごみをすり抜けて、入口を突破してくる者がいた。
 まるで小中学生みたいな小柄な体格の女の子。しかし着用しているのはうちの学校の女子制服。
 俺と女子生徒の目があった。
「藤堂先輩?」
 誰あろう、水橋先輩のカノジョである藤堂キズナ先輩である。
 俺の唇を読んだのか、藤堂先輩はこくりと頷くが、すぐに会場を見渡していた。
 どうにかして前方へと進もうとしているみたいだが、あいにくの超満員。
 彼女は前に進めない。
 次に藤堂先輩はその場でぴょこぴょこ飛び跳ね始める。どうやら遥か彼方にあるステージの様子を見ようとしているらしい。
「何というか見てられないな」
 俺は立ち往生する藤堂先輩の肩を背後から叩く。
 とりあえず、落ち着いたらどうかと伝えようと思っただけなんだが、すぐに不可能だと悟る。
 どんな困難を前にしても毅然と振舞っていた藤堂先輩が泣き出しそうな顔をしていた。
 彼女は即座にケータイを取り出し、文字を打ち込む。
『うた どうしよう まにあわない』
 恐慌状態に陥っているためか漢字変換すらできていない。
 けれど、彼女の言わんとしていることはわかる。
 藤堂先輩の身長だと、ここからステージの様子を見るのは無理がある。
 普通なら妥協して歌だけを楽しむとかになるのだろうが、彼女の耳は聞こえない。となると、水橋先輩の演奏の様子は目で見るしかない。
 つまり、現状の藤堂先輩は完全に手詰まりだ。
 何故時間ギリギリにやってきたのかはわからないが、藤堂先輩にも事情があるのだろう。
 どうにかこの人にステージを見せてやりたいな。
「一体何をやってるんだか」
 呆れた様子で有馬は言う。
 次の瞬間、有馬はかがみ込み藤堂先輩の両脚の間に頭を潜り込ませる。そのまま藤堂先輩の身体を持ち上げた。
 要するに肩車である。
 最初こそ驚いていた藤堂先輩だが、状況を察しステージの方を見やる。
「翔馬、ボケっとしてないで後ろからこの人を支えてて。私一人じゃバランスまでは取りきれない!」
 いくら藤堂先輩が小柄でも有馬も女子だ。人一人の体重を完全には受けきれないのは当たり前。
「了解、俺が背中を押さえておく」
 俺は藤堂先輩の背中に手を伸ばし、支柱がわりになる。
 そんなこんなをしていると舞台が進行し出す。
「それでは準備が完了したので『ウォーター・キャリア』の皆さんに演奏していただきましょう! 曲名は『スターダスト・レイン』です! どうぞ!」
 そして奏でられるロック調の楽曲。
 水橋先輩はギターボーカルを務めていた。
 タイトルの通り、星が輝くような歌だった。
 普段の水橋先輩は感情の起伏があまりない人である。クールというか淡々としているというか、場を盛り上げることには向いてなさそうな印象すら受ける。
 けれど、ステージ上の水橋先輩は別人だった。
 歌詞は少年が少女に恋をした、というそれだけの内容だ。
 奇をてらった台詞回しがあるわけでもないし、過剰な演出があるわけでもない。
 なのに美しい。
 自分の魂を燃やすがごとく歌う水橋先輩。
 まるで、このステージに彼の全存在を賭けているみたいだ。
 背中を支えている以上、藤堂先輩がどんな顔で水橋先輩のステージを見ているのか見当がつかない。
 耳の不自由な藤堂先輩は目で彼の舞台を見るしかない。
 けれど、聞こえないはずの歌を藤堂先輩は聴いていた。
 藤堂先輩もリズムに合わせて身体を揺すっていた。体育館内の空気の振動や他の観客の動作に釣られたのか原理は不明。
 こういうのはたった一言で表すべきかもしれない。
 ――奇跡、と。
 夢のような時間はすぎていく。
 拍手喝采を浴びながら、水橋先輩とバンドメンバーは舞台袖にはけていく。
 会場の空気が穏やかになった頃を見計らって有馬は藤堂先輩を下ろす。
 藤堂先輩は満面の笑み。
『ありがとうございました
 この恩は絶対に忘れません』
 ケータイの画面に踊る感謝の文字。
「別にどうでもいいわ。私はあなたが目の前で飛び跳ねてるのが邪魔だっただけよ」
 素直でない有馬は憮然としていた。
「とりあえず会場を出ようか。何というか、周りの視線がうっすらと冷たい」
 特に後方の客からすれば、俺らが前列で肩車なんてしていたら邪魔だっただろうし。
 外に出て水橋先輩のステージの余韻に浸るのも悪くない。
 退館。すると、楽器をもって体育館後方の扉から出てくる一団を見つける。
 演奏を終えた水橋先輩たちだ。
 水橋先輩が俺たちに気づき、達成感溢れる顔つきでこちらに歩いてくる。
「どうだった?」
 慈しむように藤堂先輩に聞く水橋先輩。
 だけど、藤堂先輩は言葉では答えない。
 そっと彼に抱きつくのみ。
 何かを察した水橋先輩は、
「何かあったのか?」
 俺たちに聞いてくる。
「体育館に来るのが遅くてステージを見れる席がなかったんだ。有馬が肩車してくれたおかげで難を逃れたけど」
 簡単に説明しておく。
「そうか。実はキズナから演奏前にクラスで揉め事があってまずいとメールがあってな。どうなるかと思ったけど、演奏に間に合ったなら問題ない」
 しかし、未だ抱きついたまま身をこわばらせる藤堂先輩。
 水橋先輩は困った様子だった。
 やれやれ、と言わんばかりに首を横に振って藤堂先輩の頭を軽くなでる。
 藤堂先輩は不安そうに水橋先輩の顔を仰ぐ。
「安心しろ。これからも俺はずっとお前のために歌い続ける」
 水橋先輩はクールに笑う。
 まごうことなきイケメンであった。
 凡夫がそんな表情と台詞を言おうものなら失笑を買うだけ。なのに、水橋先輩ったら恐ろしいくらいに様になっている。
 そのせいで藤堂先輩の感情が決壊した。
 瞳からぽろぽろと涙がこぼれ始める。
「ったく、なんで泣くかな。しょうがない」
 水橋先輩はひょいと藤堂先輩を抱きかかえる。
 お姫様だっこである。
 もう一度言おう、お姫様だっこである。
 おいおい、今日が学園祭だからって非現実的すぎる演出だ。
 水橋先輩はどこまでイケメンを極めれば気が済むんだ。
 世の男どもを自信喪失に陥れるつもりか? この学校の秩序が全壊させるおつもりか?
「お前ら、先に片付けに行っててくれ。俺はちょっと遅れてから行く」
 と他のバンドメンバーに声をかける。
 水橋先輩の仲間のうちの一人が言う。
「しゃーねーな。カノジョさん大事にしてやれよ」
 とか気さくに言ってくる。
 イケメンの仲間もまた心意気はイケメン。覚えました。
「なんだか、嵐みたいな人たちだったわね」
 過ぎ去る彼らに対して有馬は言う。
 ごもっともな意見だ。
 ちくしょう、俺もカノジョをお姫様だっこしてみたい。恵まれた体躯を持っているわけでない俺には無理だけど。
 むしろ、普段部活動で鍛えている氷華梨の方がフィジカル強そうだな。いわゆる『お姫様がだっこ』とかになったら俺のプライドが死ぬ。
「藤堂先輩、必死だったね」
 学園のベストカップルが完全に見えなくなると、有馬が言った。
「それだけ水橋先輩のステージを見ておきたかったんだろうな」
「私、どうして藤堂先輩が泣き出したのか理解できない。ステージ見れたなら笑っておけばいいじゃない」
「確かにな。もっとも、人の気持ちなんて簡単にわかるものでもないんだけど」
「どうせ人間なんてどんな綺麗事をほざいても、自分のために生きて自分のために死ぬ動物だもの。あの人たちは、どっかおかしい」
 有馬の言葉を否定も肯定もできない。
「もしかして有馬は……人を信じるのが……怖い?」
 俺は聞いてみるが、こんなものは愚問だよな。
「怖くなんてない! ただ私はクソみたいな親から学んだだけよ。信じたら裏切られる。それが嫌なら自分の身は自分で守るしかないってね!」
 有馬は顔を紅潮させながら叫ぶ。
 激昂するということは図星なのだ。けれど、それを指摘すると話が余計にこじれるのでやめておく。
 有馬は続ける。
「だから、私は翔馬が好きだけど大嫌い! 誰にも心を開かないって決めたのに、あなたなら信じてみたくなる! こんなのは……無様よ」
 通路にしゃがみこみ、頭をかきむしる有馬。
「なのに俺と一緒にいる時間がほしいって矛盾してなくないか?」
「知らない! 私は誰にも心なんて開きたくない。でも人には私に心を開いてほしい。醜いでしょう? 滑稽でしょう? 傲慢でしょう? まるで……悪魔みたいでしょう?」
 ああ、そうだな。
 この子は確かに【悪魔】なのだ。
 この場での彼女の振る舞いは天然か計算か。推し量れない部分が大きいのに、俺はつい彼女に同情してしまった。
 つい、ほだされてしまった。
 俺は有馬の耳元で秘密の言葉を小声で紡ぐ。
 つまりは【悪魔】に囁いたのだ。
「実はね、俺はこの学校にしかけられた爆弾を探してたんだ」
 真実を有馬に告げて得することなんて、何一つありはしない。
 むしろ有馬がこの事件とどう関わっていようとデメリットのオンパレードだ。
 万が一にでも彼女が犯人なら俺の手の内をさらすことになる。
 彼女が事件と無関係でも、この情報を教師側に伝えたら大混乱になる。
 でも、何もかも信じられないとか騒ぐわがまま娘がいたら、黙らせようとするのが普通だろ?
 爆弾云々の話は彼女を沈黙させるにはうってつけだと思うんだ。
 さーて、やっちまったぞ。
 魔が差したとしか言い様がない不手際だ。
 とはいえ、【悪魔】の誘惑ならしかたない。
 だから俺は悪くない。こんなのは自然現象みたいなものだ。
「は……え……何を言ってるの?」
 有馬は呆然としている。
 でも、補足説明をする義務はない。
 散々俺を振り回したんだ。ちょっとぐらいは混乱してろ。
「今言ったこと、どう解釈するかは有馬に任せる」
「翔馬が言ったことが本当だとして……それは黙っているべきことなの? 警察には通報したの?」
「阿呆を言え。そんなことしたら、学園祭は一発で中止だ」
「そ、そうよね……。でも……馬鹿みたい。どうしてそんな大切なこと私みたいな奴に言っちゃうのよ? 秘密をバラされたらどうするつもり?」
 有馬の顔色が徐々に青ざめていく。
「おいおい、俺から話を聞き出そうと企てたのは有馬じゃないか。そのために俺と一緒の時間をほしがったんだろうに」
「私は……翔馬といられればよかっただけなの。本当は話を聞けるかなんてどうでもよかった。そんなのただの口実だもの」
「そっか……。とはいえもう言っちまったしなあ。この情報をどう使うかは有馬に任せる」
 やらかしたのが俺である以上、有馬の行動を制限できまい。
「私を……信じるって、頭大丈夫?」
 わお、地味に傷つくお言葉ですこと。
 少し癪なので、俺は抵抗を試みる。
「あれれ、俺はてっきり今のが有馬の戦術だと思ってたんだけど? それまで強情な態度の女の子が急にしおらしくなる。すると男はつい心を許して、いらんことを喋りだす。――違うの?」
 俺の白々しい台詞。もちろん嘘である。というか、とっさにこんな嘘がつけるようになった自分の変化にびっくりだよ。
 有馬は口元を歪ませながら笑う。
「……え、ええ、もちろんそうよ! なにせこの私は【悪魔】だから。男心を手玉に取るなんて赤子の手をひねるより簡単よ。私の演技に騙されるなんてざまあみろよ!」
 精一杯の虚勢。
 不覚にも、このとき俺は初めて有馬を可愛いと思ってしまった。
「どうか悪魔様におかれましては、この件を黙っていていただきたく」
「さーて、どうしようかしら? だったら、うん、少しの間だけ目をつむっていて」
「あ、いや、俺には愛するカノジョがいるのでそういうのはちょっと……」
 少女漫画とかだと、これって唇奪われる場面ですよね?
 前に一度、魔法のせいとはいえ有馬と唇を重ねている。二度目の過ちは回避したいところ。
「いいから言うことを聞きなさい」
 覚悟は決めるしかないみたいです。
 俺はまぶたを閉じる。
 どんな風に氷華梨に謝るべきか。脳内では高速シミュレーションを開始。
 そして次の瞬間。
 下っ腹に鈍い痛みが走る。
 慌てて目を開けると、有馬の固く握った拳が下腹部にめり込んでいた。
 どうやら、強烈な打撃が俺を襲ってきたらしい。
 しゃがみこみ悶絶する俺を見下しながら、有馬は残虐に笑う。
「これぐらいで勘弁してあげる」
 これで手打ちになるならありがたい。
「ご丁寧に顔ではなくボディというのが素晴らしい。この手のイベントのマナーを弁えておられる」
「これでも私は押さえるべきところは押さえておける女なの。それじゃあ翔馬、精々あがきなさい。あなたの悪あがき、私は信じてみるわ」
 有馬は去っていく。
 学校に爆弾が仕掛けられてると聞いてもあの態度。
 彼女も彼女でクレイジーだよ。
 あるいは俺を信じてくれてるとか? それはそれで頭のネジが緩んでいる。
 さあ、有馬の期待に応えるべく一人でじたばたしてみるか。

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