アルカナ・ナラティブ/第16話/11

 ケータイの時計で時刻を確認。
 爆破予告時刻の学園祭のエンディングまで残り二時間。
 そろそろ切羽詰ってきた。
 というか、氷華梨の方は大丈夫だろうか?
 彼女が対局中の可能性も考慮して、現在教室にいるはずの熊沢に確認の電話をかける。
『どうした翔馬? というかこっちでは割ととんでもないことになってんだけど?』
 こわばった声で言ってくる熊沢。
「え、一体何が? もしかして氷華梨があのゲームで負けたとか?」
『いや、そっちの方は問題ない。周防さんは全戦全勝中だ。実はな、うちのクラスに彼女の身内を名乗る人が現れてな……』
 熊沢が言いにくそうにしているが、言わないでもその続きは見当がつく。
 十中八九、氷華梨のご両親だ。
「まさか、その人が教室でブチ切れたとか?」
『いや、そこまではしてないが丁度手の空いてた俺に、どうして周防さんが『魔王の腹心』なんてやってるのか問い詰めてきた。怒鳴るわけでもなく、淡々と聞いてきたから超怖かった』
「へ、へえ、それでどのような返答を?」
『翔馬は急用ができて席を外しているから、周防さんを倒したら翔馬に会えるシステムである旨を伝えておいた』
「んで、氷華梨の身内を名乗った人は今どこに?」
『男性の方は人型殺戮兵器みたいな目で教室を出て行った』
「わお……」
 氷華梨の父親と思わしき人に会ったら、この学園祭以前に俺の生命が中断されるな。
 どうやって言い訳するべきだろうか。
 いや、言い訳した段階で俺の人生が終了してしまう。
 これまで爆破予告の犯人を追う立場だった俺が、うちのクラスを訪れた男性に追われる立場になる。
 笑えねえ。
 おかしいなあ、一体いつどこで俺の人生はハードモード設定で開始しちゃったんだろう。どうやったらコンフィング画面って開けるの?
 とにかく、これからは自分の命を守りながら爆弾予告の犯人探しをせねば。
 仮に通路の先に見えるオールバックの中年男性みたいな人がいたら逃げないとな。
 ……ん?
 突如として俺の膝が震えだす。
 そこにあったのは明確な終焉の形。
 一度氷華梨の家でお会いした彼女のお父上の姿。
 氷華梨の父親と俺の目が合う。
 すっかりと邪眼と化した氷華梨父の眼差しは、俺の動きを固定した。
 俺に辞世の句を読ませる暇すら与えず、彼は間合いを詰めてくる。
「瀬田翔馬ッ!」
 中年男性の拳が、俺の左頬を殴打した。
 渾身の一撃を受けた俺は、後方に吹き飛び倒れこむ。
『顔はやめて!』とか懇願する余裕などない。
 氷華梨の父親は一撃で許してはくれない。
 馬乗りになって、さらに俺を殴り続ける。
 乱打を受けながら、俺は冗談抜きで死を覚悟した。
 朦朧とする意識の中で、俺は見た。
 悪鬼羅刹と化した氷華梨の父親が、どこか悔しそうな顔をしていることに。
 なるほど、そりゃ、娘が詐欺師なんかと交際したらこうなる。
 ははは、所詮、俺なんてこんな仕打ちがお似合いだよな。
 まいったね。世界で一番大切な人の父親が殺人犯になるのはどうにか回避したいな。
「おい、オッサン、そこまでにしておけって!」
 この事態に割って入ってくる奇特な人物がいた。
「ふぇ……?」
 見知った顔だったので、俺は間抜けた声を上げるしかない。
「四塩先輩?」
【死神】のアルカナ使い、四塩虎子先輩だった。
「ちなみにわたくしもいますわ」
 四塩虎子の隣には俺の異母妹の久留和来海もいた。
「君たちは……確か夏休みに病院で会った……?」
「その節はどうも。つーか、アタイとしては目の前で人が死ぬのは見たくないんですよ。そこら辺で翔馬を許してくれないですかね?」
 四塩先輩に言われて、ようやく氷華梨の父親はハッとする。
「そう……だな。いくらなんでもやりすぎた」
 冷静さは取り戻したが、決して謝るわけではない。
「オッサンはとりあえず頭を冷やした方がいいと思うが?」
「……しかし、私にはそこの詐欺師と話さなければならないことがある!」
 氷華梨父は、なおも俺を睨みつける。
「そうだとしても、また理性が吹き飛ぶだけだ。とりあえず、学園祭終了まで自分の考えをまとめておいてくれ。頼む」
 俺の代わりにと言わんばかりに頭を下げる四塩先輩。
「……いいだろう。ただし、学園祭が終わったらきちんと話をつけさせてもらう」
 それだけ言って、氷華梨父は去っていく。
「まったく、偶然アタイたちが通りかかったからよかったものの、本気で殺人事件になってたぜ、あれ」
 ため息混じりに言ってみせる四塩虎子。
「助かったよ。二人はどうしてここに?」
「わたくしたちは部活企画の休憩時間を利用して校内をまわってましたの」
「二人は仲良しなんだな」
 茶化すように俺は言う。
 うんうん、妹に信頼できる人がいてお兄ちゃんは嬉しいよ。
「べ、別にわたくしと先輩は仲がいいわけでは……」
 照れたように言う久留和。
 そんな彼女に馴れ馴れしく肩を組んでいく四塩先輩。
「いいや、アタイはかなり久留和ちゃんに心許してるんだが? アタイの名前を知ってるって段階で親密度は高い」
 名前……つまりは『四塩虎子』という少女の戸籍を乗っ取る前の名前か。
「ちなみにその名前って俺には教えてくれないの?」
 試しに聞いてみた。
「こういうのはみだりに人に教えたくない。何かのトラブルに発展したら嫌だし」
 まるで呪術を警戒する陰陽師みたいな発想だな。
「んで、翔馬はどうしてこんなところにいるの?」
「あー、それは……」
 どう誤魔化そうか考えてしまう。
 その時だった。
 ケータイがバイブした。
 まさかと思い、俺は通話ボタンを押した。
『やあ瀬田翔馬。さっきのは面白かったよ』
 機械で加工された気持ちの悪い声が聞こえた。
「さっきというのは、どのさっきのことだ?」
『しらばっくれるなよ。君が恋人の父親に殴れていたシーンだよ。傑作だ、本当に傑作だよ!』
 呵呵大笑とする爆弾魔。
「へえ、そうかい。んで、今回は何の用だ?」
『私はね、一向に学園祭が中止にならないからイラついているんだよ。君はこの学園祭で大惨事を起こすつもりかい?』
「いいや、この学園祭では何も起きないさ。なぜなら、俺はお前の強行を許さないからな」
『ふざけたことを言うね』
「大マジさ。逃げ出すなら今のうちだぜ?」
 なんてやりとりをしていると、四塩先輩が割って入ってくる。
「お前、誰と話してるの?」
 不思議そうに聞いてくる。
 それがきっかけだったのだろうか電話越しの犯人の様子が変わる。
『死にたい。死にたい。……死んでやる!』
 犯人の態度が急に弱腰になった。
「え?」
 驚くしかない俺。
 一方で四塩先輩は俺からケータイをひったくる。
「へえ、そうか。お前は死にたがりか?」
『死にたい。こんな人生、生きてたって仕方ない。助けて……』
 電話から漏れてくる嘆きの声。
「当たり前だ。アタイに相談してきやがったんだ、誰が死なせてなるものかよ。お前、名前は? ちなみにアタイは四塩虎子だ」
 四塩虎子は獰猛に笑う。
『名前は……い、言えるか。言ってなるものか! 【死神】にたぶらかされるものかよ!』
 そこで通話終了。
「今こいつ、アタイを【死神】って言ったよな?」
 四塩先輩は俺に確認を取る。
 頷く俺。
「先輩を【死神】って言うからには、十中八九アルカナ使いだろうな」
「具体的に誰だかわかる?」
「それがわからないから苦労してるんだよ」
 というか、犯人が自害を考えている人間だとするとマズイ。
 本気の自暴自棄に陥ったら何をするか予想もつかない。
「とりあえず、こんなところで話し込むのも問題か。一旦人気のない場所に行こう」

   ◆

 四塩先輩の提案でやってきたのは魔法研究部の部室。
 あいかわらずヒノエ先輩と天野先輩の姿があった。
「これは大所帯になって戻ってきたね」
 ヒノエ先輩は怪訝そうに言う。
「まあ、色々あってな」
「んでだ、翔馬。アタイとしてはさっきの死にたがりを一発ぶん殴って目を覚まさせたい。どういうつながりか話せ」
 ここまで来たら隠し事は不可能か。
「実は今朝、俺のケータイに学園祭を中止させないと学校を爆破するとかいう輩から電話があったんだ」
「ひゅぅ! そいつはヤベエな」
 割と余裕そうな四塩先輩。
 この人の場合、壮絶な人生を送っているからな。踏んできた場数が違う。
「俺としては学園祭を中止にするのは嫌だった。だから、自分の力で犯人を捕まえようとしてたんだよ」
「他にそのことを知ってるのは?」
「氷華梨とクラスメイトの有馬、そして学園祭実行局長の北出先輩の三人だけだ。北出先輩の指示で学園祭実行局員の人には不審物があったら報告するようにはなってる」
「危ない橋を渡るねえ。ある意味、お前を見直したよ」
「褒め言葉として受け止めておく」
「んで、その爆弾騒ぎの主犯はアタイを【死神】と言った。となると、アルカナ使いである可能性が大。……一体誰だ?」
「これまでで二回電話があった。そのとき俺のそばにいた人間、氷華梨、四塩先輩、久留和には爆破予告は絶対に不可能。それ以外の誰かだよ」
「翔馬を含めて四人しか除外できないんじゃ厳しいな。まさか、今から残りのアルカナ使い全員を拘束するなんて無理がある」
「だよなあ。何か良い知恵ってないものか……」
 とか言いながら、ちらっと天野先輩に視線を送ってみる。
 なんぞかんぞいいながら、この人も頭が切れる。
 冴えたアイデアとか出てくると素敵だ。けど、無理だよなあ。彼からすれば爆弾云々は今この場で知っただけの話だ。
「詳しい事情はオレにとってはブラックボックスだけど……例えば、犯人から電話で不自然な点とかなかった?」
 顎に手をあてて考え込む天野先輩。
「どういう意味だ?」
「背後に特徴的な環境音とか聞こえたとかはない?」
「なかったと思う。というか、会話に集中しててそこまで気を配れなかった」
「いきなりの電話ならそうなるわな」
「他に不自然な点があるとすれば……そういや、犯人の奴は俺が氷華梨の父親にぶん殴られてる場面を目撃してたらしい」
「どうしてお前が周防さんの父親に殴られてたのかは知らんが、つまり犯人はお前の近くにいたのか。そのとき周囲にどんな奴がいたか覚えてる?」
「周りを見る余裕なんてなかったよ。なにせいきなりの遭遇だったから」
「何もかもがいきなりか。しっかし、犯人も驚いただろうな。突然周防さんの父親がお前をぶん殴るんだから」
「犯人は楽しそうに笑ってたけどな」
 事情は知らないが犯人は俺に恨みを持っているらしい。
 そんな俺が恋人の父親に殴られるのだ。見ていて痛快だったに違いない。
 ……ん?
 それっておかしくないか?
「天野先輩、大手柄だ。犯人の見当がついたよ」
「お、おう……? 事情が全く飲み込めないんだけど、オレ、ヒントになること言ったの?」
 ヒントというか答えに近い。
 俺はケータイを取り出し、連絡先リストを開く。
「一人、話を聞かなきゃいけない人間ができた」
「そりゃ一体誰だ?」
 天野先輩の問いに、俺は一言答える。
「――有馬紅華だよ」

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