アルカナ・ナラティブ/第16話/12

 ひょっとしたら犯人探しってのは気楽な作業かもしれない。
 本当に大事なのは、犯人をどうやって確保するかだ。
 何事も最後の詰めが大切だけど、それは事件の捜査においても同じである。
 犯人確保の瞬間が最も危険だ。
 確保の瞬間、相手が抵抗してくるかもしれないし、下手をしたら凶器を振りかざしてくるかもしれない。
 今回の犯人は爆弾の存在をほのめかしてきたのだ。もしかしたら、自棄を起こして爆弾を遠隔操作で起爆させる恐れもある。あるいは、四塩先輩に自殺企図を伝えるくらいだ。自爆も辞さないかもしれない。
 まったく、どうして俺がこんな危なっかしい人間の相手をしなければならないんだ。
 俺は人気のない校舎裏へと向かって歩みを進める。
 遠くから学園祭の賑わいが聞こえてくるが、この場所は静かなものだ。
 一般客がいるところで犯人との対面は避けたいところ。人ごみに紛れて犯人が逃亡するのはいただけないし、下手を打って犯人の人質にされたら溜まったものではない。
 俺は無警戒を装いながら、校舎裏の奥へ奥へと進んでいく。
 背後からかすかに足音が聞こえてくる。
 おそらく犯人のものだろう。
 さて、そろそろかな?
 俺は背後を振り向いた。
 けれど、そこには誰もいなかった。
「おいおい、どこを見ているんだい? 俺はここだよ?」
 刹那、俺の背後から陰湿な声がした。
 大慌てで俺は振り向いた。
 すると視界の端から高速で迫ってくる影があった。
 俺はそれを右腕で防御する。
 俺を襲ってきた物体は角材だった。襲撃者はそれを木刀替わりに俺を殴ってきたのだ。
「へえ、反射神経は相変わらずいいね」
 犯人の舌なめずり。
「褒めてもらえて嬉しいよ。これでも、地味に鍛えてる方でね」
 ついに犯人と対面する。
 予想通りの犯人の姿に、俺は正直辟易していた。
 アルカナ使いの中で俺を憎悪する奴が犯人なら、やっぱり『こいつ』だよな。
「どういう意味があって、爆弾予告なんて?」
「ははは、そんなのは決まってるじゃないか! 俺は瀬田翔馬が憎い! あいつさえいなければ、俺の学校生活はぐちゃぐちゃにならずに済んだ!」
 とか激昂する犯人だが、そんなのは逆恨みに過ぎない。
 だって、先に氷華梨に酷いことをしてきたのはこいつなのだから。
「なあ、一緒に死んでよ。今でもお前のことが忘れられないんだ」
 粘着質なストーカー、ここに極めりという感じだな。
 だけど当然ながら俺はこいつと心中するつもりはない。
 と、いうより相手も相手で俺を別の人間と錯覚しているわけだし。
「へえ、心中する相手は俺でいいのかい?」
 意地悪く笑って、俺は魔法【レンチキュラー】を解除した。
 その瞬間の犯人の顔の崩れっぷりといったら傑作だった。
「なんで……瀬田翔馬が……? 氷華梨はどこに? ……はっ」
 一瞬だけ混乱した犯人だが、すぐに全てを察する。
 要するに犯人は【レンチキュラー】のせいで、俺を周防氷華梨と誤認していたのである。
 自分の置かれた状況を察した犯人は、即座にこの場からの逃亡を図る。
「畜生! 俺をコケにしやがって!」
 精一杯の罵声を吐いて走り去ろうとする。しかし、何の対策もとっていない俺ではない。
「おっと、ここから先は行き止まりだ」
 犯人が向かう先には、すでに四塩先輩と久留和が仁王立ちしていた。
 二人の不敵な態度に、犯人は立ち止まるしかない。
 いくら二人が女性であっても、犯人にとって彼女の腕力は未知数。力押しで通過できるかわからない以上は一瞬たじろぐしかない。
 その間に俺は悠々と犯人に追いついた。
「さーて、翔馬。これはどういうことが詳しく説明してもらおうか」
 四塩先輩は犯人を睨みつけながら俺に聞く。
「見ての通り、こいつが爆破予告の犯人だったんだよ」
「いや、アタイが聞きたいのはそこじゃねえ。アタイは聞いた話でしか知らないが、こいつ、お前や周防ちゃんにちょっかい出して、その結果喋れなくなってたんじゃねえの?」
 四塩先輩は怪訝そうな顔をするしかない。
 俺たちの視線を浴びながら犯人は顔を俯けて拳を震わせていた。
「その通りだ。こいつは俺と氷華梨の中を引き裂こうと策を弄してきた。だけど、自分の魔法を自身に使うことになって声を封じられた。――そうだったよな、名壁司?」
 俺が言うと、【正義】のアルカナ使いである男子生徒は獰猛にこちらを睨みつけてくる。
「ああ、そうだ! 俺はお前のせいで声を奪われて今日まで生きてきた! それがどれだけ惨めだったかわかるか!?」
 半狂乱で俺を責め立ててくる名壁。
「そんなのはお前の自業自得だ」
「違う! 俺は悪くない! 俺こそが正義なんだ。俺が断罪されるんじゃない。俺こそが、万人を断罪できるんだ!」
 狂気の理論を振りかざしてくる名壁。
 彼の心はことごとく壊れていた。
「じゃあ聞くけど、正義であるお前は氷華梨の姿をした俺につられてここまで来た。氷華梨に何をするつもりだったんだ?」
 問いただすのも癪だが、一応、確認のために聞いておく。
「説明するまでもない。氷華梨は……氷華梨は俺のものなんだ! 何をしたって許されるにきまってる!」
 考え方が完全にストーカーのそれだ。
 名壁に魔法【コンヴィクト】がなかったら、この場で殴りかかっていた。
「氷華梨は誰のものでもない。氷華梨の人生は氷華梨のものだ」
 例え俺があいつのカレシでも、あいつの邪魔をする権利はない。だったら、元カレ改めストーカーのこいつに手出しする権利があるわけもない。
「気に食わない! そもそも、なんでお前ごときが、俺に罠を仕掛けられるんだ? どうして電話の相手が俺だってわかったんだ」
 頭を抱えながら、名壁は騒ぎ立てる。
「そんなのは簡単だ。お前が勝手に語るに落ちただけだ」
「何を言ってるんだ? 俺がヘマを踏むなんてありえない!」
 こいつ、自分への信頼だけなら北出先輩と同等、あるいはそれ以上だな。
 もっとも名壁の場合、思いっきり自分のエゴのために能力を使ってるから嫌悪しか湧いてこないが。
「お前は電話越しに、俺が氷華梨の父親に殴られたのを笑ってたよな? それが致命的なミスだったんだよ」
「何を言ってるんだ? お前はあの場に俺がいたことに気づいている素振りはなかったはずだ!」
「確かにお前がいたことは気づかなかった。俺をぶん殴ってきた氷華梨の父親への対処で精一杯だったからな」
「なら……何故?」
「答えは簡単。俺を殴ってきた相手が氷華梨の父親だって知ってたからだよ」
 まったく、こんなしょうもない理由で犯人がわかるなんて推理小説なら三流だよ。
「あ……」
 俺に言われて名壁もようやく自分の失態に気づいたみたいだ。
「氷華梨の父親は、体育館前で俺を見かけるなりいきなり殴ってきたんだ。それこそ挨拶も自己紹介もなしで。そんな人間が『恋人の父親』だってわかるなんて不自然だ」
「そんな……」
 呆然とする名壁にさらに言う。
「補足するなら、氷華梨の父親はうちのクラスにも現れてはいる。けれど、その場では『周防氷華梨の父親』とは名乗ってはいないみたいなんだよ」
 これは熊沢の会話を思い出せばわかることだ。
 あのとき、電話越しに何故か熊沢は氷華梨の父親を『身内の者』と説明していた。
 となると、仮に俺のクラスに犯人がいたとしてもあの人が『氷華梨の父』であると知りようがない。
「以上のことから導き出される結論。それは犯人があの人が氷華梨の父親だと以前から知っているアルカナ使いってことだ。名壁は中学時代に周防家に訪問していたって氷華梨が言っていた」
 犯人の目星がついて、そいつが氷華梨に偏執的な想いを持っているならおびき出すのは簡単な話だ。
「といってもさ、翔馬。一番重要な点の説明が抜け落ちてる。どうやってこいつは奪われた声を取り戻したんだ?」
 四塩先輩からのごもっともな指摘。
「名壁は自力で喋れるようになったんじゃないよ。あくまで偶然の産物だ」
「どうやったら、そんな偶然が起きるんだよ?」
「名壁は自分の魔法を自分にかけて喋れなくなった。なら、その魔法が解ければ再び喋れるようになる。そこはわかるよな?」
「当然の理屈であるが……ああ、そうか。噂に聞いた【悪魔】の魔法か!」
 途端に四塩先輩は合点がいったようだ。
「その通り。以前に有馬紅華は『賭けに勝った相手の魔法を奪う』っていう力で名壁から【コンヴィクト】を強奪している」
 実際問題として、有馬は俺に魔法【コンヴィクト】を使って自由裁量で断罪している。
「ということは、アレか。有馬ちゃんに魔法を奪われたことをきっかけに、名壁が自分にかけた魔法の効力が切れていたのか」
「だろうね。ちなみにさっき有馬には確認を取っておいた。彼女は俺と氷華梨とのダウト対決に敗れてから名壁の魔法も使えなくなっていると」
「つまり、一度は有馬ちゃんのおかげで声を取り戻して、しかも翔馬と周防ちゃんのおかげで魔法まで取り戻した、と」
「声を取り戻した名壁はこれを利用して、俺への復讐を企てた。そういうことだろう?」
 俺は名壁を見据えた。
 名壁は心底つまらなそうな顔をしているから、大当たりと考えるべき。
「ああ、そうだ。そうだとも! 俺自身は何もしてないのに、声と魔法が戻ってきた! これはチャンスだと思ったね! 復讐の女神が俺にチャンスをくれたとも考えたさ! だったら、俺から声を奪って、学校生活をぐちゃぐちゃにした瀬田に復讐しなければ気がすまない!」
 名壁は狂気に目を血走らせながら吠える。
「何度も言うけど、先に手を出してきたのはお前だろうが」
「知ったことかよ、そんなこと! 氷華梨は俺のもので、所有物に手を出してきたのはお前の方だ! 完膚無きまでに復讐することが俺の人生の意味! ぐちゃぐちゃにしてやる! どんな手を使ってでも瀬田の人生を踏み潰してやる!」
「ああそうかい。そのための手段が爆弾かよ」
「これほどインパクトがある手段もないだろう? 短時間で準備するのは骨が折れたよ。とはいえ、ネットでそういうのが好きな奴とのやりとりが前からあってね。人脈があるってのはいいものだよなあ!」
「一応聞いておくけど、その爆弾は?」
「さあ、どこだろうな? 爆発まで一時間あるから探してみれば?」
「なるほど、よくわかった。爆弾を仕掛けたってのは本当の話だったのか」
「俺はどこかの詐欺師と違って正直者でね。そこら辺はきっちりとしてるんだよ」
 そう言われると、俺としては返す言葉もない。
 名壁が犯人でどこかに爆弾が実在するってのがわかれば現状では上出来だ。
「というわけだ! あとは手はず通りに頼んだ!」
 俺はその場で声を張った。
 突然の俺の行動に名壁はたじろぐ。
 その一瞬の隙が勝敗の分かれ目となった。
「名壁司は、爆弾を仕掛けた場所を話せ!」
 俺たちを囲む校舎の二階部分の窓には身を乗り出した男子生徒がいた。
【皇帝】のアルカナ使い阿加坂光栄である。
 名壁をここまで誘導する手はずである以上、阿加坂を上層階に配置できないわけはない。
 阿加坂の『名前を呼んだ他者を命令に従わせる魔法』は一瞬にして名壁の心を侵食する。
「爆弾は、一年六組の俺の鞄の中にある」
 あっさりと白状した。
「阿加坂、あとは任せた!」
「はいよ! ったく、土壇場で俺に頼ってくるなんて瀬田も随分と落ちぶれたな」
 阿加坂の悪態。
「それまでの敵と共闘するってのは少年漫画みたいで格好良くない?」
「けっ、言ってろ!」
 阿加坂は身を翻し去っていく。
「以上で名壁の野望は潰えたわけだ。残念だったな」
「爆弾が見つかって、それを通報されれば俺は終わり。それは認めよう。でも、俺からの爆破予告を黙っていた瀬田だってただではすまない。ああ、そうだ、そうだとも! お前も一緒に破滅しろ!」
 最後までくじけないその姿は、ある意味で悪役の鑑だよ。真似はしたくないけど。
「ふーん、そういうものかね?」
 余裕の態度を見せる俺。
 名壁は不愉快そうだ。
「クソッ! バカにしやがって!」
 問題が半分解決し、油断が生じていた四塩先輩と久留和の隙を縫って逃亡。
 向かうとしたら阿加坂のところだろうな。いざという場合のために、阿加坂には【戦車】である槍先先輩が護衛についている。
 とはいえ、何かあっても面倒だ。名壁を追うとするかね。

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