アルカナ・ナラティブ/第16話/13

「よお、瀬田翔馬。遅かったじゃないか」
 一年六組の前で、学校指定の鞄を持った阿加坂と合流する。
「そう言うな。ちょっと名壁と一悶着あってね。その中に例のブツが?」
「ああ、困ったことにね。というか、持つならお前が持てよ。こんなの持ってたら生きてる心地がしない」
「そりゃそうだ」
 俺は阿加坂から鞄を受け取る。
「んで、警察への通報は済んだのか?」
「いいや。というか、そもそもするつもりはない」
「そりゃどういう冗談だ? この中身の処理はどうするつもりだよ?」
「それに関しては考えがある。学園祭実行局……というか、北出先輩に話したら了承は得られた」
「……なんで北出先輩の名前が? いや、あの人なら爆弾くらいどうにかしても不思議じゃないけど」
 突然の名前に阿加坂は訝しむ。
 とかなんとかやっていると、ケータイがバイブ。
 名壁が負け惜しみでもぶちまけてくるかなとか勘ぐってみたが、残念、相手は熊沢だった。
「もしもし、悪い、ちょっと取り込み中なんで後にできる?」
 爆弾を見つけた俺としては余裕の態度。
 ところが、
『至急お前に伝えたいことがある! 周防さんが襲撃された!』
「はい?」
 氷華梨の名前が出てきた以上、無視はできない。
『クラスに角材とかで武装した連中が三人ぐらい入ってきて、いきなり暴れ始めたんだ』
「え、ごめん、意味がわからない。と、とにかく氷華梨は無事なのか?」
『無事かどうかは何とも言えない。襲撃者から逃げるためか教室にはいない』
「襲撃者はどんな連中だ? 六組の名壁がいたりした?」
 自棄を起こした名壁の凶行を疑うのが一番自然というものだ。
『いや、名壁はいなかった。なんつーか、まったく共通点を見いだせない連中だったよ。うちの制服着た女子や、職員室で顔を見たことのある教師、あと、さっきうちのクラスにきた周防さんの身内を名乗る男性もいた』
 つまり襲撃犯の一人は氷華梨の父親?
 ……まさか。
「襲撃者の中で『罪を償うんだ』とか呻いてた奴っていた?」
『え、ああ、よくわかったな。全員が全員、自分の罪がどうたらとかブツブツ言ってた』
 悔しいが俺の予想はあたっていたらしい。
「とにかく、俺は氷華梨を探してみる。熊沢たちは教室の混乱を収めておいてくれ!」
 とか無茶振りをしておく。
「どうしたんだ?」
 阿加坂が聞いてくる。
「名壁の奴が魔法を使って氷華梨に刺客をけしかけたみたいだ」
「魔法って……イカサマ裁判のアレか!」
 なるほど、言い得て妙なネーミング。
 いや、今は感心している場合ではない。
「とりあえず、阿加坂は体育館の方を探してくれ。俺は校舎裏を探してみる」
「ったく、しょうがねえな」
 不承不承といった様子で頷く阿加坂。
 俺は今言ったように校舎裏へと走り出す。
 爆弾入りの鞄を持っての移動は心臓に悪いが、人ごみの中に置いていくわけにもいかない。
 そして、校舎裏。つまり、先ほど名壁を追い詰めた場所である。
 予想通りというべきか、氷華梨は襲撃者たちと大立ち回りをしていた。
 氷華梨は素手であるが、襲撃者たちの攻撃を見事なまでに回避していく。
「ハハハ! すごいすごい! それでこそ俺が恋した相手だよ! でも、一体どこまで持つかなあ!」
 舞い狂う氷華梨を眺めながら、名壁は腹を抱えて笑っていた。
「名壁!」
 俺は怨敵の名を叫ぶ。
「やあ、瀬田! 最高の見世物だろう? 氷華梨を襲ってる連中の中には彼女の父親もいるんだぜ!?」
 名壁の言うように、襲撃者の中には氷華梨の父親の姿。
「本当に、お前の力は最悪だ」
「おいおい、そこは俺に感謝すべきだろう? 氷華梨の父親はお前を殴り殺しかけたんだぜ? だったら、自分が最も傷つけたくない相手――つまり娘に危害を加えるってのは断罪として最高傑作だ!」
 耳障りな笑い声。
 おそらく残り二人の襲撃者も名壁の魔法の犠牲者なのだろう。
「氷華梨!」
 焦燥から俺は氷華梨を呼ぶ。
「大丈夫! 私は名壁なんかには屈したりはしない!」
 気丈に返してくる氷華梨。
 だけど、そんなこと言われても放ってはおけない。
 俺は爆弾入りの鞄を地面に置くと、氷華梨の元に駆け寄る。
「罪を許してくれ!」
 亡者の嘆きとともに、氷華梨の父親が娘に手を上げる。
 そんな悪夢を見過ごすわけにはいかない。
 俺は魔法【レンチキュラー】を発動。氷華梨の父親が俺を娘であると誤認させる。
 ガッ!
 俺は右頬を殴打される。
 その痛さは筆舌に尽くしがたい。もしかしたら痣とか残るかもしれない。
 だったら、なおのことこれでいい。ダメージを追うのが氷華梨じゃなくて本当に良かった。
「わ、私は何を……」
 正気に戻った氷華梨父はよろめいているが、ぶっちゃけ今の俺に説明している余裕はない。
 残り二人の【レンチキュラー】を使って、残り二人の攻撃も俺が受けておく。
 角材で殴られたり、鳩尾に蹴りを食らったりとか。
 今日の俺、物理攻撃受けてばっかりだな。
 なるほど、昨日の天野先輩の占いで【塔】が出たのは大当たりだ。
「翔馬!」
 すっかりボロボロの俺を氷華梨が介抱してくる。
「氷華梨、大丈夫か?」
「それはこっちの台詞でしょ!?」
 おやおや、せっかく身を呈して守ってみせたのにマイスイートが激怒りです。
 どうしてでしょう。後で知恵袋サイトでも活用してみようかな?
 だがしかし、介抱されていると氷華梨の体温が直に伝わってくるわけです。
 この状態はあれですよ、あれ。
「この状況、結構な特典だと思うがこれいかに?」
「うん……馬鹿」
 氷華梨が泣き出しそうにしていたので、しょうがなしに俺は名壁に視線を投げてみる。
「くだらない! どうしてお前たちは心が折れないんだよ! ふざけんな!」
 俺が置いた鞄を抱きかかえながら、名壁は憤怒を撒き散らす。
 そりゃ、この状況は悪役からしたら面白くないわな。
「もういい。爆破時刻を早めてやる! 規模の小さい爆弾でも、ここにいる連中を吹き飛ばすくらいはできるはずだ!」
「な、爆弾!?」
 といったのは氷華梨の父親。彼だけでなく、名壁の言葉に、襲撃者だった人々は大混乱。
「とりあえず、みんな逃げろ!」
 俺が指示を出すと、無関係な人々が一斉に逃走。
 俺も立ち上がり走り出そうとする。
 しかし――。
「あれ?」
 足元がよろめく。
 もしかして、さっき襲撃者から受けたダメージのせいかな?
 マズイ。
「翔馬?」
 走り出そうとしていた氷華梨が振り向く。
「氷華梨、逃げろ! 俺なんて気にするな!」
 ここで氷華梨まで巻き込まれたらまったものではない。
 何のためにここまで来たって言うんだ。
「ははは、少し癪だけどいいだろう。瀬田、お前を心中相手に選んでやるよ」
 憔悴した眼差しで名壁が近づいてくる。
 万事休すかと思ったそのとき。
 俺と名壁の間に割って入る人影。
 氷華梨の父の姿だった。
「何ですかお父さん? 俺たちと爆散したいんですか?」
 名壁は邪悪な眼差しを氷華梨の父親に向ける。
「君に……お父さんとか呼ばれる筋合いはない!」
 至極ごもっともな怒りを名壁にぶつける氷華梨父。
 彼は続ける。
「ぼけっとしてないで氷華梨も瀬田君も逃げなさい! この馬鹿は私が食い止める!」
 俺をかばう氷華梨父の後ろ姿は大きく見えた。
 だけど、だからこそ、この人を置いて逃げるわけには……。
 万策尽きたか――。
 そう思った時だった。
「そこまでだ!」
 まるで正義の味方みたいな威勢のいい声が辺りに響く。
 そこにあったのは北出先輩と実行局室で見た髪の長い少女の姿。
 彼らの方を振り向いた名壁は立ち尽くしていた。
「何で……何でセツリがここにいるんだ!?」
 絶叫する名壁。
 事情は知らんが、セツリという少女は名壁の知人らしい。
 一体どういう間柄なのやら。
 おぼつかない足取りでセツリが一歩、また一歩と名壁の方へと歩みを進める。
「く、来るな! 来ないでくれ! 俺は、俺は悪くない! 何一つとして間違ってない!」
 ついには尻餅をついて行動不能に陥る名壁。
 本当に誰だよ、このセツリって子。
「お久しぶりですね、司兄さん。どうして私なんかに怯えるんですか?」
 ……司……兄さん?
「あーーーーッ?」
 ようやくセツリの正体に気づいた俺は間抜けた大声を上げる。
「そう驚くなって」
 俺の慌てっぷりが面白かったのか、北出先輩が苦笑していた。
 そういえば、名壁には妹がいるって話があった。何でも、中学時代にその妹に乱暴を働いたのがきっかけで名壁の心は恐ろしい方向に捻じ曲がっていった――なんて話だったな。
 その妹があの子か!
「ゆ、許してくれセツリ! 俺は、俺は何一つ謝らないぞッ!」
 人を断罪する魔法の使い手は、今や完全に裁かれる側に回っていた。
 名壁の妹はそんな彼に奥するところなく近づいていく。
 名壁は逃げようと試みるが、腰を抜かしているらしくその場でジタバタするだけだ。
「俺は悪くない……悪くな……」
 呼吸が荒くなり、ついには呂律すら回らなくなる名壁。
 なんというか、ここまでくると滑稽そのものだよ。
 セツリはかつて自らに乱暴を働いた罪人の前に立つ。
 そして、堂々と眼前の名壁司を見下ろしていた。
「許して……許してくれ……助けてくれ……俺は……俺は……」
 セツリは何も言っていないのに、名壁の精神は完全崩壊。
 こりゃあ、咎めを受けるよりも怖い。
「ええ、許しましょう。私は兄さんを恨むのを、憎むのをやめました。私の人生はもう私のものです」
 聖女の毅然さをもって、セツリは告げる。
 その瞬間、名壁がガクンと横に倒れる。
 意識すらブッ飛んだらしい。
 こうなると名壁に同情すら湧いて……いや、こないな。
 結局のところ、悪いのは全部名壁で情状酌量の余地はない。
「遅くなって悪かったな。とりあえず、支持されたモノは手の空いてる実行局員で運んでいる最中だ」
「そりゃどうも。っていうか、この子が名壁の妹さんってのにビックリだよ」
「まあ、最後の切り札としてセツリの正体は伏せてたからね」
 簡単に言ってくる北出先輩だが、色々腑に落ちない部分がある。
 いや、そこら辺の話は後で聞こう。
 今は爆弾の処理の方が先決だ。
「ところで翔馬、名壁が持ってる鞄の中に爆弾があるんだよね?」
 氷華梨が怯えながら聞いてくる。
「ああ、それは確認済みだ」
「爆弾ってどうやって処理するの? やっぱり警察を呼ぶ?」
「爆破予告まで後二十分しかない。小型爆弾みたいだから、こっちで処理させてもらう。……あんまり今回の件は表沙汰にしたくないし」
 隠蔽体質万歳だな。
「……どうやって? もしかしてドラマとかで見る赤いコードか青いコードかみたいなやつをやるの?」
「いや、そこまでステレオタイプなのはちょっと。しかもそれだと、二分の一で爆発しちゃうから危険すぎる」
「じゃあ、どうやって?」
 氷華梨が不思議そうに目をしばたかせていると、北出先輩に頼んでいたモノが学園祭実行局の人々によって運ばれてくる。
「えっと、あれは……ドラム缶?」
「いかにも。北出先輩の話ではネットショップで一番頑丈なシロモノらしいぜ?」
 本来は北出先輩と学園祭実行局の人たちが五右衛門風呂にしようと企てた一品。
 そんなバカバカしく、無駄な買い物がこの場で役立つとは考えなかったよ。
「それと爆弾処理がどう関係あるの?」
 氷華梨の問いに、俺は実演によって答える。
 俺は名壁から爆弾入りの鞄を回収すると、ドラム缶の中に入れてみせる。
「あ……」
 俺の目論見を察した氷華梨は驚嘆する。
 ドラム缶には蓋がされていない。
 つまり周りは頑丈な装甲なのに、上方向だけは爆発のエネルギーが抜ける仕様として使えるのだ。
 本来ならば強度計算とかやるべきなんだろうけど、状況が状況だ。あとはドラム缶の頑丈さに期待するしかない。
 元々、ここは学園祭中に人が立ち寄らないはずの場所だ。学内で爆弾処理をするならここ以上の場所もない。
 もちろん、不測の事態に備えて爆発時刻前には全員この場から撤退する。
「さーて、まさかこの馬鹿をここに置いていくわけにはいかんよな」
 失神した名壁を面倒くさそうに担ぎ上げる北出先輩。
 ずりずりと名壁を引きずりつつ、安全な場所へと避難終了。
「ところで翔馬、爆発物の処理はできるとしても爆発音までは誤魔化せないぜ? あとで警察に嗅ぎつけられたらどうするつもりだよ?」
 北出先輩の疑問はもっともだ。
 それについては程よい策があった。
「拡声器と屋上の鍵って実行局で調達できない?」
「できるけど……何に使う気だ?」
 北出先輩でさえ予測できないことを俺はしようとしている。この一日で俺も随分と成長しましたわい。
「実はさ、名壁のせいで無関係な人たちが襲撃犯にされてさ。その人たちが後からお咎めを食らうのは面白くない。なので爆発音を誤魔化すのと同時の一石二鳥の手を打ってみようかなって」
 俺の言葉に、場のメンバーはますます混乱していた。
「瀬田君、君は一体……何を考えているんだ?」
 氷華梨の父親の問いに俺は肩を竦める。
「氷華梨のお父さん、実は俺、どうしょうもなくろくでなしの詐欺師なんですよ」
 今更わかりきったことを言ってみる。
「わけが……わからん」
 お父上が不快げに眉をひそめる。
 俺は詳しくは答えずに、実行局員が持ってきた拡声器を受け取る。
「鍵の方は今、各務原先輩に職員室からくすねてもらってる。屋上の入口で待っててくれ」
 と北出先輩。相変わらず、各務原先輩も各務原先輩で常識の埒が外の人だよな。
 全てのお膳立ては完了しつつある。
「ではでは、一つみんなを騙してくるか――」
 半ば愚痴でも吐くみたいに俺は屋上へと歩みを進める。

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