アルカナ・ナラティブ/第16話/14

 各務原先輩から屋上の鍵を受け取ると、ぬるりと立ち入り禁止区画へと侵入。
 爆破予告時刻まで後五分。
 屋上から下界の様子を眺めてみる。
 沢山の生徒や一般客がエンディングの行われる体育館に向けて移動していた。
 本来ならばエンディングが始まっている時間であるが、北出先輩に頼んで体育館の開場を十分ほど遅らせてもらっている。
 つまり、爆破予告時刻でも屋上の様子を見上げられる人間はたくさんいる。
 さてと、残り一分。
 後戻りはできない。
 本当は逃げ出したい気持ちでいっぱだけど、ここで退いたらヘタレからゴミ虫に降格である。
 それは氷華梨に合わせる顔がないので覚悟を決めましょう。
 俺は念のため、両耳を塞いでおく。
 瞬間――。
 ドンッ!
 校舎裏から派手な爆発音。
 にわかに空気が振動する。
 突然の轟音に、地上の人々が慌てふためいていた。
 神様気分で彼らの様子を眺めるのは意外と楽しかった。
 けれど、そんな娯楽に興じるために俺はここにいるわけではない。
「皆の者! こちらを向け!」
 大仰な物言いで俺は叫んだ。
 拡声器によって倍増された音声が周囲に響き渡る。
 爆発音に怯えていた人々は、即座に屋上の方に注目。
「今しがたの轟音は、我の威光を示すために仕掛けさせてもらった! どうだ、面白い演出であっただろう?」
 中二病全開な台詞回し。
 まさか、魔法研究部の本棚にあった漫画やラノベが役に立つとは思わなかった。
 何事も犯罪以外はやっておくべきである。
 呆然とするしかない地上の人々――いや、ここはあえて下賎な人間どもとか言っておこう。
 そんな矮小な存在に、俺は魔王となって覇を唱える。
「さて、我こそは諸君らが忌み嫌う魔王である! 名は瀬田翔馬! そうだ、かつてこの世界に混沌を撒き散らした者の名だ!」
 詐欺師として社会を引っ掻き回した過去があるのだ。この言い分は嘘ではない。まさにダイナミック不謹慎。
 俺の名が出てきたところで、地上の人々がざわめき始める。
 そりゃ、瀬田翔馬といったら今やこの学校で悪名轟く存在ですからね。
 そんな悪党がいきなり魔王を名乗ってきたら、意味不明以外のなにものでもない。
「本日は数多くの者たちが我が仕組んだゲームに参加したと聞く! しかし、誰ひとりとして我が腹心すら倒せなかったらしいな! はっきりいって我としては興ざめだ!」
 あえて煽っていくスタイル。
 これに地を這う人間共が怒りの声を上げる。
「ふざけんな! テメエ降りてこい!」
「犯罪者は消えろ!」
「死ね、お前なんて死んじまえ!」
 罵声と怒号が鳴り響くが、魔王になると決意した俺に怖いものなんてない。
「フハハハハ! あまりにも貴様ら人間共が脆弱だったゆえ、ゲームを盛り上げる余興も仕込んだのだがな! そう、我の遊技場にいたものなら見ていたであろう? 我が腹心が蛮族と化した人間たちに襲撃されている様子を!」
 とか言うと、みんなが一瞬押し黙る。
 俺は畳み掛けるように言ってやった。
「あれは我の差金だ! 我が腹心が勝ち続けるだけのゲームではつまらんからな! 何人かの人間を洗脳して遊技場に混沌というスパイスを加えてみた!」
 要するに『襲撃者はこちらの仕込みでございます。ゲーム上の演出ですので犯罪性はございません』と言いたいのだ。
 この言い回しで是非伝わってくれ。
 ちゃんと伝わらなかったら学園祭実行局を通じて正式な謝罪文を打ち出すとしよう。
 俺の言い分にみんなして呆然としていた。
「とにかく! 我のゲームは、我と我が臣下たちの勝ちである! この魔王、しかとここで覇を唱えたぞ!」
 学校でもっとも高い場所で俺は盛大な哄笑をあげる。
 魔王たるもの塔の最上階で下界の者たちを笑うくらいの気概はほしいところだ。
 一方的に言うだけ言って、俺は屋上からフェイドアウト。
 さーて、これで俺も本格的に学校中の嫌われ者だな。
 まったく、今日は有馬や氷華梨の父親、果ては名壁に操られた連中にぶん殴られたりと災難そのものだよ。
 アルカナで言えばまさに【塔】だ。
 けれどまあ、ここまで不運が山盛りだと逆に諦めがついて清々しい。
 屋上の出入り口では北出先輩をはじめとする学園祭実行局のメンバーと氷華梨、そして彼女の父親が待ってくれていた。
「えっと、まあ、何だ。つまりはそういうことだ。この魔王・瀬田翔馬の行いに異を唱えるものがいるならば一歩前に出てみよ! ……なんちゃって」
 はい、ごめんなさい。ちょっとだけ図に乗ってました。魔王の演技をしてハイになってました。
 しょうもない俺の、しょうもない言い分に一人だけ一歩前に出た。
 氷華梨だった。
 困ったことに半泣きだった。
 あらら、こりゃあ流石の魔王様でも勝ち目がないぞ。
「ごめん、多分、俺、これから今まで以上にみんなから叩かれる。だから……」
 言葉の続きが紡げない。
 俺が逡巡していると氷華梨は表情を無理矢理に明るいものへと作り直す。
「うん、これから翔馬は大変なことになるかもね。だから……私が翔馬を支える!」
 おっとっと。こりゃあ、予想外の反応が来ましたぞ、と。
「俺と一緒にいても不幸になるだけかもしれないぜ?」
「翔馬と一緒にいられるなら、地獄だって構わない!」
 氷華梨の力強い宣言に、俺は負けを悟った。
 まあ、俺が氷華梨に勝てないのはいつものことなんだけどさ。
 そんな俺たちの様子をため息混じりに見ているお方が一人。
 氷華梨の父親である。
「瀬田君。君は私の娘を不幸にするつもりかね?」
 親御さんなら当然の問いであり、俺からすれば究極の問いである。
「俺は……氷華梨を幸せにできるかはわかりません。本当に……わかりません。でも、俺は氷華梨を諦めない!」
 ここで『絶対に幸せにしてみせます』なんて言ったら嘘になる気がした。
 だから、自信なくヘタレた態度を取るしかない。
 またお父上にぶん殴られるかなとかも思ったが、彼は予想に反して動かない。
 けれど言うのだ。
「だろうね。君みたいな若造に娘の幸せを約束されても困る。だがまあ、君が単なる人間のグズでないことは理解した。今度の休みに、もう一度うちに来なさい。未成年の君と酒を酌み交わすことはできんが、茶飲み話くらいはできる」
 そして、氷華梨の父は去っていく。
 これは氷華梨の父親との関係が一歩前進したと見ていいのかな?
「それじゃ、俺らも学園祭のエンディングに行くかね」
 号令をかけたのは北出先輩。
 彼の言葉に従い、実行局メンバーが体育館へと移動開始。
 一団の最後尾に俺と氷華梨は付いていく。
 ちなみに何故か北出先輩も横にいた。
「いいのか? 先頭でみんなを引っ張っていかなくて」
「俺があとやることといったら、エンディングの締めの挨拶くらいだからな。最後まで油断はできないが、肩の力くらい抜かせてくれ」
 そう言いながら北出先輩は歩く速度を遅くして一団から少しだけ離れる。
「さて、翔馬。聞きたいことがあるなら今のうちだが?」
 ご丁寧にもお膳立てをしてくれたらしい。
「だったら聞くけど、どうして名壁の妹を今日呼び寄せてたんだ? あれじゃあまるで……」
「今日、名壁が問題を起こすのがわかってたみたいってこと?」
「その通り。名壁妹が名壁への切り札として使えるとしても、準備が良すぎる」
「ぶっちゃけてしまうと、名壁が確実に今日問題を起こす確証はなかったんだけどね。とはいえ、あいつに不穏な空気を感じた以上は学園祭完遂のための防衛はしておくさ」
「いや、だから俺はどうして名壁が何かをやらかすと思ったのかを聞きたいわけで……」
「おいおい、忘れたのか? 俺の魔法『レッドゾーン』は問題児がわかるんだぜ?」
 北出先輩の解説に、俺はようやく合点がいった。
 北出先輩は更に続ける。
「実は夏休み明けまもなくしてから、名壁司を通学路で見かけたんだよね。その時は問題児の赤は微々たるものだった。なのにさ、一週間くらい前に見かけたときは、異常なまでに真っ赤なの! こりゃあ、何かあったと踏むのが普通だろう」
「つまり、名壁は声を奪われて問題を起こすだけの力もなくした。ところが有馬の魔法がきっかけで問題児に返り咲いたわけか」
「だろうね。そこら辺は俺も確証はなかった。だから、今日は翔馬にそれとなくヒントを与えて名壁を泳がせてみたんだ」
「要するに俺は餌だったわけかい」
「何といっても翔馬はこの学校で指折りの問題児だからね。状況をひっくり返すだけの力があると信じていたよ」
「まったく褒め言葉に聞こえねえ」
 うんざりしながら俺は言った。
「そうですよ北出先輩。もしも翔馬に何かあったらどうするつもりだったんですか?」
 氷華梨は氷華梨で、北出先輩にご立腹の様子だ。
「おっと、周防さんに怖い顔されると流石の俺も肝が冷える。でも、なんだろう。このゾクゾクする感じ! 新しい趣味に目覚めちゃったかな?」
「ダメだぜ、北出先輩。氷華梨は俺のものだ。手出し禁止!」
 俺が北出先輩から氷華梨を守る形で立ちふさがる。
「カカカ! ちなみに翔馬、お前の後ろでカノジョさんが顔を真っ赤にしてるぜ! その赤は、例え魔法なんぞ使えなくとも一目でわかる赤だ!」
 俺が振り向くと、北出先輩の指摘通り氷華梨が顔を紅潮させていた。
「どうかしたの?」
 俺が聞くと氷華梨は、
「翔馬ってときどき聞いてるこっちが恥ずかしいことをさらっというよね」
 すまない、何を言ってるか謎だ。
 北出先輩に解説をお願いしようとしても、彼は遥か前方を駆けて実行局員メンバーの先頭に立とうとしていた。
 自由すぎるだろ、あの人。
「ところで、私をかばって殴られたけど大丈夫なの?」
「実はまだズキズキするけど、まあ、名誉の負傷ってことで」
 なんて言っても氷華梨は納得しないだろうけど。
 俺の手を氷華梨が握ってくる。
「ねえ翔馬――学園祭お疲れ様」
 労いの言葉に俺は万感の想い。
 でも、一応言っておこう。
「実はまだエンディングとか片付けとか、クラスの打ち上げが残ってるけどね。家に帰るまでが学園祭さ」
「だったら今日はもう少しだけ一緒にいられるね」
 氷華梨がはにかむ。
 穏やかな表情なのに、雷撃みたいな破壊力だった。

【XVI・塔】了

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