アルカナ・ナラティブ/第17話/01

 九月末の学園祭から一カ月ちょっとが経過して、もう十一月。屋外の広葉樹の葉は赤や黄色に染まり、空気からも夏の粗熱は消えていた。
 学生服の衣替えなどとうに完了しており、俺たちは冬服のブレザーで登校していた。
 学園祭終了後から今までは、特に目立ったトラブルは起こっていない。
 十月はそれこそ流れるように去っていった。
 俺個人としては周防家に再訪問しお父様と楽しいお茶会をしてきたことがある。とはいえ、胃が痛くなる緊張を強いられたにせよ無事にクエストは完了している。
 氷華梨の父親も、とりあえずは俺たちの交際を許可してくれた。学園祭で身を呈して名壁の魔手から氷華梨を守ろうとしたことが幸いしたらしい。
 名壁に関しては現在休学中とのことだ。妹に罪を許されたのが、逆に彼の心を真っ二つにへし折るに足りたらしい。
 アルカナ使い関連の事件はこれ以上起きないでほしいものだ。仮に起きそうならば未然に防ぎたい。
 というわけで、十一月の初頭に魔法研究部で話し合いが行われていた。
 議題は『残りのアルカナ使いを探そう』というもの。
 この学校には、確かに未だ存在を確認できていないアルカナ使いがいる。
「では、改めて確認しておこう。本年度のアルカナ使いで見つかっていないのは【星】【月】【太陽】【審判】【世界】【愚者】の六名だ」
 他の部から借りてきたホワイトボードの前で語ったのは天野先輩だった。
 その様子を部室に集まった他のアルカナ使いたちは静かに眺めていた。
 ちなみに、天野先輩以外にこの部室にいるのは俺、氷華梨、ヒノエ先輩、水橋先輩、藤堂先輩の五人。他のメンバーは用事があったり、そもそもアルカナ使い探しに興味がないなどで未参加。
 出席率が悪い気もするが、そこまで広くない部室である以上、大人数が集まっても困る。なのでこれはこれで良しとしよう。
「前の【太陽】【審判】【世界】のアルカナ使いが卒業したのは去年度だから、この二つは一年生の誰かだ。【月】の卒業は一昨年だからおそらく二年生。【星】は三年生あたりと俺は思ってる」
 天野先輩はホワイトボードにそれぞれの学年への考察を書き込んでいく。
「だったら、【愚者】はどんな奴なんだろう。アルカナ使い研究書の過去のデータも見たんだけど毎年【愚者】だけは空欄だったよな」
 と指摘したのは俺だ。
「うん、最大の懸案事項はそこかもしれない。翔馬ならヒノエに聞いてるかもだけど、実は毎年【愚者】だけは発見できていないんだ」
 天野先輩は困ったように肩をすくめる。
「理由は……まあ簡単に察しはつく。【呪印】が原因か?」
「勘が良くて助かる。アルカナ使い探しの決め手になるのは、体のどこかに浮かび上がる【呪印】だ。けど、マルセイユ版タロットでは【愚者】にはナンバリングがない。つまり、【愚者】にはそもそも【呪印】がない」
「となると探しようがないな」
「それどころか、【愚者】のアルカナ使い本人も自分が特殊な存在になったことに気づけない可能性がある。だから毎年【愚者】だけは探しようがないんだ」
「というか、そもそも【愚者】のアルカナ使いって存在するのか? これまで未発見なら、その可能性もありうるんでは?」
「にんともかんとも言い難い質問だな。【愚者】がいないなら探しようがない。あ、そうだ! この件に関して水橋はどう考える?」
 天野先輩が話を振ったのは、三年生の水橋理音先輩だ。
「俺の意見を聞いてどうなる?」
 少々面食らった様子の水橋先輩。
「いやいや、俺としては結構お前の意見は大事な気がするんだ。アルカナ使いではないとはいえ、魔法の研究とかしてる家柄の出身なんだろう?」
 天野先輩はさらりと言うが、改めて聞くとトンデモ設定だよな。
 いわく『一般的な魔法使い』である水橋先輩。その家は魔法研究でその筋の間では有名。
 ビミョーな魔法が使えるだけのアルカナ使いより、水橋先輩の方がよっぽどファンタジーの住人だ。
「俺の見解は……いや、やめておこう」
 困ったように水橋先輩は口をつぐむ。
「えー、遠慮とかはいいよ。多少論拠がない部分があっても、言わないと損だぜ?」
 気さくな態度で天野先輩は水橋先輩に絡んでいく。
「そこら辺は好みというか、見解の相違だな。魔法使いってのは基本的に物事を隠したがる人種だから」
 苦りきった表情で笑う水橋先輩。
「へえ、そういうものなの? すごい力持ってるなら、もっと大っぴらにしていけばいいのに」
 天野先輩は意外そうに言った。
「いや、魔法使いは自分の能力や研究をあまり喋れないんだ。というのも、魔法の根本原理は『隠すこと』だからな」
「……どういうこと?」
「魔法ってのは、精神とか個人の主観に深く根ざす力なんだ。だからさ、自分の世界をどれだけ他者に干渉されずに掘り下げていけるかは魔法使いの力を大きく左右する」
「うーん、それって中二病で自分には異能が使えると思い込んでる奴が、自分の世界に浸っちゃうみたいなカンジ?」
「言い方は酷いが完全否定できない。ただし、中二病だと魔法の原理や原則をちゃんと学ばず、独善的な世界に浸ってるわけだ。一方で魔法使いってのは、きちんと精神内界や心の動かし方、この世界における魔力の性質みたいなことを過去の膨大な研究成果から学んでいる。そこが単なる中二病と魔法使いの違いではある」
「そういうものなのか。ん、ということは、一般人でもちゃんと勉強すれば魔法使いになるチャンスがあるってこと?」
「才能の有無はあるけどな。とはいえ、さっきも言ったように魔法使いは魔法について大っぴらにしない。血族の中でもよっぽど近しい人間にしか自分の研究を明かしはしないよ」
 そしてまた水橋先輩は苦笑する。
「ぐぬぬ、一子相伝ってやつか。魔法って何、北斗神拳か何かなの?」
 残念そうに天野先輩は言う。
「アルカナ使いの場合は魔法を学んだわけじゃないのに、魔法が使えるんだよな。それって理屈にあってなくないか?」
 ふと気になって俺は聞いてみた。
「確かにな。そういう意味でアルカナ使いの魔法はまさしく奇跡と言えるだろう」
 と水橋先輩。
「そもそも俺たちの魔法ってどうやって発動してるんだろう?」
「どこら辺が疑問だ?」
「例えばさ、ゲーム世界の魔法だったらマジックポイントみたいな使用可能量ってあるじゃないか。でも、俺らの魔法って基本的にはガス欠になることはないだろ? 中には氷華梨の魔法みたいに条件さえそろえば自動発動するものもある」
「つまり、翔馬は魔法を動かすエネルギーが気になっている?」
「そういうことかな。エネルギーを使いすぎると、人体や精神に影響があるとか衝撃の事実はないよな?」
「一般的な魔法使いだったらお前のいうところのエネルギー、つまり魔力には限りがある。でも、実際問題としてアルカナ使いがエネルギー切れを起こしたという話は聞かないだろう?」
「とはいえ有馬の『賭けに勝った相手の魔法を奪う』魔法は失われているわけだけど?」
「あれはガス欠というより魔法を使うための回路が切れたみたいなものだ。いくらエネルギー供給があっても、配線が切れたら作動しようがない」
「なるほど、勉強になるよ。ところで水橋先輩の話を聞いてて思ったんだけど……」
「どうした?」
「俺たちは元々魔法を学んでない一般人だった。でも、高校入学をきっかけに特殊とはいえ魔法を使えるようになった。ということは、そもそも魔力発動のエネルギーである魔力は持っていたってこと?」
 何かを行うためにはエネルギーに相当するものが必要だ。アルカナ使いが魔法を使う以上、やっぱり何らかのコストはかかっていると考えるべき。現実問題として、俺を含むアルカナ使いが魔法を使える以上、元々魔力を保持していたと考えるべきだ。
「実を言うと、どんな人間でも大なり小なり魔力は持っている。魔力がないのは、それこそ死人ぐらいだよ」
「なんというか、魔力って生命エネルギーみたいな代物なのか?」
「誤解を恐れずに言えばそうかもな」
「……となると、魔法の使い過ぎってやっぱり命に関わる気がしてきたぞ?」
「安心しろ。魔法の使い過ぎで死んだアルカナ使いなんて事例は、今まで水橋家には伝わっていない。それよりも、魔法の重みに耐えかねずアルカナ使いが学校をやめていくってことの方が問題視されている」
「ポイントはそれか」
 俺だって、今でこそ魔法との付き合い方が少しはわかっているが、入学当初は散々な有様だった。
 だったら、救われることなく消えていった生徒がいても不思議ではない。
「特殊な存在である【愚者】を探すより、他のアルカナ使いを探した方が得策っぽいな。さしあたっては一年生にいるであろう【太陽】【審判】【世界】あたりがベターかな? さらに言えば三年生であろう【星】は数か月も経てば卒業だから放置で」
 天野先輩の意見には俺も賛成だった。ただし、【星】のアルカナ使いはここ三年間見つかっていないだけらしいので、もしかして俺たちの知らないところで学籍を外れている可能性は否定できないが。
「メンタルヘルス部の人脈を駆使して、アルカナ使い探しを効率化することってできないの?」
 ためしに聞いてみた。
「うちらの専門は心の動かし方やケア方法を学ぶことだからねえ。人探しは管轄外。とはいえ、アルカナ使いには心に問題を抱えている子が多いから、気になる奴がいたら声をかけてみるよ」
「そりゃ助かる」
「でもなあ、実は気になる子に声をかけるって手法は前々からやってるんだよねえ。だからこそ、【恋人達】の陸原とかを見つけられたわけだ。」
「逆に言えば、現状で見つかってないアルカナ使いを同じ方法で見つけるのは難しい、と?」
「さよう。もっといえば自分が特殊な力を持っていることに気づいて、それを隠す道を選んだ子を見つけ出す自信はない」
 おっしゃる通りで。
「水橋先輩はどうなんだ? 一般的な魔法使いとして、例えばアルカナ使い発見機とかつくれない?」
「翔馬の中での魔法使いのイメージが謎だが……少なくとも、俺にはそんなもの作るスキルはない」
 ですよねー。水橋先輩はキテレツ君ではないのですから。
 結局、残りのアルカナ使いを見つけ出す有効な手段は策定できそうにない。
「ところで……いや、これは話の本筋とは無関係だからやめておこう」
 一度言いかけた言葉を、俺はためらい飲み込んだ。
「どうした? 気になることがあるなら言いたまえ」
 ヒノエ先輩は眉間にしわを寄せながら言う。
「いや、疑問というか感傷的な気分になったというだけだ。仮に【星】のアルカナ使いが三年生だったら、その人は今の今までずっと自分の魔法に気づかなかったのかなって」
「ふむ、そう言われると途方もない話だね。三年間というのは口で言えばあっという間だが、高校生にとってのそれはとても長い」
「人生に大きな影響を与える時期に、自らに変な力が宿っていて、本人はそれが何なのかわかっていないとしたら……」
「今、私は上手く説明できんが真っ先に【星】のアルカナ使いを見つけた方がいい気がしてきた」
 ヒノエ先輩は顔をしかめながらつぶやく。
「その三年生にだってこれからの人生があるんだ。高校時代の変な力を引きずって卒業後の生活を送るのは芳しくない。俺らの安全保障のためのアルカナ使い探しだったら一年生から探すべきだが、人助けが目的なら【星】の三年生を探し出すべきだ」
 俺の意見に天野先輩は手を打ち鳴らす。
「よし、翔馬。よく言った! だったらこうしよう。一年生軍団は【太陽】【審判】【世界】を探して、俺ら三年生は【星】を探す。探すべき数に差があるけど、三年生は集中して【星】のアルカナ使いを探せる。どや?」
「俺はもろ手を挙げて賛成だよ」
 俺が言うと、他の面々も首を縦に振る。
 特に水橋先輩など無言で深々と首肯していた。
 妙に厳かな雰囲気。
 一般的な魔法使いとして思うところがあるのかもしれない。

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