アルカナ・ナラティブ/第17話/02

 アルカナ使いたちによる会議がお開きになると、氷華梨は剣道部、天野先輩と藤堂先輩はメンタルヘルス部の活動へと向かう。
 部室に残ったのは俺とヒノエ先輩、そして水橋先輩である。
「理音君が部室に残るというは珍しいね。二年生まではあまり部活動はおろか、部室にも顔を出さなかったのに」
 ヒノエ先輩は定位置であるパソコンデスクへと移動。
「もうすぐ三年生は卒業だからな。せっかくだし、こっちの部活でも思い出を作っておこうと思ってるのさ」
「確かに、魔法研究部だなんて普通の学校にはないからね。それはそれで特殊な経験だと思うよ」
「もっとも、魔法とか研究している家柄が出身だと、ある意味でこっちが普通なんだけどさ」
 シニカルに言い捨てる水橋先輩は、どこか物悲しそうだった。
「何か思うところがありそうな言い方だけど……どうかしたのか?」
 気になった俺は、よせばいいのに聞いてしまった。
 本当なら、こういうのはスルーすべきだ。
 根掘り葉掘り聞かれた相手としては面白くないだろう。加えて、もしも相手が悩みを打ち明けたら聞いた側には最後まで聞き通す義務が生じる。
 それでも俺は水橋先輩に心内を話してほしかった。
 俺ごときが彼の悩みを解決できる可能性は低い。
 とはいえ、話しているうちに考えがまとまるってのはよくある話。
 水橋先輩に恋愛方面のことでよく相談に乗ってもらっている俺としては、わずかであっても恩に報いたいのだ。
「翔馬が人の内情に踏み込んでくるとはびっくりだ。明日は雨が降るかな?」
「茶化さないでくれよ。……いや、話したくないなら茶化してしまってもいいか。不躾ですまなかった」
「あーいや、俺は単に意外だったってだけで、不愉快とかそういうのじゃないんだ。単純に進路のことでちょっと親と揉めてな。三年生にありがちなつまらん葛藤だ」
「でも、ありきたりな話でも水橋先輩には大切なことなんだろう?」
「まったくだ。実はさ、親には海外の大学行って魔法について学んでこいって言われてるんだ」
「うん、ごめん。予想の斜め上の悩みだった」
 魔法を学べる海外の学校ってなんだ。ホグワーツの系列校か何かなの?
「ここで問題なのは……魔法云々というのもあるが、海外留学の方だよ。その場合、普通に考えてキズナとは一緒にいられなくなる」
 水橋先輩の瞳の奥には、言葉にはし難い迷いがあった。
 水橋先輩といえば藤堂先輩であり、藤堂先輩といえば水橋先輩である。とか言うと、二人がお互いに依存し合っているみたいな響きになるが、実際は違う。
 もちろん、水橋先輩と藤堂先輩が仲睦まじいのは否定できない。けれど、それはお互いによっかかっていなければ倒れてしまう関係ではない。
 それぞれが自分の足でちゃんと立ち、その上でお互いを思い合う関係。
 まっとうで、成熟した愛の形だ。
 そりゃもちろん、高校生なのだから経済面とかで親に頼ることもあるだろう。けど、水橋先輩と藤堂先輩なら収入さえあれば籍とか入れちゃっても不思議ではない。
 早い話、彼らは学園一のベストカップなのだ。
 そんな彼らが離れ離れになる。
 聞いているだけで、痛ましい気持ちが湧いてくる。
 でも、俺は何もできない。
 話を聞いて、辛い感情に晒されて、うつむくしかできない。
「ったく、どうして翔馬がそんなにしょげるんだよ。お前にとっては他人事だろうが」
 困ったように水橋先輩は笑う。
「すまない。上手く言えないけど、胸が痛くなった。ははは、変だよな。水橋先輩のことは俺にとっては極端に言えば無関係。でも……何かわからないけど辛い」
 晴れない霧が頭の中に生まれたみたいな居心地の悪さ。
 なのに水橋先輩は、嬉しそうな顔をしていた。
 そして言うのだ。
「どうして翔馬が今辛いのか教えてやろう。それはさ、お前が優しいからだよ」
 予想外の言葉に俺は目をしばたかせる。
「からかうのはやめてくれ。俺は……どうしょうもない人間だ。優しさなんて……」
 元詐欺師の触法少年。
 学園祭で魔王を演じて以来、クラス以外の生徒や教師から白い目で見られる機会も増えた。
 そんな可能性の残り滓みたいな人間を指して優しいとは、水橋先輩の人を見る目が疑われる。
「教訓を垂れるみたいな言い回しは好きじゃないがあえて言っておくよ。優しいって漢字は、人を憂えるって書くだろう? 要するにさ、人の痛みがわかることが優しさの大前提なのさ」
「お、何かいいことっぽい講釈だな」
「だろう? 一応これでも歌とかつくってる人間だからな。それっぽいこと言うのは得意なんだ」
 ちょっと照れたように言う水橋先輩。
「でも、優しいからって何かができなきゃ意味がない」
「意味はある。少なくともお前が幸せになれる」
「俺が……? 優しくされた方が幸せになるんじゃなく?」
「結局さ、優しさって相手に共感する能力なんだと思う。手垢の付いた言い方だけど、人は一人では幸せになれない。自分のことしか考えられない奴は、まあ、地獄に落ちるわな」
「随分と甘っちょろい考え方だな。元詐欺師から言わせれば、もっともカモにしやすいタイプだよ」
「うん。俺も自分でそう思う。俺の言ったことは頭がお花畑なだけで、優しくしても裏切られることもある。ぶっちゃけ、キズナに会うまではそう思ってた」
「おっと、まさかののろけ話ルートか?」
「そういうことだ。キズナはさ、一言で表せば勇気のある奴だ。俺はあいつのそういうところに惚れたんだ」
「勇気ねえ、そりゃ確かに」
 耳の聞こえないキズナ先輩が、一般的な高校である我が校に入学するのは相当に度胸のいることだ。
「勇気がある。だから、あいつは人に優しくできる」
「えーっと、勇気と優しさの因果関係がわからん。中々強引な理屈だな」
「そうでもないさ。誰かに優しく接するためには勇気がいる。これは真理だよ」
 大げさな物言いだ。
 なのに、水橋先輩に俺をからかっている様子はない。それどころか、透徹した眼差しで、まるで世界の理を語る賢者みたいだ。
「優しさっていうと柔らかい印象の言葉だ。逆に、勇気は鋼の意志を含んだ印象を与える。この二つってそもそも逆じゃないのか?」
「それは認識が浅いよ、翔馬。例えばさ、川で溺れてる奴がいたとして助けたいと思ったとしよう。周りに浮き袋に使えそうなものがないなら、自分が川に飛び込んで泳いでいくしかない。これって勇気がいることだよな? 下手をしたら自分も溺れることになりかねない」
「まあそうだな」
「溺れている人を助ける行為は勇敢だが、同時に他者に対しての優しさを発揮する行為とも言える。これは何も水難救助に限ったことじゃない。クラスでイジメられてる奴に優しくすることも、下手をすれば自分が次のイジメの標的になるかもしれない。それでも手を差し伸べようというなら、それは優しさであり勇気でもある」
「周りに嫌われる覚悟や自分が傷つく覚悟が求められるってわけか」
「そういうことだ。電車でお年寄りに席を譲にしても、その相手が『自分を年寄り扱いするとは何事か!』とキレたら嫌だ、と思ったら実行できない。勇気がなければ、そもそも優しさなんて成立しないのさ」
 そういえば以前、阿加坂に下着姿を撮影されていた氷華梨を、藤堂先輩が身を呈して守ってくれたことがあった。
 あれは藤堂先輩の優しい人柄が表れる出来事だった。同時に、あのときの藤堂先輩は誰よりも勇気のある人だった。
「今更な話だけど、水橋先輩って凄い人をカノジョにしてるんだな」
「まったくだ。俺みたいな奴には過ぎた女性だよ」
 王者の風格を見せつけてくる水橋先輩。
 とはいえ、俺とて引き下がってはいられない。
「まあ、氷華梨も俺にとっては過ぎた女性だけどな」
 何故か張り合っていく俺。
「コホン、この場で己の嫁自慢するのは結構だが、私も部屋にいるのを忘れないように」
 呆れたようにヒノエ先輩がこちらを見ていた。
「安心しろ、ヒノエ。前に天野が『ヒノエは俺の嫁!』とか三年の男連中に公言していた。天野にとってはお前も過ぎた女性なんだろうよ」
 水橋先輩は意地悪く笑っていた。
 これにはヒノエ先輩も顔を赤らめる。
「あのバカは、よそでそんなことを言っていたのか」
「いいじゃねえか、愛されてるなら」
「いや、だがしかし、私みたいなのが天野みたいな有能な奴に好かれてもいいのだろうか」
 困ったように視線を落とすヒノエ先輩。
 どこか卑屈な態度に、俺はため息をつく。
「どうしたヒノエ先輩? 幸せに怯えているみたいだけど、三国先輩の魔法でチェックしてもらう?」
【女帝】である三国先輩の魔法【トゥインクル】は相手の幸福度と幸福の限界を認識できる。
 彼女に幸福度診断をしてもらったからといって、直接問題が解決するとは思えない。それでも自分の状態を客観的に見ることくらいはできるだろう。
「わざわざ彼女の手をわずらわせるわけにもいくまい。大丈夫だ、私は自分の幸せから逃げはしないよ。それこそ、君たちの話ではないが、幸せになる勇気を捨てたりしない」
「心強いお言葉だ」
 幸せになるにも、幸せでいるにも勇気がいる。
 恋人ができることは素晴らしいことだが相手と意見が合わずに喧嘩するかもしれない。だから、傷つくかもしれないリスクを負う必要があるわけで、それすなわち勇気が必要だ。
 お金がいっぱいあれば人生の選択肢が増えるかもしれないが、同時に金目当ての輩が寄り付くかもしれない。トラブルが起きるリスクを負う必要があるわけで、やっぱり勇気が必要だ。
 大きな仕事を任されるのはやりがいがあるかもしれないが、大きな責任が伴うことでもある。散々な失敗をするリスクを追わなければならないから、どうしても勇気が必要だ。
 ピンチがチャンスという言葉があるなら、チャンスがピンチであるという可能性をどうして否定できようか。
 だけど、チャンスという幸せの中にある、ピンチという不幸ばかりを気にしては、結局幸せから逃げることになる。
「勇気か……。人生がこじれる原因って、とどのつまり勇気が足りないだけなのかもな」
 とか俺はひとりごちる。
「極端に言えば、そういうことだ。勇気の力は自分の人生を照らす星になる。翔馬は……そのことを忘れるんじゃないぞ?」
 水橋先輩はひどく苦り切った様子で言ってくる。
 その様子は、まるで自らが勇気を忘れた弱虫であると自嘲しているみたいだった。
 今まで百獣の王みたいに威風堂々とした人であった水橋先輩の弱音。彼の進路問題は相当に根深いものみたいだ。

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする