アルカナ・ナラティブ/第17話/04

 生きるという行為は罪深いものである。他の生きるものが持つ命をいただくことなのだから。
 だからこそ、どのようの料理もご馳走であるべきだと思う。そうでなければ、捕食され命を奪われた生き物に申し訳が立たない。
 ただの経済合理性だとか娯楽のために、奪わなくていい命を奪う行為にはただ恥じ入るしかない。
 とか小難しいことを考えているのは、なんのことはない。本日の家庭科の授業内容が調理実習だからである。
 出席番号が前後である俺と氷華梨。班は一緒だ。
 本日のカレーライスと野菜サラダ、コンソメスープというありきたりなメニュー。
 ちなみに俺、あまり料理は上手ではない。
 あんまり包丁とか持たないし、食べるものがないなら最悪コンビニの品でいいかなとか考えちゃう現代っ子だ。
 五人いるメンバーのうち、俺を含む四人は料理経験が薄い。
 しかし、案ずるなかれ。船頭は一人入れば十分である。
 幸いにして、最後の一人は料理に長けている。
「佐藤さん、包丁を切るときは猫の手みたいに指を丸めないと危ないよ。首藤さん、野菜サラダの準備はもうちょっと後でいいよ」
 すごくてきぱきと班員に指示を出しているシェフは氷華梨である。
 そうです、周防氷華梨さんは昨今流行りのメシマズヒロインなどではありません。
 むしろメシウマです。
 前に一度、彼女が昼食の弁当を俺に作ってくれたことがあった。そのときの味わいったら至福以外の何物でもなかった。
 笑顔で心を掴まれた俺は、料理で胃袋まで掴まれました。
 思い出深いのは卵焼きの味である。
 彼女の卵焼きは甘かった。
 試しに俺は周防家の卵焼きは砂糖入りなのか、と聞いてみた。
 すると氷華梨は首を振った。
 なんでも、周防家の本来の味は塩入らしい。
 だったらなぜ砂糖だったのか。
 氷華梨いわく、お弁当を作るにあたってヒノエ先輩からアドバイスを受けたそうな。

 ――料理では塩と砂糖を間違えて入れるとドジっ子アピールできる。

 さすがヒノエ先輩。的を射ないどころかゴルフでいえばOBだ。コースの外にボールが出てしまっている。
 とはいえ、素直に人の言うことを聞いてしまうのが氷華梨の長所である。彼女はヒノエ先輩の助言を元に砂糖と塩を入れ替えた料理を作ったわけです。
 ……って、卵焼きだとあまり意味がないですから。
 こうして、ヒノエ先輩による氷華梨の料理を暗黒御膳にする計画は潰えた。まったく、ヒノエ先輩の独特のセンスにも困ったものだ。これでは天野先輩の胃袋が思いやられる。
 ……天野先輩だったらヒノエ先輩の料理なら何でも食べそうだけど。某少年漫画にあった、ヤブ医者が青鼻のトナカイがつくった毒キノコ入りスープを喜んで食べたエピソードを思い出しますわ。
 さて、時間軸を現在まで戻そう。
 うちの班の料理はつつがなく完成していく。
 すごい、調理実習ってもっとトンデモなハプニングが起きるものだと思ってた。例えば、鍋から火柱が上がったり、小麦粉が粉塵爆発起こしたり。
 爆発燃焼系のトラブルが生じないのはいいことです。っていうか、リアルでそれやっちゃうと学校側の管理責任が問われる一大事になるからな。
 氷華梨の指揮というかプロデュースの元に、我が班の調理は終了する。全ての班のうち、一番乗りである。
 料理ができたら担当教諭に報告した後に、冷めないうちにお上がりするのが今回の調理実習だ。料理は食べて、片付けるまでが料理である。
「それでは皆さん、手を合わせてください」
 号令を出したのは氷華梨だ。すっかり、この場を仕切っておられる。
「合わせました」
 みんなで合掌。
「では、いただきます」
 氷華梨の掛け声に対して班員で唱和する。
 んで、食事開始である。
 まずはメイン料理であるカレーに口に運ぶ。
「どう、美味しい?」
 氷華梨が俺に聞いてくる。
 そりゃあもう、美味しいに決まっている。
『料理は何を食べるかではなく誰と食べるかである』なんて言葉もあるが、これは誰と食べるかを抜きにしても絶品である。
 味の宝石箱なんて比喩では手ぬるい。美味いものは素直にこう評するしか手はない。
「すごく美味しい」
 美味しいものを美味しいと表すのに、奇をてらった言葉遊びは不要!
 この胸にこみ上げる万感の想いをそのまま表情に出せばゴールデンタイムのグルメ番組する圧倒する食レポになるはずだ。
「うん、みんなでつくった料理が成功してよかった」
 氷華梨が破顔一笑。
 はい、死んだ! 俺死んだよ!
 も、もう、他の班員をおいてけぼりでいいや。
 そんな様子を見ていた、また調理中の他の班のメンバー(特に男子)は口々に言うのだ。
「翔馬の班から溢れる幸せな家庭っぽさがハンパじゃねえぞ!?」
「翔馬は前世でどんな功徳を積んだんだ?」
「も、もう嫉妬する気も起きねえや……圧倒的すぎる」
「これ、翔馬を拝んどけば御利益とかあるんじゃねえ?」
「ナイス軍曹! もはやそれしか手はない!」
 とかなんとか。
 不思議な結論に至ったクラス男子が俺に対して合掌してくる。いや、俺はあくまで元詐欺師のろくでなしなわけで……。
 阿呆であっても、良いクラスメイトをもったものです。
「はいはい、俺は得体のしれない宗教のご本尊ではありませーん。さっさと自分の班に戻るがよろしい」
 手を打ち鳴らし、クラス男子を追い払う。
 イラっとしたというよりは気恥かしかっただけだ。
 こういうのをとって『幸せなら手を鳴らそうよ』ということなのであろう。
「それにしても、周防さんって本当に変わったよね」
 班員の一人の女子生徒が言う。
「何が?」
 不思議そうに首をかしげる氷華梨。
「入学したときは、とっつきにくそうというか、いつもこわばった顔してた気がする」
「そう……かな。うん、きっとそうだったね」
 氷華梨は否定しない。
「それが今となってはクラスで上位を争う幸せ者だからねえ。人生って何があるかわからないというか、羨ましいというか妬ましいというか。さっきの男子たちみたいにいうなら、どんな善行を積めばそんなことになるのかしら?」
 がっくりとうなだれる女子生徒。
「そう言われると確かに不思議かも。私、特に努力したわけでもないのに、今の幸せがある。だから、ちょっと怖い部分もある」
 氷華梨は弱気に言葉を紡ぐ。
「むう。幸せが怖いってのは、非リアな私からすればふざけんなって話かも。でも、幸せになるには勇気っているものなのかなあ」
 愚痴る女子生徒に、氷華梨は一拍考えて口を開く。
「それはもう並々ならぬ勇気が求められるよ。自分は幸せになるのにふさわしいか怯えることもある。少しでも手を抜けば幸せが逃げてしまうのではと自信がなくなることもある」
 隣のカノジョの言葉に、俺はかなりドキリとしていた。
 これは、普段は口にしない氷華梨の本音なのだろう。
 氷華梨と二人でいる時間は、まるで夢のようなひと時だ。お互いのことを見つめているだけで最高潮な気分になれる。
 まさしく、それこそが恋なのだと理解できる。
 けれど。
 手垢のついた言い回しだけど、恋と愛は別物らしい。
 いわく、恋はお互いを見つめ合う行為だが、愛はお互いが同じ方向を見る行為だとか。
 いわく、恋はファンタジーで愛は現実だとか。
 そして――。
 いわく、恋には終わりがあるけれど、愛には終わりがない。
 特に最後のには注意しておきたい。
 今の俺らは二人でいることにのぼせている状態と言えなくはない。
 けれど、いつまでものぼせ上がっていられるわけがない。
 恋のままだと終わる関係を、永遠に終わらない愛に変える要素ってなんだろう。
 最近、そんなことばかりを考えている。
 もしかして、それこそ昨日、氷華梨が話していた勇気と希望なのかもしれない。
 誰かを愛するには勇気と希望が必要。
 だとしたら、勇気があるから希望を持てるのだろうか。
 それとも、希望があるから勇気を持てるのだろうか。
 卵が先か鶏が先かみたいな循環論法だ。
 考えてもしょうがない話ではある。
 だったらここは頼れる先輩のお言葉を借りておこう。
 ――勇気の力は自分の人生を照らす星になる。
【星】のアルカナには『希望』って意味があったはず。ならば、勇気ありきで希望なのだろう。
 ひとまずの結論が出たところで、食事を再開しようとした。
 そのときだった。
 ガシャンッ!
 教室から食器が地面に落ちる音がした。
 何事かと思って、そちらを見ると女子生徒が倒れていた。
「ど、どうしたんです!?」
 家庭科の担当教諭が顔を真っ青にして倒れた生徒に駆け寄る。
 しかし、反応は皆無。
 女子生徒の顔には生気がなかった。
 それを見た担当教諭は、
「私は救急車を呼ぶので、誰か保健の先生を呼んできてください!」
 半狂乱で指示を出す。
『誰か』なんて抽象的な指示を出されても普通は困る。事実として、みんなその場から動けずに硬直していた。
 なので、俺が保健の先生を呼びに教室から出ていく。

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