アルカナ・ナラティブ/第17話/05

 その後、倒れたクラスメイトは救急車で病院に運ばれた。
 倒れたのが調理実習中であったため食中毒などの可能性も疑われた。しかし、調べてみた結果はシロ。用意された食材に不備はなかったし、そもそも倒れた生徒の班はまだ調理を完成させていない。そのため家庭科室にあった食材を口にはしていないのだ。
 調理実習は五、六限の授業であったため授業自体が潰れて一日の日程が終わりとなった。
 学校帰りにクラスメンバーで時間がある奴らでお見舞いに行こうかという話も出た。しかし、倒れた生徒がまだ昏睡状態にあるということで、それは見送られた。
 結局、放課後に部活動のある奴らはそっちに参加して、他の連中は帰宅という運びになった。
 なお、俺の放課後は部活動組に分類されていた。
 魔法研究部への呼び出しがあったからである。
 ちなみに氷華梨は剣道部の方に出ている。
「んで、ヒノエ先輩。今日も今日とて、見つかってないアルカナ使い探しか?」
 俺は部室のソファに腰かける。
「いや、そもそも翔馬君と会いたがっているのは私ではない」
 定位置と化しているパソコンチェアに座ったヒノエ先輩が言う。
「んじゃ誰? 天野先輩あたりか?」
「いや、あいつはあいつでメンタルヘルス部に出ている」
「だったら……?」
 俺をこの部室に呼び出すような人っているだろうかと首をひねってみる。
「邪魔するぜ」
 という声と共に部室の扉が開け放たれる。
 入室してきたのは水橋先輩だった。
「もしかして、俺を呼び出したのって水橋先輩か?」
「その通りだ」
 頷く先輩。
「どういう用事だろうか。わざわざこの部屋に呼び出すってことは、アルカナ使い絡みってこと?」
 俺が聞くと、彼は難しそうな顔をする。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
 曖昧な返しをしてくる水橋先輩。まるでシュレーディンガーの猫みたいな言い回しである。箱の中にはそうである可能性が半分、そうでない可能性が半分の何かが入っているのかな?
 益体のないことを考えながら、彼が本題を口にするのを待つ。
「実はな、今日、うちのクラスで体調不良で保健室で寝込むことになった奴がいたんだよ」
 水橋先輩はおずおずと話を切り出してくる。
「それは……何というかお大事にとしか言えないが……。それと俺に何の関係が?」
 少なくとも最近やましいことをした覚えはない。
 なのに三年生徒の体調不良が原因で俺が呼び出されるとは何事だろう。
 俺の混乱をよそに、水橋先輩は続ける。
「さらに言うと、この数週間で謎の体調不良で保健室行きになった奴が、俺の知る範囲で五人はいる。んで、保健の先生に聞いてみたら理由がわからない体調不良で保健室のベッドを借りた奴は更にいたらしい」
「それは……精神的なものからくるのではなく? 例えば、人間関係に悩んで教室にいるのがつらかったとか」
「いや、そうとも言い難い。体調不良になった奴の中には、そういうやつもいなくもないが、大半は普通に学校生活に順応していた連中だ」
「へえ、怖い話もあったものだな。そういえば、今日の五限目にうちのクラスで体調不良で倒れた奴がいたんだが……」
「それだよ。俺はその話が聞きたかったんだ」
 真剣な眼差しで水橋先輩は詰め寄ってくる。
「なるほど、だから俺を呼び出したのか」
「体調不良で救急車に運ばれた一年生がいると小耳にはさんでな。しかも、それは翔馬のいるクラスだ。だったら、話を聞かない手はないだろう」
「そうは言われても……俺が持ってる情報は皆無に近いぜ? そもそもどうしてその生徒が倒れたのかは検討もつかない」
「なんでもいい。例えば、その生徒に最近変なところがなかったかとか、些細なことでいいんだ。教えてくれ!」
 必死に頼み込んでくる水橋先輩。
 体調不良を起こした人間を気遣うのは素晴らしい。でも、ここまで真剣に調査にあたっている理由が謎だ。
「いや、本当にその生徒には最近変わったところはなかったよ。それよりも、どうして水橋先輩がここまで足を突っ込んでくるんだ? しかもこの部室での聞き取りなんて、よっぽどの事情があるとしか思えないんだが?」
 別に水橋先輩を疑っているわけではない。
 それでも、胸のつっかえは排除しておいて損はない。
「これはまだ確証を得たわけではないんだが、もしもここ最近起こってる生徒たちの体調不良がアルカナ使いの魔法絡みだったら、見過ごせないかもと思ったんだよ」
 ぽつりと吐露するように水橋先輩は言う。
「ああ、その可能性もなくはないのか」
 何せアルカナ使いといえば、どんな魔法を使役できるのかわからない連中だ。基本的にショボい効果であっても、例外がないとも限らない。
 それだったら万が一に備えて調査しておくのは無駄とは言えない。
「理音君は、この学校で起きている生徒の体調不良についてどう考えているのかね?」
 ヒノエ先輩が聞いた。
「それは……。ところでこの部屋にいるのは、俺たちだけか?」
「見ての通りだよ。ここにいるのは私と翔馬君と理音君の三人だ。それがどうしたのかね?」
「いや……万が一にもアルカナ使いと無関係な人間がいたらマズいなと思って確認しただけだよ」
「今更な心配ではあるがね。この部屋にアルカナ使い以外の人間が訪れるなど滅多にない」
 ヒノエ先輩は力強くうなずく。
「だよな。だったら俺の意見を言おう。あくまで勘だけど、この件はアルカナ使いの魔法が関与している気がするんだ」
「その論拠は……と聞くのは無粋かな。あくまで勘なわけだから」
 と俺。
「すまない」
 謝ってくる水橋先輩。
「いいってことよ。それよりも、学校の危機に率先して動き出す水橋先輩の行動力に脱帽だよ」
「まるで俺が正義のヒーローみたいに聞こえるな」
「割と尊敬の意をもって言ってるんだぜ?」
「馬鹿な。俺はそんな大したものではないよ。どちらかといえば……」
 水橋先輩は言いよどむ。
 俺はその先の言葉を催促すべきか迷ってしまった。
 けれど、意を決したように水橋先輩から告げてくる。
「俺は……どうしょうもないクズなのかもしれない。自分の夢ばかりしか考えられず、人の不幸なんて考慮しなかった。もしかしたら……俺は……」
 そこにいたのはいつもの頼れる三年生の先輩ではなかった。
 何かに怯える迷える青年だった。
「何かあったのか?」
 普段相談に乗ってもらったりして世話になっている俺だ。ここで水橋先輩を無視できるわけもない。
「だ、大丈夫だ。何でもないよ」
「何というか、ここに氷華梨がいたら真っ先に『ダウト』ってコールしてそうなテンションだけど?」
「お前のカノジョさんも意外と容赦がない子っぽいよな」
「そりゃあもう。氷華梨の前で嘘はつけないさ」
 隠し事ならギリギリいけるかもしれんがな。
「俺も、カノジョには頭が上がらない。うん、キズナのためならどんなことでもやってやるつもりだ。……つもりだった」
「なぜそこで過去形?」
 どうにも様子のおかしい水橋先輩に、やはり不安がぬぐえない。
 というわけで、ちょっと話題をそらしてみることにした。
「だったら超絶いじわるな質問していい?」
「なんだろうか?」
「もしも藤堂先輩の願いを叶えるためなら、先輩って鬼や悪魔にでもなれる人?」
 これは彼にとって究極の質問かもしれない。
 同時に彼に対してすごく失礼な問い。
「俺は……そうだな。キズナのためなら何だってできるつもりだ」
「だったら、先輩はそこまで自分を卑下する必要はないよ。だって、本当にトンデモナイ人間だったら、やっぱり自分の保身とか考えちゃうわけだし。大切な人のためなら、どんなことでもする時点で最低の人間ではないよ」
 とかなんとか言いくるめてみる。
 なお、ここで水橋先輩が『鬼や悪魔になるのはちょっと……』と答えていたら、『だったら先輩は自制心のある人だ』という別解を用意していた。
 要するにどっちに転んでもいい質問だったわけである。
「……そういうことにしておくよ」
 俺の話術にハメられて、水橋先輩は少しだけ元気を取り戻す。
「でも、生徒の体調不良がアルカナ使いの魔法だとしたら、どんな魔法なのやら」
 俺は眉間にシワを寄せる。
「人の体調に不具合をもたらす魔法か。怖いね」
 ヒノエ先輩も深刻そうだった。
「水橋先輩はこの問題の調査を続けるつもりなのか?」
「ああ、そうだな。もしも魔法絡みなら被害が拡大しないうちに何かの対策は練るつもりだ」
「そりゃあ頼もしい! 期待してるぜ、先輩!」
 ここに来て妙に元気がない先輩を勇気づける意味も込めて言ってみた。
 人に頼られるのはプレッシャーになるかもしれないが、それでもないがしろにされるよりはずっとマシなはず。
 少なくとも、この時の俺は能天気なロジックを頭にめぐらせていた――。

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