アルカナ・ナラティブ/第17話/07

 翌日。
 クラスの仲間が入院中とあっては、体育の授業も完全にはしゃぎきれない。
 本日の授業内容はサッカーだ。体育における団体競技って、単に先生側にとって見とくだけいいから手抜きなんじゃないの? ……とか思ってはいけない。
 教師とて人の子である。いつでも全力で生きることなど不可能だ。
 むしろ教師の業務を減らせば、その分余裕ができて教育の質とか向上するんじゃないかな。
 意識が高いんだか低いんだかわからないことを考えなからフィールドに立っているのは俺くらいだろう。
 もっとも、俺は現在キーパーのポジションだ。元気いっぱいにグランドを走り回っているとかはない。
 むしろ、グランドの端っこで昨今の若人たちが疾走する姿に青春成分を感じる立場である。
 いやあ、若いっていいね。
 無限の可能性を感じるよ。
 アルカナ使いの俺としては、彼らの無限の可能性を評してまるで【愚者】のタロットであると言うべきだろうか。
【愚者】――。
 正位置は自由、純粋、型にはまらない。
 逆位置は愚行、無謀、わがまま。
 これはこれでクセの強いカードである。
 何も知らず、深くは考えないという特性が持つ力。
 人間、賢くなれば成功に近づくというわけではない。
 むしろ、最初の一歩を踏み出すのに小賢しさが邪魔になるなんてありふれた話だ。
 度々思うのは、アルカナ使いでない生徒たちの無邪気さだ。
 アルカナ使いは、みんなが往々にしてトラウマだったりコンプレックスを背負っている。
 もちろん、アルカナ使いでないなら過去に何もなかったという考えは失礼かもしれない。
 それでも、不可思議な魔法と関わりにならないだけでも幸せな高校生活と言える気がする。
 土色のフィールドは、まるで荒野みたいだ。
【愚者】のカードは、どこに果てがあるともわからない荒野を一人の旅人が歩いている。
 伝統的なタロットの絵柄では、人物が自分の足で移動しているカードは【愚者】と【戦車】だけ。
【戦車】は文字通りチャリオットに乗っての移動であるため、自分の足を使って動いているのは【愚者】だけだ。
 他のタロットは立ち止まって、何かを思案したり、誰かに説法をしたりしている。
 その点を切り取っても【愚者】は変わったカードである。
 フィールドでは他のプレイヤーが、それこそ自分の足を使ってボールを追い回している。
 自由に、純粋に、型にはまらない動きで。
 みんな、楽しそうだなあ。
 どうせなら、俺も球蹴りに参加したかった。
 とはいえ、公平なるじゃんけんで負けてしまったのだ。粛々とキーパーを務めるしかあるまいか。
 現状での我がチームは劣勢である。
 というか、相手チームに完全に遊ばれている。
 そりゃあ、向こうにはサッカー部のレギュラーがいるのだ。
 他のメンバーがサッカー慣れしていなくても、コツとか適切な指示を与えることは可能である。
 となるとだ。
 当然にボールは俺が守護するゴールへと向かってくるわけで。
 なのに、俺ごときではメイン盾にはなりえない。
 いわゆる紙防御というやつだろう。
 だがしかし……だがしかし!
 他のチームメンバーが頑張って防衛しようと走り回っているのだ。
 まさか俺だけが及び腰ではまずかろう。
 というわけで、身体を向かってくるフォワードの方を向ける。ちなみにその相手こそがサッカー部のレギュラーメンバーだ。
 なるほど。普通に考えて勝てるわけがない。
 俺は彼の猛攻を防ぐ手立てをとりあえずは考えてみる。
 ふふふ。
 ははははは!
 ダメだ。
 単なる魔法研究部のヒラ部員でしかない俺がどうこうできる話ではない!
 とはいえ、相手も俺を舐めきっているらしく真正面からシュートを打ってきた。
 了解だ。その勝負、受けてたとう。
 半分以上、膝をガタブルさせながら俺は正面に手を突き出す。
 どうにかボールを弾けないかなあ、という希望を込めて。
 ボールは俺の身体めがけて飛んでくる。
 よしよし、コース的にはドンピシャリ……って……。
 俺の身体に向かってきたボールが空気抵抗の影響か、突然上方に軌道を変えてくる。
 なのに俺の反射神経ではそれに対応しきれない。
 となると……。
「たわば!」
 まるでどこかの漫画の敵役みたいな断末魔を上げたのは俺である。
 したたかにボールを顔面に受けてもんどりうつしかない。
 まさか、石崎君もサムズアップしてくださるであろう顔面ブロックをすることになろうとは。
「痛ってぇ!」
 顔を押さえてその場に転げまわる。
 そのせいで試合は中断となった。
 瀬田選手の名誉の負傷である。
「おい、大丈夫か?」
 駆け寄ってきたのはクラスメイトの熊沢である。
「あんまり大丈夫ではないので、ちょっと退場したく思う」
 顔を押さえたままで言ってみる。
「了解だ。というか、鼻の骨とか折れてないよな?」
「いや、そこまではいってないと思うぞ」
「とりあえず、怪我とかないかみたいからその無駄に長い前髪かきあげてみろ」
「うぃっす」
 促された俺は、うっかりと指示に従ってしまう。
 でも、よく考えてみれば俺の右眉の上にはアルカナ使いの証である【呪印】があるわけで。
「とりあえず、切り傷とかはないな」
 熊沢は安心した様子で言ってくる。
「あれ……これのこと気にならないの?」
 意外だった俺は、自分で呪印を指差しながら聞いてみる。
 いや、熊沢があえてスルーするなら聞くべきではなかったのかもしれないが。
 ところが、これに対する熊沢の反応は予想外のものだった。
「これってのはどれだ?」
 不思議そうに瞬きしていた。
「え、えっと……」
 どう返していいのかわからず、俺としても躊躇するしかない。
 そんな俺たちの様子が気になったのか、他のメンバーも続々と寄ってくる。
「どうしたの?」
 同じくクラスメイトの犬養が俺の顔を覗き込む。
「翔馬が自分の額を気にしてるらしいんだけど別に変なところはないよな?」
 熊沢の問いに犬飼は、
「うん、傷とか痣とかはないよ」
 彼だけではなく、他の面々も頷いていた。
「安心しろ、お前の顔に傷とかつけたら周防さんに申し訳が立たない」
「というか、お前って普通にルックスいいんだから前髪もっと短くすれば?」
「もしかして自分の顔にコンプレックス持ってるの?」
 などなど。
 誰ひとりとして【呪印】のことに触れようともしない。
 ……これは一体どういうことだ?
 みんながみんな、俺に気を使っているとでもいうのか?
 そんな馬鹿な。
 俺としては、これまで額の【呪印】は隠し通してきたつもりだ。
 だったら、いきなり【I】なんて奇っ怪なものが現れたら気になるのが通り。
 これじゃあまるで……。
 まるでみんなして【呪印】が見えていないみたいじゃないか。
 そこまで考えて、俺は一つの可能性に至ってしまう。
 まさか……。
 本当に、みんなして【呪印】が見えていない?
 どうして?
 というか、一体いつから?
 ぞくり。
 俺は更なる可能性に気づき、身震いした。
 もしかして、こいつらは最初から【呪印】を認識できない?
 でも、だとしたら何故?

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