アルカナ・ナラティブ/第17話/08

「俺に相談事があるって、一体どうしたんだ?」
 放課後。
 俺によって魔法研究部の部室に呼び出された水橋先輩は対面する席に座っていた。
 ちなみに部室には俺と水橋先輩の二人きり。
 ヒノエ先輩には席を外してもらっている。氷華梨は連れてきていない。水橋先輩のカノジョである藤堂先輩は呼んでいない。
「実は、【呪印】に関して一般的な魔法使いである先輩の意見を聞きたいことがある」
「なんだろうか?」
 改まった俺の態度に、水橋先輩は表情を固くしていた。
「とりあえず、まずは俺の【呪印】を見てもらいたいんだ」
 俺は前髪をかきあげる。
「それがどうした?」
「先輩は、この【呪印】をどう思う?」
「えらく抽象的な質問だな。そうだな……ローマ数字の【I】にしか見えないから、やっぱり【魔術師】である証だと思う」
「ああ、やっぱりそうか。そうか……。先輩にはこれがちゃんと【I】だとわかるのか」
 俺の中で疑問は確信に変わる。
「おいおい、それが一体どうしたっていうんだよ」
「実は今日の昼間に体育の授業があってさ。そこでクラスメイトに俺の額の【呪印】が顕になったんだ」
 俺の言葉に、水橋先輩の顔ににわかに緊張が走る。
「そうなのか」
 先輩は固く目を閉ざして思案している様子だった。
 沈黙。
 でも、俺は彼への追求をやめることはない。
「そこで俺は考えたんだ。もしかしたら、アルカナ使いでない一般生徒はそもそも【呪印】を認識することはできないんじゃないかって」
 俺は今までずっと、前髪によって自分の呪印を他の生徒に隠せているものだと思い込んでいた。
 だけど、今回の件で気づいてしまったのだ。
 そもそも、他の人間には【呪印】なんて見えていない。
 とはいえ、そうなると矛盾が生じる部分もある。
 例えば、氷華梨は入学早々に俺の額にある【呪印】に気づいていた。
 また、他のアルカナ使いも俺の【呪印】を認識できた。
 だとしたら、こういう疑問が湧いてくる。
「もしも一般生徒なら【呪印】は認識できない。となると、【呪印】が認識できる水橋先輩は一体何なのだろうか?」
「単に、一般的な魔法使いだから見えているだけかもしれないぜ?」
 困ったように水橋先輩は弁解してくる。
「その可能性は否定できない。だったら質問を変えよう。どうして水橋先輩は氷華梨に対して警戒心を持っているんだ?」
 俺の更なる問い。
 水橋先輩は深くため息をつく。
「別に、俺としてはそんなつもりはない……と言っても信じてはくれないだろうな」
「俺は先輩の言葉よりも、氷華梨の直感を信じたい。あいつはどうしても自分が水橋先輩に距離を取られているように感じると言っていた」
「翔馬はどうして、俺が周防さんを警戒していると考える?」
「氷華梨の魔法を知っていて、あいつを警戒する理由なんてひとつしかない。すなわち――絶対に暴かれたくない隠し事をしているから」
「俺が周防さんにどんな隠し事をしているんだろうな」
「いいや、その言い方は事実をかなり歪めている。先輩は氷華梨にではなく、俺たちアルカナ使いに隠し事をしているんだと俺は考えている」
「それは……どんなだろうな」
 ここまでくると、水橋先輩は背を丸めて弱々しそうな態度を取るしかない。
 俺も覚悟を決めて、自分の憶測を口にする。

「先輩、本当はアルカナ使いだろう?」

 荒唐無稽とも言える結論。
 でも、不思議と自分の考えを自分で疑う気にはなれなかった。
「もしここでノーと言ったところで、今度は周防さんの前でその問いに答えることになるんだろうな」
「必要とあればな」
 俺は告げた。
「あーあ。まったくもって、厄介な後輩を持ってしまったな」
 苦笑しながら、水橋先輩は右足の靴下を脱ぎ、足の裏を見せてきた。
 そこには【XVII】の文字があった。
 アルカナ使いである証の【呪印】だった。
「【XVII】ってことは、先輩のアルカナは【星】か」
「そういうことだ。最近、散々話題になっていた、まだ見つかっていない三年生のアルカナ使いとは俺のことだよ」
 観念したらしく水橋先輩は白状してくれた。
「しっかし、お前ってタチ悪いよな。他のアルカナ使いはずっと騙せてきたんだけどな」
「俺だって、昨日まで水橋先輩が一般生徒だと信じていたよ。そもそも、他のアルカナ使いの先輩――具体的にはヒノエ先輩が水橋先輩は一般生徒だと説明していたんだ。それを信じるしか手はない」
 ヒノエ先輩も水橋先輩に騙されていたのだろう。
 だからこそ、『水橋理音という人間はアルカナ使いでない』という間違った情報も、氷華梨の魔法では嘘だと認識できなかった。再三言うが、氷華梨の魔法は故意につかれた嘘しか見破れないのだ。
 ある意味で遠大なミスリードだよ、まったく。
「んで、俺が嘘つきアルカナ使いだとわかったら、聞きたいことは一つだよな」
「察しが早くて助かるよ。この学校で起きている生徒たちの謎の体調不良。これは一体なんだ?」
 俺の問い。
 水橋先輩は顔を伏せて思案していた。
 でも、俺は追及を緩めない。
「もうちょっと突っ込んだ聞き方をしよう。【愚者】のアルカナ使いたちと何の関係がある?」
 そう。
【愚者】のアルカナ使い『たち』である。
「この状況で【愚者】のアルカナ使いを複数形でいうか。お前はアルカナ使いの核心に気づいてしまったらしいな」
「仮説に仮説を重ねただけで、絶対の証拠はない。でも、【愚者】のアルカナに数字がないってことは【愚者】のアルカナ使いには【呪印】がないってことだ。ならさ、こういう考え方もできなくはない。すなわち――」

 ――【呪印】を持つアルカナ使い以外の他の生徒全員が【愚者】。

 その推論を突きつけた時に、水橋先輩は泣きたいのか苦笑したいのかわからないような表情をしていた。
 しょうがないといった様子で、水橋先輩は手を打ち鳴らしていた。
 拍手である。
「ご明察だ。さらに言うとアルカナ使いたちが魔法という奇跡を起こす源は、【愚者】たちの持つ魔力に他ならない。でもさ、翔馬。お前って案外考え方がお花畑なんじゃないのか? そんな核心に触れて、ここから無事に逃げられと思ってるの?」
 水橋先輩はギロリとした眼差しを俺に向けてくる。
 だけど俺は怯まなかった。
 なぜなら、怯む必要がなかったからだ。
 彼は表向きには鋭い目つきをしていた。でも、その真にあるものは優しさであり、それは同時に勇気だった。
 ならば、こう言い返すしかない。
「先輩が俺を口封じにどうこうするとは思えない。演技なのがバレバレだ」
「ははは、本当にお前って可愛くない後輩だな。ああ、まったくだ。俺にお前をどうこうするつもりはない。もしもそんなことをしたら、キズナにも罪を背負わせることになるかなら」
「キズナ先輩は水橋先輩が【星】のアルカナ使いだと知っていたのか?」
「当たり前だ。だって、俺とキズナは共犯関係なのだから。俺は俺のエゴのためにキズナを利用した」
「それは……一体?」
「ああ、まあ、なんだ。俺さ、実はこの部屋嫌いなんだ。というわけで、空が見える場所に移動しようぜ?」
 はぐらかすように水橋先輩は言ってくる。
 俺はそれを拒否できなかった。

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