アルカナ・ナラティブ/第17話/09

 水橋先輩との移動先は学校前の公園だった。
 空はあまり芳しい天候とは言えない。鈍い色の雲が空一面を覆っている。いつ雨が降りだしても不思議ではない。
 公園のベンチに腰掛ける。
 水橋先輩はブレザーの胸ポケットから、厚手の布でつくられた巾着を取り出した。
「それは?」
 中身が気になって聞いてみた。
「これは魔法の宝珠だよ」
 最初、何かの例えかと思ったが中身を取り出されてその考えはすぐに消えた。
 ほのかな赤い光を放つ、ビー玉くらいの大きさの宝珠が現れた。
「本当は、もっと強い輝きを放っていたんだけどな。翔馬に俺がアルカナ使いだとバレたのが理由だろうな、輝きが弱くなっている」
「それがマジックアイテムだとして、どんな効果を持っている?」
「アルカナ使いの魔法を固定化するものだ」
 的を射ない説明に、俺は眉をひそめる。
 それを察したのか、水橋先輩は解説を加える。
「要するに……アルカナ使いの魔法が高校卒業後も使える効果のあるシロモノだ」
「トンデモアイテムじゃないか」
 今の今まで、アルカナ使いの魔法は高校生の間だけ限定だと信じ込んでいた。というか、それがアルカナ使いの共通認識だった。
「何事にも例外はつきものさ。もっとも、卒業後への魔法の持ち越しには大きな制約がある」
「どんな?」
「自分の魔法を隠し通すことだ」
「あっ……」
 言われて俺は、思い出すことがあった。
 ――魔法の原理は隠し通すこと。
 魔法とは人から秘匿することでその効果を増すと水橋先輩は言っていた。
「自分の魔法を隠し通すことでそのエネルギーはこの宝珠に圧縮されていく。理論上は俺以外のもう一人までなら知られても問題ないが、でも他の連中にはそれがアルカナ使いであっても秘密がバレてはいけない」
「水橋先輩以外のもう一人は、当然に藤堂先輩だよな」
「だからこそ、俺はキズナを共犯と呼んだ」
「そこまでして卒業後も使いたい魔法って何だよ? どんだけチートな魔法だ?」
 アルカナ使いの魔法とは基本的に個人の見たくない部分の具現化だ。
 例えば、【皇帝】の相手を操る魔法みたいに相当な利便性がない限り早々に自分から切り離したいものなのだ。
「チートか……。確かに俺にとっては究極のズルだよ、【星】の魔法は。【星】のアルカナの意味は正位置だと希望や願望成就、逆位置だと高望み」
 回りくどい表現で言いよどむ水橋先輩。
 相当に言い出しにくいことらしい。
 だから俺は、憶測でも聞いてみるしかない。
「もしかして……藤堂先輩の聴覚に関係する魔法?」
 俺の指摘に水橋先輩は覚悟を決めたらしく頷く。
「勘のいい後輩だな。いかにも、俺の魔法の名前は【リアン】という。効果は――『藤堂キズナに歌を伝える』ことだ」
 傍から聞いたら、水橋先輩の魔法の効果はあまりにも小さな奇跡。
 たった一人の耳の聞こえない少女のための力。
「こんな魔法のために、約三年間必死になって魔法を隠そうと頑張ってきたんだ。滑稽だと笑いたければ笑えばいいさ」
 自嘲する水橋先輩。
「そんなことはない!」
 俺は叫んでしまっていた。
「おいおい、どうしたいきなり感情的になって」
「どうしてそこで水橋先輩自信が悪いみたいに笑うんだよ。だって、先輩の願いをぐちゃぐちゃにしちゃったのは俺だぜ?」
「いいや。お前の行動は正しい。絶対的に……正しい」
「それは……最近学校で起きている生徒たちの体調不良が関係している?」
「あれは多分、この宝珠が生徒たちから魔力を奪いすぎたせいだよ。このままいってたら、下手をしたら人命に関わる事態になってたかもしれない」
「そんな……」
「だからこそ、俺はこの数日ずっと悩んでいた。自分の魔法を明かすべきか否か」
「それについてキズナ先輩は何て?」
「俺に任せると言ってくれた。例え、取り返しのつかない罪を犯すことになっても、それは二人で背負おうと」
「でも、水橋先輩の性格的にキズナ先輩に負担をかけるのは嫌だろう?」
「当たり前だ。俺の魔法は俺のわがままだ。キズナのために歌いたいってエゴだけで、キズナの人生に影を落とすなんて嫌だ」
「藤堂先輩、愛されてるな」
「小学生並の感想だこと。でも、そうとしか言い様がない」
 しょうもなさそうに水橋先輩は苦笑する。
 水橋先輩は今にも泣き出しそうな空を仰いで聞いてくる。
「俺の愛って重いかな?」
「一般的には超絶ヘビーかと。それに堪えられるキズナ先輩の偉大さがヤバい」
「だよなあ。というか、学園祭のライブのときは正直ビビった」
「キズナ先輩が泣き出しちゃったアレか。今にして思えば不思議なんだが、藤堂先輩はどうして必死になって水橋先輩のライブを見ようとしたんだろう。見えなくても歌は魔法で聞こえたのに」
「キズナの話だと、俺の歌は声だけじゃなくて、歌っている俺の姿があってこその歌なんだと」
「どういう意味? 芸術に関してはさっぱりなんだ」
「高校に入る前から、つまり魔法を手に入れる前からキズナは俺の歌を好きだと言ってくれた。なかなかに不思議ちゃんだろう?」
「聞こえない歌を好きっていうのはミステリーだ」
「んで、その理由が自分を音を聴いているんじゃなく、俺の魂を聴いているからなんだとさ」
「ロマンチックな言い回しだな」
「お前はそれを痛い発言だと笑うか?」
「うーん、テレビの作り物臭いドキュメンタリーだったら鼻で笑ってたと思う。けど、藤堂先輩なら、それもアリな気がする」
「そっか。いやあ、俺って恵まれてるなあ。周りからリア充扱いされても仕方ない」
 そこにあったのは人生の勝者の姿。
「これから、先輩はどうするんだ?」
「とりあえず、俺がアルカナ使いであることを連絡先がわかってる他のアルカナ使いに伝える。それでこの宝珠の効果は完全に消え失せる。そうすれば、体調不良を起こしてる連中も快復するさ」
 水橋先輩はケータイを取り出す。
「藤堂先輩に相談しなくてもいいのか? 今なら、まだ少しだけ宝珠の輝きが残ってるんだ。だから……」
「お前の心遣いには感謝する。でもさ、これ以上キズナに負担をかけたくない。俺が独断で突っ走れば少なくともあいつが悪いなんてことにはならないだろう?」
「だったら……みんなに先輩がアルカナ使いだって伝えるのは俺にさせてくれ! そうすれば水橋先輩が独断でみんなに正体を明かしたことにならないじゃないか」
「バーカ。それこそダメに決まってるだろうが」
「どうして?」
「自分の問題を後輩に押し付けるなんて格好悪くて恥ずかしすぎる。なんつーか、他の連中の評価じゃ俺って学校一のイケメンらしいしな」
 人を茶化すように言ってくる水橋先輩。
 ケータイに文面を打ち込み、そして彼は送信した。
「これで水橋先輩がアルカナ使いだってみんなの知るところになったわけか」
「そういうこと! あーあ、逆に肩の荷が下りたというか、気楽になれたというか、さっぱりした!」
 とか言いながら、水橋先輩の顔は晴れない様子だった。
 そして、ぽつりとこの場にいない人間に言うのだ。
「ごめんキズナ。俺、願いを叶えることができなかったよ」
 そうして彼は呆然と空を仰いでいた。
 曇り空から、少しずつ雨粒が落ち始めていた。本降りになるのも時間の問題だ。
 俺はどうすることもできず、沈黙するしかない。
 その停滞を打ち破ったのは一人の少女が公園に姿を現したからだ。
 藤堂先輩だった。
 きっと学校中を探し回ったのだろう。息を切らせていた。
「キズナ……」
 呆然と、怯えるような水橋先輩。
 真っ直ぐにキズナ先輩を見つめることができていなかった。
 だけど、キズナ先輩は優しく微笑んでいた。
 まるで、いたずらがバレた子どもに慈悲の心を向けるみたいに。
 そして藤堂先輩は、自らのケータイに文字を打ち込み、それをこちらに向けた。
 画面には、
『願いが叶わなくても、ずっと私は理音君が大好きです』
 とあった。
 いよいよ、雨は本降りになってくる。
 水橋先輩の頬には水滴が伝っていた。けれど、雨のせいでそれが涙なのか雨粒だったのかは確かめる術がない。
 やがて水橋先輩は、がむしゃらにキズナ先輩を抱きしめていた。
 まるでキズナ先輩という大きな【力】が、希望の【星】みたいだった。
 となれば、俺がここにいるのは無粋以外の何物でもない。
 雨足を避ける意味も込めて、俺は校舎に対比する。
 きっとにわか雨だと信じて、しばらくは晴れ間が現れるのを待つとしよう。
 そういえば――。
 水橋先輩の魔法の名前【リアン】ってどういう意味だろうか。
 ケータイを使って『リアン 意味』でネット検索。
 おそらくは『LIEN』というスペルのフランス語なのだろう。これだと藤堂先輩の魔法【ライオン(LION)】と一文字違いだ。
【リアン】の意味は『絆(キズナ)』だった。
 まったく、水橋先輩はどんだけ藤堂先輩のことが好きなんだよ。
 水橋先輩は自分の魔法にキズナ(LIEN)と名づけ、藤堂先輩は自分の魔法に理音(LION)と付けた。
 あなたたち、お互いに愛が重いですよ?
 羨ましい限りです。
 小一時間待ってみれば雨はすっかりやんでいた。
 そろそろ帰ろうと荷物をまとめ空を見上げる。
 暮れゆく空には力強く一番星が輝いていた。

【XVII・星】了

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