アルカナ・ナラティブ/第18話/01

 水橋先輩がアルカナ使いだとメールでみんなに告白した翌日。
 放課後の魔法研究部にて、部員プラス天野先輩と藤堂先輩が集っていた。
「ドーモ、【星】のアルカナ使い=サン。【司祭】のアルカナ使いデス」
 忍者殺しみたいなカタコトな日本語を混じらせつつ、天野先輩は水橋先輩に言った。
 ……言いやがった。
 案の定、水橋先輩は剣呑な眼差しである。しかし直接攻撃にまで及ばないのは、これまで自身がアルカナ使いであるのを隠していた負い目からだろう。
 ……じゃなかったら天野先輩の命が危険で危なく険しい。
「よ、よう。天野。今日はいい天気だが血の雨を降らせてみるか?」
 駄目だ。この場を穏便におさめるアルゴリズムが思い当たらない。
「そういや、【星】のアルカナには『雨が降る』という意味があったな。なるほど、上手いことを言う」
 と天野先輩。
 水橋先輩が上手いことを言ったというより、天野先輩が下手なことを言ったと評するべきだよ、この状況。
 とはいえ、水橋先輩が暴走することはありえない。
 なぜなら、この場にはみんなの良心、藤堂先輩がいるのだから。
『落ち着いてください、理音君』
 スマートフォンを操作する藤堂先輩。
 こうなっては水橋先輩も握った拳を収めるしかない。
 水橋先輩はライオンみたいな人であるが、藤堂先輩が司る【力】のアルカナはライオンを鎮める絵柄。なるほど、アルカナってばよくできている。
「すまない、話を進めたいのでよろしいかね?」
 定位置のパソコンデスクからヒノエ先輩が言う。
「ああ、すまない。ちょっと俺も気が立っていた」
 本当に申し訳なさそうに水橋先輩は言う。
 とはいえそれも仕方ない。
 入学してから昨日まで、ずっと隠し通してきた秘密が暴かれてしまったのだ。やりきれない気持ちがたかだか一晩で晴れるわけもなかろう。
「でも、水橋先輩がアルカナ使いだったなんて驚きです」
 と言ったのは氷華梨だった。
「だろうね。俺としては周防さんには嘘を見抜く魔法があるから細心の注意を払って接していた。だから、嘘を暴いたのが翔馬だってのは笑える話だよ」
「まあ、偶然に偶然が重なっただけだけどな。というか、俺としては水橋先輩の件と同じくらい【愚者】のアルカナ使いのことを聞きたいよ」
「いいだろう。といっても、俺が知っていることはアルカナ使いの全容の一部なんだろうけど」
「まず改めて確認したいんだが、【愚者】のアルカナ使いは【呪印】がないこの学校の生徒全員で間違いないんだな?」
「ああ。加えて言うなら、【魔術師】から【世界】までのアルカナ使いは、【愚者】――つまり他の全校生徒が持っている魔力をかき集めて魔法という奇跡を起こしているんだ」
 水橋先輩は補足説明をしてくれる。
 改めて聞いただけでもトンデモな結論だ。
「これまで散々探しても見つからなかった【愚者】のアルカナ使いが全校生徒だったとはねえ。ノリとしてはアガサ・クリスティの某作品にあった一人を除いて容疑者全員が犯人でした、みたいなカンジだよな」
 呑気な物言いの天野先輩。それは俺も思ったけどね。
「アンフェアな真実と言えなくもないな。ともあれ、これがことの真相だよ」
「だとしてもいくつか聞きたいことが残っている。【愚者】とその他のアルカナ使いの関係がわかったとしても、そもそもどうしてそんなシステムが必要なのかの説明がまだだ。それに、どうして水橋先輩はそのことを知っていたんだ?」
 俺は更に追及していく。
「まずは俺が知っていた理由から話そう。なんのことはない、俺の家――水橋家もこのアルカナ使いというシステム構築に関わっていたからだ」
 さらりと『システム』という言葉を使われると少し違和感を拭えない。でも、他に表現のしようもないか。
「水橋先輩の実家は魔法研究の名門だったっけ?」
「そうだ。だからこそ、アルカナ使いというシステムを作ったこの学園の理事長一族とも縁が深い」
「なるほど……って、アルカナ使いシステムを導入したのは理事長なのか?」
「そういうことになる。ただし、俺が知っているのはここまでだ。理事長がどうしてアルカナ使いなんて不思議なシステムを作ったのかまでは知らされていない」
 水橋先輩は申し訳なさそうに頭を垂れる。
「アルカナ使いの真実と黒幕の理事長。なんというか、学園の暗部を見ようとしている雰囲気ですなあ」
 天野先輩は茶化すように言う。
「冗談半分で言っているなら、気を引き締めてくれ。一応、俺らは学生で、学生風情が学園の秘密を知ってしまったわけだから」
 厳しい表情の水橋先輩に、一同ごくりと唾を飲む。
 そんなときだった。
「失礼するよ」
 部室の扉が開け放たれる。
 そこには初老の男性が立っていた。
 俺は、その人物の顔を知っていた。
 もっとも、直接話したことはないが、それでも入学式と学校のホームページでその顔を見たことがあった。
 だれあろう、うちの学校の理事長である創木幻十郎(つくるぎ・げんじゅうろう)その人だった。

   ◆

 理事長というのは、いわずもがなこの学校で一番偉い人である。校長よりも偉い人である。
 校長が先生たちのトップなら、理事長は学校経営のトップである。
 この人を怒らせたら学校生活が本気で詰む。
 なので、とりあえずは穏便に様子をみたいものである。
「理事長先生、お久しぶりです。相変わらす、素敵な白ひげですね!」
 なのに、天野先輩は無邪気に一番偉い人に絡んでいく。
 アイエー、ナンデ、センパイ、ナンデ!
 天野先輩の命知らずっぷりがすごすぎる。
 何この人? 今日が命日でも構わないとか思っちゃってるの?
 ……いや、天野先輩に関して言うとそれはちょっと洒落にならないから言及はしないでおこう。
 ちなみに理事長先生は、ポリシーなのかキャラ作りなのかしらないが、白毛のヒゲを綺麗に携えておられます。
「う、うむ。褒め言葉として受け取っておこう」
 天野先輩の言葉に、理事長も若干引き気味だ。
 凄い。戦いは初手こそが大事だが、天野先輩は居合抜きのごとく第一手を制した。
「本日はどのような要件でしょうか、理事長殿?」
 このまま状況を放置しては話が進まないと判断したらしいヒノエ先輩が聞く。
「実は今日は諸君らと話したいことがあるのだ」
 天野先輩に出鼻をくじかれた理事長だが、咳払いとともに仕切り直し。
「アルカナ使いの今後について、ですか?」
 ヒノエ先輩は鋭い眼差しだった。
 これに呼応するように、理事長も厳しい顔つきになる。
「いかにも。諸君らは、アルカナ使いの秘密についてどこまで水橋君から聞いているのかね?」
 これにみんなが水橋先輩を見やる。
 この状況は……誤魔化すべきなのか?
 もしも【愚者】のアルカナ使いの一件で水橋先輩がお咎めを受けたら……。
 それは嫌だな。
 しかも、水橋先輩が【愚者】について語るきっかけを作ったのは俺だ。
 俺のせいで、水橋先輩が危機に立とうとしている。
 どうにかせねば。
 俺は必死になって言い訳を考え始める。
 だけど、それは杞憂だった。
「俺が伝えたのは【愚者】の正体が、この学校のアルカナ使い以外の生徒である点と、アルカナ使いの魔法の発動原理です。それ以上は何も伝えていませんし、俺自身もそれ以上の情報は知りませんよ」
 理事長と俺たちの間に割って入って、水橋先輩は言う。
 そして、彼は続ける。
「この件でペナルティがあるなら、俺だけにしてもらいたいですね。他のアルカナ使いたちが知ったのは無関係なとばっちりみたいなものです」
 水橋先輩の背中が大きく見えた。
 やっぱりこの人、内面もイケメンだわ。
「いやいや、私は君たちに害をなそうとしているわけではないのだ。むしろ、君たちと情報を共有したいのだよ」
 理事長は困ったような顔をしている。
「俺たちは知らないことだらけで、共有するような情報は指してないんですが?」
 首を傾ける水橋先輩。
「いやいや、そうではなく……そうだな。私の言い方が悪かった。実は君たちに依頼したいことがあるのだ。情報共有はそのためのステップだと思ってくれ」
「理事長が手を焼くのに、俺たちができることがあるとは思えませんが……」
「いや、あるのだよ。君たち……つまりアルカナ使いたちの助けを借りたいのだ」
「詳しい事情を聞かせてください」
 水橋先輩は背筋に緊張感をみなぎらせたまま。
 そこに油断はない。
「実はね、私が困っているのは残りのアルカナ使いたち、つまり【月】【太陽】【審判】【世界】のことなのだ」
「……つまり、残り四人のアルカナ使いを探してくれ、と?」
「違う。実は残りのメンバーは、まあ、なんだ……わかっているのだ」
「はい?」
 水橋先輩は困惑していた。彼だけではない。
 俺も理解が追いついていないし、この部屋の他のメンバーも似たような反応だ。
「一体、残りのアルカナ使いは……誰です?」
 フリーズ状態の他のメンバーに代わって俺が聞いてみた。
「残りのアルカナ使い――それは今の生徒会メンバーだよ」

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