アルカナ・ナラティブ/第18話/03

 自分から、積極的に前に出る。
 俺にしては珍しい行動だと思う。
 けれど、他のアルカナ使いたちがどんなことを仕掛けてくるかがわからない以上、イニシアチブを取るのは有効な一手だと思っている。
 俺は氷華梨と水橋先輩を引き連れて生徒会室の前へ。ちなみに、他のメンバーは有事に備えて部室でお留守番。
 俺は生徒会室の扉をノックした。
「はい、どうぞ」
 室内から扉が開け放たれる。
 現れたのは女子生徒。
 その顔は見たことがあった。
 生徒会メンバーの笹倉奈魚だった。
 彼女は俺の姿に一瞬だけ目を瞬かせていたが、すぐに、
「どなたですか?」
 聞いてくる。
「俺は瀬田翔馬って言うんだけど、アルカナ使いのことで話が聞きたい」
 駆け引きとかしようにも情報が不足しているので、ストレート意思表示。
「ああ! あなたが瀬田翔馬! ……いえ、翔馬様ですか!」
 俺が名乗るや否や、笹倉先輩はとろけるような笑みを浮かべる。
 そして、がっちりと握手なんかしてきた。
 その笑顔と握力は狂気的すぎて怖いぐらいだ。
「前々から、是非お会いしたいと思っていました! さあ、どうぞ部屋の中へ! あいにくと他の生徒会メンバーは席を外していますが、お茶くらいなら用意できます!」
 えらく友好的な物腰。
 これは……別に俺らに対して敵対する意思はないと考えるべきだろうか?
 笹倉先輩はご丁寧に、室内の椅子を引いて俺を出迎えようとしている。
 ここまで恭しい態度を取られると、逆に怖い。
 仮にこれが何かの罠だったとしたらマズい。とはいえ、氷華梨や水橋先輩を危険に晒すわけにもいかない。
 俺は笹倉先輩に従って席に座る。
「残りの二人もお邪魔していいか?」
 聞いてみる。
「残りの二人……? ああ、そういえば何かオマケみたいなのがドアのところに二人いますね。ぶっちゃけ私が興味あるのは翔馬様だけなのです。というわけで、その他大勢は帰っていただけませんか?」
 さらりと怖いことを言い出す笹倉先輩。
「いや、この場に二人きりってのはちょっと……」
 単純に魔法の詳細が謎のアルカナ使いとサシで話し合うのは無用心すぎる。
「ふーむ、翔馬様がそうおっしゃるなら涙を飲みましょう。ところで、残りのお二人はどちら様?」
「男子の方は三年の水橋先輩で、女子の方が俺のクラスメイトの周防氷華梨」
 一応、氷華梨が俺のカノジョである旨は伏せておこう。笹倉先輩は妙に俺への執着心があるみたいだ。氷華梨が変なトラブルに巻き込まれたらたまったものではない。
 と思っていたが、それは認識が甘かった。
「ああ、その女が噂に聞く翔馬様の恋人ですか!」
 とか言いながら、笹倉先輩は嫌悪感丸出しで氷華梨に詰め寄っていく。
「あなたが翔馬様の女ってわけね?」
 ぞくりとするほどドスの聞いた声の笹倉先輩。
 これには氷華梨も怯えきっていた。
 笹倉は嬲るように自身の手のひらを氷華梨の頬に添える。
 狂気的な気迫に負けて、ついに氷華梨は、
「いやっ!」
 と笹倉先輩の手を振り払う。
 別に氷華梨の対人恐怖症がぶり返したとは思えない。
 だって笹倉先輩は普通に怖い。
「すまない、周防さん。君は先に部室に戻っていてくれ」
 この状況が芳しくないと判断したのか、水橋先輩は氷華梨に言った。
 氷華梨は俺に視線を投げてくる。
 俺は頷く。
「わかった。部室で待ってるね」
 そう言うと氷華梨は踵を返して退室した。
「ま、待ちなさい!」
 笹倉先輩は氷華梨を追いかけようと半歩だけ生徒会室から足を踏み出すが、すぐに我にかえる。
 そして、俺たちの方を振り返る。
 ちなみに俺はすぐにでも笹倉先輩を静止させられるように席を立って、彼女の背後に立っていた。
「ま、まあ、いいでしょう。では翔馬様に水橋先輩、席にお座りくださいな」
 またしても不気味な笑顔。
 しょうがないから、俺と水橋先輩は笹倉先輩の指示に無言で従う。
 こちらから彼女を刺激するのは得策ではない。俺たちは彼女から何かを切り出すまで黙っていた。
 だというのに、笹倉先輩はしばし俺たちの顔を見比べていた。
「私としては翔馬様以外にはお帰りいただきたいのが本音なのですが……」
 という台詞を、俺と水橋先輩を交互に見ながら言った。
 さっきの氷華梨への反応からするに、水橋先輩にも噛み付いても不思議ではない。
 なのに、この場で笹倉先輩は俺たちを平等に扱うみたいな、そんな態度だった。
 水橋先輩はイケメンですゆえに年頃の女の子的には邪険にしたくない……のか?
 イマイチ笹倉先輩が何をしたいのかわからない。
「ま、まあ、いいでしょう。ねえ翔馬様――」
 一つ咳払いをしてから話はじめた笹倉先輩。彼女の表情は酷く緊張していて、硬いものだった。
「どうした? というかどうして俺だけに様付けなんだろうか?」
 聞いてみた。
 その瞬間、笹倉先輩の顔に満面の笑顔が花咲く。
「翔馬様! 返事をしてくださってありがとうございます! だって、私にとって翔馬様は永遠の憧れですから! ずっと、ずっと、ずーっとお慕いいたしておりました!」
 いきなり俺の方を注視して早口でまくし立てる。すでに水橋先輩など眼中にない様子だ。
「おいおい、知ってるかもだけど俺は元詐欺師のトンデモ少年だぜ?」
「もちろん知っております! 翔馬様の幼い頃からの活躍はネットの情報などでチェック済みです!」
 興奮気味に言ってくる。
「はい?」
 ドン引きの俺。
 だけど笹倉先輩に遠慮はなかった。
「幼少の頃から、馬鹿で阿呆な連中をその頭脳を駆使して食い物にする! 挙句、この腐った社会や老害たちから金を巻き上げて、世の中を混沌の海に沈めてみせる! 私にとって翔馬様は憧れの存在で、ヒーローで、王子様なのです!」
 蕩けるような、夢の中にいるような眼差しが俺を捉えていた。
 なるほど、この人は真性のマズイ人だ。
 俺の経歴を知っていれば、普通はそれを嫌悪する。
 なのに、俺に対しておかしな妄想や羨望を抱いている。
 俺は今すぐに席を立ちたくなった。
 が、水橋先輩を置いていくわけにもいかず、とりあえず踏みとどまってみる。
「おいおい、笹倉さん。翔馬の過去はお世辞にも褒められたものじゃないぞ?」
 水橋先輩からのまっとうな意見。
 なのに笹倉先輩は「ちっ」とか舌打ちする始末。
 挙句言うのだ。
「失せろ、このクソゴミ野郎。お前のせいでこっちはいい迷惑なのよ! 私は翔馬様と二人で語らいたいんだよ!」
 うわー、水橋先輩に対してそんなぞんざいな態度をとる女子なんて初めて見た。
 というか、俺ったらヤンデレ少女に愛されすぎですよね。
「だったら、なおさら俺はここから退けないな。君が翔馬に何をするか見当がつかなくて危なすぎる。いざとなったら、俺は後輩を身を呈してでも守る必要がある」
 何この人、俺が女子なら今トゥンクってましたぞ。
「あーあー、そうですか! ったく、どうしてさっきの周防とかいうアバズレといいどうして翔馬様に変な虫がつくかねえ! もういっそ全部焼き払ってしまいたいなあ!」
 怖い怖い怖い!
 さっきから俺の思考は『怖い』の二字で埋め尽くされているけれど、それってしょうがないよね!
「とりあえず笹倉先輩。落ち着いてくれないかな?」
 俺は彼女をなだめてみる。
「うう……翔馬様が言うなら、従うしかありませんね。ところで翔馬様、今後はどんなご活躍をするおつもりですか!? どんな馬鹿で阿呆な弱虫から金だとか、尊厳だとか、あるいは命だとかを巻き上げるのです!?」
 嬉々として聞いてくる笹倉先輩に、俺は底知れぬ恐怖を感じるしかない。
「いや……俺は……もう、まっとうな道を歩むと決めたんだ。そんなことはしないよ」
 厳密に言えば『したくない』である。
 もしかしたら自分はやっぱりロクデナシであって、なにかの拍子にまた悪事に身を沈める可能性は完全否定できない。
「は、ははは! 笑えない冗談ですね。どうして……どうして……どうしてですか!? まさか、さっきの女ですか!? さっきのクソアマに何か誑かされたのですか!?」
 詰問。
「そう……だな。もちろん氷華梨のためだけじゃないけど、彼女を悲しませたくないって比率は大きい」
 そう言うしかない。
 これに笹倉先輩は白目を向いて卒倒しかけていた。
「おいおい、大丈夫か?」
 訝しげに水橋先輩は笹倉先輩に手を差し伸ばす。
「触んな! ああ、翔馬様が……私のヒーロー翔馬様が……私の知らない間にわけのわからんことになってしまっている……」
 うわの空でつぶやき始める笹倉先輩。
 やがて彼女は言う。
「申し訳ありません、今日は部屋から出て行ってください。私とて翔馬様には無礼なマネはしたくありません。しかし、気分が滅入っているのです。まともにお話できる気がいたしません」
 いや、すでにまともとは思えないけどね。
 とはいえ、これ以上深入りするのは危険と判断。
 俺と水橋先輩は来て早々ではあるが退室することにした。
 結局、魔法や他のアルカナ使いに関しては聞けずじまい。
 これから先が思いやられる。

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