アルカナ・ナラティブ/第18話/06

 前回までのあらすじ。
 氷華梨への愛が迸った結果、朝一で彼女の部屋に乗り込むに至る。でも、ドア越しにお母様が現れて、さあ、どうするの俺!?
「あー、うん。今行くからちょっと待って!」
 意外! それは氷華梨によるごまかし!
「そう? 起きてるのならいいのだけど」
 そう言って、ドア越しのお母様が立ち去る音がした。
「ちょっとドキドキしたね」
 氷華梨がほっと胸をなでおろす。
「俺はちょっとどころか自分の人生終了のお知らせかと思ったよ」
 氷華梨と一緒のベッドで寝ているシーンを目撃されたら、おそらく一階にいるであろうお父様が飛んでくるに決まっている。んで、これまで築き上げてきた微小レベルの信頼が泡と消える。その後に周防家で殺人事件が発生だ。
 これもう、無理矢理にでも(笑)とかつけておかないと気が狂ってしまうよ。
「とりあえず、私は朝ごはん食べてくるね」
「了解!」
「言うまでもないけど、私がいない間に部屋をまさぐったりしないでね? 絶対だよ?」
「えーっと、その『絶対だよ?』という念押しは『是非やってね!』という前フリですか?」
「ふふふ、翔馬は何を言っているのかな?」
 目の前に出現した氷華梨の暗黒微笑。命の重みには値段がつけられないので俺は「もちろん冗談です!」とグッとガッツポーズ。
 そんな阿呆みたいなやりとりができるというのは幸せなことである。
 氷華梨は俺を残して一階へ降りていく。
 んで、カノジョさんの部屋に一人ぼっちの俺。
 家探ししてはならないのはわかる。それは人として当然のマナーだ。
 というか、部屋を物色しないでも氷華梨が俺にやましいことを隠しているわけもないのは分かる。彼女、隠し事とか嘘つくのはあまり上手くないからな。
 俺は仕方ないに携帯電話をいじって時間を潰す。
 インターネットでちょいと調べ物なんぞしてみる。
 検索内容は『ムンク』という画家について。
 笹倉先輩の【エルドラド】に多大な影響を与えた有名画家である。
 というか、ムンクって画家は『叫び』って絵で常人には理解不能なくらいの不安を描いたのだ。
 晩年までいったら、どれだけ膨大な不安や絶望に満ちた絵を描いたんだろう。
 そこら辺が気になった。
 某サイトにムンク晩年の作品の解説があった。
 それを見た俺は、
「ふぇ?」
 思わず間抜けた声を上げた。
 そんなことをしていると氷華梨が部屋に戻ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 戻ってきた氷華梨を俺は正座で出迎える。いわゆる正座待機でございます。
「そういやお前、着替えどうするの?」
 氷華梨は未だパジャマ姿。学校に行くには制服に着替える必要がある。
「今日は調子が悪いから学校を休むことにするよ。体中が痛むのは事実だし」
「そっか。まあ、昨日の今日だ。そこら辺の判断は氷華梨に任せるよ。んじゃ、俺はお前のご両親の好きを縫って家を出るとしよう」
 と言って、俺は部屋の外の様子を窺うべく立ち上がる。
 ……つもりだった。
 なのに氷華梨が俺のブレザーの裾を握っていた。
「あの……どうかした?」
 うつむきながら俺を引き止める氷華梨に聞いた。
「翔馬、学校行きたい?」
 若干震えるような声の氷華梨。
「特に通学欲求があるわけじゃないけど……一応、学生ですゆえ」
「だ、だよね。変なこと聞いてごめんなさい」
 氷華梨は必死に笑顔を向けてくるが、必死さが痛々しい。
「……ただまあ、欲を言っちゃえばこのままカノジョさんの部屋で二人きりの時間を過ごしたいってのはあるよ」
 当然にそう言うべきだろうな。
 だって、氷華梨は未だ俺を放してくれないし、掴んだ手が震えていた。
 俺は彼女の隣にしゃがみこむ。
「笹倉先輩の夢、やっぱり怖い」
 率直に聞いてみた。
「うん」
 申し訳なさそうに氷華梨が頷く。
「そんなしょげた顔しないでくれ。ぶっちゃけ、俺だってあの人のクレイジーな世界観にはドン引きしている」
 ここは強がってでも『あんなの屁の突っ張りもいらんですよ!』とか言うべきかとも思った。でも、そんな嘘は氷華梨には通じないからやめておく。
 氷華梨の震える手のひら……いや全身が見ていて辛い。
 こういう場合には有効な手段がある。
 改めて、俺は氷華梨を引き寄せて抱きしめた。
「これでちょっとは震えが収まるだろう?」
 キザな台詞かなとも思った。
 でも、思春期男子たるものカノジョを前にカッコつけたくてしょうがない生き物なのだ。それぐらいの過剰演出はお許しいただきたい。
 このまま氷華梨を押し倒したい衝動がせり上がってくるが我慢する。
 氷華梨は今、傷ついているのだ。
 弱ったところを攻め込むなんて獣のやることだ。
 それはジェントルマンのやることではない。……いや、俺がジェントルマンとは言い難いんだけど。
 氷華梨を放して、俺は床にしゃがみこむ。
 つまりはアレだ。瀬田翔馬氏はここ一番で甲斐性を見せることができなかったのだ。いつか必殺技に『大甲斐性』とか登録される日とかくるのかなあ……。
「氷華梨の部屋って、意外と漫画多いんだな。しかも少年漫画」
「そうだね。特にバトル漫画が好きだよ」
 頷く氷華梨。
 以前から氷華梨が少年漫画好きというのは聞いていた。しかし、本棚が埋まるほどに単行本が置いてあるとは思わなんだ。
「どれか読む?」
 とか氷華梨は聞いてくる。
「ではお言葉に甘えて」
 俺は本棚から目にとまった本を選ぶ。
 こうして学校をサボって大読書会が始まるのである。ちなみに俺は実は活字人間。漫画を読む速度は地味に遅い点をお詫び申し上げたい。

   ◆

 氷華梨の父親のみならず、母親も本日は所用で日中家を出ているらしい。
 つまり、俺と氷華梨は家で二人きり。
 若い男女が他に誰もいない家でやることと言ったら決まっている。
「あ、だめ、それ……」
 氷華梨が苦悶の声を上げる。
「だーめ」
 俺はいじわるく笑みを浮かべてみせる。
「どうしても……いくの?」
 氷華梨は上目遣いで媚びるように俺に聞いてくる。
「うん、もちろん」
 とかなんとか、台詞だけ聞くと艶かしい感じも出ていますね。
 でも、やっていることは単なる神経衰弱ですから。
 氷華梨がめくったカードが、別の場所で前に見たことのある柄だったので容赦なくいかせてもらいました。
 年齢制限がかかる描写だと思った? 残念、今のところ俺と氷華梨は清い交際でした!
 現在、俺は神経衰弱で氷華梨に五連勝中。
「むう、やっぱり頭を使う勝負では翔馬に勝てないか」
 悟ったように言う氷華梨は、ふてくされたように床に倒れ込んだ。
 その仕草があまりにも可愛らしい。頭を使う勝負で勝てたとしても、俺は一生、氷華梨には敵わないのだろうなとか思ってしまった。
 現在、昼の十二時すぎ。
 昼食は周防家の冷蔵庫の食品を氷華梨が炒飯に調理していただいております。
 そして本日は心地よい晴れの日。
 しかも二人共昨晩は悪夢のせいできちんと眠れていない。
 そこから導き出される結論は……。
 床に横になった氷華梨の表情がうつらうつらしていた。
 だけど、すぐに彼女はハッとなる。
「どうした? 眠たかったら寝ればいいのに。俺は怒らないよ」
 と言ってはみるものの、彼女が睡眠に警戒するのはしかたない。
「また笹倉先輩の夢の世界に引きずり込まれたらどうしよう、って」
「それな。あの人の問題をどうにかしないと安心して寝れやしないのか」
「でも、ずっと起きてるわけにもいかないし……どうしよう」
 氷華梨の困り顔。
「しょうがない。だったら俺も一緒に寝るよ」
「ん?」
「いやさ、氷華梨を一人で悪夢の世界に送り込むのは問題ありだろう? 幸いにして俺もお昼寝したい気分。ならさ、ご一緒に一眠りしませんか?」
 俺も床に横になり、氷華梨に手を伸ばす。
「いいの?」
 彼女は申し訳なさそうに聞いてくる。
「いいに決まってる。今度はあの悪夢から氷華梨を守るよ」
 半ば強引に、俺は氷華梨の手をとった。
「うん――信じる」
 俺の手を握り返してくる氷華梨。
 俺は今、氷華梨の隣にいる。
 この先に待ち構えるものが悪夢かもしれなくとも、これほど安心できる場所はない。
 それは絶対だ。
 傍からすれば、根拠のない勘違いに見えるかもしれない。
 でも、『絶対』に根拠なんていらないのだ。
 だってさ、対比するものが絶たれてると書いて『絶対』なんだぜ?
 論拠とかを求めるなら、そんなのはただの相対だ。
 うとうととしながらも、氷華梨を守りぬくという決意だけは意識の真ん中で輝いていた。

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