アルカナ・ナラティブ/第18話/08

 俺は呼吸を整えてから、室内の物色に勤しんでいた。
 そして見つけたのは一枚の紙切れ。
「これは?」
 俺が持った紙切れを氷華梨も覗き込む。
「わからないけど、多分この部屋の主のものだと思う」
 紙切れには以下のように書かれていたい。

 ああ、クソくだらない世界に混乱をもたらした詐欺師の少年にお会いしたい。例え、お顔がわからなくても会いたい。
 きっとこれは恋だ。
 少年の名前は瀬田翔馬というらしい。
 下劣な週刊誌が少年法を無視してまで記事に書いていた。
 ゴシップ誌なんてゴミみたいなものだと思っていた。けど、たまには役に立つこともあるみたいね。
 今はただ、翔馬様だけが恋しい。
 翔馬様は両親に虐待されながら育ったらしい。
 それなのに、気高く、強く、世界中の馬鹿で阿呆な連中に一泡吹かせた。
 同じように両親に虐げられて育った私とは大違いだ。
 私もいつか、世界中を混沌に陥れてみたい。
 不安と不信と不条理を世界に刻みつけて、『ざまあみろ』と言いながら死んでいけたらどれだけ素敵だろう。
 翔馬様に会いたい。
 せめて夢の中ででもいい。
 顔の見えないお相手であっても、翔馬様が恋しい。

 ――ヘビー級のラブレターである。
 いやあ、こんな熱烈な恋文をもらったら氷華梨に嫉妬されちゃうかなあ。
 でも、氷華梨の反応と言えば冷ややかなものだった。
「この人、翔馬の本質がまるで分かってないね」
 まさかのダメ出しである。
「えーっと、参考までに聞いておきたいけど俺の本質って何?」
「うーん、改めて聞かれると困るけど……不器用さ、かな」
「ほほう、意外な答え。俺は自分では自分を器用貧乏だと思っていたんだけど?」
「私の言う不器用さはどっちかというと、生き方の不器用さなんだけどね」
「それ、褒めてる?」
「もちろん。翔馬が器用に利己的に生きてたら、私は翔馬を好きになってなかった」
「褒められてる気がしないな」
「うん、褒めてはないからね。でも感謝はしているよ。翔馬の不器用さは、言い換えれば優しさだから。私も一応女子だから、好きなタイプの男性は『優しい人』って答えちゃいます」
 てへへと顔を緩ませながら氷華梨は言う。
 これは男としては彼女を裏切れないな。
 俺の命の意味が、例えば氷華梨を幸せにすることだけだったとしても問題はない。むしろ嬉しいくらいだよ。
「さて、と。話を今後の対策に戻そうか。この紙切れの内容から察するに、笹倉先輩は虐待を受けながら育った。そんな中で、俺のことをニュースで知って、妙な憧れを抱いてしまった、と」
「そういうことになるね。ところで、私、笹倉先輩に会ったときからずっと不思議なことがあるんだけど」
「ほいほい、何だろう?」
「どうして笹倉先輩はこんなにも翔馬に憧れを持っていたのに、自分から翔馬に会いに来ようとは思わなかったんだろう?」
「ん?」
「つまりね、翔馬の過去って夏休みに入る前には学校中にバレていたでしょう? だったら遅くとも二学期が始まった頃には翔馬を訪ねてきても良かったんじゃないかなあ、って」
 氷華梨の指摘に思わずハッとした。
 確かにそうだ。
 俺に会いたいなら、タイミングはいくらでもあった。
 なのに、どうして笹倉先輩はずっと俺を待っていたんだろうか。
 好きな人に対しての奥ゆかしさから会いに来なかった?
 その可能性は完全否定できないが、どうにもしっくりこない。
 笹倉先輩には俺の元に来られない理由があった……?
 うーむ、謎は増殖するばかりだな。
「とりあえず、この部屋はあらかた探してみたし、他の場所を探してみるか」
 俺は一旦探索を中断する。
「うん。正直、この部屋はいるだけで疲れる」
「それな」
 というわけで、二人して部屋を出る。
 だけど、そこにいたのは一番いて欲しくない人物だった。
「こんにちは、翔馬様。いかがだったでしょうか、私の愛、少しはお伝えできましたか?」
 笹倉先輩だった。
 口元を狂気的にほころばせていた。
 彼女の背後には、顔無し人間が控えていた。
 俺は氷華梨の前に立って彼女に答える。
「あんたが俺にお熱だってのは痛いくらいに了解した」
「ほ、本当ですか! だったら、今日は私にとっての記念日です! ああ、こんなに素晴らしい日が来ようとは思いませんでした」
 完全にトリップしている笹倉先輩。彼女に何を言っても無駄であろうから、あえて話題を逸らしていこう。
「ところで笹倉先輩、今はまだ学校の授業がある時間帯だろう? 先輩は起きてても夢の世界に来られるの?」
「いえいえ、授業がクソつまらなかったのでサボって保健室で眠っておりました。そうしたら、こちらの世界に翔馬様の残り香がありましたので探していた次第です」
 匂いでわかるって、この人は犬なのかな?
 それともここでいう『残り香』ってのは比喩的な意味合いかな。
 まあ、どっちにせよここは夢の世界。なんでもアリだわな。
「さて、問題なのはそこにいるクソアマですね」
 笹倉先輩は氷華梨を睨みつけ、手にナイフを構える。
「殺しましょう。徹底的に殺しましょう。夢であっても殺しましょう。心ぐらいは再起不能にできるでしょうから!」
 と笹倉先輩が言い切る前に俺は、
「やばい!」
 氷華梨の手を引いて逃げていた。
「翔馬様! お待ちになって!」
 後方で笹倉先輩が叫ぶ。
「待てと言われて待つ奴がいるか!」
 まさか、俺の人生の中でこの台詞を言う日が来ようとはな。
 とりあえず、学校から逃げ出そう。考えるのはそれからだ!
 と思っていたが認識が甘かった。
 一階まで降りてはみたものの玄関には顔無し人間たちが押し寄せていた。
 あいつらに捕まってはまた昨晩の二の轍を踏むことなる。
 仕方なしに、俺たちは近くに会った部屋に逃げ込んだ。
 逃げ込んだ部屋は用具倉庫だった。
 室内には使われていない教科書だとか授業用具が収納されていた。
 とりあえず出入り口は入ってきた扉しかないから立てこもるにはもってこいだ。
 俺は扉を施錠する。
「ああ、翔馬様! おあけになって! じゃないとクソアマを殺せない!」
 ガンガンと扉を叩きながら笹倉先輩は叫ぶ。
 さーて、この扉が破られるのは時間の問題だな。
 どうするよ、俺?
「翔馬……」
 氷華梨も険しい表情で扉を見据えていた。
 考えろ、瀬田翔馬。
 何か笹倉先輩をあっと言わせるような逆転の一手を考えるんだ。
「翔馬様! そのお姿を再び私に見せてください!」
 おいおい、この人はそこまでして俺の顔をみたいのかよ。
 別に俺ってば水橋先輩みたいなぶっちぎったイケメンじゃないのになあ。
 とか、そこまで考えてふとある可能性に思い至った。
 俺の『顔』を見せてくれではなく、『姿』を見せてくれ、か……。
 あまりに荒唐無稽すぎて実行する価値があるかは分からない。
 でも、他に打つ手がない以上はやってみるしか手はない。
「なあ、氷華梨。おり言って相談があるんだが」
「何?」
 俺はドアの外の笹倉先輩に聞こえないように氷華梨に耳打ちをした。
「俺と着てる服を交換してくれない?」

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