アルカナ・ナラティブ/第18話/09

 扉を打ち破ろうとする音が断続的に聞こえてくる。
 力づくにでも扉のこちらへと侵入する気らしい。
 逆に言えば、力づくにでも扉をどけないといけない以上、笹倉先輩は夢の中であっても万能ではないと見るべき。
 だとしたら俺と氷華梨にも勝機は十分ある。
「翔馬様! 開けてくださいませ! さあさあ、早く!」
 恐ろしいまでに蕩けた声で言ってくる笹倉先輩。
 不幸にして扉は内開きである。つまり相当の力をもって扉にぶつかっていけば強制的に押しのけられなくはない。
 事実として扉の蝶番は緩み、外れかかっている。
 扉による防御が無効化されるのは時間の問題。
 だけど、むざむざとやられる俺たちではない。
 既に氷華梨は俺の男子制服に着替え済み。
 ついでにいうと、俺も氷華梨の女子制服に着替え済みである。
 俺と氷華梨の身長差は十センチちょっと。はっきり言ってぱっつんぱっつんな着心地である。しかもスカートはすーすーする。
 夢の中でカノジョと制服交換するとは、それこそ夢にも思わなかったよ。
 まあいい。笹倉先輩を迎撃する準備は完了だ。
 いつ扉が打ち破られても怖くない。
 そして、そのときは訪れる。
 ばんっ! という音と共に扉が室内に吹き飛んでくる。
 扉を吹き飛ばしたのは笹倉先輩が使役する顔無し人間たちだった。
 顔無し人間たちを傍らに控えさせながら、笹倉先輩は室内に入ってくる。
「さーて、翔馬様。お待たせいたしました。今、そこのクソアマからあなたを助けに参りました」
 恭しく一礼する笹倉先輩。
 狂気症状満載の笑顔を俺と氷華梨に向けてくる。
 俺たちは笹倉先輩に対して一言も返さない。
「ああ、翔馬様。何も反応してくださらないとはご無体な。わかりました、やはり翔馬様はクソアマに洗脳されているのですね」
 壊れた理屈を突きつけてくる笹倉先輩。はっきり言って、この人は人類には早すぎるタイプの人種である。
 それにしても……。
 この人はさっきから俺と氷華梨の制服交換について言及してこない。
 だったらそこに勝機がある!
「さあ、我が下僕たちよ! そこのクソアマをひっとらえなさい!」
 笹倉先輩は手に持ったナイフをこちらに向けて、顔無したちに指示を出す。
 顔無し人間は容赦なく部屋になだれ込んでくる。
 そして、俺と氷華梨を拘束した。
 まさに物量作戦である。単純であるがゆえに、そこから逃れるのは不可能に近い。
「さーて、翔馬様。これから、このクソアマを駆除いたします! 今しばらくのご辛抱を!」
 そう言って、笹倉先輩はナイフを振りかざし、彼女にとっての『怨敵』の太ももを刺し貫く。
 ぞぶり。
 気持ち悪い音がして、周囲に鮮血が飛び散った。
「ぎゃあああっ!」
 俺の悲鳴が響き渡った。
「へ?」
 だけど、いや、だからというべきか。
 笹倉先輩は呆けた顔できょとんとしていた。
 なぜならば、笹倉先輩は『周防氷華梨』を刺突したつもりだったからだ。
 けれど、実際にナイフを刺されて悲鳴をあげたのは『瀬田翔馬』だったのだ。
「おいおい、笹倉先輩。あんたは自分が崇める『翔馬様』をブッ刺すっていうのかい?」
 刺突の激痛に耐えながら、俺は笹倉先輩を恫喝した。
「ま、ま、まさか……!」
 笹倉先輩はナイフから手を離して、尻餅をついた。
 半狂乱で俺と氷華梨の姿を見比べた。
「そのまさかだ。向こうで俺の男子制服を着てるのが氷華梨。こっちの女子制服を着てるのが瀬田翔馬。OK?」
 とか聞いてみるが、笹倉先輩は上の空。
「わ、私が翔馬様に刃を向けるなんて……。そ、そんなことが……」
 間違いとはいえ俺を刺してしまったことが相当にショックだったのだろう。彼女は心ここにあらずという様子だ。
「おいおい、俺の言葉聞いてるのかよ?」
 俺はしゃがみこんで、ずずいっと笹倉先輩に詰め寄った。
「は、はい! もちろん、翔馬様のお言葉は聞いております!」
「だったら再度聞こう。どうして俺を刺した? あんたは俺に絶対の愛を向けてるんじゃないのか?」
「そ、それは……」
「言い訳なんていらねえよ! 俺を刺すなんてアンタふざけてんのか!」
 実はそこまで怒っていないが、あえて厳しく問い詰めていく。
 それぐらいでないと、笹倉先輩には気迫負けしてしまう。
「う、うわああああっ!」
 ついには壊れてしまった笹倉先輩。
 彼女は傍に転がっていたナイフを手にとって、自分の太ももを刺突し始める。
「お許しください! お許しください!」
 何度も何度も、太ももだけでなく、胸を、腹を、首を、笹倉先輩は自分で自分を傷つける。
 流石にそんなシーンは刺激が強すぎる。
 俺は立ち上がって氷華梨と笹倉先輩の間に割って入り壁になる。
 これは氷華梨が見ていい光景ではない。
 笹倉先輩の暴走が終わるまで俺は、氷華梨の頭を胸に埋めさせて悪夢を隠してみせた。
 やがて、笹倉先輩は動かなくなる。
 そして、彼女の身体はかすれてやがて消えていく。まるで、ゲーム内で死亡したキャラが消えていくエフェクトみたいだった。
 夢の主がいなくなったせいだろうか、周りの建物もやがてかすれて消えていく。
 そこまできて、俺はようやく氷華梨を抱きしめるのを中断。
 辺りに残されたのは真っ白な空間。
「ここは?」
 突然の景色の変化に流石の氷華梨も困惑していた。
 ちなみに、交換していたはずの制服は元通りだった。俺は女子制服姿から男子制服に、氷華梨は男子制服から女子制服になっていた。
「さーて、鬼が出るか蛇か出るか。できれば、このまま目覚めまで何もないといいけれど」
 だけど、そうそう簡単には済まされなかった。
 俺たちの前に、泣きじゃくる女の子が現れる。
「助けて……誰か助けて……!」
 女の子は泣き喚くが、俺たちはどうするべきか躊躇していた。
 ここはまだ笹倉先輩の夢の中と考えるべき。
 だとしたら、安易に近づくのは危険だ。
 そんな風にしていると、女の子の前に二人の男女が現れる。
 ちなみに男女共にのっぺらぼうだった。目も鼻も口もなかった。
「奈魚! 静かにしなさい!」
 男性の方が女の子の腕を掴み、噛み付くように言う。
 奈魚と呼ばれたからには、女の子は笹倉先輩なのだろう。
「ああもう、イライラする! どうしてあなたはいつもグズなの! あんたなんて産まなければよかった!」
 女性の方が女の子を罵倒する。
「だって……だって……!」
 女の子は更に泣き喚く。
 それに業を煮やしたのか父親は手を振り上げる。
「聞き分けのないガキには教育が必要だな!」
 その瞬間、俺は男性の方へ向かって駆け出していた。
 その先にはリスクしかないのはわかっている。
 でも、男性の振り上げられた手を止めなくてはならないと思った。
 理由はそれだけで十分だ。
 俺は女の子と男性の間に割って入った。
 話の流れからして、この男性は女の子の父親なのだろう。
 でも、どんな理由があっても体罰は許されない。
 教育上仕方ないとか言う輩が世の中にはいるが、いいわけあるか。
 やられる子どもはいつまでも、それが心の傷になって、それを背負って生きていくハメになるんだ。
 陳腐な正義感。
 だけど、これだけは絶対に譲れない。
「消えろ。この子に手を上げることは俺が許さない!」
 俺と女の子は赤の他人だ。
 何かの権限があるわけがない。
 でも、人を助けるに権限なんて必要ない。
 俺が睨むと、女の子を詰っていた男女は霞となって消えていく。
 俺は振り返り、女の子を見た。
「大丈夫か?」
 俺は聞いてみた。
 女の子は顔をあげてくれた。
「うん。大丈夫」
 女の子は未だ悲しそうな顔。
「そっか。そりゃよかった」
「お兄さんは、私のこといじめないの?」
 女の子の問い。
「まあな。そんなことする理由がない」
 目の前の相手は暫定で笹倉先輩。
 でも、幼い姿で言われては邪険にもできない。
「そっか、ありがとう」
 女の子は年相応な無邪気な笑顔を見せて、そして消えていった。
 辺りには俺と氷華梨の二人だけ。
 特に何かをするわけでもなく、俺たちは呆然と立ち尽くしていた。
 やがて二人が夢から覚めるまで、俺たちは立ち尽くしていた。

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