アルカナ・ナラティブ/第19話/01

 さて、月日の経つのは早いもので、もう十二月である。
 そう、十二月なのである。
 おかしいな。九月末の学園祭が終わったのがこの間だと思っていたのに、どうして十二月になっているんだろう。
 学園祭が終わってから、十月は大した事件はなかった。
 十一月には、水橋先輩や生徒会メンバーがアルカナ使いだと発覚したり、【月】のアルカナ使いから魔法攻撃(主にメンタルに効くやつ)を受けたりもした。
 それからのグダグダな過ごし方がまずかった。
 生徒会メンバーで未だ接触できていないアルカナ使いは【太陽】【審判】【世界】の三名。
【審判】は人に危害を加えられそうにない魔法なのは知っている。しかし、【太陽】と【世界】の二人の魔法の中身がわからなすぎる。
 だから、こっちから接触するのがためらわれるのだ。
【月】のアルカナ使いこと、笹倉奈魚先輩に不用意に会ったばかりにSAN値直葬の夢の世界【エルドラド】に誘われる結果になった。
 問題解決こそしたものの、あれはトラウマものである。
 とにかく考えなしの突撃はよくない。慢心ダメ、絶対!
 本来ならば、厄介事には関わりたくない俺である。
 しかし、【審判】のアルカナ使い七星浄夜の魔法が『一度だけ相手の怪我や病気を完治させられる』とあれば話は別だ。
 どうにか七星浄夜にはコンタクトをとりたい。もしかしたら、天野先輩の命に関わる病気を治せるかもしれない。
 けれど、七星に関わるならば必然、【太陽】と【世界】のアルカナ使いにも関わることになる。
 なんというジレンマ。
 いっそのこと考えなしに突貫する手もなくはないが、そのせいで他の連中に迷惑がかかるのはちょっと……。
 そういう意味でのグダグダなのである。だから俺とて、無為にグダグダしていたわけじゃないのです。……と、信じたい。
「ではでは、第何回かはわからないけど、アルカナ・ミーティングを始めます!」
 魔法研究部に底抜けに明るい声が響き渡った。
 声の主は天野先輩である。
「先輩、アルカナ・ミーティングってなんぞや?」
 奇っ怪な名称に、俺は質問を紡いでみる。
「アルカナ使いの、アルカナ使いによる、アルカナ使いのための話し合いのことだ。ちなみに今しがた思いついた」
「うん、まあいいけどね」
 つっこみたいことが多すぎて、逆に俺のキャパシティではつっこみきれない。そういう場合はもう広い心で受け入れてしまえばいいと思う。
「おっと、批判こそしてこないものの、翔馬の顔が胡乱げですぞ? これはどういうことだろうか?」
 俺の眼差しに呼応するように天野先輩は聞いてくる。
「天野先輩って、頭いいのに、やっぱり色々足りてないよな」
「ホワット? 俺に何が足りていないというのかね? 俺は人類の至宝を持参しているのだよ?」
「いや、それは流石に言いすぎだろう。というか、さっきコンビニに買い物に行ってたけど、何を買ってきたんだ?」
 俺は天野先輩の傍らにあるコンビニのビニール袋を見やった。
「この中身は、これだ!」
 ジャジャーン、というSEでもつきそうなテンションで、天野先輩は言ってくる。
 袋の中から出てきたのはパピコであった。
 国民的知名度の、半分に割って食べるアイスのアレである。
「先輩、パピコは確かに美味しいけど、人類の至宝というのは大げさではないだろうか」
「おいおい、翔馬。それはパピコを作った人に失礼だろう。もしかして、お前は俺の意見に異を唱えるおつもりか!?」
「端的に言って反対派だ」
「なん……だと……。ならば……! もし わし の みかた に なるなら パピコ の はんぶん を やろう」
 まるでどこかの竜王様みたく言ってくる天野先輩。
 それ『はい』を選ぶとゲームオーバーになるとかじゃないよね?
 でも世界の半分ではなくパピコの半分である。そこまでいくと逆に可愛らしいよ。
 そんなやりとりをしていると、
 ――バン!
 奥の席にいたヒノエ先輩が、パソコンデスクを大きく叩いた。
 その顔つきは厳しい。
 そりゃあ、ミーティングをしようと集まったのにこんな馬鹿げた会話を繰り広げていたらイラッともするだろう。
「篝火! 私はお前の味方だからパピコの半分をくれ!」
 ヒノエ先輩は酷く真剣な眼差し。どんだけこの人はパピコを食べたかったんだ。
「ガッテン!」
 机の上を叩く天野先輩。彼の目にはガッテン台が見えているのだろう。
 天野先輩はパピコを二つに割って片一方をヒノエ先輩に渡した。
 それを笑顔と共に受け取るヒノエ先輩。そんなヒノエ先輩に天野先輩も嬉しそうだった。
 この人たち、平和そうだなあ。真実は天野先輩には時間がないのに、こんなに呑気にしていていいのだろうか。
「【太陽】のアルカナの意味って、どんなのだっけ?」
 俺は改めて考え直してみる。
「ほほう、アルカナの意味から魔法の中身を推測していこうという流れかね?」
 パピコを頬張りつつ、ヒノエ先輩は言う。喋るか食べるかどちらか一つにしていただけませんかね?
「【太陽】は正位置だとかなり良い意味のカード。元気とか活力、成功とか……でしたっけ?」
 と氷華梨。
「イグザクトリー! その通りでございます。【太陽】は太陽のイメージそのままに明るい展望とか活発さを意味する。逆位置になると、活発さがアダになって無防備さや、それが原因の失敗とかを暗示するんだ」
 天野先輩は恭しく応える。
「どっちかというと、【太陽】のアルカナ使いの魔法が正位置に関係する内容であってほしいよ。例えば相手を元気ハツラツにする魔法とか、どんなプロジェクトも成功させる魔法とか」
「『相手を元気にする』だと【審判】の魔法とかぶってるけどね」
 とか言いつつ天野先輩もパピコに舌鼓。
「逆位置だと、無防備とか失敗とか不穏なワードが並びすぎだ。【月】の魔法【エルドラド】の二の轍は踏みたくない」
「話に聞いただけではあるが、翔馬にとって相当にトラウマみたいだね」
「人の夢なんて安易に覗き込むべきじゃないよ」
 ため息混じりに言っておく。
「とはいえ、アルカナの意味から魔法の中身を推察するって難しい気がするな。結局、アルカナ使いの魔法は個人のコンプレックスが大元だから。解釈はいくらでもありうる」
「だよなあ。【太陽】か……明るい内容だといいけど」
「それな。もういっそ、人を幸福にする魔法とかだとありがたい」
 天野先輩は苦笑混じりに言う。
「そうか……そういえば、【太陽】には『幸福』って意味もあったな」
 ふと、以前に占いの本に書いてあった内容を思い出す。
「幸福っていうと【女帝】こと三国さんの魔法を思い出すね。相手の幸福度がわかるアレ」
「あれはあれで、俺にとっては苦い想い出があるわけだが?」
 そういうば、俺の耐えられる幸せの上限――アッパーリミットってこの数ヶ月で上がってるのか?
 今度三国先輩に聞いてみようかな。
「でも、不思議な感じだよ。【女帝】が『幸福』を意味しているのに、【太陽】でも同じ意味があるなんて」
 重複する意味を違うカードに持たせる意味ってなんだろうか?
 俺のちょっとした疑問に天野先輩は一瞬だけ考えて、
「【女帝】の幸福と、【太陽】の幸福は意味合いがだいぶ違うからなあ」
「……どういうこと?」
「うーん、こういうのは例え話を出した方がわかりやすいかな。要するに、これだよ」
 そう言うと天野先輩は手に持っていたパピコを見せてきた。
「……すまない、そういうトンチは苦手なんだ」
「つまりさ、問題はパピコをどうやって食べるかなんだよ」
「……更なる解説を頼む」
 パピコの食べ方で幸福論を語られてもなあ。それは美味しいものはゆっくり食べた方がいいのか、それとも早く食べた方がいいのかという話だろうか?
「翔馬はこういうところで勘が悪いね。つまり……」
 そこまで言って、天野先輩は手からパピコを滑り落とす。
 床に落ちたパピコはコロコロと彼方へと転がっていく。
「おいおい、余計に何がいいたいのか分からなくなってきたぞ?」
 俺は目をしばたかせるが、すぐに天野先輩の顔色が青ざめていくのに気づいた。
「はあ……はあ……」
 苦しそうに胸の辺りを抑え、呼吸を乱している。
「お、おい、大丈夫か? これ、単なる悪ふざけだよな?」
 俺は聞くが天野先輩は応えない。
 いや、答えられないという様子だ。
「篝火、おい、篝火!」
 ヒノエ先輩も必死になって先輩に声を掛ける。
 しかし、天野先輩は無反応。
 もしかして、天野先輩の病気が原因か?
 確認をとっている余裕はない。
 俺は大慌てでケータイを使って救急へ連絡。
 十数分後、駆けつけてきた救急隊員によって天野先輩は運ばれていく。
 救急車にはヒノエ先輩も付き添いで乗り込んでいった。
 今の今まで、天野先輩は呑気に振舞っていたから俺は気づかなかった。
 あの人の容態はとんでもなく悪化していることに。
「クソッ!」
 部室に残された俺は、苛立ちを紛らわせるためにソファーを蹴り飛ばす。
 そんな行為に何の意味もないのは知っている。
「翔馬……」
 同じく部室に残された氷華梨が心配げに俺を見つめてくる。
「すまない。俺のことは心配しないでくれ」
 俺の頼みに、氷華梨は無言で答える。
 ただ、彼女の今にも泣き出しそうな顔だけがいつまでも頭に焼きついていた。
 こうなったら、もう腹をくくるしかない。
 ふらり、と俺は部室の外へ出る。
「翔馬……どこへ?」
「【審判】のアルカナ使いに会いに行く。相手の病気やケガを完治させる魔法を天野先輩に使ってもらうように頼み込む」
 ああそうだ。
 本当なら、もっと早くにこうしておくべきだったんだ。
 それをリスクがどうだとか言っているからこんなことになっちまったんだ。
【太陽】と【世界】のアルカナ使いの魔法がわからないから不安?
 知るか!
 もしも危険な魔法であっても最悪俺が傷つくだけだ。
 俺が不幸になっても悲しむやつなんかこの世に……。
 この世に……。
 そこで俺は踏みとどまる。
 そして氷華梨の方を見た。
 やっぱり彼女は不安そうな顔。
 俺はちょっとだけ深呼吸して、彼女に頷く。
「大丈夫だよ。ヤバくなったら逃げてくるって」
 なのに氷華梨は首を横に振る。
「だったら、私にも手伝わせて。一人で頼むより、二人で頼んだ方が効果は高くなるでしょう?」
「もしも【太陽】と【世界】がおかしな魔法の使い手だったらどうするんだ?」
「翔馬は私に対して過保護だよ。私は、実は天野先輩は苦手だけど、でも嫌いじゃない。だから、あの人を助けたい。協力させて」
 そう言われてたら、断ることなど不可能だ。
 俺と氷華梨は二人で生徒会室に向かう。
 その道すがら、緊張を紛らわせるために俺はひとつだけ気になる疑問の答えを探していた。
 ――天野先輩はパピコの食べ方で俺たちに何を伝えたかったんだろう?

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