アルカナ・ナラティブ/第19話/02

 生徒会室への扉が魔界への入り口に見えるのはこれいかに。
 とはいえ、扉の先にいる連中はまだ見ぬアルカナ使いたち。生徒会役員である以上、名前と顔は一致している。しかし、【月】の笹倉先輩以外は、実際にどんな人物なのかプロフィールが見えてこない。
 ……はて?
 どうして俺は生徒会役員の人物像がわからないんだろうか。
 生徒会役員である以上は、生徒会選挙に出ているはずだ。ならば、ある程度はどんな人々か情報を持っているはず。
 なんかこう、記憶が飛んでるような不思議な感覚である。
 もしかして、未知のアルカナ使いの魔法が関係している?
 だとしたら普通に怖いな、それ。
 でも、怖いからと言って逃げ帰るわけにはいかない。
 俺は生徒会室の扉をノックした。
 すると、
「どうぞ」
 鋭い男性の声が室内から聞こえてくる。
「失礼するぜ」
 俺は氷華梨の前を出る形で入室していく。
 女子は男子の三歩後ろについてこればよいのだよ! ……いや、実際問題として氷華梨を矢面に立たせて盾にするわけにもいかないからね。
 室内には生徒会メンバー四名が鎮座していた。
 会計で【月】のアルカナ使いの笹倉奈魚。この人は、すでにエンカウント済みなので詳しい説明はいいだろう。以前あった時よりはすっきりした顔つきをしている。
 問題なのは残りのメンバーだ。
 副会長で【審判】のアルカナ使い七星浄夜(ななほし・じょうや)。
 学年は俺と同じ一年生。
 ほっそりとした色白の少年だった。しかし気難しく眉間にシワを寄せており近寄りがたい雰囲気だ。
 書記で【太陽】のアルカナ使いと思われる女子生徒、烏丸羊湖(からすま・ようこ)。肩くらいまで伸ばした黒い髪に、金属フレームのメガネ。パッと見た感じから委員長タイプという感じである。こちらも近寄りがたい空気をまとっている。
 そして――。
 生徒会長で【世界】のアルカナ使いと思わしき創木素子(つくるぎ・もとこ)。固く口を閉ざし、物静かな印象の少女。背丈は百五十センチほどなのに、妙に存在感のある生徒だった。
 さーて、どうやって動こうかな。
 仮に向こうが俺たちに危害を加えられる魔法を使えたとしても、まあ、いきなり攻撃してくることもないだろう。
 笹倉先輩のときは例外的だったと考えよう。……あの人は、俺に偏執的な妄念を持っていただけだし。
「君たち、一体何の用があってここに来たのかね?」
 不審者を見る目で俺たちを射抜いてくる七星。
「俺は……俺たちは……【審判】のアルカナ使いである七星浄夜にお願いがあって来たんだ」
 取り繕ってもしょうがない。本音で接していこう。
「へえ、そうなのかい。では話を聞こう、【魔術師】のアルカナ使い、瀬田翔馬」
 向こうもこっちのことは承知らしく真正面から見据えてくる。
「実は、俺たちには七星の魔法を使ってほしい人がいるんだ」
「……ほう、僕の魔法を、か?」
 七星の噛みつくような物言いが気になるが、現状、俺の立場はそれを追及できるほど強くない。
「その通りだ。一度だけ相手の病気や怪我を完治させる魔法――その一度切りの奇跡を三年生で【司祭】のアルカナ使いの天野篝火って人に使ってほしいんだ」
「……断る。僕は自分の魔法――【リバイバル】を誰かに使う気はない!」
「そこをなんとか!」
 俺は何の迷いもなく膝を地につき、次に額を頭に付けた。要するに土下座である。
 プライドなんて知ったことが。これで天野先輩の命が助かるならあまりにも安い取引だ。
 俺の後頭部に荷重が加わる。
 その状態で目線だけ上にあげると七星の左足元が見えた。
 どうやら俺は彼の右足に踏みつけられているらしい。
「は、ははは! そんなこと知ったことか! お前のいう天野何某とかいう奴がどんな容体か知らないけど、そんなのは俺の知ったことではない! なんだよ、そいつは瀬田にとって大切な人間なのか?」
 右足をぐりぐりとねじりながら、七星は聞いてくる。
 屈辱的だが、俺には耐えるしかない。
「俺は散々、天野先輩に世話になってきた。あの人に恩を返したい」
 俺が元詐欺師だとクラスメイトに身バレしたときに、真っ先にかばってくれたのは天野先輩だった。あの人の対応がなかったら、俺はクラスから、ひいては学校から排除されていただろう。
 だから……どうにかして恩を返したいのだ。
「ああそうかい! 天野という奴は瀬田の大切な人間! だったら、なおのこと助ける気はない!」
 七星の酷薄な物言い。
「どうして!?」
 土下座のままでそれでも声を張り上げる。
「どうして……ははは、どうしてだって!? これは復讐だ! 僕はずっと、ずっと、ずっとこういう瞬間を待っていた。いつか瀬田翔馬に復讐できるその瞬間を!」
 言っていることが支離滅裂になってきた七星。
「復……讐……?」
 ぞくりとするほどのインパクトのある単語を復唱する。
「七星君……まずは翔馬の頭から足を外して」
 頭上から氷華梨の声。明らかに憤怒の色が混じっていた。
「あーあー、怖いねえ。まあ、いいさ。僕だって、こんな汚らしい男にいつまでも触れていたくないさ」
 俺はようやく七星から解放される。
「七星……お前、一体?」
 俺は立ち上がり、再び彼を見る。
「一体……だと? そうだよなあ。お前からしたら七星の名前なんて覚えていないよなあ!」
「意味が……わからない……」
「僕の父親はね、数年前にとある投資話に金を出した。ところが、その話は真っ赤なウソ! そのせいで僕の父親は自殺した! さあ、ここで問題だ。その時の詐欺事件の首謀者は誰だったんだろうな?」
 七星の怒りの強さに、俺は後ろずさる。
「まさか……」
「ああ、そのまさかだよ、瀬田翔馬! 犯人はお前だ!」
 断罪の言葉が俺の貫く。
 そうだ。
 叔父によって、被害者家族に謝罪をさせられたときに七星という苗字の家族は確かにいた。
 そのときに謝罪したのは四十代くらいの女性だった。彼女の話では子供が一人いるらしいが、俺には会いたくないとのことだった。
 それが……七星浄夜?
「う、うわぁぁぁっ!」
 俺は発狂し、その場に崩れ落ちるしかなかった。
「翔馬!?」
 傍らで氷華梨が慌てている。だけど、俺にはそれが遠い世界の出来事みたいに思えた。
 呆然と、ただ俺は天井を見上げていた。
 すっかりと、廃人状態である。
「翔馬! しっかりして! 翔馬!」
 氷華梨が必死に俺に声をかける。
「瀬田翔馬、僕はお前を許さない! 大切な人がいるから助けてくれだと? 絶対にお断りだ! 僕の魔法はお前のためには使わない! お前は自分のせいで大切な仲間を失うんだよ!」
「やめて……くれ……」
「いいか! お前が天野とかいう奴を助けられないのはお前が過去に起こした事件のせいだ! ああ、楽しい! こうでなくてはならない! お前も大切な人を助けられない地獄を味わえ! 僕が僕の魔法でどれだけ苦しんだと思う? 相手の病気や怪我を一度だけ完治させられる? ふざけるな! 僕が命を助けたかった相手は……父さんはもういないんだ! だったら、こんな魔法あっても無意味なんだよ!」
 心が、自分の心の形状を保てる自信がない。
 このままここで壊れてしまった方が楽なのではないだろうか。
「許して……。許してください」
 うわごとのようにつぶやくしかない。
 だけど、目の前に立っていたのは七星ではない。
 書記の烏丸羊湖だった。
「あなたの噂は以前からうかがっております。なんでも、仲間想いの人間だとか。少なくともあなたのクラスメイトからはそう聞いております」
 烏丸は淡々と語る。
 だけど続ける。
「しかし、それはあなたの本質ではないのでしょう。なぜなら、あなたは浄夜の家族を殺したのですから」
「すまない……許して……!」
「いいえ、許されません。ゆえに、私はあなたの偽善という仮面をはがしましょう。あなたの中にあるおぞましい影。それを引きずり出すといたしましょう」
「何を……言っているんだ……?」
 だけど烏丸は無反応で俺の頭を掴む。
「私は【太陽】のアルカナ使い。太陽の光は眩い限りです。しかし、その光は必ず影を生み出します。私の魔法【スカーサハ】は『相手の心の影を炙り出す』ことができる力。あなたはあなたの影の人格に食いつぶされなさい。その影こそが、本当の瀬田翔馬です」
 宣言。
 そして、
「ぐ、ああああああ!」
 失神しても不思議ではないほどの頭痛が俺を襲う。
 助けて、助けて、助けて!
 俺は……もう生きていたくない!

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