アルカナ・ナラティブ/第19話/03

 気づいたら、俺は魔法研究部のソファーで横になっていた。
【太陽】のアルカナ使いである烏丸羊湖の魔法を食らったのまでは覚えている。
 確か『相手の心の影を炙り出す』魔法とか言っていたな。
 説明されても謎だ。
 それよりも、七星浄夜の方が気がかりだ。
 まさか、俺が起こした詐欺事件の被害者家族だったなんて。
 そのせいで父親を亡くしているとこれば、今後俺はどんな顔をして彼への交渉を行うべきなんだ。
 むしろ、これ以上の交渉は可能なのだろうか。
 俺が頼み込んでも、七星が天野先輩に魔法を施すとは思えない。
 結局、俺の自業自得じゃないか。
「よかった、目を覚ましたんだね」
 氷華梨の声。よく見てみると、どうやら俺は氷華梨に膝枕をされていたみたいで。
 リア充の極致であるのにもかかわらず、今は沈んだ気持ちを昂ぶらせられない。
「俺は……どうしてこの部屋に?」
 とりあえず聞いてみた。
「生徒会室で半分正気を失ってた翔馬を私が引っ張ってきたの」
 そう言われてみれば、生徒会室からここまで氷華梨の肩を借りて歩いてきたような気も……。
 七星の正体と烏丸の魔法のダブルパンチですっかり参ってしまっていた。
「あ、ごめん。そろそろ起きるわ」
 いつまでも膝枕してもらっているわけにもいかないよな、さすがに。
「心配いらないよ。もうちょっとゆっくりしてればいいと思う」
 氷華梨は言うが、俺は彼女の心配そうな顔つきが気がかりだった。
「どうしてそんな顔するかな」
「だって……翔馬があんなに取り乱すなんて、やっぱり不安だよ」
 そりゃそうか。
「俺、今後も七星に関わるかもと思うと怖くて仕方ない」
「そっか。まさか、副会長が翔馬が起こした事件の関係者だったなんてね」
「しかも被害者の関係者……いや、家族を喪っているなら被害者そのものだ。どうして俺、あんなことをしちまったんだろう」
 頭をかきむしりながら言った。
 これに氷華梨は何も返さない。
 いや、返す言葉を見つけられるわけがないというべきか。
 そんな中だった。
「そうだ。お前は決して許されない」
 気持ち悪いくらいに暗い声がした。
 何事かと思い、俺は跳ね上がる。
 するとソファーの向こう側に、小学校低学年くらいの子どもが立っていた。来ている衣服から男の子と思われる。
 でも着ている服は薄汚れていて、目も憔悴しきっていた。
 お化け。
 そんな言葉がぴったりな少年だった。
「お前は……一体?」
 男の子に聞いてみた。
 だけど男の子は答えない。
 ただ、亡者のような淀んだ眼差しをこちらに向けてくるだけ。
「どうしたの、翔馬?」
「そこにいる男の子は何者だ?」
 氷華梨の親戚の子どもだろうか、なんてことも考えながら彼女に聞いてみた。
「男の子? どこ?」
 なのに氷華梨は部屋中を見渡していた。
 あれ……?
 まるで氷華梨には男の子が見えていないみたいだ。
 というか……本当に男の子が見えていない?
「もしかして、これが烏丸の魔法?」
 異常事態が起きているときは大体アルカナ使いの仕業。ソースは俺のこれまでの高校生活。
 烏丸の魔法は、相手に幻覚を見せつけるというものか?
 いやでも、それだと彼女が言っていた『相手の心の影を炙り出す』という内容にそぐわない。
 心の影……?
 そのキーワードで俺はふと気づく。
 目の前の男の子を、俺は見たことがある。
 見た場所は、古い写真の中だ。
 小学校低学年まではとりあえず俺は学校に通っていた。だから、クラス写真とかを撮影する機会があったわけだが、俺はその写真でこの子を見たことがある。
「僕は、お前だよ。瀬田翔馬」
 そうだ。この子は幼少期の俺そのものだ。
 暗くて汚くてみすぼらしい、みじめでゴミみたいな子ども。
 きっと、傍からしたら俺はそういう風に見えていたのだろう。
「氷華梨には見えてないみたいだけど、今、俺には子供の頃の俺が見えてるんだ」
 氷華梨の混乱を収めるべく説明する。
「それが……烏丸さんの魔法?」
「だろうね。っていうか、こんな荒唐無稽な話を信じるんだな」
「うん、翔馬が嘘をついていない以上は信じるしかない」
 なるほど、さすがは嘘見抜く【女教皇】である。
「さてと、俺はこれからお前のことを何と呼ぶべきかな?」
 もう一人の自分に問う俺。
「僕は瀬田翔馬だ。いや、僕こそが本当の瀬田翔馬だよ」
 少年は陰惨な笑みと共に言葉をぶちまける。
「そんなことがあるかよ。本物は俺、お前は幻。そこはきっちり理解しておけ」
 こういうのはスタートが大切だ。ここで気おくれして相手にイニシアチブを取られたら問題が拡大するのは明らか。
「は!? お前が瀬田翔馬だって? 笑わせるな!」
 少年から憤怒の炎が吹き上がる。
 彼は続ける。
「ならば聞くけど、瀬田翔馬ってのはどんな人間だよ?」
「俺は……」
 少年の問いかけに、俺は言葉を詰まらせる。
「ほーら、答えてみろよ。今のお前は本当の瀬田翔馬か? 違うよなあ!? 本当の瀬田翔馬は今の僕みたいにゴミみたいな存在なんだよ! クラスで友達ができただとか、カノジョができただとか、そんなことで本当の自分から逃げられると思うなよ?」
「やめろ……」
 少年の言葉に、俺は生唾を飲み込む。
「いいや、やめないね。真実は真実として受け入れてもらう。瀬田翔馬は嘘つきで、卑怯で、幸せになる権利のない人間だ」
「違う」
「おいおい、だったらお前は自分が幸せになる権利があるとでも思ってるのか? さっきの七星とかいう男を思い出せよ」
「やめろ……やめてくれ……」
「七星の父親はお前のせいで死んだんだよ! 人殺し! お前は生きてる価値すらないんだよ!」
「やめろ……やめろ……」
「ほーら、お前の隣にいる女を見てみろよ」
 少年の言葉に、俺はふらりと氷華梨を見た。
 見てしまった。
 そこにいたのはいつもの氷華梨のはずだった。
 なのに、俺を心配しているような視線が憐れむような眼差しに見えてしまう。
 俺は……本当に氷華梨と釣り合うような人間なのか?
「翔馬……?」
 憂えるような彼女の声。
「あ……あ……!」
 俺は氷華梨に何かを言おうとしていた。
 でも、何を言いたいのかが自分でもわからない。
「喋るなゴミ! 周防氷華梨にこれ以上の迷惑をかけたいのか? お前は本当にグズだな! お前に生きてる価値なんてねえんだよ!」
 少年の糾弾はなおも続く。
 俺は一言も反論できない。
 だって、彼――瀬田翔馬の言うことは真実なのだから。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 頭を抱えてしゃがみこむしかない。
「翔馬……しっかりして! 翔馬!」
 氷華梨が手を指しのばしてくる。
 でも俺は――。
「触るな!」
 温かいはずの氷華梨の手を振り払った。
 怖かった。
 俺みたいな人間が、誰かの手を取る資格なんてない。
 だったら、周防氷華梨はどうして俺に関わる。
 憐れみ?
 同情?
 なし崩し的に仕方なく?
「そうだ! そうじゃなくてはならない! お前は死ね! 孤独にさびしく死んでいけ! それじゃなければお前が不幸にした人たちに申し訳が立たないと思わないか?」
 事実。
 圧倒的な事実を目の前の瀬田翔馬は告げてくる。
 俺はよろりと立ち上がる。
「翔馬、どこへ?」
 周防氷華梨が聞いてくる。
「し、し、死ななきゃ。俺は死ななきゃ」
 彼女に答えるというよりは、ただのうわ言みたいに口にする。
「ダメ!」
 そんな中で、俺の中に一つの強迫観念がせり上がってくる。
 強迫観念に従って、俺は携帯電話を取り出す。
 連絡先リストを開き、とある相手と通話する。
「はいはい、あなたにお届け苦笑いがキャッチコピーの四塩虎子でーす」
 ふざけた言い回しだけど、笑う気になれない。
「四塩先輩……俺、死ぬ。死にたいから死ぬ!」
【死神】のアルカナ使いに、俺は告げる。
 こんな状況であっても四塩先輩に連絡したくなるのは彼女の魔法の仕業だろう。
【ソーヴ・キ・プ】――自殺企図者に相談される能力。
「は、お前何言ってるの? それは私を一番不快にさせる台詞なんだけど?」
 四塩先輩の声がするけど、遠くの異世界からの音にしか聞こえない。
 そんな風にしていると、周防氷華梨が俺から携帯電話をひったくる。
「四塩先輩、助けて! 私たちは魔法研究部の部室にいます! だから、翔馬を助けて!」
 それだけ言うと、氷華梨は俺を羽交い絞めにする。
 か細い体つきであっても運動部のエースたる氷華梨だ。生きる気力を失った俺を拘束するには十分だ。
 それから数分のうちに四塩先輩が部室に現れる。
「さーて翔馬、悪ふざけのお仕置きはこれからだ」
 死を願う相手に【死神】は容赦なく睨み付けてくる。
「いやだ、死にたい。殺して」
「やなこった! これからじっくりとお前をぶっ生き返すから覚悟しておけ!」
 四塩先輩は俺の瞳を正面から覗き込み、力強く言ってみせた。

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