アルカナ・ナラティブ/第19話/04

 部室にあった荷造り紐で、俺はぐるぐる巻きにされていた。
 屈辱的な姿ではあるが、抗議する気力もない。
「さて翔馬に周防ちゃん、事情を説明してもらおうか?」
 四塩先輩は酷く辟易した様子で聞いてくる。
「実は……」
 俺の代わりに氷華梨が事情説明を行う。
「ふーむ、要約すると【太陽】のアルカナ使いの精神攻撃ってことね」
 雑にまとめる四塩先輩。
 まあ、この人は元よりこういう人だ。あえて驚く必要もあるまい。
「でも四塩先輩、どうやって翔馬を正気に戻すんです?」
 氷華梨は不安げに四塩先輩に問う。
「あーいや、アタイの名はレイディアント七瀬、アパレルメーカーで働いています」
 氷華梨の前では仮の名前『四塩虎子』で活動できない四塩先輩は、あえてわけのわからん偽名を名乗り出す。
「いや、そういうのは今はいいです。ふざけないでください」
「OK。では、真面目な話をしよう。こういう場合は活力を取り戻す専門家に御依頼だ」
「……はい?」
「ご心配なされるな、すでにメールで呼び出している」
 とか四塩先輩が言っていると、部室の扉が開く。
「お邪魔しまーす!」
 陽気な声と共に来訪者が室内に入ってくる。
 声の主は三国先輩だった。
 そして彼女だけではなく傍らには藤堂先輩もいた。
「御足労どうも。では藤堂先輩、さっそくこのバカ翔馬に魔法をかけちゃってくださいませ」
 四塩先輩が言うと、彼女の唇の形を読んだのであろう藤堂先輩が頷く。
 藤堂先輩は俺を凝視する。
 藤堂先輩の魔法【ライオン】は相手の勇気を増大させる。
 勇気とは要するにどんな困難にあっても前に進む意志を失わない力である。
 藤堂先輩の眼差しに、俺に満ちていた絶望感とか虚無感が少しずつ晴れていく。
「どうだい? 死にたさ、ちょっとは消えうせた?」
 不敵に笑う四塩先輩。
「……ああ、ちょっとは、な」
 俺はしどろもどろながら答える。
「そりゃよかった。死にたくないのはいいことだ。んで、お前の心の影って今どこらへんに見えてるの?」
「今は……四塩先輩の右隣に立ってる」
「へえ、ちょうどこの辺?」
 四塩先輩はどんぴしゃでもう一人の俺の頭上を指さしていた。
「なにこいつ……気持ち悪いから死ねばいいのに」
 もう一人の俺は噛みつくような眼差しを四塩先輩に向けていた。
「えっと、アタイらに関して、お前の幻は何かコメントしてる?」
 興味津々といった様子の四塩先輩。
「包み隠さずに言うと、『死ねばいいのに』とか罵声を浴びせてる」
「そりゃあ穏やかじゃないな。というか、『馬鹿』とか『阿呆』なら我慢できるが『死ね』ってのは許しがたいな。それは生きているものに言うべきではない」
 苛立ちを隠せない様子の四塩先輩。
 そりゃあ、この人はずっと生きることに貪欲だったからなあ。そんな四塩先輩にとって『死ね』なんて言葉は我慢ならないだろう。
「まあいいさ。そんなたわごとをほざいているのはあくまで翔馬の幻影だ」
「でも……そこの少年こそ真の瀬田翔馬であって、今の俺はただのニセモノだ」
「お前何言っての? アタイ、あんまり頭よくないからメタファーとか苦手なんだけど?」
「だって、俺は……もういいや。もういいんだ。俺はもう駄目だ」
「うわー、鬱モードがひどすぎるだろう。憂鬱って感じが辞書なしで書けそうなレベルだな。お前の明日はどっちだよ」
「とりあえず、俺のことは放っておいてくれ」
「放っておいたら、お前どうなるの?」
「誰にも迷惑にならない形で自殺する。だから、俺を放して」
 どうやったら、他人に迷惑をかけずに死ねるかな。その方法を考えなきゃ。
「チェスト!」
 俺が思案していると、四塩先輩のチョップが俺の頭頂部に炸裂。
 これが彼女なりの『ぶっ生き返す』ということなのだろうか。
 四塩先輩は続ける。
「おいおい、クソ後輩。人生の超先輩がいいことを教えてやる。恥の多い人生だったからっていって謝る必要はないし、ましてや自害する理由にはならない。何度だって言ってやる――ソーヴ・キ・プ。生き延びたものは這いずってでも生き続けろ」
「でも……」
「でもでもうるさい! デモは国会前でやれ!」
 なんかオヤジ臭い言い回しで怒鳴っている。
「つーかさ、幸福評論家の三国は、今の翔馬をどう見ている?」
 話を【女帝】こと三国煌先輩に振る四塩先輩。
「おっと、いつの間に私は胡散臭げな名前の評論家になったんだろう?」
 不服を申し立てる三国先輩。
「説明しよう。幸福評論家は幸福の値がわかる魔法を使って、相手のメンタルを総合的に評価するのだ! 一歩間違えれば怪しい宗教家っぽくなるけど細かいことは気にしたら負け!」
 四塩先輩のテンションが迷子である。
「なるほど、そういうキャラ設定なんだね! よーし、私がんばっちゃうぞ! 私の魔法【トゥインクル】に見抜けない幸福の値などなし!」
 三国先輩の口上は強キャラっぽい。実際問題としては、【トゥインクル】って使いどころがわからない魔法の上位だけど。
 三国先輩は俺を見つめてくる。
 そして言う。
「翔馬君の幸福の値は19/9だね。うん、分母の幸福の限界が異常値だ。生きてるのがつらいとかいうレベルを超えて、病気だと思う」
 以前の三国先輩の話だと、一般平均が100で、20を下回ると生きることが試練みたいになるらしい。
 それが分母、つまり幸福の限界が一桁だなんてもはや人類には早すぎる領域なのだろう。
「なるほどなるほど、【太陽】のアルカナ使いの魔法ってのは、要注意ってことかい」
 四塩先輩は面倒くさそうにため息をついた。
「俺は……生きていてもいいんだろうか」
 再び弱音を吐く。
「いいとか悪いとかじゃない、生きなければならないんだよ。人間ごときが自分で命の刻限を決めるなんて許されない。それは私みたいなバッタモンじゃない本物の死神の仕事だ。だから、最期の最期まで生き続けろ」
 四塩先輩の言い分は激励なんて温かいものではなかった。
 ただ、淡々とこの世の摂理を語るみたいな冷たさしかない。
「翔馬、私からもお願い。生きて」
 氷華梨は泣き出しそうな顔だった。
「だって俺……死んだ方がいいだろう?」
 なのに俺の口からこぼれるのは無様な泣き言。
「違う! 翔馬がいたから私はここまで歩いてこれた! だから聞いてるこっちが辛くなることなんて言わないで!」
 氷華梨は俺を抱きしめてくる。
 彼女の温かさは、嬉しくて、心強くて、なんだか泣きそうになってくる。
 だけど、俺が見つめる先にはもう一人の俺の姿。
 少年は、明らかに不愉快そうだった。
 少年の姿の悪鬼がいた。
「ふざけんな。お前が生きていていいわけないだろう? その女が何の打算もなくお前に優しい言葉をかけてるとでも思ってるのか? いいか、ゴミ野郎。お前はいつかその女に裏切られる。そして他の連中からも裏切られる。だったら今死んだ方がいいに決まってる!」
 地獄の業火みたいな罵声。
 彼の言葉は焼けた鉄棒となって、俺の脳髄を蹂躙する。
「話してくれ、氷華梨。もういいよ。俺は……」
「いやだ! 翔馬が今、どんな幻覚を見ているかなんてわからない! でも、私は何度だって翔馬に生きていてほしいって言うの!」
 氷華梨の俺を抱きしめる腕が一層強くなる。
 幸せで、幸せで、とても幸せで。
 その幸せが、この上なく怖い。
 怖いけど、でも、生きなければ。
 氷華梨のために少年の絶望に飲み込まれたくない。
 何かの手違いで氷華梨が俺を裏切るようなことがあったとしても、
 それでも俺は氷華梨を裏切りたくない。
 そうだよ。
 俺が氷華梨を裏切りたくないんだ。
「ありがとう、氷華梨。俺は決めたよ」
「何を?」
「無様でも、恐怖しかなくても、それでも生きるって。というわけで、この荷造り紐を解いてくれないかな」
 俺のお願いに、氷華梨は一応他の人々に目線を送る。
「いいんじゃねえの。まさか、いつまでも翔馬をぐるぐる巻きにしておくわけにもいかないし、そろそろ下校時刻だし」
 四塩先輩は部室に置いてあったハサミを取って、荷造り紐を切断した。
 ようやく自由の身になった俺は、それでもすっきりしたわけではない。
 俺の視界には未だに絶望の少年が映っていた。
「ねえ翔馬、幻覚は今、どこにいる?」
 氷華梨の問いに、俺は無言で少年の方を指さす。
 氷華梨は指さした方を向いて、言う。
「もう一人の翔馬に言っておく。あなたはこの人と私をナメてるよ。翔馬の過去に何があったとしても私は翔馬を諦めない。翔馬はあなたなんかに屈しない」
 見えないはずの相手への宣戦布告。
 氷華梨はすっかり強くなった。
 では俺は?
 考えると、また死にたさがせり上がってくるだろうから、その思索はやめておこう。

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする