アルカナ・ナラティブ/第19話/05

 もう一人の自分との二人三脚が始まった。
 メンタルに来る以外、もう一人の自分は無害な存在ではある。
 ただ、食事中も入浴中も自室にいるときも、学校で授業を受けているときも一緒というのは不思議な感じだ。
 単純に、不気味。
 生き物ではないのだろうけど、単なる幻とは言い難い存在。
 仮にもう一人の自分であっても、いや、もう一人の自分であるからこそ気持ち悪い。
 話は変わるが、天野先輩の容体は一週間ほどたっても芳しくない様子だった。
 未だに面会は家族などの限られた人間にしか許されない。つまり、お見舞いにいくこともままならない。
 天野先輩と【審判】のアルカナ使いの問題。
 一向に消えてくれないもう一人の自分の問題。
【世界】のアルカナ使いの魔法の正体がわからない問題。
 天野先輩を案じ、ヒノエ先輩が消沈しているという問題。
 課題が山積み過ぎる。
 これ、自分一人で解決しようとすると潰れるな。
 幸いにして、一週間もすればもう一人の自分については慣れてくる。
 悲しいかな、いくら異常事態であっても何日も続けば日常化してくるものだ。
 十二月は淡々と過ぎていく。
 途中、学期末の試験もあったりしたが、こちらは特に問題なく過ぎていった。いやまあ、クラスメイトから勉強教えてくれと頼まれたのが手間だったが、頼られているうちが華だということにしておこう。
 学期末試験が終われば、あとは冬休みを待つばかり。
 深々と降り積もるやるせなさと共に冬休みに入っていくのだろう。
 冬休みと言えば、クリスマスに大晦日、お正月などイベント満載のはずだった。
 なのに、どうしても心は弾まない。
 きっと、せめて問題のうち一つでも解決しないだろうか。
 二学期終業式の日の放課後、俺は氷華梨と教室で二人きりで過ごしていた。
 一年生後期も学級長に祀り上げられていた俺は、二学期終了のお疲れ会の幹事を仰せつかったのだ。
 仰せつかった、というか押し付けられたと言うのが適切だろうけど。
 さっきも言ったが頼られているうちが華ということにしておこう。
 サービス残業万歳!
 我、残る。故に我、社畜なり。
「すまないな、氷華梨。作業手伝わせちゃって」
「全然問題ないよ。たまには放課後に二人きりで過ごしたいもん」
 氷華梨はてへへと笑っている。
 この笑顔に俺はどれだけ救われてきたか。あまりに数が膨大すぎて、途中から数えられなくなっている。
 今俺たちがやっていることは、お疲れ会をするのに必要な仕事のピックアップである。
 ぶっちゃけ、すべての業務を俺一人で行うのは無理。なので、可能な限りはクラスメイトを巻き込んでの分業制にしたいところ。
 しかし分業にするには、そもそもどんな仕事があるのか洗い出さないといけない。
 それに洗い出したらクラスメイトに仕事を依頼する必要もある。男子は良い意味でバカ軍団なので間関係は割と単純。しかし、女子の方は意外と地雷臭さがある部分もあったりするので、そこは氷華梨にコンサルタントになっていただく所存である。
 少なくとも、クラス女子のまとめ役と化している有馬紅華の人間関係は把握しておきたい。
【悪魔】のアルカナ使いとしての魔法が失われたとしても、普通に強気な女子高生なのは変わらない。
 行動派の女子高生って、ある意味、この世界で最強の生物な気がする。
 男子にとって女子の生態は神話生物クラスのおっかなくてミステリアスなシロモノなのである。
 ……とか言うと多方面の方々に怒られそうだな。お口にチャックは生きる上での常備薬。
「ところで翔馬、『もう一人の自分』の調子はどう?」
 氷華梨は一旦作業の手をとめて聞いてくる。
「最近は落ちきつつあるよ。今も俺の隣にいるっちゃいるけど、特に何か言うわけでもない」
 もうちょっと詳しく描写すると、氷華梨を怨敵のようにガン見している。とはいえ、彼は幻みたいなものなので氷華梨に危害を加えられるわけでもない。
 しかも、もう一人の俺は氷華梨には見えていないのだからある意味、世界に存在しないようなものだ。
「【太陽】のアルカナ使いの魔法っていつ効力が切れるんだろうね」
「さあ。もしかして一生このままだったりして。……まあ、不気味なだけで実害はないからいいんだけどね」
 慣れとは恐ろしいものである。もう一回、烏丸に会って問題がこじれるくらいなら現状維持の方がマシだと考え始めている俺がいる。
「もう一度、烏丸さんに会ってみない?」
 なのに氷華梨から劇薬となる提案。
「お断りだ」
「やっぱり、怖い?」
「ああ。臆病でごめん」
「しょうがないよ。でも、私のわがままを言わせて。翔馬はもう一度、烏丸さんに会うべきだと思う」
「……どうして?」
「私は、翔馬が逃げる姿を見たくないから。私にとって翔馬はヒーローで、憧れの人で……。だから、私はそんな人が臆病風に吹かれてる姿なんて見たくない」
 氷華梨の強すぎる言葉に、俺の目がくらみそうだった。
 彼女は俺にとって、それこそ太陽みたいな人だ。
 太陽だから、近づきすぎるのには覚悟がいる。
 ギリシャ神話のイカロスの話ではないが、太陽に近づきすぎて蝋の翼が解け落ちたなら地上に向かって真っ逆さま。
 俺は、それが怖い。
 怖い、けど。
 流石にここは強がるべきだろうな。
 いくら俺がヘタレでも、さすがにここで退いたらマズイ気がする。
 烏丸に会うとしたら、やっぱり生徒会室だろうか。
 そこには当然、七星もいる可能性も高い。
 俺は七星の前でどんな顔をすればいいのかわからない。
 それに加えて、生徒会長の創木素子の魔法の中身は未知数のまま。
 リスクの目白押し。
 下手をしたら事態がもっとこじれる可能性もある。
 考えれば考えるほど、不安は膨らんでくる。
 そんな俺を見透かすようにもう一人の俺は言ってくる。
「お前ごときが問題を解決できるわけないだろう? 図に乗るなよ、グズが」
 陰惨なせせら笑い。
 だけど、彼の言葉は依然と比べて力がこもっていない。
 もしかして、弱ってる?
 あれ、これって立場を逆転させるチャンスかもしれない。
 ああ。だったら烏丸に会いにいってやろうじゃないか。
 とはいえ、その前に。
「氷華梨、ちょっと起立してくださいませ!」
 と俺は声を張った。
「え、うん。こう?」
 俺の頼みを聞いて、立ち上がる氷華梨。
 俺は席を離れて氷華梨の方へと近づいていく。
 そして、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「しょ、翔馬?」
 突然の事態に彼女は一瞬慌てていた。
 が、すぐに全身の力を抜いて俺を受け入れてくれた。
「ありがとう。俺、怖いけど、烏丸に会ってくるよ」
 氷華梨のぬくもりが、自分の闇を解かしてくれる気がした。
 こんなの俺の自分勝手かもしれない。
 でも、氷華梨は静かに俺の自分勝手を受け入れてくれる。
「もう一人の自分に出会うなんて、やっぱり怖いよね。でも、大丈夫。もう一人の自分であっても、それは自分だから。話せばわかってくれるよ」
「ずいぶんと達観してるなあ。でもさ、自室や風呂だけじゃなく、夢の中にまでもう一人の自分が現れるんじゃ、気が休まる時がないぜ?」
「本当にどこまでも一緒だね」
「トラウマものだよ、まったく。というわけで、さっさと烏丸にあって可能なら魔法を解除してもらってくるさ」
 怖いのは七星だけど、虎穴にいらずんば虎児を得ずだ。
 まあ、命まではとられないだろう。
 こういうのは考えるよりも勢いの方が大切だ。
 また臆病風に吹かれる前に烏丸にあってやろうじゃないか。

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