アルカナ・ナラティブ/第19話/06

 ドドドドド……。
 とかいう擬音が生徒会室の扉から見える気がした。しかし幻覚なのは言わずもがな。
 氷華梨は教室においてきた。
 彼女は一緒についてくると言っていたが、お断りを入れておいた。
 これは俺の問題だ。彼女を巻き込むなんて格好悪くてスッキリと冬休みに入れないぜ。
 一人で生徒会室に乗り込むのはためらいが大きい。
 ぶっちゃけ怖い。怖いけど、氷華梨が味方でいてくれるなら怖いはずがない!
「邪魔するぜ!」
 今回はノックもなしにぶしつけに入っていく。
 失礼なのは承知の上。でも、イニシアチブを取るのに礼儀なんて気にしてられっか!
 思い立ったが吉日マインドは、人の性格も変えるらしい。
 いける。
 今の勢いなら【戦車】のアルカナ使いとかになれる気がする!
 ……いや、それはさすがに無理か。
 俺、槍先先輩みたいに硬派なキャラじゃないし。
 室内に突貫された生徒会役員たちは、ぽかーんとしていた。
「何の用だ、瀬田翔馬?」
 こちらに噛みついてきたのは七星だった。
 彼だけでなく、他の生徒会メンバーも勢揃い。
 この中で味方になってくれそうなのは【月】のアルカナ使いの笹倉先輩くらいだ。けど、彼女の場合、味方というかむしろヤンデレだからなあ。
「まさか翔馬様、私をクリスマスのデートに誘いに来てくださったのですか!?」
 笹倉先輩は相変わらず俺の熱狂的なファンでいてくださる。
「いや、クリスマスは多分バイトで忙しいから」
 忘れがちだが、一応、俺、ご近所の個人経営の喫茶店でバイトしてます。氷華梨と交際するにもある程度のマネーは必要ですから。
「ぐぬぬ、ならば私は翔馬様がお勤めのバイト先に乗り込みましょう! さあ、どこでバイトをしているのかお教えください! さあ、さあ、さあ!」
 ……。
 先ほど、生徒会室に乗り込むのは怖くないと言ったな?
 あれは嘘だ。
 普通に笹倉先輩の暴走が怖いよ。
「笹倉先輩、どうしてこんな奴に好意を持つんだ? 不愉快だ!」
 笹倉先輩のテンションに、当然不愉快そうな七星。
 七星の敵である俺に味方するなら、笹倉先輩は七星にとって敵というわけであろう。
 人間関係が複雑化してきたな。
「あなたに翔馬様の魅力を説いても無駄でしょうね。ああ、どうして私の愛は前途多難なのでしょうか」
 よよよ、とその場にへたり込む笹倉先輩。
「前途が多難というか、そもそも無理ゲーだと理解してほしいわけだが?」
「いえ、愛の力は偉大です! 諦めなければどんな夢だって叶うって私、信じてます!」
 うわー、俺ってば愛されてる~。
 以前、夢の中で笹倉先輩に告白されたときに、俺、ちゃんとお断りしたよね?
 笹倉先輩の記憶力は揮発性なの? 男の失恋は別名保存だけど女の失恋は上書き保存、って言葉は嘘だったの?
「もういい、うるさい! 笹倉先輩は部屋から出てってくれ!」
 七星の絶叫。
「いいえ、却下です。この前は翔馬様の意志を尊重して黙っていましたが、翔馬様に土下座までしていただいたのに、それを邪険に扱う七星は許せません。ええ、許せませんとも! むしろ夢の世界で断罪執行するしかありません!」
 もうこれ、愛の力っていうかただの狂信だよ。
 さすがは【月】のアルカナが『妄想』や『妄念』も意味しているだけのことはある。
 ……ってことにしておこう。
「もういい加減にして!」
 そこまで来て怒鳴り声を上げたのは烏丸だった。
 彼女の瞳が、メガネの奥で刃のごとき鋭い光を放っていた。
「まず確認したいのだけど、瀬田は何の用事があってここに来たの?」
 話を軌道修正すべく問いただしてくる。
「あんたが俺にかけた魔法【スカーサハ】の解除をお願いしにきた。さらに言えば、七星には再度、天野先輩への魔法の行使をお願いしたい!」
 もうびくびくしながら喋ってもしょうがないだろう。俺は堂々と声を張った。
「貴様、この期に及んでいけしゃあしゃあと!」
 七星の憤怒。
 また土下座でも抜刀して見せるか?
 いいぜ。いくらでも頭を踏まれても俺は耐えてみせる。
 今日の俺は意識の高いドMアルカナ使いである。
 そんなことで、俺は数日ぶりに生徒会室の床に膝をつく。
「しょ、翔馬様! おやめください! もしもあなたが土下座したなら七星が図に乗ります。その瞬間、私は七星を殺します」
 剣呑な目で言う笹倉先輩の手には、机の上にあったはずの作業用カッターナイフ。
 ヤンデレ怖い。
 まさか刃傷沙汰をこの場で起こすわけにはいかないで、俺は大慌てで立ち上がる。
 状況が楽しいくらいに混沌としてきた。
「やれやれ、しかたありませんね」
 と――小さな、しかし、良く通る声が聞こえてきた。
 創木素子の声だった。
 創木素子は表情一つ変えずに、笹倉先輩と七星の顔をそれぞれ一瞥。
 そして――。
「七星君は確か放課後に家に直帰すべき用事があったはずです。笹倉先輩は図書館で冬休みの宿題をやる予定があったはず。違いますか?」
 創木はそれぞれ二人に聞くが、俺は違和感を覚えずにはいられない。
 だって、そもそも二人にそんな用事があるならどうして生徒会室にいたのだろう。
 なのに、俺の疑問などお構いなしに七星と笹倉先輩は、
「そ、そうだった。悔しいが僕はどうしても早く家に帰らなければならないんだ! ……あれ、でもどうしてだったか。……まあいい! とにかく僕は失礼する!」
「ああ翔馬様、口惜しいですが今日は失礼します。私は冬休みの宿題を早めに終わらせたいのです。でも……どうして私はそんなに焦る必要があるのかしら?」
 それぞれ大慌てで荷物をまとめて退室していった。
 もしかして……これが創木の【世界】のアルカナ使いとしての魔法?
「おい、創木。あんた一体、あの二人に何をした?」
 俺は最大限の警戒をしながら、創木に聞いた。
 氷華梨には悪いが、最悪の場合、即座に生徒会室から逃げ出す必要があるかもしれない。
 なのに創木は再び黙り込む。
 しかたないので、残った烏丸に、
「一体、創木の魔法は何なんだ? 笹倉先輩と七星に何をした?」
「さあ、私にはわからないわ」
「え?」
「私はおろか、生徒会役員の他のメンバーも知らない。彼女は多分、誰も自分の魔法について教えていないわ」
 烏丸の言葉に、創木の方は目を閉じて知らぬ存ぜぬという態度。
「さっき、笹倉先輩と七星を退室させたのは……創木の魔法なのか?」
 俺は聞いてみるが、やっぱり創木は沈黙で答えるのみ。
「どれだけ聞いても無駄でしょうね。そもそもアルカナ使いの魔法って、あまり他人につつかれたくないものなのでしょう?」
 烏丸に言われて俺は食い下がるしかない。
 確かに、誰もが好きでアルカナ使いになったわけではないのだ。それを俺自身の保身のためだけに問いただすのは間違っている。
「そうだよな。なら、過去話なんていらないから、要求を端的に告げよう。烏丸、俺はお前の魔法【スカーサハ】を解除してほしい」
「でしょうね。でも無理よ」
「どうして?」
「だって私、自分の魔法の解除方法知らないもの」
「はあ?」
「滑稽に聞こえるかもしれないけど、相手に毒を盛ることはできても、解毒する方法は知らないの」
「じゃ、じゃあ、俺はずっともう一人の自分と一緒にいろ、と?」
「そういうことね。瀬田はそうやって、ずっと苦しんでいるといいわ。それでなくては浄夜の憎しみは癒えやしない。もっとも、それぐらいで彼の憎しみが消えるなら安いものだけど……無理でしょうね」
「あんた、七星のために俺に魔法をかけたのか?」
「悪い?」
「どうしてそこまでする必要がある? というか、あんたにとって七星ってどんな存在?」
 どうにも烏丸の人柄というかプロフィールがつかめない。
「私と浄夜は幼馴染よ」
「本当にそれだけ?」
「あら、もしかして私たちが幼馴染カップルだとか勘違いしているのかしら?」
「下衆の勘繰りだったらすまない」
「告白してしまうと、私の想いは一方通行よ。彼は私に恋心なんてもっていないでしょうね」
「ということは、烏丸は七星のことが……?」
「好きよ。この世界の誰よりも大好き。でも、あなたが起こした事件のせいで彼は変わってしまった」
 烏丸は俺を睨み付けてくる。
 そして続ける。
「元々、浄夜は明るくて、誰にでも分け隔てなく接する性格だった。でも、あなたが起こした事件のせいで父親を亡くしてからすっかり人が変わってしまった。常に他人を疑い、距離を取り、相手の影ばかりを見るような、そんな人間に変わってしまった」
「すまない……」
「は! 私に謝って何になるの!? そんなのあなたの気がちょっと休まるだけでしょ?」
「そうだな。でも、すまない……」
 もう、謝るしかない。
「うるさい! あなたに私の……私たちの苦しみがわかるものか! あなたが起こした事件のせいで私たちはアルカナ使いとしてワケのわからない能力を手に入れてしまった! 本当に命を助けたい人がいないのに『誰かの病気や怪我を治す』魔法を手に入れてしまった浄夜の気持ちがわかる!? 元の明るい浄夜に戻ってほしい私が『相手の影を炙り出す』魔法を手に入れてしまった! もううんざりよ!」
「すまない……。本当にすまない」
 俺は全力で謝罪する。
 俺がアルカナ使いのシステム構築と無関係だとしても、こんな不幸を生み出したのは俺のせいだ。
「私は、ただ浄夜に笑って高校生活を過ごしてほしかった! 今みたいな陰惨で人を馬鹿にしたようなのじゃなく、太陽みたいに朗らかで、周りの人たちを元気づけるみたいな、そんなもとの優しい浄夜の笑顔が見たいの!」
 一通り叫び終えると、烏丸は充電の切れた電子機器みたいに黙り込んでしまった。
 烏丸に会いにこれば、俺も傷つくことになるのは覚悟していた。
 でも、やっぱり辛い。
「瀬田翔馬。今日はお帰り下さい」
 淡々と口を開くのは創木。
「でも……!」
「今のあなたに烏丸さんの悲しみを癒せますか?」
「それは……」
 反論できるわけもない俺。
「ごめんなさい」
 なぜか創木が謝ってくる。
「どうしてあんたが頭を下げるんだよ」
「アルカナ使いというシステムをつくったのは私の父だから。私の父は、過去の後悔から奇跡という力にすがりました。それがアルカナ使いなのです」
「それは一体……?」
「言えません。それを私が言っていいのか、私はわからないのです」
「なら質問を変えよう。創木の魔法の正体は? さっき七星と笹倉先輩が退室したのは魔法の力か?」
「ええ。魔法の力です。しかし、魔法の中身は言いたくありません」
「どうして?」
「私の魔法は、多分、アルカナ使いの中で最強です。もしもあなたが私の魔法の正体を知って、悪用しようと考えないとどうして言えます?」
「元詐欺師は……さすがに信頼できないか」
「はい。それにしても……詐欺師、ですか。そうですね。今まで保留にしていましたが私はそれを魔法の名前に使いましょう。【世界】のアルカナ使いである私の魔法の名は詐欺師――【カーナーティスト】と名付けましょう」
「嫌な名前をつけるもんだな。俺への当てつけか?」
「かもしれません。ねえ、瀬田翔馬。人は人を助けるためには嘘をついてもいいと思いますか?」
「それは……わからない」
「そうですか。私もわかりません。人は真実という悪夢と向き合うべきなのか、それとも嘘という優しい世界で生きるべきか。未だ、結論は出ません」
「そっか。いつか答えが出るといいな」
「それはお互い様です。では瀬田翔馬、回れ右して退室してください。あなたには周防氷華梨という恋人がいるのでしょう?」
「そうだけど……氷華梨がどうした?」
「彼女はとても強い人です。だって、あなたのために苦難の道を選んだのだから。だから、絶対に幸せにしてあげなさい」
 意味深に言ってのける創木は、しかしそれを最後に再び沈黙した。

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする