アルカナ・ナラティブ/第20話/01

 十二月二十四日。すなわちクリスマス・イブといえば、リア充たちの愛の熱と非リアたちの嫉妬の炎が雪をとかす一日である。
 本来はキリスト教に由来する一日であるがあいにくと俺はキリシタンでもなければ、そもそも宗教とか信じてないので厳かな気分にはなれない。
 あ、ちなみに信じてないのは神様ではなく宗教ですよ? 神様の方は稀にミラクルな展開が起きたり巻き込まれたりなので、人智を超えた何かはいるかもしれないと思うこともなくはないです、はい。一方で宗教はしょせんカリスマたちの金稼ぎシステムですゆえ、お近づきにはなりたくない次第であります。
 さて、そんな一日に俺は何をしているかと言えば、【審判】のアルカナ使い七星浄夜の家を訪ねていた。
 彼の家は古ぼけたアパートの一室だった。俺が起こした事件のせいで、父親を失った彼の家族はこのような場所に引っ越すことになったと考えるべきだろう。
 ちなみに、七星の家の場所の情報は笹倉先輩からいただいた。
 七星に謝りたいという事情を正直に話したらペロッと彼の個人情報を開示してくれた。
 笹倉先輩からすると生徒会役員仲間である七星の個人情報よりも、俺の願いを叶えることが優先されるらしい。まさに狂信的な立ち振る舞いであるが、俺としてはありがたい。
 七星家の呼び鈴を鳴らしてみる。
「はい……なんでしょう?」
 玄関扉が開かれると、そこから現れたのは痩せこけた中年女性。
 その女性は俺を見るなり、目を吊り上げる。
「あんたは……。一体、何の用?」
 彼女――七星浄夜の母親は憤怒に満ちた眼差しで俺を睨みつける。
 そりゃそうだ。彼女にとっては俺は夫の仇なのだから。
 心が折れそうになるも、ここで逃げかえっては意味がない。
「あなたの御子息、浄夜君に用があるのですが、今お見えでしょうか?」
 なるべく無難な言葉を選びつつ聞いてみた。
「いません! 帰って頂戴!」
 そう言って、浄夜の母や玄関扉を乱暴に閉めた。
 ……まあ、そうなるわな。
 はい、本日の予定は終了です。
 いや、もっと粘れよと言われれば否定はできない。
 何しろ、今回の件は天野先輩の病気の治療がかかっているのだ。
 俺が諦めたら、天野先輩の命はそこまでなのだ。
 だがしかし。
 おそらく今日は本当にこの家には七星浄夜はいないだろう。
 玄関を見たところ、置いてあった靴は女性ものと思わしきスニーカーが一足しかなかった。
 浄夜のものらしく靴がない以上は、彼はお出かけ中の可能性が高い。
 さて、どうしたものか。
 彼が家に帰ってくるのを待つべきか。
 寒空の下、彼を待っているのは骨が折れるがそれが一番確実である以上は仕方ないのか。
 寒空の下で、ただ一人。
 罪人にはぴったりだなと思った。
 空には今にも雪を降らしそうな鈍色の雲。
 俺には氷華梨がいて、彼女だけじゃなくたくさんの仲間たちができた。
 なのに、今日だけは、いまだけは、とても一人だ。
 ぼーっと何をするでもなく七星浄夜を待ち続けるのは、虚無的な作業である。同時に、膨大なまでの恐怖に襲われる時間でもある。
 もしも……。
 もしも彼に会うことができたら、俺は何と言えばいいのだろう。
 もちろん、最終的には天野先輩を助けてくれと伝えるつもりではいる。
 でも、俺にそんな身勝手は許されるのだろうか。
 七星の怒りは、憎しみは、悲しみはどのように処理すればいいというのか。
 答えはでない。
 考えれば考えるほど、ここに来る前に固めてきたはずの決意が揺らぐ。
 もしかしたら、俺は七星に会わない方がいいのではないだろうか。
 七星に会いたくない。怖いから。
 七星に会わなくてはならない。天野先輩を助けたいから。
 そうやってぐるぐると思考を堂々めぐりさせて、気づいたらもう夕方だった。
 七星は現れない。
 自分の体が冷たく凍えていくのを自覚する。
 これ以上、寒空の下で突っ立っていたら凍死するな。
 空を見上げる。
 ちらちらと細かい雪の破片が舞っていた。
 曇天の夕刻。
 暮れゆく世界は、死への欲動にも似た蠱惑的な魔力を湛えていた。
 寒い。
 でも、俺には助けたい人がいる。
 寒い。
 でも、俺にはやらなければいけないことがある。
 寒い。
 でも、俺ごときにそんなことで諦める権利はない。
 寒い。
 さむい。
 ねむい。
 俺の意識はやがて真っ白な、それでいて真っ黒な世界に引きずられていく。
 ずるずると。
 重力に逆らえない無様な虫ケラみたいに。

   ◆

 多分、夢を見ていた。
 世界は白くて、その白は純白で潔白で、黒い人生を歩んできた俺には羨ましくて、妬ましくて、きっと自分とは永遠に関係のない色合いだから果てしなく疎ましい。
 白い世界の果てには、何もなかった。
 お花畑があるわけでもないし、三途の川が流れているわけでもない。
 ただただ、何もない。
 救いようがないくらいに空っぽで、不気味で、自分にお似合いで、諦めがついた。
 あー、これはあれだ。
 寒空の下で七星を馬鹿みたいに待っていたから、いよいよ凍えて意識を失うとかしたな。
 平たく言うと凍死寸前なのだろう。
 まさか、投資詐欺に手を染めていた人間の最期が凍死になろうとは、こりゃあトンチが効いてるぜ!
(笑)
 ……って笑えねえ!
 いやいや、ここで死んじゃったら本末転倒もいいところですからね?
 ミイラ取りがミイラになるってレベルの話じゃねえよ。
 だったら何に例えればいいのかは寡聞にして知らないが、少なくても比翼にして連理な恋人がいるわけで、いやだ、死にたくない、死にたくない!
 夢の中で取り乱してみるが、それのなんとまあ空しいこと。
 じたばたしてもしょうがないし、そもそも誰もしないし。
 帰りたい、帰りたい、あったかハウスが……と言い切るのは難しいけど、まあ、ここで事切れたら叔父叔母夫婦にいらん迷惑というか、しょうもない事後処理をしてもらうことになる。
 あと、氷華梨に会いたいです。
 そうだよね、さすがに氷華梨を残して死ねないよね。

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