アルカナ・ナラティブ/第20話/02

 真っ白い世界かーらーの、覚醒!
 いやはや、関係者各位には多大なご迷惑をおかけしました。
 関係者各位ってのは誰だって問題にはなりますが、そのうちの一人は俺の眼前に泣き崩れそうになっている氷華梨でございます。
 ……。
 はい、どういう経緯かは知りませんが、俺の眼前には氷華梨がいます。
「翔馬! よかった! 翔馬!」
 俺と氷華梨の目が合う。
 氷華梨の涙腺がいよいよ決壊した。
 彼女は横たわる俺に抱きついてきて、盛大に泣きじゃくる。
 俺はどうしていいのかわからない。
 けど、無意識からの行動で彼女の頭をなでていた。
「よくわからんけど、すまない。本当にすまない」
 女の子を泣かした以上、当然に男が悪い……と断じるのは女尊男卑が過ぎるかなあ、とか思いつつ、やっぱり俺に正当性があるとは思えないので瀬田翔馬は周防氷華梨を黙って抱きとめるしかないのであった。
「やっとお目覚めかね?」
 俺の耳に大人びた女性の声が聞こえてきた。
 声の方に首を向けるとヒノエ先輩が眉間にシワを寄せた状態でこちらを見ていた。
「えー、あー、なんだ、すまない先輩。この状況を簡単に説明してくれ」
 一応聞いてみる。
「この状況を説明すると、つまり翔馬君はベッドに横たわっていて、氷華梨君が泣いていて、私は酷くご立腹だ」
 なるほど、わからん。
 そもそもヒノエ先輩に説明なんて求めちゃダメですよね。この人の説明能力が海抜より低いことを失念していた。
 まあ、なんだ。ヒノエ先輩の説明能力がないのは今いる世界が夢の中とか冥府でない証拠……な気がする。
 さすがに現世以外にヒノエ先輩みたいな超高校級の説明ベタがいても困るしね。……いや、現世でもヒノエ先輩の説明ベタは困るけど。
「本当のところは最初から事情を説明してほしかったわけだけど……さすがに無理だよな」
 人には出来ることと出来ないことがある。
 魚は鳥みたいに空を飛べないけれど、鳥は魚みたいに海の中を泳げない。みんな違ってみんな良い。
 うん、いいまとめである。
 昨今のネット上に粗悪乱造されるまとめサイトよりは素晴らしいまとめ力である。
「最初からの説明をご所望かね。ならば、まず、今年の四月に私が君たちと出会ったところから始めるべきだろうか」
 ヒノエ先輩が厳粛の面持ちで言いだす。
「いや先輩、それは戻りすぎだから。っていうか、四月からは話を始めて今日まで延々と話すつもりかよ」
 一般人の記憶容量ではそんな長い期間の思い出を事細かに記憶できないだろう。しかし、ヒノエ先輩のアルカナ使いとしての魔法は『一切の記憶を忘れないこと』である。実際に数か月分の思い出を語り出しそうで怖い。まんじゅうよりも怖い。
「最後かもしれないだろう? だから、全部話しておきたいのだ」
 とか何とかヒノエ先輩が言いだすが無視しよう。別にここザナルカンド遺跡とかじゃないから。この後マイヒロインたる氷華梨が究極召喚を求めて遺跡の深奥とかに行ったりしないから。
「翔馬が道端で倒れているところを偶然通りかかった人が見つけて救急車で運ばれたらしいんだけど……何があって翔馬は道で倒れてたの?」
 氷華梨の問いかけ。
 七星を待っていたら、寒さで倒れたとは言い出しにくい。しかし、嘘を言ってもしょうがないので正直に話した。
「……うん、なるほど。翔馬は……馬鹿だね」
 氷華梨は言うが、その顔はとても悲しそうだった。
 ああ、わかってる。
 だから、そんな顔しないでくれ。
「もうちょっと賢く生きたいものだよ」
 俺、自分は頭が悪くない部類の人間だと思ってたんだけどなあ。
 自分の認識と世間の認識は違うものである。
 氷華梨が未だにご機嫌を損ねた状態なのがいたたまれない。
 俺は誤魔化しの意味も込めて、ヒノエ先輩に話を振ることにした。
「ところでどうしてヒノエ先輩まで俺の見舞いに?」
 氷華梨が俺を心配してここに来るのは分かる。
 ゆうても俺ら恋人同士ですし。
 でも、単なる部活の先輩であるヒノエ先輩までもが駆けつけてくる理由ってなんぞや。
「私は元々この病院にいたのだよ」
「はい?」
 首をかしげる俺。
「実はこの病院に篝火が入院していてね。私はあいつのお見舞いに来ていたのだ」
 ヒノエ先輩は曇った表情で話してくれた。
 深刻そうな態度からして天野先輩の容体が気がかりだ。
「天野先輩、調子悪いの?」
 聞いてみた。
 ヒノエ先輩は答えない。
 そんな中で病室の扉を開く音が聞こえた。
「グッド・イブニング! 翔馬いる~?」
 底抜けに明るい声だった。
 声には聞き覚えがある。
「もしかして……天野先輩?」
「おう、それがしは天野篝火! 宵越しの召喚石を持たないことで最近話題の粋でいなせな江戸っ子だい!」
 とかなんとか。意味不明な口上からして確かに天野先輩である。
 っていうか召喚石ってなんだ? この人はソシャゲーでも始めたのであろうか。
「ダウト。天野先輩は江戸っ子ではありません」
 一応、氷華梨から嘘の指摘。
 まあ、ここまでテンプレってことでツッコミはやめておこう。話が冗長になるのはよくないことだ。
「んで、翔馬は何で病院に運び込まれたの? お兄さんに言ってごらん? ちなみに君どこ住み? ラインやってる?」
 何か最後の方はおふざけとしか思えない質問が付随しているが無視しよう。
 というかここに運び込まれた理由を聞くなら、氷華梨たちに話した時に一度にすませたかった。
 かくかくしかじかの事情を俺は再説明。
 天野先輩はうむ、と頷く。
「なるほどなあ。つまり翔馬は意外とおバカさんだった、と?」
「それ、氷華梨にも言われた」
「マジで!? ネタかぶりとは悔しいが、しかし翔馬の恋人と同じ感性であるということは俺の人間観察力も中々のものという証拠! こりゃあ自分の成長が誇らしいですわい」
「ああそうかい」
 ツッコミを入れるのが面倒な日ってあるよね。そもそも俺は病院で介抱されている身だからツッコミという労苦を免除されてもいいと思うんだ。
 まあ、だからといって氷華梨やヒノエ先輩が代わりにツッコミ役をできるとは思えんが。
「ところで天野先輩は俺がここにかつぎ込まれる前から入院中だと聞いたが……何だ、その……」
 彼の体調を聞きたいだけなのに、言葉がつっかえてしまう。
 だってそうだろう?
 もしもここで天野先輩とヒノエ先輩が言葉を詰まらせたら、それこそ何と返せばいいのか分からない。
 いやだったら、そもそも彼が入院している理由すら聞くべきではなかったと後悔する。
 中途半端なところで言葉を切ったがために、余計に気まずい空気になってしまった。
「前々から思ってたけど、翔馬って頭がいいけどバカだよな」
 天野先輩は言ってくる。
「否定しづらい……というか否定できないことを言うのはやめていただきたい」
 苦り切った顔で返すしかない俺。
 ついでに肩をすくめておく。
 どうでもいいけど、俺の人生って肩すくめ過ぎですねよ。そのうちハリウッド映画のオファーとか来るんじゃないかと内心でビクビクしている次第です。
「まあ、お前が頭がいいって部分も俺の心からの見立てだけどね」
 天野先輩からのフォロー。
「しかしだね、篝火。いくら翔馬君が頭が良くても最終的に氷華梨君には勝てなさそうなのはどうしてだろう」
 ヒノエ先輩による俺へのクリティカルヒット。
「酷い! でもやっぱり否定できない!」
 いくら俺が学業成績で優れていようと、テレビでクイズ番組を見ていて素早く答えられても、そんなもの氷華梨の前では何の意味もなさない。
 うちのカノジョはアルカナ使い中にて最強、覚えておけ。
「えっと、みんなして私のことを何だと思ってるの?」
 ラブリーマイエンジェルの氷華梨が、ものごっそい笑顔で俺たちに聞いてくる。
 その笑顔の迫力たるや、エンジェルはエンジェルでも告死天使みたいなオーラである。参りましたな、もしかして俺、今人生の中で一番に晩鐘の音が鳴り響いちゃってます?
 お許しを! どうかアズライールだけはお許しを!
 いや、俺の場合は未だガラケーですゆえに動画サイトで某スマホゲームのエフェクト見ただけですけどね。
「一言で言うと、氷華梨は俺の最愛の人です」
 この場を収めるべく俺は言った。
 多少気恥ずかしい部分もありつつ、しかし嘘でないので臆するところはなにもない。
 まあ、嘘じゃないから余計に気恥ずかしいってはあるけどネ!
「う、うん。私も翔馬のこと大好きだよ! だから……あんまり無茶しないでね!」
 みるみるうちに顔が赤くなっていく氷華梨。
 ここまでチョロいと、今後変な詐欺師とかに騙されないか不安でならない。……と思ったけど、その変な詐欺師って俺のことですね、いやはや。だったら俺がこの先、俺が氷華梨を身命を賭して守り通せばいい話か。
 なるほど、つまり俺は氷華梨よりも長生きする必要がある、と。ってことはこんなところで死ねないわけですね。覚えました。
「あー、何かこう、御馳走様です。お熱いのはいいことです。じゃあヒノエさんや、ワシら年長者は退出して後は若い人たち二人に好きにしてもらいましょうか」
 と天野先輩はわざとらしくしわがれた声を出しつつ、存在しない顎髭をなでていた。
「ええ、まったくですじゃ篝火爺さん。あまりの熱さに本日はバーニングクリスマスですじゃ」
 ヒノエ先輩も年老いた様子である。
 あれ、もしかして俺らが空気読まずにいちゃついている感じになってますか?
 しかし、確認しておきたいのはこの二人も男女交際をしている仲であるという点だ。
 しかるに彼らもまたリア充であり、俺たちだけが悪いわけじゃねえデスヨ。
 かくして二人は部屋を去っていく。
 この病室は他に患者がいないため、俺と氷華梨が残された。
「結局、あの二人のペースにハマってしまったな」
 俺は苦笑交じりに言った。
「そうだね。まあ、天野先輩が正面切って本音を言う人には思えないけど」
「だよなあ。あの人の健康状態だけはパッと見ではわからない」
「翔馬より隠し事が上手だよね、天野先輩」
「元詐欺師よりも隠し事が上手いって相当に問題だと思うけどな」
 だからこそ、俺はあの人にヒノエ先輩がいて本当によかったと思う。
 ヒノエ先輩の能力的なスペックを述べると、ハッキリ言ってポンコツである。これは彼女を馬鹿にして言っているのではない。客観的に見てポンコツなのである。
 一方で天野先輩の能力は、身体的なモノは健康上の問題があるからしょうがないとして、頭の良さとか情報処理能力とかは卓抜していると言っていい。
 ポンコツと天才。
 ある意味で凸凹コンビではあるが、だからこそバランスが取れているとも言える。
 ヒノエ先輩は俺がどんなに頭が良くても氷華梨に勝てないと評した。けれど、俺から言わせればそれは天野先輩とヒノエ先輩のペアにも同じことが言える。
 というか、俺たち以上である。
 いくら天野先輩が賢くても、いくらヒノエ先輩がポンコツでも、天野先輩はヒノエ先輩には勝てるわけがない。
 だって、素直に態度に出していないけれどヒノエ先輩は天野先輩のことが大好きなのだから。
『惚れた弱み』という言葉を引き合いに出して照らし合わせるならば、天野先輩がヒノエ先輩にベタ惚れだから勝てないというロジックになる。
 でも逆だ。
 真実を言えば、天野先輩は『惚れられた弱み』でヒノエ先輩に勝てないのだ。
 だって、愛される者より愛する者の方が強いのだから。
 綺麗事かもしれないし、手垢のついた言い回しかもしれない。
 でも、愛は強いと思う。
 少なくとも『いつ死んでもいいや』と思っていた俺が『氷華梨のために生きてみたい』と思うくらいには。
 だから、ヒノエ先輩が天野先輩を案じ、共に歩きたいと思う限り、天野先輩はヒノエ先輩には勝てない。
 とか考えてみると、俺が氷華梨に勝つ方法を見つけた気がする。
 要するに、氷華梨が俺を想う以上に、俺が氷華梨を想えばいいだけだ。
 ……言うは易し、行うは難しってカンジではあるけど。

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする