アルカナ・ナラティブ/第20話/03

 結局、俺の退院は十二月二十六日ということになった。
 つまり、クリスマス本番は病院で過ごすわけです。
 あらら、クリスマスといったら恋人たちがクッソ甘い時間を過ごす日だと思っていた。
 ついでに言えば、食事はターキーとかケーキとか高カロリーな仕様であるはず!
 しかし、俺の目の前に鎮座しているのは塩分の控えめなミソスープやホウレンソウのおひたしなどの病院食。
 圧倒的! 圧倒的に健康的なメニュー。
 逆に言えば、健康的なメニューを食べなければいけないほどに今の俺は不健康なのかとも考えこんでしまう。
 不健康な生活ができるのは健康な体の賜物というわけか。
 よかろう。この身体を酷使した報いを病院食を馳走になるという形で返済しよう。
 とかなんとか、この朝ごはんを作ってくれた人たちに対してある意味で失礼なことを考えつつ俺は朝食をいただく。
 育ち盛りの高校生男子には物足りない気もするけれど、まあ、一日くらいはこれで我慢しましょうぞ。
 しかし……。
 個人的には食事のメニューがヘルシーなことよりも、病室に俺一人なことの方が気になる。
 別にここは個室ではないのだが、単純に患者が少ない関係で俺一人なのである。
 突然の入院で本などの嗜好品を所持しているわけでもないのでヒマである。
 テレビも見れないではないが、それ専用の有料カードが必要らしい。別にテレビっ子ではない俺としては金を払ってまで観たいとは思わない。
 氷華梨と何てことないことをメールして過ごす。それはそれで幸せなことなので、まあ、問題はないが、室内の沈黙だけは耐えがたい。
 そんな感じにまったりとした時間を過ごしていた時だった。
 がらがら、と病室の扉が開く音がした。
 看護師の人が何かの用かと思ったが、全然違った。
 訪れた人物はナースキャップではなく、サンタクロースが被っている赤い帽子を着用していた。
 ご丁寧に真っ赤なサンタの衣装まで着こんでいる。
 唐突なエンカウントにうっかりナースコールというかエマージェンシーコールを押しかけた。
「何やってるんだよ、天野先輩」
 そう、天野先輩である。
 この人はこの人で退屈な入院生活を過ごしているのだろうか。
「ふぉふぉふぉ、翔馬君。今日の私は天野篝火ではなくフィンランドから来たサンタクロースだよ」
「あ、ハイ、そうですか」
 天野先輩改め不審者は楽しそうだが、俺は生返事である。
「すいませんサンタさん。俺は別に良い子ではないのでプレゼントとかはいいです」
「ふぉふぉふぉ、そんなことはないよ翔馬君。君はいい子だよ」
「例えばどこら辺が?」
「ワシよりは健康状態がいい子だ」
 サンタさんは華麗に重たいネタをぶっ込んできた。そこまでしれっとやられると、逆に清々しいよ。
「そうだな。おかげで病院食もあっさり平らげることができたよ」
「それは良かった。ワシはもうあのあっさり味に飽きたよ。病院食は悪い文明」
 このサンタさん、病人を名乗っているのにグルメである。
「んで、本当に何の用だ? もしかしてこれ、不幸話をしたら豪華プレゼントが当たるシステム?」
 一応問うておく。
「いやいや、そんな明石家師匠的なノリはいらんよ。ワシは無償でよい子にプレゼントを配っておるのじゃ。ほれ、これじゃ」
 とか言って、サンタさんは俺に掌ほどの大きさのプレゼントを渡してきた。 
 それは一羽の折り鶴だった。
 ただし、何故か折り鶴から足が生えていた。
 ……うん、率直に言ってキモいです。
「サンタさん、これは……」
 素直に喜べるだけの幼心を持ち合わせない俺は、万感の思いとかそういうのとはまた別の感情から言葉を詰まらせた。
「ふぉふぉふぉ、どうじゃ、ワシが世界平和への願いを込めて作った鶴じゃぞ」
「いや、これ世界平和を願う前に、自分のメンタリティの平和を願うべきじゃね?」
「うーむ、翔馬君はこれでは満足できんかね? だったら、これはどうかね?」
 と言って、サンタさんは袋から更に品物を取り出す。
 それはやっぱり折り鶴なのだが、今度は足だけでなく手まで生えている。
「ここまで器用だと逆にすげえよ。せっかくだから、もっと研究して幾何学の論文でも書けば?」
 顔を引きつかせながら俺は言う。
「ふぉふぉふぉ、喜んでもらえたようでなによりじゃ」
「いや、別に喜んでないし」
「うむ、ツンデレというやつじゃな」
「違う、そうじゃない。今のどこにデレ要素があった? 先輩がまず行くべきは眼科だ」
 このサンタさんのポジティブさには何を言っても無意味と判断するしかない。
「ところで翔馬君はいつ退院するんだい?」
「明日」
「だったら今日はまだこの病院にいると」
「まあそうなるな」
「だったら昼過ぎから、この部屋でお互いの恋人を呼んでささやかなパーティでもしよう。スナック菓子でも持ち込んで」
「構わんよ。んじゃ、俺と天野先輩と、氷華梨とヒノエ先輩の四人?」
「本当は水橋アンド藤堂も呼びたかったが、あの二人はすでに用事が入っているらしい」
「ふーん、そうか。んじゃ、氷華梨には俺から連絡を入れておくよ」
「うむ、では頼んだぞ」
 にこやかに手を振って天野篝火サンタは去っていく。
 何がしたいのやら。
 ああそうか。
 あの人もあの人でヒマなのだ。
 しかも天野先輩の場合、俺よりも前に入院しているわけでそりゃ娯楽にも飢えていて当たり前。
 しっかし、どうしてあの人は折り鶴に手足を生やすかね。
 普通、折り鶴って手も足もないものだよな。
 ……。
 もしかして、『手も足も出ない』ってのが縁起が悪いとでも思ったのか?
 いやいや、それは流石に深読みのしすぎか。

   ◆

「ハッピークリスマス! 世界に平和を、裏切り者には死を!」
 天野先輩の慈悲深いんだから物騒なんだかジャッジに困る挨拶と共にクリスマスパーティ(ライト版)は幕を明けた。
「篝火のテンションが高いのは何よりだ。ところで篝火――」
 ヒノエ先輩はしみじみと言うも、天野先輩に剣呑に見据えている。
 その獰猛さたるや、HPゲージが瀕死状態かつ必殺技ゲージがMAXみたいな雰囲気だ。これはオーバーキルも辞さない超必殺技が発動しそうな未来が予知できる。人間観察が得意な俺にはハッキリわかんだね。
「はいはいはい、何でございましょう?」
 ヒノエ先輩のオーラなど意に反さず、ひょうきんな態度で出ていく天野先輩。ここまで空気を読まないとは恐れ入った。逆に天野先輩へ敬意を表さずにはいられない。……真似をしたいとは思わないけど。
「最近、私以外の女子とデートしたことはあるか?」
 ふぁ!?
 ヒノエ先輩の問いは、この部屋の室温を数度下げる効果を持っていた。
 え、え?
「……デートの定義が分かりません。そこら辺を明確にしていただきたく思います」
 天野先輩は肯定も否定もせず、問いに問いを重ねていく。
「ここでは同年代……自らの年齢と前後五歳以内の女子と二人きりで屋外で出会うことをテートと定義する」
 明確な定義である。ここまできちんとした識別基準があるとこの場で天野先輩が嘘をつくのは不可能だ。……だってこの場には嘘を見抜く氷華梨がいるし。
「そういう意味ならイエスだ」
 天野先輩、ぺろりと白状。
 氷華梨の嘘識別も必要ないし、シャーロック・ホームズもかくやの推理もいらなかった。
「そうか……。そうか……」
 ヒノエ先輩の背後からドス黒いオーラが立ち上っているように見えた。錯覚かもしれないけどとにかく見えた。俺に霊能力とかなくて良かった。もしも霊能力を持っていたら見てはいけないオーラを本当に見てしまって、髪が一夜で真っ白になっていた。
「あの……ヒノエ。怒ってる?」
「当たり前だ! 浮気か!? 私以外に好きな女子ができたのか!?」
 ヒノエ先輩が当然のように激怒。
 だけど天野先輩は臆さない。
 それどころか不思議そうに眼を瞬かせている。
「いや、それはない」
 あまつさえ、あっけらかんと答えるのである。
 あまりに天野先輩がさらりと言うからか、ヒノエ先輩は氷華梨に視線を送った。
「天野先輩は嘘をついてないです」
 氷華梨の方が怯えてしまっていたので、ヒノエ先輩もようやく我に返る。
「じゃ、じゃあ、どうして篝火は他の女子とデートを?」
「デートというと誤解がある気もするが、まあ、ヒノエの基準だとデートにはなるのか。それについては謝ろう。すまなかった」
 まず素直に頭を下げる天野先輩。
「頭を上げろ。えっと、私の定義したデートじゃないなら、一体何のために他の女子と出かけてたんだ?」
「そもそもその情報は誰から手に入れたの?」
「二年の北出叶矢だが?」
 ヒノエ先輩の返答に俺の顔が盛大にひきつった。
 北出叶矢といえば【塔】のアルカナ使いである。
【塔】のアルカナが意味するのはトラブルや受難。
 それに恥じることなく北出先輩はトラブルメーカーである。あの人、とんでもない情報をヒノエ先輩に流してやがった。
「なるほど、つまりヒノエが直接俺がクラスの女子とお買い物していたのを見たわけじゃないと」
「デートじゃないのにクラスの女子と買い物ってどういう意味だ?」
「平たく言うと、これを購入してました」
 天野先輩は照れ臭そうに懐から小箱を取り出し、ヒノエ先輩に渡した。
「これは?」
 首をかしげるヒノエ先輩。
「案ずるな。この期に及んでビックリ箱でしたなんてオチはない。あ、開けてみたっていいんだからね!」
 何故か古き良きツンデレ娘風な物言いの天野先輩。
 ヒノエ先輩は小箱を開ける。
 そこに入っていたのは指輪だった。
「篝火……これは……」
「はい、ペアリングというやつです」
 とか言うと、天野先輩は自身の右手を提示した。
 彼の右薬指には既にシルバーの指輪が付けられているわけで。
「い、いや、何というか、本当は二人きりの時に渡すべきなのかもとも思ったけど、なんというか立会人も必要かしらとも思って翔馬と周防さんも呼んだといいますか、だって、こういうのって一世一代の大舞台な気もするし、そもそも受取拒否されたら一生もののトラウマになるくらいツラいからやっぱり誰か他の人の目があった方が断りにくいという計略と言いますか、はい、俺ごときヘタレ男子にはこれが精一杯でございます」
 やたらに長い一文を口上として並べ立てる天野先輩。
 これにはヒノエ先輩も苦笑していた。
「馬鹿者。私が受取拒否するわけないだろう。――ありがとう」
 ヒノエ先輩は、彼女にしては珍しい満面の笑みを見せた。
 ……ヒノエ先輩でもこういう表情するんだ。
「ははは、よかった。本当に……よかった」
 天野先輩は燃え尽きたかのようにその場にしゃがみこんだ。
 ……天野先輩でも緊張することってあるんだ。
「こら篝火、こういうときはもっとカッコ良くしていてくれ。そっちの方がカノジョとしては嬉しい」
 とか言ってヒノエ先輩は天野先輩に手を差し伸べる。
「これは失礼……」
 と言って天野先輩はヒノエ先輩の手を取った。
 でも、彼は立ちあがろうとしない。
「はあ、はあ、ゴメン、ヒノエ。ナースコール押してくんない?」
 とか言いだす。
「……どうした?」
 ヒノエ先輩は聞くが、天野先輩は答えない。否、答えられない。
 彼は呼吸困難を起こし、しゃがみ込むどころか倒れこんでいた。
 当然に動揺するヒノエ先輩。
 動けなくなってしまった彼女に代って大慌てで俺がナースコールを押した。
 しばらくしてすぐに看護師が部屋に駆けつけてきた。

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする