アルカナ・ナラティブ/第20話/05

 どうしても七星に会いたいが、何度彼の家に足を運んでも拒否されてしまう。
 そんなことを繰り返しながら、結局は大晦日。
 時刻は夕暮れ。もうすぐ、今年最後の太陽も沈もうとしている。
 盛大な空振り。大いなる時間の空費。
 どんなに悪知恵が働く特性を持っていたとしても、こればかりは正面突破しかない気がする。
 大晦日の日も、結局、俺は七星の家に足を運んでいた。
 彼の家のチャイムを鳴らして、自分の名を告げる。
 案の定、無視されるだけ。
 正面突破なんて馬鹿な方策かもしれないけど、これぐらいしか誠意の見せ方しかない。
 またダメだったか、と諦めて帰路につくことにした。
 本当はもっと粘って、七星浄夜を待ちたかった。
 けれど、この前みたいに道端でぶっ倒れるわけにもいかない。
 何も収穫がない。
 七星が天野先輩に【審判】としての魔法を使わないのは、俺への報復のため。
 これは俺がどうにかすべき問題だ。
 なのに、解決策が思い浮かばない。
 そうだ。
 吐く息が白い。
 凍える帰り道。
 俺はそこで一人の少女の姿を見かけた。
 こちらに向かって歩いてくる。
 いや、俺へ向かってだろう。
「あなた、ここのところ毎日、浄夜の家を訪ねているんですってね」
 冷たい眼差しで少女は俺を射抜く。
 少女の名は烏丸羊湖(からすま・ようこ)。生真面目な印象で、近寄りがたい空気をまとっている。
 彼女は七星の幼馴染であり、同時に【太陽】のアルカナ使いでもある。
「ああ、そうだ。俺はどうしても七星の魔法を天野先輩に使ってもらう必要がある」
 彼女の正面に立って、俺は宣言。
 以前は彼女の『相手の影を炙りだす魔法』に不覚を取ったこともある。しかし、それについてはすでに解決済み。もう彼女を恐れる理由はない。
「そう……。犯罪者にしては立派なご意見ですこと。盗人猛々しいとはこのことね」
「何とでも言うがいいさ。それであんたらの気が済むならいくらでも罵ってくれて構わない」
「いえ、瀬田が何に何を言ったところで、失われた浄夜の幸せは戻らない。空しいだけのことはしない主義なの」
「でも……俺は七星に会いたい。会って話をしなければならない。だから……せめて取り次いでもらえないだろうか?」
 図々しい頼みなのは分かっている。
 案の定、烏丸は厳しい視線を俺に向けてきた。
「お断りよ。そもそも私がここまできたのは、浄夜から連絡があってね。あなたが家の前にたむろしていて目ざわりだから追い払うのに協力してほしいそうよ」
 冷え切った表情で、俺に言ってくる烏丸。
「そうか……なら安心だ」
 俺は言ってみせた。
「……何が?」
「だって、今の言い分だと七星は今、家にいるんだろう? 単に本当に留守なだけで出て来れないんじゃないと分かっただけで収穫だ」
 論理的帰結を述べる。
 しかし、烏丸の表情はぴくりとも変化しない。
「そう……それは小賢しい読解力ね。でも、浄夜はあなたに会わないでしょうね」
「かもしれない。でも、いつか気が変わるかもしれない。他に天野先輩を助ける手だてが見当たらない以上は小さな可能性でも賭けてみるさ」
「前向きね。そこまでして天野先輩を助けたい?」
「もちろん」
「憎悪を刺激するほどに輝いて見えるわ、あなた。なんだか、瀬田の方が【太陽】のアルカナ使いみたいね」
 笑うでも怒るでもなく淡々と烏丸は言う。
「いや俺は【魔術師】のアルカナ使いだよ。それが俺の業なんだ。今さら逃げようとは思わない」
「愚かしさも一周すると悟りみたいね。いいわ。今すぐに浄夜に会わせるというのは難しいかもしれないけれど、私から説得してみましょう」
「本当か!」
 大興奮の俺。
 それに気圧されたのか烏丸は一瞬だけ目を伏せてから、再び俺を見た。
「ええ。でも、条件が一つ」
「なんだ?」
「天野先輩には恋人がいたはずだったわね」
「ヒノエ先輩のことか?」
「その人よ。その人とも一度話しておきたいから、彼女の連絡先を教えてくれないかしら?」
 どうしてそこでヒノエ先輩? とも思ったが、ここで重箱の隅をつついて交渉をご破算にするのはバカバカしい。
 ヒノエ先輩には少々申し訳ないが、即決で烏丸にヒノエ先輩の連絡先を教えた。
「ありがとう。これで全ての問題は解決するわ」
「こちらこそ感謝してもし足りないくらいだ。本当にありがとう!」
「では瀬田はもうお帰りなさい。そろそろ日も沈んでもっと冷えるでしょう。何か進捗があったらこちらから連絡するわ」
「だったら、俺の連絡先も教えておくよ」
 といって、俺は自分の携帯番号をディスプレイに表示した。
 烏丸はやっぱり無表情なままでそれを彼女自身の携帯電話に登録した。
「では、よいお年を。精々、期待しないで待っていてちょうだい」
 烏丸は最後に、何だか俺に憐れむようなほほ笑みを向けて去っていく。
 彼女の表情は腑に落ちなかったが、何も進展しないよりはマシだ。
 さて、年を越したらまた交渉だな。

   ◆

 新しい年が来た。
 今年が希望の年になるかは俺の行動しだいだ。
 俺は夜も明けないうちから家を出た。空の果てがわずかに白み始めているが、世界は未だ闇の中。
 始発電車に乗って、氷華梨の住まう街へと移動する。
 車窓から見る町並みは眠りこけていて、寂しげに見えた。
 目的の駅につき、駅の改札を出るとすでに氷華梨が待っていた。
「あけましておめでとう」
 奇をてらうでもなく俺から新年のごあいさつ。
「うん、おめでとう」
 氷華梨の晴れやかな笑顔。その姿だけで、俺は今年分の運気を使い果たしたと言われても納得するかもしれない。
「んじゃ、立ち話もあれだから神社に行こうか」
 こうして二人して元日の夜明け前からデートするのは初詣のためである。
「うん、行こう」
 そういうと氷華梨は俺の手を握ってくる。
 手袋越しだけど、彼女のぬくもりが伝わってくる気がした。
 付き合い始めて彼女と手をつなぐ機会は何度もあった。
 それでも俺はちょっと緊張していた。
「どうしたの? 翔馬、表情が硬いよ?」
 心配そうに氷華梨が聞いてくる。
 隠していてもしょうがないので、俺は白状することにした。
「実は俺、初めてなんだ、初詣」
「……えっと、初めてだから初詣なんじゃないの?」
 氷華梨が腑に落ちない様子だったので、俺は言葉を重ねる。
「いや、そういう意味じゃなくて、物心ついてから今まで初詣というものをしたことがなくて……」
「へえ、そうなんだ。確かに翔馬と神頼みってイメージが直結しないかも」
 氷華梨からストレートな感想。
 まあそうでしょうね。俺、理屈っぽいし。
「初詣って何か気をつけなきゃいけないことってあるの?」
「うーん、そんなに形式ばらなくてもいいと思うよ。神社でお賽銭を入れてお願い事するだけ。ほーら、簡単だから緊張しなくてもいいよ」
 何だから氷華梨がおかしそうに笑っている。
「そんなに俺、滑稽ですかね?」
「違うよ。ただ、翔馬って変なところで躓くというか、弱音をあげるなあ、って」
「そうかな? ……そうだな。否定できない」
 まあ、これまで歩んできた道のりが一般的な青少年と比較すると規格外品ですからね。多少、仕様がおかしいのはご容赦願いたい。
「他に初初詣で心配なことはある?」
 ――初初詣ってアンタ……いや、間違ったことは言っていないのか。
「初詣では神様にお願いごとをすると聞き及んでおりますが、内容的にタブーとかあるの?」
「基本は何もお願いしてもいいと思うよ。声に出して言うわけじゃないし」
「ほほう、内心の自由万歳だな」
「う、うん、そうだね」
 氷華梨さん、俺のおかしなテンションに気圧されてます。
 ちょっと不安になったらしく、氷華梨は間を置いてから俺に聞く。
「ちなみに、よかったらでいいけど翔馬の願い事って何?」
「そりゃ……えーっと、何にしよう。願いたいことは結構あるぞ」
「例えば?」
「当たり前だけど氷華梨にとって幸せな年で会ってほしいし、天野先輩の病気も治ってほしい。そう言う意味ではヒノエ先輩が悲しい思いをしない年になってほしいし、クラスの連中や担任にとっても良い年だといいし、あと叔父さんと叔母さんも元気でいてほしいなあ。加えて言えば、他のアルカナ使いたちにも大禍がないことを祈ってるし、つーかもう、俺が世話になった人の息災を祈るのが早いだろうか?」
 うんまあ、対象人数多すぎるな、これ。
 だったら誰に絞るべきか。
 やっぱり氷華梨であるべきか?
 それとも天野先輩の健康か?
 ぐぬぬ。
 とか決めかねていると、氷華梨の俺を握る手に力が入った。
「ダメだよ、翔馬」
 いきなりの苦言である。
「やっぱり欲張りは間違っているよね。絞ります。世界的企業の経営者もかくやの決断力をここで発揮します」
「違う! そういうのじゃない」
 と思ったら、氷華梨はツッコミを入れてくる。
「ふむ、じゃあ……何?」
「翔馬はいろんな人の幸せを願っているかもしれないけど、一番大切な人のことを忘れてるよね?」
 おっと……突然の難問ですぞ。
 というか、氷華梨以上に大切な存在って何ぞや?
 氷華梨は一旦俺から手を離して、そして、俺に抱きついてきた。
「何でしょうか?」
「ねえ翔馬。翔馬はまず自分の幸せを願って」
 そういうことですか。
「いや……でも……」
 韜晦する俺。
「まさか自分には幸せになる価値がないとか言わないよね?」
 氷華梨は厳しく言ってくる。
 まあ、それを言ったら多分、氷華梨は怒るよな。
「うっす。じゃあ、誠心誠意、自分の幸せを祈らせてもらいます!」
 俺が宣言すると、氷華梨はようやく俺を解放する。
「うん、それで良し!」
 晴れやかに相好を崩しながら言う。
「ところで氷華梨は何をお願いするの?」
 確認というよりは好奇心のために聞いてみた。
「ナイショ!」
 氷華梨は意地悪く言ってきた。
「えー、俺に聞いておいて自分は言わないのはズルくない?」
「うん、今年はズルい女として翔馬を翻弄するよ!」
 まるで宣戦布告みたいだな。
 しかし、氷華梨さん。その言い方は若干間違いです。
『今年は』ではなく『今年も』翻弄だと思うわけですよ。
 去年の俺が、あなたのせいでどれだけのパラダイムシフトを拵えることになったとお思いか?
 そもそも、あなたがいたから俺はここまで道を踏み外さず歩いて来れたのだからね?
 あなたがいたから、俺は誰かを愛するという幸せに味を占めたのだから。
 あなたがいれば、俺は幸せなのだから。
 だから、俺は今年は、今年も氷華梨に翻弄されるのだろう。
 翻弄されよう。
 ああ、それはそれで困ったな。
 俺は自分の幸せを願わないでも、既に幸せ者じゃないか。それじゃわざわざ初詣で願う意味がない。
 ならばまあ、やっぱり俺を含んだ、とにかくみんなの幸せを願うとしよう。
 そんな大量の人の幸せを高々お参りの間に願えるのかは疑問だが、きっと願い事のコツは黙って行うことなのだろう。

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする