アルカナ・ナラティブ/第20話/08

 中庭での話し合いも寒いので、俺とヒノエ先輩、七星と烏丸は屋内のカフェスペースに座っていた。
「どうして翔馬君はお腹に雑誌など仕込んでいたのかね?」
 ヒノエ先輩は実に訝しげ。
「そりゃ、ヒノエ先輩が何かしらの凶行に及ぼうとしてたのが予見できたからさ。もっとも、ナイフで刺突かどうかは賭けの部分が大きかったけど、その点は本当に運が良かった」
 言うて今日の俺は、スマホゲームで排出率が一パーセントのスペシャルにスーパーレアなキャラを引き当てる豪運ですからね。安心して下さい、持ってますよ。
「いや、問題なのは君がどうして私の行動を先読みできたかであって……。まさか浄夜君たちと君は裏でつながっていた?」
 ヒノエ先輩の推理。
 しかし、それはポンコツな結論もいいところである。
「俺と七星たちが繋がっているなんてありえると思う?」
「ぐぬぬ、そう言われるとノーとしか答えられない」
 ヒノエ先輩、案の定困り果てる。
「当たり前よ。私たちは瀬田を姦計で貶めるために動いていた。いわば敵よ? 裏でつながるどころか表面的に仲よくすることすらないわ」
 烏丸の補足。
「わからない。どうして瀬田はヒノエ先輩の攻撃を防ぐ準備をできた?」
 七星も降参らしい。
「論拠は大きく二つ。一つ目、ヒノエ先輩の右薬指」
 俺に言われて、ヒノエ先輩は自身の手を見た。
「ペアリングのことかね? そうだね。今日、私は意図的に指輪をつけていない」
「だろうね。これから人を刺し殺すのだから、大切な人から貰った指輪をつけていたくなかった辺りが理由かな?」
「大当たりだ。いや、待て。仮にそうだったとしても、指輪がないだけで私の本当の心情をくみ取れるのはおかしい。単純に篝火と喧嘩をしていたとか、私と篝火の間が冷え切っていたとか考えるのが普通ではないのかね?」
「それも一応考えたけどね。だからこそ、病室で二人にお互いを愛し合っているか聞いたわけで。氷華梨のリアクションから察するに二人とも嘘はついていない。だったらまあ、ヒノエ先輩がよからぬことを考えている可能性は考慮できるよ」
「翔馬君の頭脳がチートすぎる。まあいい。二つ目の論拠は?」
「病室を出るために氷華梨に言った言葉さ。先輩はあのとき氷華梨にこう言ったよな。『翔馬君は私が持って行っていいかね?』――と」
「あれについては、私もいささか言葉選びを悩んだよ」
「こういう場合に関しては『持っていく』ではなく『借りる』あたりが妥当なんだよなあ。持っていくだと返さないみたいな響きだし」
 実際のところは、ヒノエ先輩が俺を殺害したら俺のことを返せないのだから、正しい言葉遣いだったわけだが。
「以上の論拠により、君は私の凶行を予見してみせたわけかね」
「そういうこと。かなりの論理的飛躍があるのは否定しないがね。でも、うん、何か今日のヒノエ先輩はいつもに増して深刻そうだったからな。ある程度の準備はあってしかるべきだと思ったわけだ」
 これが詐欺師の人間観察である。
 いやはや、本当に俺ってばヘタレだね。……ヘタレだから命を長らえたわけだからよしとしよう。
「僕たちの計画は見事に潰えたというわけ、か」
 物悲しそうに七星は言う。
「そうだな。それでもまだ俺を殺したいなら、今度はお前たちが殺しに来ればいい。でも、その暁には是非天野先輩を助けてやってくれ。頼む」
 俺は改めて頭を下げた。
「ははは、参るな、これは。まるで僕たちの方が悪人みたいじゃないか。いや、そうだな。実際にこの状況はそうなのか」
 七星は背を丸めながら言う。
 沈黙。
 ああ、こういうのは時間がかかるのかなあ。
 でも、早くしないと天野先輩の容体はどんどん変化していくし。
 最後の一手を考えながら、俺は周囲に目をやった。
 なんだか、看護師さんたちが慌ただしく駆け回っている。
「あの、すいません」
 俺と女性看護師の一人が目が合い、看護師の方が俺に声をかけてくる。
「はい、なんでしょう?」
「デニムにパーカー姿の、高校生くらいの年齢の男の子を見ませんでしたか?」
 いきなりの問いに俺は首を傾げる。
「いえ、見てないですけど……何かあったんですか?」
「実は精神科の入院病棟から、患者さんが勝手にいなくなって、それで探しているんです」
「はあ、そうなんですか。とはいえ、ご協力はできそうにないです。申し訳ないです」
「いえいえ、こちらこそいきなり声をかけてしまってすいませんでした。それでは失礼します」
 と言って、看護師は去っていく。
「何かこう、物騒な世の中だな。あ、物騒で思い出したけど、ヒノエ先輩が使ったナイフって今誰が持ってるんだっけ?」
 あの凶器、誰かが持っているというか回収したものだと思っているが、それ間違いはないよな?
 俺以外の三人はそれぞれに顔を見合わせる。
 どうやら誰も持っていないらしい。
「となると、もしかして中庭に置きっぱなしかな? ちょっと行って回収してくるよ」
 俺は席を立つ。
「私も付いていこう」
「いや、回収作業くらい一人で出来るけど……。ああ、そういうことか」
 俺は残された七星と烏丸を見た。
 流石にヒノエ先輩的にも七星と烏丸の三人になるのは間が持たないか。
「んじゃ、みんなで行こうか」
 俺らがいない間に七星と烏丸が家に帰られても困る。何やかんやで、これからもう少し長い話し合いが必要なのだから。
 というわけで、俺たちは席を立ち中庭へ。
 空は曇天で、ただでさえ寒い季節だ。
 中庭のベンチで呑気に休息を取っている過ごしている人物はいなかった。
 でも、中庭に俺たち以外の人間がいなかったわけではない。
 誰かが、いた。
 その人物はデニムを履き、パーカーを着ていた。パーカーのフードを目深にかぶっているため、顔までは見えない。
 その姿に、俺は先ほど看護師から聞いた失踪中の入院患者の情報を思い出した。
 そして……何ということだろうか、その人物はヒノエ先輩が使っていたナイフを持っていた。
「あの……、その落し物は俺らのものなんで返してもらえませんか?」
 恐る恐る近づいていく。
 パーカーを着た人物は答えない。
 そして、言うのだ。
「瀬田だ。ああ、瀬田だ、瀬田だ、瀬田、瀬田、瀬田! 会いたかったよッッゥ!」
 魔界の入口が開いたみたいな雄たけび。
 どうして、この人は俺の名前を知っているんだ?
 あまりの恐怖に、俺は後ずさる。
 でも、それよりも早くパーカーを着た人物はナイフを構えて俺に突撃してきた。
 ナイフは俺の腹部へと突き刺さる。
 先ほどの漫画雑誌は既にゴミ箱に廃棄済み。
 ナイフは見事に俺の腹にめり込む。
 俺の腹部から、鮮血があふれ出ていた。

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