アルカナ・ナラティブ/第20話/09

 痛い、痛い、痛い。
 それ以外の言葉が出てこない。
「ぐははは、やった。やったよ! ついに瀬田に復讐を果たした! 楽しい! 楽しい!」
 パーカーの人物は狂ったように高笑い。
 地面に倒れこんだことで、角度的に俺から彼のフードの中の顔を見てとれた。
「何でお前がここにいるんだ……名壁」
 そう、名壁司なのだ。
【正義】のアルカナ使いであり、氷華梨の元カレであり、学園祭のときの爆弾事件の真犯人。
「俺はずっと、ずっと瀬田に復讐したかった。精神病棟にぶち込まれてからもずっとそれを考えていた」
 なるほど。
 彼は元からこの病院に入院中だったということか。
「さっきさ、病棟の窓から中庭を見てたらギャーギャーと誰かが騒いでた! そしたら、黒マントを着た女の姿! 三年生のアルカナ使いにそんな奴がいたから、もしかしてと思って病棟から抜け出したんだ! そしたら瀬田がいた! だから刺した! 俺は勝った! 復讐を果たした!」
 正気とは思えない程に目を血走らせ、名壁は叫ぶ。
「おーい翔馬、いい加減遅いから迎えに来たぜ?」
 中庭に呑気な声が響いた。
 天野先輩のものだった。
 傍らには氷華梨もいた。
 まずい。
「って、これは……!」
 中庭に現れた彼らも状況の異常さを察知。
「ひ、氷華梨だ! 氷華梨、氷華梨、氷華梨!」
 俺の血が滴るナイフを今度は氷華梨に向ける名壁。
「死んで、死んで、お前も死んで!」
 彼は氷華梨に向かって突っ込んでいく。
 だけど、彼の凶行はすぐに潰えることになる。
「ふざけないで!」
 氷華梨は名壁の刺突をかわし、彼を足払い。
 名壁が倒れこんだところで、思いっきり腹部を踏みつける。
「ぐあっ!」
 さしもの名壁もそこで気を失うことになる。氷華梨の見事な護身術には惚れぼれするが、刺された腹部からの激痛で声を上げられない。
「翔馬、しっかりして! 翔馬!」
 氷華梨は大慌てで俺にかけつけてくる。
 参るね、これは。
 氷華梨、泣いてるし。
 ああ、意識が薄れてくる。
 俺、死ぬのかな。
 仮に死ぬとしても、最期の光景が氷華梨の泣き顔なのは辛い。
 ああ、氷華梨。
 どうか笑って……。
 そんな中で天野先輩の声が聞こえた。
「お前が七星か?」
 ぼやけた景色の中で先輩が七星の方を向いていた。
「お前の魔法は誰かの怪我や病気を治せるんだよな?」
 天野先輩は、いつになく真面目な声だった。
 そして続ける。
「頼む。俺の後輩を助けてくれ。頼む!」
 ダメだよ、先輩。
 七星の魔法はアンタのために使う予定なんだから。
 七星も分かってるよな?
 お前の魔法は天野先輩に使うためにある。
 分かってるなら、早まった真似をするんじゃないぞ?
 そんなことを思いながら、俺の意識は薄れていく。
 ……。
 ……。
 ……。
 でも、俺は再び目を覚ますことになる。
 覚ましてしまった。
 目を覚ました場所は病院の中庭だった。
 そこではみんなが沈痛な面持ちだった。
 もはや、腹部の痛みはなかった。
 それはすなわち……。
「七星、まさかお前、たった一度しか使えない魔法を俺に使ったのか?」
 茫然とする俺。
 七星は無言を以て肯定する。
 そんな……。
 どうして、こんなことに……。
 ガラガラと周りの全てが崩れていくような音がした。
 俺ははっとして、天野先輩の方を見た。
 落ち込んだ様子だった彼は、すぐに力強く笑っていた。
「いやはや、治ったみたいで良かった! 本当に、良かった!」
 底抜けに明るく言い放つ天野先輩。
 その場の誰も、何も言えない。
 言えない。
 癒えない。
 この悲しみはきっと癒えない想い出になる。

 結局、この日は各々解散という形になった。
 誰も、俺を責めなかった。
 誰も、俺を責めてくれなかった。
 俺にはそれが、一番辛かった。

   ◆

 翌日。
 三学期が始まる。
 本当は学校なんかに行く気分にはなれない。
 でも、自室に引きこもっていたら、そっちの方が気が滅入りそうだった。
 だから、気分転換というか気晴らしのために学校には行った方がいいのだろう。
 いつもの通学路が灰色の世界に見えた。
 教室も、始業式のために移動した体育館も。
 全部、世界から色彩が失われたみたいな悲しみに満ちていた。
 やがて始業式が始まる。
 ただでさえ長くて無味乾燥とした校長の話が耳障りだ。
 校長の話が終わると、次は生徒会長――つまり【世界】のアルカナ使いである創木素子(つくるぎ・もとこ)の話だ。
 もういいよ、そういうの。
 早くこの茶番以外の何物でもない始業式を終わらせてくれ。
 壇上で創木は淡々と話し始める。
「皆さんは、忘れてしまいたい想い出はありますか?」
 不思議な話の切り出し方だ。
 体育館内がにわかにざわめきたつが、創木からの話は続く。
「想い出は生きる上での力になるかもしれないけれど、足かせになるかもしれない。そう、今日の朝、私は同じ生徒会の七星君と烏丸さんから、とある話を聞きました。彼らは昨日、とても大きな間違いを犯した。そのせいで傷ついた人がいる。救えるはずだった命を、自分たちが意固地になったがために救えなかったと後悔している」
 おそらくは昨日病院であったことだろう。
 でも、どうしてそれをこの場で話す必要あるのだろうか。
「私は……私には不思議な力がある。それは、この世界を塗り替えるほどに強力な代物です。だからこそ、私は力の使い方をずっと考えていた。軽率に力を使っていいのか迷っていた」
 徐々に創木の言葉に力がこもっていく。
「悲しみを癒す力が私にはある。人の心の傷を癒す力が私には、ある! だから……私は考えたのです、もしも……もしも天野篝火という人間がいなかったことになるなら、全ての悲しみは癒えるのではないか、と」
 無茶苦茶すぎる論理。
 どうして、そこで天野先輩が引き合いに出されるんだ。
 俺の困惑と怒りなど知る由もなく、創木は更に続ける。
「だから、私は……【カーナーティスト】により、あなた方の想い出を書き換えます!」
 ……え?
【カーナーティスト】とは創木のアルカナ使いとしての魔法の名前だ。
 ――想い出を書き換える?
 まさか、創木の魔法って……!
 俺は大慌てで彼女の魔法への対策を講じ始めていた。
 だけど、ここは全校生徒が整列する体育館。
 我先に逃げることはできない。
 そんな俺を含む全校生徒に、創木は言ってのけた。
「私は今、審判を告げましょう! ――天野篝火という人間は初めからこの学校にはいなかった!」

【XX・審判】了

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする