アルカナ・ナラティブ/第21話/01

【世界】のアルカナ使い創木素子の魔法は、彼女の言葉から察するに『想い出の書き替え』だ。
 彼女は未だ体育館ステージの壇上に立って、全校生徒たちの様子を見ていた。
 全校生徒および教師たちは、みんなしてきょとんとしていた。
 だけどすぐに、何事もなかったかのように体育館ステージを注視していた。
 これで創木の魔法による想い出の書き換えは終了なのだろうか。
 俺は確認のために、言葉にこそ出さないが念じてみせる。
 ――天野篝火という人は確かにこの学校にいた。
 ――天野篝火という人がいたから今の俺がいる。
 よしよし。
 どうやら俺に関しては創木の魔法を免れたらしい。
 俺はほっと胸をなでおろす。
「……私からの話は以上です。ご静聴ありがとうございました」
 壇上で礼をしてから創木は去っていく。
 とりあえず、一難は去った。
 さて、どうして俺が創木の魔法を回避できたかと言えば、単純に防御したからである。
 防御できるかについては確率の要素が大きかったが、やらないよりはマシと判断した。
 何のことはない。
 俺は自分の魔法【レンチキュラー】を創木に向けて使ったのだ。
 以前【皇帝】のアルカナ使い阿加坂の他者に絶対命令を下す魔法を防いだことがあった。
【皇帝】の魔法は自らが『他者』と認識しているものにしか効果を及ぼすことができなかった。
 つまり、【レンチキュラー】で本人自身に化ければ、相手は俺を『他人』と認識できなくなる。
 もしかしたら【世界】の魔法である【カーナーティスト】が効果を及ぼす対象も『他人』なのではないかと踏んだのだ。
 結果は大成功。
 創木の魔法は他人に対してのみ有効らしい。
 改めて考えてみると、創木の魔法はただ相手に言葉を聞かせるだけで発動する仕様らしい。だったら自分にまで効果が及んだらそれは自爆以外の何物でもない。
 始業式が終わったら、創木の魔法がどこまで影響を与えているか確かめてみよう。
 まずは氷華梨に話を聞くのが無難だよな。
 始業式が終了して、自分の教室に帰る途中の廊下。
「氷華梨、ちょっと話いいか?」
 俺は彼女の肩をぽんと叩いた。
 その時。
「い、いやッ!」
 俺に気づいた氷華梨は、これでもかと言わんばかりの大音声で叫んだ。
 彼女はまるで、俺を通り魔か何かのような目で見ていた。
 完全に怯えていた。
「ど、どうしたんだ氷華梨?」
 いきなりの態度に、俺の方は困惑するしかない。
「あなた……確か同じクラスの瀬田君?」
 半分涙交じりに後ずさりながら俺との距離を取る氷華梨。
「そうだけど……どうした?」
 ずいぶんと他人行儀な言い回しだ。
 何があった……と考えるのはいささか馬鹿げているな。
 どう見積もっても創木の魔法の影響だな。
「わ、私に何の用?」
 半ばパニック寸前の氷華梨。
「いや、氷華梨……周防さんは天野篝火って人を知らないかなって思って」
「知らない……。もう私、教室行くね」
 まるで俺が鬼か悪魔みたいな存在であるかのような眼差しを向けて、氷華梨は一足先に教室の方へ去ろうと試みる。
 やはり、創木の魔法により天野先輩の存在は抹消されていたか。
 だとしても、氷華梨の豹変具合はどういう理由だろう。
 あれじゃあまるで……。
 まるで、入学当初の男性恐怖症を患っていたときの氷華梨ではないか。
 ……これも創木の魔法の影響だとでもいうのか。
 いや、でも創木は『天野篝火という人間はいなかった』と言っただけぞ。
 それと氷華梨の男性恐怖症が何の関係があるというんだ。
 もしかして……!
 去りゆく氷華梨に、俺は最後に質問を一つ。
「周防さんは、アルカナ使いって知ってる?」
 氷華梨は少しだけこちらに視線を向けて、大きく横に首を振った。
 そしてそそくさと去っていく。
 参ったな。
 事態は思っていた以上に深刻だ。
 創木が抹消したのは天野先輩という存在ではなく、天野先輩との想い出というわけか。
 つまり……先ほど体育館にいた俺と創木以外の者たちは天野先輩が関わる全ての想い出を失っている。

   ◆

 天野先輩との想い出がない――つまり、もし天野先輩と出会わなかったらどうなっていたかを考える必要がある。
 まず、そもそも俺と氷華梨は自分がアルカナ使いであるか認識できていたかが怪しい。
 なぜならば、俺と氷華梨が自分がアルカナ使いである情報を得たきっかけは四月の初めの天野先輩の行動だからだ。
 四月の初め、天野先輩は学校の門の前で大々的にアルカナ使い、というか【呪印】を持っている人間がいないかを探していた。
 そして、それを止めに来た黒マントの生徒、つまりヒノエ先輩と出会って俺たちがアルカナ使いであると知った。
 それを起点にして、例えば新入生キャンプで氷華梨のトラウマを克服しようと俺が名壁に化けたり、トラウマを克服した氷華梨がクラスメイトを引き連れ【皇帝】阿加坂と戦ったりした。
 もっと言えば、俺と氷華梨が付き合うきっかけとなったダブルデートの発案者も天野先輩だ。
 以上のことだけでも、天野先輩が俺と氷華梨に及ぼした影響は計り知れない。
 そんな人が魔法【カーナーティスト】により、いなかったことになるのだ。
 俺と氷華梨の想い出はほぼ全てが否定されたに等しい。
 氷華梨は自分がトラウマを克服したことを忘れ、俺と付き合っていることも忘れ、俺との想い出も忘れていた。
 いや忘れたというよりは、想い出を奪われたというべきか。
 今の氷華梨は天野先輩がいなかった場合のイフというわけだ。
 これは流石にキツいなあ。
 全部、無かったことになるのか。
 胸を押しつぶされそうな気持ちを抱えながら教室に戻ってみた。
 教室の空気が心なしか重い。
 いつもは担任が来るまで雑談飛び交ううちのクラスなのに、今日は死んだみたいに静かだ。
 みんながみんなよそよそしく、まるで入学当初の見知らぬ人同士の集まりみたいな雰囲気。
 いや、それもしょうがない。
 だって、このクラスにも天野先輩は色々と影響を与えている。
 新入生キャンプでは、担当クラスこそ違うクラスだったが同道したし、試験前に天野先輩から勉強を教えてもらった奴もいる。後者に関しては、天野先輩のおかげで苦手分野を克服してそれで勉強のみならず、自分自身への自信をつけた奴もいるのだ。
 天野先輩との想い出の否定は、彼らの道のりの否定にもつながる事態なのだ。

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