アルカナ・ナラティブ/第21話/03

「瀬田君は――私の財布にトランプのクイーンが入っていた理由を知らないかな?」
「へ……?」
 予想外の質問に、すっかり俺から毒気が抜かれてしまった。
「えっとね、実際に見せたいからちょっと手を離してほしいんだ」
 氷華梨の要望に、俺は素直にしたがった。
 そして、彼女は実際にトランプのクイーンを財布から取り出した。
 俺は、そのカードを忘れるはずがなかった。
 それは【悪魔】のアルカナ使い、有馬紅華とのダウト対決に使ったカードだった。
 あの時、氷華梨は自分はずっとクイーンのカードを持っていると言った。
 そして、俺は――。
 俺は、財布からジャックのカードを出した。
 ああ、そうだとも。
 姫君(クイーン)を守るのが騎士(ジャック)の務めだ。
「そっか、瀬田君はやっぱり何か知ってるんだね」
 氷華梨は胸をなで下ろす。明らかに安堵していた。
「どうして周防さんは……その……クイーンのカードを財布に入れっぱなしにしてたんだ? 理由が分からないなら捨ててしまってもよかったのでは?」
 混乱が収まらない。
 そもそもどうして氷華梨は想い出を書き換えられた状態で、そのカードが俺と関係ある代物だと思った?
「理由は……自分でもよくわからない。でも、これは私にとって大切なもので、絶対に捨てちゃいけないものだと思ったの」
 もはや理屈になっていない理屈。
 なのに、嬉しい。
 氷華梨は想い出が書き換えられてもなお、クイーンのカードを大切だと言う。
「周防さんのクイーンのカードは……俺のジャックのカードは……大切な約束をした証だよ」
 説明になっていない説明。
 でも、想い出を書き換えられた彼女に真実を言っても信じてもらえるかわからない。
「そっか。瀬田君は嘘はついてない……そんな気がする」
「嘘――か。なあ、周防さんは自分がどんな嘘でも絶対に見破れる魔法が使えることを知ってる?」
【女教皇】としての魔法は、天野先輩との想い出は関係なしに彼女が持っていたものだ。
 問題は天野先輩と出会っていなければ四月の初めに魔法研究部に行っていない点だ。そうなると、彼女の特殊能力が魔法であると彼女自身も分からない点だ。
「瀬田君は、凄いね。そうだよ。何故か分からないけど私には嘘が見破れるって特殊能力があるの」
「うん、それは事実だよ。もっと言えば、周防さんはアルカナ使いっていう魔法を使える生徒の一人なんだ」
 唐突な俺の説明。
 氷華梨はきょとんとしていたが、それを否定しない。
「嘘じゃないから、それは事実なんだね、きっと。あとね、携帯電話のメールで瀬田君とのやりとりしたものがいっぱいあるんだけど……私にはその記憶がない。これって……一体どういうことなのかなって」
「それは……実は俺と周防さんは去年の六月から恋人同士になったからだよ」
「それも嘘じゃない……。うん、信じられないけど、信じるしかない。でも、だとしたら、どうして私は瀬田君との想い出がない……?」
「話が長くなるから、一旦、駅を出ないか?」
 俺が提案すると、氷華梨は、
「うん、そうだね。だったら駅前の喫茶店で話をしよう」
 と言った。

   ◆

 駅から最寄の喫茶店にてこれまでの大まかな経緯を氷華梨に説明する。
「まとめると、うちの学校にはアルカナ使いという魔法が使える人たちがいて私もその一人。私に瀬田君との記憶がないのは【世界】のアルカナ使いの魔法の仕業、と」
 俺の荒唐無稽な話をまとめてくれる氷華梨。
 その要約力たるや、国語の試験で満点をあげてもいいくらいだ。
「その通り。って、この話を信じれる?」
「信じがたいけど、でも瀬田君は嘘を言っていなかった。だから信じるしかない」
 回りくどい言い方ではあるが、完全否定されるよりは良しとしよう。
 氷華梨が嘘を見破る魔法の使い手で助かった。
「それで……私はどうすればいいのかな? いや、瀬田君はどうしたい?」
 氷華梨は困ったように聞いてくる。
「もし俺が決めていいなら、そりゃ氷華梨ともう一度付き合いたい」
 取り繕っても意味がないので、俺は正直な気持ちを口にした。
「どうして?」
 にわかに氷華梨がこわばる。
 やっぱり男性恐怖症を再発した彼女にはハードルが高いか。
「理由は……単純に一つだ。俺にとって氷華梨が大切な人だから。ごめん、こんなこと言われてもそっちは困るよな」
 俺がやっていることは自分の想いを一方的にぶつけているだけ。
 受け取る側からしたら迷惑以外の何物でもないだろう。
 なのに氷華梨は、
「そんなことはないッ!」
 机を叩いて叫んでいた。
 いきなりの事態に、俺の方が面食らう。
 一方で氷華梨の方も彼女自身がいきなり大声を出してしまったことにたじろいでいた。
「ご、ごめんなさい。えっと、どうして私、いきなりこんな真似を」
 すぐに我に返り、あたふたと周りに視線を配る。
 店中が氷華梨に注目していた。
 しかし、大事がないことがわかったようで店の人々の視線が外れる。
「うん、本当にどうして……?」
「分からないけど、今、瀬田君が自己否定したのがすごく腹が立った。瀬田君が私への好意を自分で否定したのが、無性に嫌でしかたなかった」
 氷華梨は説明してくる。
 ……うむ。
 それって氷華梨が無意識では俺を完全否定していないってことかな。
 想い出の書き換えがどこまで影響を与えているかは知らない。
 でも、それは完全に氷華梨を偽の記憶で塗りつぶしているわけではないのかもしれない。
 であるなら……。
 ある可能性に気付いて、俺はにやりと笑った。
「どうしての?」
 不審そうに氷華梨が聞いてくる。
「本音を言っちゃえば俺は氷華梨が大好きで、やっぱりお前ともう一度付き合いたい」
 そうだ。
 これまで育んできた氷華梨との絆を否定されてたまるか。
「でも、私は男の人が怖い」
「かもね。でも、俺はお前を諦めないって決めたから。だから、もう一度改めて氷華梨を惚れさせてみせる」
 これは宣言であり宣戦布告。
「もう一度……。それは嘘じゃない。そっか、私は本当に瀬田君のことが大好きだったんだね」
「そして、俺も氷華梨が大好きだった。いや、大好きだ。覚えてはいないだろうけど、前に俺たちが付き合うことになるときは、そっちから告白してきたんだぜ?」
「私から……? 瀬田君は嘘を言ってない。でも私、男の人が怖いのに?」
「本当にそれな。今から考えると奇跡に奇跡が重なったとしか言いようがない。でも、俺はそれを奇跡だなんて言葉で終わらせたくない。だから、今度は俺から氷華梨に告白するよ」
 少しだけ間を置いて、俺はいよいよ覚悟を決めた。

「もう一度、俺の初恋を氷華梨に捧げます」

 ――と。
 氷華梨は返答に窮していた。
「断りたくないのに、でも、どうすればいいのか分からない。ごめんなさい。瀬田君は男子だから怖いはずなのに、とても嬉しい。私、自分で自分の気持ちが分からない」
 簡単にイエスとは言ってくれないか。
「そりゃしょうがないさ。ここで答えられないなら、俺はいつまでも待つさ」
「いいの?」
「心配ご無用。前回、氷華梨から告白されたとき、俺は返答に一週間ほどお前を待たせてる。だったら、今回はその倍の期間を待つことになっても何の文句はない」
「そっか……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう。あ、あと、瀬田君の私の呼び方って元々は呼び捨てだったの? 途中から私を名前で呼んでたけど」
「あ……ごめん。気をつけてたつもりだけど、クセで戻ってた」
「別にいいよ。でも、だったら私も瀬田君のことを名前で呼んでいい?」
 少し顔を赤らめながら、氷華梨は聞いてくる。
「もちろん! というか、それが元々の呼び方だから。俺は嬉しい!」
「ありがとう。じゃあ翔馬、今日は色々教えてくれてありがとう。私、絶対に答えを出してみせるね」

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