アルカナ・ナラティブ/第21話/04

 翌日から二月になっていた。
 さーて、俺はこれからどうするべきか。
 まず、やるべきことは天野先輩に会うことだよなあ。
 正直、顔を合わせづらい。
 俺のせいで七星の魔法で天野先輩を治す計画は頓挫した。
 原因の一端を担っている俺が天野先輩に会ってもいいのだろうか。
 答えは――ノーだ。
 俺が天野先輩に会っていいわけがない。
 でも、会って謝る義務はある。
 許してくれとは言えるわけがない。
 罵られるかもしれない、憎悪や殺意を向けられるかもしれない。
 それでも、俺は天野先輩に会わなくてはならない。

   ◆

 日曜日の病院は通常の診察が休みとあって静かなものだった。
 しかし入院病棟にはお見舞いに訪れた人々で割合ににぎやかなものだった。病院ではお静かにというのがマナーかもしれないが、まったくの静寂よりは健康的だと思う。
 俺は天野先輩の病室に足を進める。
 俺は病室の前で立ち止まる。
 躊躇していた。
 この扉の先に天野先輩がいるわけで、扉を開けたら天野先輩に会わなくてはいけない。
 扉を開けたら引き戻せない。
 俺は天野先輩に会う権利はないが、義務はある。
 だから、引き返すなど言語道断。
 なのに、足が震える。
 覚悟を決めろ、瀬田翔馬。早く扉を開けるんだ。
 とか無意味な懊悩を抱えていると、扉が開いた。
 扉を開けたのではない。扉が開いたのだ。
「……うぉッ! びっくりした!」
 と言ったのは、室内側から扉を開けた人物。
 天野先輩だった。
 彼は車椅子に乗った状態だったので、ちょうど俺の目線の下にいた。
 俺を見上げる形で天野先輩は聞いてくる。
「そんなところで突っ立ってどうしちゃったの? とりあえず、病室に入る?」
 とか何とか、気さくな調子である。
 俺は面食らってしまって無言でうなずくしかできない。
 彼と共に病室に入っていく。
「さて、翔馬さんや。おりいって御相談があります」
 やっぱり気さくな天野先輩。
 その態度が気がかりではあるが、まずは彼からの相談とやらを消化しよう。
「実はですね、最近、ヒノエにメールしても返信がないんだよ。電話もしてみたけどいつも繋がらない。オレ、ヒノエに何かやらかしたと思う?」
 彼の問いに俺は胸を詰まらせる。
「それは……俺が悪いんだ」
「ふぁっ? 原因が翔馬とはオレの推理では見抜けなかった。え、お前、ヒノエに何したの?」
「ヒノエ先輩に何かしたというよりは、学校中の連中にやらかしたと言うべきなんだ。実は――」
 俺は創木の魔法について話した。
 天野先輩はぽかーんとしながら、俺の話を聞いていた。
「え、ちょ、おま……。それって話をまとめると、オレ、あの学校にとってのいない子扱いってこと!?」
 大いに慌てる天野先輩。彼がここまでの動揺を見せるのは初めてだが、これが普通の反応だと思う。
「そういうことになる。それどころか、天野先輩のやってきたことまでなかったことになってる」
「俺のやったこと……? え、ってことは、調理実習の茶碗蒸し作りで、班のみんなと共謀してプリンを作った想い出も帳消しですか!?」
「あんたは一体何をやってんだよ」
 いや、パッみた感じの色合いとか似てるからやれそうではあるけど。
「あと青春のホロ苦い想い出と言えば、裁縫の授業で『馬鹿には見えない服』を作ったとかいう奴の口車に乗って、『その服いいね!』とか言っちゃったりとかな」
「社会に出たら裸の王様のお召し物を褒める能力も必要かもしれないぜ。それを黒歴史にするのはやめておこう」
 とかなんと、本当にただの雑談だな、これ。
 話、進まぬ。――戻さねば。
「というかだな。あんたのやってきたことは他にいっぱいあるだろう。メンタルヘルス部を作ったりとか、うちのクラスの奴ら含むいろんな奴らに勉強教えたり、あと、アルカナ使いを探したり。天野先輩がいないことになると、氷華梨は自分がアルカナ使いだとヒノエ先輩に聞かなかったことになる。だから、それから先の想い出が全部なかったことになってるんだよ」
「あー、なるほど。そういう波及効果もあるわけか。あれ、って考えるとオレってば好き勝手に学校生活送ってた割に人の役に立ってたのか?」
「……もしかして、大した自覚症状がなかったのか?」
「ハハハ、翔馬さんや。ボランティア精神オンリーで利他的な行動なんてできるわけがないじゃないですか。やっていて楽しいとかも含むけど、ある程度は自分にもメリットがないと長続きはしないぜ?」
 さらりと天野先輩のイメージが崩れるご意見が飛んできた。
 とはいえ、そんなものですか。逆に彼が完全無償で慈善事業をしてた方がおかしいと思う。いや、おかしいと言うよりは怖いと表するべきか。
「それよりもヒノエ先輩のことはいいのかよ? あの人が天野先輩との連絡を拒否してる理由も創木の魔法のせいだと思うが?」
「いや、俺はそうは思わんぞ。ある程度は影響があるとしても、完全に創木さんの魔法が原因とは言えんだろう」
「……その論拠は?」
「ヒノエが俺を忘れるわけないから」
「お、おう……自信家だなな、先輩」
「根拠もなく俺とヒノエの愛は絶対とかそういうのじゃなくって、ヒノエの魔法は『一切の情報を忘れないこと』だぜ? そんな魔法の使い手の想い出を書き換えることってできるの?」
 天野先輩の指摘。
 実は、俺もそれについては気になっていた。
 創木の想い出を書き換える魔法は、どこまでの範囲で影響力を持っているのか。
「でも、実際問題としてヒノエ先輩は天野先輩からの連絡を拒否してるんだろう? だったら、想い出を書き換えられてると思うわけだが」
「俺は逆だと思うぜ」
「どういう意味?」
「例えばだ、翔馬。お前は自分の携帯電話に覚えのない人間の連絡先が入っていたとしよう。そして、その覚えのない人間から通話なりメールが来た。無視するか?」
「あ……そう言われてみれば、結構ビミョーだな。あくまで俺ならだけど、相手を覚えているフリをして誰なのかを確かめたい」
「だろう? もちろん、ヒノエにそんな腹芸ができるかは疑問だが、完全に拒否ってのはおかしいと思うんだ」
「確かに。んじゃ、ヒノエ先輩に天野先輩との想い出が残ってるとして、どうして連絡に応じないんだ?」
「問題はそれだよねえ。俺、ヒノエに酷いこと言った覚えはないんだけど……。でも、無自覚にやらかしてる場合もありえるし……。そこで翔馬さんや、折り入ってご相談があるんですが――」
 天野先輩は下からの出ていく態度である。ご丁寧に揉み手なんぞしている。
「わかったよ。俺がヒノエ先輩に話を聞いてくる」
「圧倒的感謝! 翔馬にも感謝だし、本来の意味での情けは人のためならずという言葉にも感謝しよう!」
「プレッシャーになるから、あまり大きな期待はしないでくれ。あと、情けは人のためならずっていうか、むしろ毒を食らわば皿までの精神なんだけどな、これ」

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする