アルカナ・ナラティブ/第21話/06

 どんなものでも食べ尽くす、鳥も、獣も、木も草も。鉄も、巌も、噛み砕き、勇士を殺し、町を滅ぼし、高い山さえ塵となす――。
 その昔に読んだ物語に出てきたなぞなそをふと思い出していた。
 なぞなぞの答えは『時間』である。
 時間の力は恐ろしい。どんなものであっても時間には敵わない。もちろん、その中には大切な想い出も含まれる。
 ヒノエ先輩と天野先輩の別れは、きっと時間が解決してくれる。
 時間でしか解決できない。
 だったら、俺が出る幕なんてないのかもしれない。
 時間以外に解決策がない問題に介入するのだ。そりゃ絶望的な話だ。
 だから俺は再び考えるのをやめた。
 怠惰に二月は過ぎていく。
 何をするでもない。
 そう言えば氷華梨から貰うはずの告白への返事はまだだった。
 氷華梨も天野先輩との想い出は忘れるべきなのだろうか。
 まあ、もともと天野先輩と氷華梨の相性って良いとは思えないからなあ。
 という意味では忘れても忘れていなくても、どしちらでもいいのかもしれない。
 二月の二週目の金曜日。つまり、再告白から十三日目のこと。
 結局、氷華梨からの返事はまだない。
 これはもしかして、沈黙をもってお断りするということかな。
 俺は家に下校すべく、帰り支度をしていた。すでに帰りのホームルームは終わっている。
 帰った後の予定はない。
 もう何も考えるのが面倒臭い。
 そんな俺に、
「翔馬、ちょっといいかな」
 氷華梨は声をかけてきた。
「どうした?」
 と平静を装う俺だが、内心は気が気ではない。
「あのね、二週間前のことの返事がしたいの。だから、明日二人で話したい。明日、時間ある?」
 氷華梨の願い。俺は断る理由がない。
「もちろん大丈夫だ。どんな返事でも俺は受け入れるよ」
 いよいよ、俺も覚悟を決めないといけない。
   ◆

 翌日の土曜日。
 氷華梨との運命のデートでございます。
 緊張で心臓が張り裂けそうだという、死にそうだ。
 なるほどなあ、好きな相手に告白したあげく何日も待たされるとこんな気分なのか。
 前回、氷華梨が俺に告白したときに彼女はこんな気持ちだったのか。
 改めて思うけど、俺、とんでもなく酷いことを氷華梨にしてたわけね。
 熟慮と言う名の残酷な行為。
 優柔不断は罪だということが、高校生活が始まってもうすぐ一年ですが、今になってようやく認識できました。
 恥ずかしさで悶死してしまいそうだ。
 辛いというか、自分が痛い。
 氷華梨が俺を呼び出したのは、俺の家からの最寄駅。
 俺のホームに乗り込んでこようとは、氷華梨さん、やるねえ。
 いや、もしかして氷華梨としては俺の方が彼女にホームに乗り込んでくるのが嫌だった可能性も……。
 うむ、この手のことを考えるのはやめておこう。
 もともと俺はネガティブ思考な人間ですからね。常に最悪の事態を想定して動くから災難を回避できることもある。でも、それって雲ひとつない快晴なのに傘を持って登校するみたいなものだよなあとかも思ったり。
 あと、『災難を回避できる』ってのは厳密には嘘だな。入学してからここまで、様々な災難に見舞われました。
 アルカナ使いとして選ばれたことを始まりに、様々な人々が厄介事を持ってきた。……主に他のアルカナ使いが。
 でも、俺と氷華梨が付き合っていたのって、そのトラブルのおかげな部分が大きいんだよなあ。
 人生万事塞翁が馬。と、一言でまとめるのが許されないくらいには濃い時間だった。
 氷華梨との待ち合わせの時刻が近付く。
 俺は駅の改札を見た。
 下り電車が到着し、改札を多くの人々が通り抜ける。
 その中に氷華梨の姿もあった。
「よお」
「うん」
 微妙な空気である。
 とりあえず立ち話もなんなので、駅中にあるカフェに。
 二人して注文を頼む。
「えっと……今日はいきなり呼び出してごめんね」
「俺は一向に構わんよ」
「……」
「……」
 沈黙。
 お互い本当に話すべきことを切り出せない。
「ねえ翔馬。どうして私が今日あなたを呼び出したと思う?」
 不安げに口を開く氷華梨。
「俺が告白して二週間経ったから……かな?」
 期限ギリギリまで考えてくれたのだから、まあ、それは誠意なのだろう。
「それもあるけど、それだけじゃないよ」
「ん?」
 なぞなぞかな?
 あるいは何かの記念日とか?
 いやいや、記念日はないな。俺と氷華梨は付き合って一年は経っていないわけだし、そもそも氷華梨は想い出が書き換えられているし。
 んじゃ、今日は何かの日ってこと?
 本日は二月十四日。
 ……ああッ!
「え、もしかして、これってそういうこと?」
「たぶん『そういうこと』だと思う。だから、これを受け取ってください」
 と言って、氷華梨は鞄の中から赤い包装紙にくるまれた小箱を取り出した。
「これ……バレンタインチョコ?」
「うん。ちなみに義理じゃないからね?」
 恥ずかしそうにうつむきながら氷華梨は言う。
 情報を整理しよう。
 今日はバレンタインデーである。
 氷華梨はチョコを俺に渡した。
 そのチョコは義理ではない。
 以上のことから導き出される答えは翔馬さん完全勝利ということである。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「うん。よろこんでくれたなら嬉しい」
「じゃあ告白の返事はOKってことだよな?」
「そうだよ」
「だったら想い出を少しでも取り戻せたってこと?」
 俺からの問いに氷華梨は首を横に振った。
「それは違うよ。未だに失われた想い出は戻らない。でも、私は翔馬ともう一度やり直すべきだと思ったの」
 氷華梨は力強く言ってくるが、話が見えない。
 こういうときに何でもかんでも論拠を求めるのが男性脳の悪いところである。
 俺の困惑を理解し、氷華梨は話を続ける。
「ねえ翔馬、これを見て」
 と言って、氷華梨は自身の携帯電話の画面を見せてくる。
 そこに映っていたのは、氷華梨の顔写真だった。
 写真の氷華梨は蕩けるような美しさで笑っていた。
 俺は、この写真を知っている。
 なぜなら、写真の撮影者は俺なのだから。
「この写真ね、翔馬からの最初のメールで送られてきたものなの」
「ああ、そうだな。そうなるのか」
 思い出していたのは四月の新入生キャンプでの出来事。
 俺は氷華梨のトラウマを払拭すべく、名壁に化けて氷華梨を襲撃したことがあった。これはその後に紆余曲折を経て俺が自分の携帯電話で撮った氷華梨の写真だ。
 結局、氷華梨が恥ずかしがって俺は写真を彼女の携帯電話に送信。俺の携帯電話の方のデータは削除した。
「私ね、きっと高校生活でこんなに嬉しそうに笑うなんてないと思ってた。でも、この写真を見るとそれは違ったんだなって」
「ああ……そうだ。氷華梨は高校生活でいっぱい笑っていたよ。それこそ、俺が何度も惚れてしまうくらいに」
「そっか。そうなんだ。この写真はやっぱり私にとって大切なものなんだ。確信はしてたけど確認がとれて安心した」
「だからって、それだけを根拠に告白をOKするかね」
「おかしいかな?」
「かなり飛躍してるけど、うん、氷華梨らしいと思う」
「私、高校生活で相当変わったんだね。そっか、その想い出が書き換えられてしまったんだ。惜しい気がするなあ。欲を言えば、全部を思い出してみたい」
「そうだな。俺も……思い出してほしい。俺との想い出も勿論だけど、他の連中とのことも。もっと欲を言えば氷華梨の想い出でだけじゃなく、他の連中の想い出も元に戻したい」
「翔馬は、それをしようとしたの?」
 氷華梨からの鋭い質問。
「いいや。事の発端となった天野先輩のことを考えると、どうしていいのか分からなかった」
「その天野先輩って人の想い出がないから、みんなの想い出がおかしくなってしまっているんだよね? だったら、みんながその人を想い出せば元通りってこと?」
「かもしれない。でも……天野先輩との想い出は思いだすべきだろうか」
「私は、思い出すべきだと思う。たとえ、そのせいで悲しむ人が現れるとしても……魔法で想い出を捻じ曲げるなんて間違ってる」
「氷華梨……」
「そもそも、天野先輩との想い出自体が暗いものではないよね?」
「あの人の性格からして楽しい想い出ばっかりだよ。でも、天野先輩の命は短い。だから、その楽しかった想い出のせいで傷つく人もいる」
 俺の脳裏によぎっていたのはヒノエ先輩だ。
 彼女は、天野先輩がいなくなったときそれに耐えられるのだろうか。
「ねえ、翔馬。想い出が抜け落ちている私がいうのも変だけど、でも、言うね。たとえ辛い想い出になったとしても、それを克服できないなんてどうして言えるの?」
「じゃあ、克服できるとどうして言える?」
「この私の笑顔の写真がその証拠だよ。だって、私は中学時代にいっぱい悲しい想い出を積み上げてしまったけど、こうして笑っていた。だから、きっと大丈夫なんだよ」
 そっか。目の前の少女は、想い出が書き換えられていてもやっぱり氷華梨なんだな。
「だったら、想い出を取り返そう。取り返すべきだな」
 俺は言いながら、安堵していた。
 本当は俺だって想い出を取り返したかった。
 なのに行動を起こさなかったのは覚悟を決めることができなかったから。
 でも、氷華梨のおかげで答えに自信が持てた。
 そうだとも。
 俺たちの想い出は俺たちのものだ。
 それを誰かに捻じ曲げられるなんて横暴を許す必要なんてないんだ。

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