アルカナ・ナラティブ/第21話/07

 翌々日の月曜の放課後。
「頼もう!」
 道場破りもかくやの勢いで、俺は一人で生徒会室に入っていく。
 生徒会室では役員メンバーがデスクワークに勤しんでいたが知ったことではない。
「あなたは……」
 驚きの様子で俺を見ていたのは【世界】のアルカナ使いにして、今回の騒動の元凶である創木素子。
 他の生徒会役員である七星と烏丸は俺を睨みつけている。彼らもまた天野先輩との想い出がなかったことになっている以上、冬休みの病院での事件も忘れいている。つまり、彼らは俺を憎んだまま。
 一方、笹倉先輩は俺が誰だか分かっていない様子だ。彼女の場合、天野先輩とは関係なしに相貌失認で俺を識別できていないのだろう。
「申し訳ありません。私は彼と二人きりで話し合いたいです。他の人は一旦部屋から出て行ってもらえますか?」
 創木の申し出に、七星と烏丸は俺を睨みつけ、笹倉先輩は澄ました様子で退室した。
「さて……今日はどのような要件でお見えになったのですか?」
「単刀直入に言おう。全校生徒の天野先輩に対する想い出を元に戻してもらおう」
 俺の申し出に、創木は目を見開いた。
「おっと、あんたの魔法は俺には無効だよ」
 俺は【レンチキュラー】を展開。創木に対して俺を彼女自身であると錯覚させた。
「なるほど……原理はわかりませんが、あなたはそうやって私に化けることにより始業式での魔法を防いだのですね」
「そういうこと。だから、ここからは単純な話し合いでの交渉だ」
「事情はお察ししたことにしますが、しかし、あなたの頼みは聞けません」
「ほう。俺にはその事情がお察しできないな」
 俺は図々しい態度で空いていた椅子に座った。創木が頷くまでこの部屋に居座るという表明である。
「あなたにとって天野篝火との想い出はどういう意味があるのですか?」
「大切なものだ。事実として、あの人がいないことになったせいで方々に問題が出ている」
「ならば……大切なものであれば、天野篝火が死んだ時に悲しい思いをするはず。事実として、七星君と烏丸さんは彼に魔法を使わなかった、いえ、使おうとしなかったことを後悔しています」
「だから、忘れれば幸せになれるってか?」
「はい。忘却は救いです。悲嘆も、憎悪も、絶望も、悔恨も、羞恥も、懊悩も、そして誰かの死でさえも、忘れるから人は明日へ歩いていけるのではないですか?」
「極端すぎる意見だよ、それは」
「いいえ。真理です。それが……それこそが救済です。それが私の結論であり、私が魔法【カーナーティスト】を手に入れた意味です」
 淡々と、それでいて力強く創木は言葉を紡ぐ。
「お前は……お前のコンプレックスは何だ? アルカナ使いであるなら、何かしらの過去が魔法の核にあるのがパターンだ」
「私にコンプレックスはありません。しかし……そうですね。私は父の姿を見て学んだのかもしれません」
「父――理事長のことか」
「はい。私の父は理事長に就任する前は、この学校の教師をしていたそうです。過去に父は受け持った生徒を助けられなかった」
「……ほう」
 まさか理事長の苦い想い出が話題になるとは想定外だった。
「別にその人は命を落としたとかではありません。ただ、品行方正だった生徒だった彼女は、人間の屑とも言える男性に出会って、そして人生を、人としての道を踏み外していったそうです」
「そっか……」
 教師をしていればそういうこともあるんだろうな、と俺はぼんやりと納得した。
「高校三年生のときにその女子生徒は妊娠し、退学。家を追い出され、子供の父親となる男と籍を入れます」
「それが……理事長の後悔?」
「はい。父は言っていました。彼女は元々、優等生で誰も彼女が問題を起こすとは思っていなかった。そんな彼女は学校に大きなノーを突きつけて去って行った、と。何の問題も持っていないように見えても人は心に闇を抱えていることを父は知ったそうです」
「人は光の面だけでは生きられない生き物なのかもな」
 手垢のついた言い回ししか思いつかない俺。
「そして、父は考えたそうです。元々、創木家は魔法使いの素養のある家系だった。だから、この学校を使って、人の心を完全に救う奇跡を起こせないか――」
 ここで魔法という言葉が出てくるのが荒唐無稽ではある。しかし、魔法使いのロジックは俺には計り知れない。だから、否定も肯定もしないで、俺は聞いておく。
「それが……この学校にアルカナ使いという存在がいる理由?」
「ええ。アルカナ使いの魔法は、父が誰かを救いたいという願いの表れです」
「いやでも、アルカナ使いの魔法は人を救えたのか? お世辞にも、それが誰かの助けになっているとは思えない」
「そうでしょうね。アルカナ使いの魔法はいびつな形をしています。だけど、父は待ちました。何年かけても人々を救う魔法を創り上げる。そんな魔法が完成したときには、卒業後も魔法を継続できる術も構築しているそうです」
「卒業後も魔法が使えるって……そんな……あっ!」
「気づきましたか? 私は話に聞いた限りですが【星】のアルカナ使いの水橋理音もそれを行おうとしていたそうですね」
 水橋先輩は自身の魔法――『藤堂キズナに歌を届ける』力を宝珠を使って、卒業後も使えるようにしようとしていた。
 創木は続ける。
「水橋理音がやろうとしていたことと、父の用いようとしてる手段は基本的には同じです。魔法の根源的な力は『隠すこと』です。アルカナ使い以外の生徒を【愚者】として、彼らに魔法を認識させないことで魔法の力をため込む」
「話の内容がいよいよファンタジーになってきたな」
「信じる信じないはあなたの自由です」
「流石に信じないわけにもいかないさ」
「ならば話の続きが行いやすいです。さて、父は人々を救う魔法を誰かが発現するのを待ちました。そして、私は想い出の書き換えにより人々の心を癒すことができる」
「……」
 俺は言葉が出なかった。
「もともと、私は父の計画を聞かされたときに自分がどう行動すべきか決めかねていました。それはこの学校に入学してアルカナ使いになったときも同じ。だから私は長い間、父に自分の魔法について黙っていました。でも、私は天野篝火と七星君の事件を通して決定しました」
「お前はこれからも人々の想い出を捻じ曲げる、と?」
「捻じ曲げるのではありません。救済するのです」
「違う。それは救済じゃない」
 俺は断言する。
 勝手に想い出を書き換えられることが救いであってたまるか。
「だったら、何なのです?」
「そんなの決まってる。お前自身も理解しているはずだ。お前は自分の魔法に【カーナーティスト】――詐欺師という名前をつけた。だから、それは単なる嘘っぱちで、狡すっからい悪事にすぎない」
「否定はしません。でも、認めてください」
「お断りだ」
「でしょうね。残念です」
「さあ、これで話は全部か? もしそうなら、さっさとみんなの想い出を元に戻せ。これはもうお願いじゃない。命令だ」
「ですが……私はあなたの拒絶を拒絶します。そのために、こちらも切り札を切ります」
「ほう、面白い」
「先ほど私は父が教師時代に救えなかった女子生徒がいたと言いました。その女子生徒の名前は一木美晴(いちきみはる)といったそうです。そして、彼女をそそのかした男の名前は瀬田浩一郎(せた・こういちろう)」
「な……」
 それは……。
「あなたのご両親の名前ですよね、これ?」
「……嘘だ」
「真実です。今回の一件は、元を正せばあなたのご両親が原因とも言える事態なのです」
「ははは、そうかよ。あの二人、俺が生まれる前からロクなことしてなかったんだな」
「おや、私はあなたがもっと取り乱すと思っていました。計算外です」
「誰が取り乱してやるかよ。確かにあのバカどもが原因なのはショックだか、だからといって俺が【レンチキュラー】を解除するかと思った?」
「正直、それを狙ったのですが……残念です」
 嫣然と微笑む創木。
「ああ、だから今日のお前は俺に情報を流すだけ流しただけだ。詰めが甘いぜ?」
「そうですね。ふふふ、いいでしょう。これまであなたも私にとっての救済対象でした。しかし認識を改めましょう。瀬田翔馬、あなたはこの私、創木素子の敵です」
 楽しそうに口元を歪ませる創木。
「そりゃ光栄だね。んで、お前はその敵にどう対処するんだ? お前の魔法は俺には通じないし、お前が直接戦闘が得意にも見えない」
「正直、私にはあなたを倒す手立てはありません。だから、全校生徒の力を使いたいと思います」
「はい?」
 創木の言葉の意味が理解できない。
「天野篝火についての全校生徒の想い出を書き換えたように、私は次に瀬田翔馬の想い出を書き換えます」
「へえ、生徒一人一人に魔法をかける……ってわけじゃあないんだよな」
「当たり前です。私は生徒会長ですので、三月二日に行われる卒業式で送辞を読み上げます。その機会を利用して聴衆の想い出を書き換えます」
 彼女の不敵な予告は、同時に宣戦布告でもあった。
「それを言ってもいいのかい? 余裕は慢心につながるぜ?」
「どうぞ好きに言って下さい。そして阻止できるものならやってみてください。楽しみにしていますよ」

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