アルカナ・ナラティブ/第21話/09

 三月二日。運命の日。
 早朝、俺は天野先輩を病院に迎えに行く。天野先輩は重病人であるが、だからこそ『本日は卒業式である』というカードを使って、病院側には外出を了承してもらった。
「さーて、今のご気分は?」
 病院から学校へ道へ向かう道すがら、車椅子に座った天野先輩に俺は聞いてみた。
「ちょーっとシンドイけど、体調はまだマシな方だよ」
「そりゃ何よりだ」
 彼の言葉同様に、顔色も心なしか良い風に見える。
「ねえ翔馬、改めて確認するけど本当にあの計画を実行に移すの?」
 本日は俺の補佐役として、氷華梨も及びしている。
「ここまで来てその質問もどうかとは思うけどね。うん、やるよ。でないと、俺たちの想い出が取り返せないから」
「だからって……卒業式にいきなり乗り込むというのは、強引すぎる気もするけど……」
 氷華梨からの提言。
 そう、俺たちはこれから卒業式に乗り込むのである。
 いやまあ、俺らは学校の生徒である以上『乗り込む』という言い方は変だけど。
 とはいえ、式の途中から誰の許可もなく入っていくのだから乗り込むって言葉が適切だと思う。
 俺たちは体育館に生徒たちが入っていくのを遠目から確認する。
 午前九時。卒業式開始の時刻。
 体育館内の様子までは屋外からは見えないが、館内から国歌斉唱とかが聞こえているから無事始まったのだろう。
 俺たちはしばしの間、外で待機していた。
 流石に卒業生への卒業証書の授与や、校長の話があると時間がかかる。
 というか多分、卒業証書授与と校長の話が同じくらい時間を食っていると思う。なぜなら、うちの校長は無意味に話が長いから。
「天野先輩、体調大丈夫?」
「んー、問題はないよ。ただ待っているだけってのも飽きてくるけどね」
「それな。ついぞ校長の話の長さを短縮する魔法を持つアルカナ使いは現れなかった」
 俺は皮肉交じりに言ってみる。
「まあそう言ってやるな。卒業式といえば校長先生が唯一長話をしても白い目で見られないイベントだ。むしろ、この日くらいはみんなも『まあ聞いてやるか』とか思っちゃう空気になるから校長も張り切るぜ?」
「あの校長の場合は、卒業式じゃなくても話が長いけどな」
 遅刻した生徒に対して時間の使い方がなっとらんと教師は注意するけど、長話する校長の方が時間の使い方をわきまえていない気がするよ。
「さて、時間的にそろそろですかねえ」
 とか言う天野先輩。
 すると、体育館内から拍手の音がした。
 なるほど、校長の話は本当に終了らしい。
 割れんばかりの拍手喝采は『素晴らしい話をありがとうございます』というよりは『やっと終わった!』という歓喜の表現な気がする。
「さて、と。そろそろ行きますかね」
 俺は天野先輩の座る車椅子の取っ手に手をかける。
「オレも覚悟を決めるときかね」
 天野先輩も肩を竦める。
「うん、行こう」
 氷華梨は先行して体育館に向かう。
 氷華梨が体育館の扉を開け、そして、俺たち三人の入場である。
 当然、会場のみんながこちらを注視する。
「何だ君たちは! 式の最中だぞ!」
 入口付近にいた教師が叱りつけてくる。
 しかし、そんなことは知ったことではない。
 俺は送辞を読み上げるべく登壇している創木素子を見据えるのみ。
 創木も、いきなり体育館に入ってきた俺たちを見ていた。
「式の邪魔をするというなら許さない。実力で出て行ったもらうことなる!」
 教師はかみついてくるが、知ったことではない。
「あれれ、いいんですか? この人だってうちの学校の生徒ですよ?」
 俺は言って、天野先輩をご紹介。
 この先生も十中八九、天野先輩についての想い出はないわけだがそう言われては躊躇せずにはいられないだろう。
 予め用意しておいた拡声器を使って天野先輩はみんなに言う。
「どうも、みなさんお久しぶり! 天野篝火ですッ!」
 簡単な挨拶ではあるが、会場のメンバーは一様にどよめいていた。
 みんなして、『こいつは誰だ?』という奇異の目で俺たちを見てくる。
 これに対して、遠目だが創木は笑っているように見えた。
 そして彼女は壇上からマイクを使って言う。
「ようこそ瀬田翔馬。正面からの登場には驚きました。さて、あなたは何をしようと言うのですか?」
 俺の堂々たる正面突撃。
 創木は警戒からか、ひとまずは体育館内の人間に魔法をかけようとしない。
 彼女が魔法を使えば、何もかもが決着。彼女の勝利は確定する。
 でも、彼女は魔法を使えない。
 なぜならば、ここに天野先輩がいるのだから。
 そもそも創木は天野先輩に恨みがあって彼に関する想い出を書き換えたわけではない。
 彼がいたことが、誰かの悲しい想い出になる。だからこその想い出の改変。
 創木だって、それが最善手でないのは分かっているはずだ。
 だから、彼女はきっとこう考えているに違いない。

 ――もしかしたら瀬田翔馬は何か他の解決策を見つけたのではないか?

 もちろんその通りではある。しかし、俺に解決策があることを俺から言葉で言っても効果は薄い。
 これぐらいインパクトのある行動をとれば、創木とて嫌でも俺に自信があることを察してしまう。
 俺が何をするかという創木からの問いかけは無視して、俺は話を進める。
「さーて皆さんお立ちあい! 俺たちがこれからするのは真実の話だ!」
 大仰な身振りで俺は声を張る。
 俺は天野先輩にアイコンタクトを送る。
 天野先輩は頷き、拡声器を構える。
「諸君! 俺のことなどすっかり忘れてしまっているだろう! それは仕方ない! だってそれは今から送辞を読み上げようとしている創木生徒会長の魔法が原因なのだから!」
 天野先輩は不敵な笑みで言う。
 会場がざわめきたつ。
 魔法とは何か?
 原因が生徒会長とは何事か?
 そもそも天野篝火とは何者か?
 混乱が混乱を呼ぶ。
 天野先輩は続ける。
「この学校には、【愚者】を除いたタロットになぞらえた二十一人の能力者がいる! オレ、天野篝火もその一人だし、ここにいる瀬田翔馬も、周防氷華梨も、そして生徒会長の創木素子もだ!」
 ド直球ストレートな真実の暴露。
 これをみんなが信じるかは正直なところ賭けである。
 今のところ、みんながみんなぽかーんとしている。
 元々、アルカナ使い以外の全校生徒――つまり【愚者】たちは、アルカナ使いを認識できない仕様ではある。
 そのルールを打ち破るには、何枚かの切り札が必要だ。
「創木素子の魔法は『他者の想い出の書き替え』だ! だからこそ、この学校の生徒であるはずのオレの想い出を誰も覚えていないって事態に陥っている!」
 天野先輩は構わず暴露していく。
 これでみんなが天野先輩を思い出すかは分からない。魔法による想い出の書き換えがどこまで強力なのかは未知数だ。
 でも、それならそれで構わない。
 生徒と教師の間に動揺が広がる。
「天野篝火って生徒、うちの学校にいったけ?」
 と首を傾げる者もいる。
 それに対して、
「よく分からないけど、私が受け持ったクラスの名簿に名前だけの生徒ある不気味な生徒がいました。その生徒が天野って名前だったような……」
 と答える教師もいた。
 創木の魔法に付け入る隙があるとすれば、そこである。
 確かに創木はみんなの『記憶』を改ざんする能力を有している。
 だけどそれは、学籍記録などの『記録』を書き換える力ではない。むしろ、記録情報に関しては全くもって手出しできない。それは氷華梨の携帯電話に氷華梨自身の笑顔の写真が残っていたことからも明らか。
 体育館内の混乱は広がる。
「みんなしてちょっと薄情すぎやしないかい? 特にメンタルヘルス部の連中はオレのことを意地でも覚えていてほしかったぜ」
 天野先輩は更に真実を投下していく。
「その部活の名前、私知ってる」
「生徒会室の隣の空き部屋の札にそんな部活名が書かれててた!」
「あれ何なのかずっと不思議だったけど……え? あの人は何か関係あるの?」
 ここまで真実が感染し始めると、創木も動けない。
 強引に想い出を書き換える手もあるのだろう。しかし、ここに天野先輩本人がいる以上、再び天野先輩などいなかったと念を押しても、『じゃあこの会場にいる車椅子に座った男子はなんだ?』という矛盾が生まれる。
 さて、ここまでこれば後一歩だ。
 天野先輩は最後のトドメと言わんばかりに告げる。
「さて、オレとしてはここにいる一人の意見を聞いてみたい! ヒノエ! 出てこい!」
 会場の三年生の席にいるはずの女子生徒に向かって天野先輩は叫ぶ。
 三年生の中の一部の頭が、一人の女子生徒の方を向く。
 そこにいたのはヒノエ先輩本人だった。
 やむ得ずという様子で、ヒノエ先輩は三年生の席の中から出てくる。
「天野……」
 気難しそうな表情だ。
 だけど、天野先輩は不敵に笑う。
「どっちかというと、前みたいに篝火って呼んでほしいな」
「私は……私は……ッ! お前のことなんて……覚えていないんだッ!」
 血を吐きだすみたいに絶叫するヒノエ先輩。
 だけど、その言葉に対して氷華梨は言うのだ。
「ダウト!」
 ――と。

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