アルカナ・ナラティブ/第21話/10

 氷華梨の言葉に、俺は目を丸くした。
 氷華梨が『ダウト』という言葉を使うようになったのは、そもそも彼女が自身をアルカナ使いであると自覚してからのこと。
 氷華梨が自然と『ダウト』とコールできるということは、創木の想い出の書き換えの効果が薄まってきている証拠。
 だったら――。
 あとひと押しすればいける!
「さあ、ヒノエ。周防さんに思いっきり嘘を見破られたぞ。……本当は、オレのこと覚えていてくれたんだよな?」
 天野先輩はニコッと笑った。
「……そうだ。そうだとも! 私は片時もお前のことを忘れたことなどない! そもそも私の魔法は、そういう魔法だからな!」
「知ってる。でも……そのせいでお前は苦しかったんだよな」
「私は篝火が死ぬのなんて嫌だ! 何が不治の病だ! ふざけるな!」
「ごめん……。本当にごめん」
 素直に謝るしかない天野先輩。
 天野先輩は続ける。
「そういえば、この卒業式の答辞ってお前が読み上げるんだってな?」
「よく知ってるな」
「そこら辺の情報は翔馬が集めてくれていたよ。それだけじゃなく、翔馬は俺たちのために悩みながらも奔走してくれた。だから……ちょっとくらい、俺らもあいつのために動いてやらないと先輩としてカッコ悪いと思わんか?」
 天野先輩からの提案。
「……確かにな。でも、私に何ができる?」
「とりあえずさ、手間かもしれないけどこれを羽織ってくれないかな?」
 天野先輩は自分の膝の上にかけていた黒い布を差しだす。
 それはマントだった。
 魔女が羽織っているみたいな黒マント。
 女子高生が制服の上から羽織っても決してなじむことはないだろう。ただ一人、ヒノエ先輩を除いては。
「馬鹿者。こんなもの捨ててしまっても良かったのに」
「そう言うなって。俺たちにとって、大切な想い出の品じゃないか」
「それも……そうか……」
 ヒノエ先輩もまんざらでもない様子だ。
 そして彼女は、再び黒マントを羽織った。
 ヒノエ先輩はきびすを返し、体育館に集まった人々の方を向いた。
「さて諸君! 申し訳ないが、こちらの一方的な事情により生徒会長からの送辞を飛ばして、卒業生代表による答辞とさせてもらうッ!」
 ヒノエ先輩の堂々たる宣言。
 送る言葉をすっ飛ばしての答える言葉って矛盾している気もするが、ここまでの展開になって突っ込みを入れる無粋者はここにはいなかった。
「さて、みんなはそろそろこの男――天野篝火を思い出したか?」
 朗々と語るヒノエ先輩。
「ああ……そうだ……」
「なんで俺たち、忘れてたんだろう……」
「天野、今までどこ行ってた!」
 みんなの魔法が解けていく。
 天野先輩が現れただけでもみんなの想い出に揺さぶりをかけられる。でも、普段から天野先輩と仲良く喧嘩していた黒マント姿のヒノエ先輩がそこに加わればもっと揺さぶりをかけられる。
 それにもう一つ、俺は魔法を解くための工夫をしていた。
 それはみんなにアルカナ使いの存在をバラしてしまうことだ。
 アルカナ使いの魔法は『隠すこと』を中核に構成された魔法だという。
 だったら、みんなが真実を知ってしまえばその効果が減衰するのは考えるまでもない。
「丙火野江(ひのえ・ひのえ)――。あなたはそれでいいのですか?」
 釈然としない様子でヒノエ先輩に問うたのは創木だ。
「何がかね?」
 ヒノエ先輩は不思議そうに問いを返す。
「天野篝火の命は短い。ならば、あなたの天野篝火との想い出は必ず悲しみに変わるはず。悲しい思いをするのになぜ真実を肯定するのです?」
「そうだな……私はずっと悩んでいた。このまま篝火のことを忘れてしまうべきか。でも、今日こうして篝火に再会して決めたよ。分ったのでもなく、悟ったのでもない。決めたのだ。私は篝火を忘れない。例え悲しくても、私はこいつとの想い出を背負って生きていく。それを邪魔する者は誰であろうと許しはしない!」
 すっかりと吹っ切れた様子のヒノエ先輩。
「そうだ……天野先輩の命は、もう……」
「いやだ、死なないで!」
「どうしてだよ! 何で天野が死ななきゃいけなんだよ!」
 館内から零れ出す悲嘆の声。
 いくら天野先輩といえど、ここにいる全校生徒と関わりがあるわけではないだろう。
 でも、関わりのあった人々の悲痛は、その関わりのあった人々と近しい人間にも伝播していく。
 体育館内の人間が涙していた。
 本当にすまないことをしたと天野先輩には思う。
 俺がヘマを踏まなければ七星の魔法で天野先輩を治せたのに。
 途方に暮れていると、在校生の席から一人の生徒がこちらに向かって歩いてくる。
 それは【審判】のアルカナ使い、七星浄夜だった。
「一体どうした?」
 突然現れた彼に俺は聞いた。
「いきなりですまないが、これを見てくれ」
 と言って、七星は自分の掌を見せてきた。
 そこには紫色で【XX】と書かれていた。
 いわずもがな【呪印】である。
「それがどうした?」
「いや、実は瀬田に最初で最後の魔法を使ってから、この【呪印】は灰色になってたんだ。それが今しがた元の色に戻っていて……」
 その説明に俺はハッとした。
 力を失った【呪印】はどうやら灰色になるものらしい。それは氷華梨が【悪魔】のアルカナ使いに魔法を奪われたときに見ている。
 じゃあ……もしかして!
 七星の【呪印】に色が戻った理由は分からない。
 でも、そんな理由はどうでもいい。
「七星、頼む! 今度こそ天野先輩を救ってくれ!」
 俺の嘆願に、七星は無言でうなずく。
 天野先輩に向かって手をかざす。
 天野先輩の周囲がほのかな緑色の光に包まれて、そして、しばらくして光は消える。
「これで……おしまい?」
 前回に七星が魔法を使ったときは意識が朦朧としていた俺だ。彼が魔法を使うのを見るのは実質初めてである。
「ああ。前に浄夜君が翔馬君に魔法を使った時も、こんな感じだった」
 ヒノエ先輩は答える。
 じゃあ……。
「そうだな。心なしか体が軽い」
 と天野先輩。
 よろめきながらであるが、彼は車椅子から立ち上がる。
 それは紛うことなき本物の奇跡――魔法だった。
「篝火……! 篝火!」
 ヒノエ先輩は天野先輩を抱きしめた。
 俺はその様子を眺めながら、達成感を噛みしめていた。

【XXI・世界】了

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