アルカナ・ナラティブ/ヒノエ日記/第1話

4月9日(水)
 三年生になって早三日。
 クラスメイトや、部活見学に来た後輩への自己紹介はフルネームで行わずに済んだ。全て『ヒノエ』だけで押し通した。
 一度たりともフルネームを教えろとはの要求はない。
 普段装備している黒マントが『この人とは深く関わりたくない』という印象を私に付加したのだろう。
 だとしたら、マントは効果的に機能していると評価できる。
 自己紹介に関しては不安要素がある行事がこの先あるが、まずまずの滑り出しだ。
 あんなフルネームを誰が自分の口から名乗ってなるものか。
 ……いかんな、これでは日記ではなく、愚痴の羅列になってしまう。
 暗い話は早々に閑話休題して、今日あった『想い出』を書き残すことにしよう。

 今日はメンタルヘルス部・部長の天野が放課後に暴走していた。
 拡声器を使っての大々的なアルカナ使いの呼び出し。
『身体にローマ数字の浮かび上がった者』というぼやけた表現は使っていた。
 しかし、アルカナ使いの中には、人目につきやすい部位に【呪印】が浮かび上がる者だっている。
 もし、【呪印】が分かりやすい位置にあるアルカナ使いが事情を聞かれでもしたらどうするのだ。
 最悪、アルカナ使いの存在が公になりかねない。
 アルカナ使い――すなわち特異な魔法を使う者たち。
 魔法が使えるというだけでも奇異な目で見られかねない。
 それに加えて、アルカナ使いの魔法は、個人の劣等感や心のわだかまりが具現したもの。
 心の闇と関連する魔法について周りから突かれるのはきっと辛い。
 アルカナ使いと魔法の存在は、如何なる手段を用いてでも隠し通すべき。
 それが全てのアルカナ使いが安寧に学校生活を送る一番の道だと私は考える。
 いや、私だけではない。
 この考えに賛同するアルカナ使いの仲間は大勢いる。
 その中での今回の天野の『反逆』ともとれる行動をどう解釈すべきか。
 言動は馬鹿っぽいが、裏で何を考えているのか分からんヤツだ。警戒し過ぎるということはないだろう。

 いかん、また話が暗い方向に一人歩きを始めてしまった。
 二度目の閑話休題。

 さて、本日はついに我が魔法研究部に新入部員が入部した。というか、入部させた。
 新入部員の名前は瀬田翔馬。
 顔立ちは、良い意味で中性的。もう少し身だしなみに気をつければ、所謂イケメンの仲間入りできそうだ。しかし、彼からは故意的に自分の容姿を野暮ったくしている印象を受ける。彼は努めて『普通』になろうとしている、そんな感想を抱くのは私の勘違いだろうか。
 そんな彼はアルカナ使いである。対応するアルカナは【I・魔術師】。使える魔法は『自分の存在を対象者に錯覚させる』こと。詐欺かペテンに応用できそうな魔法だ。
 ……と、最初に説明を受けたときは、そう思ったがどうやら彼は実際に詐欺師だったらしい。
 彼自身は自分の過去と決別したがっていた。どうにか嘘を吐かずに私と、そのとき部室にいたもう一人の一年生に真実を隠そうとした。
 しかし、翔馬君は結局もう一人の一年生の周防氷華梨君がきっかけで自分の過去を包み隠さず話すハメになってしまった。
 不運としか言いようがない理由からの失態だったので、心中お悔み申し上げる。けれど、彼の悲痛な独白に私も胸が痛んだ。
 全ては生まれ育った環境のせい。
 そう言ってみたところで、彼が起こした事件の被害者は納得しないだろう。けれど、生れてきたときから環境が歪んでいたら、そこで育てられた子供はどう抜け出せば良いというのだ。
 子どもには、泥沼から自力で抜け出す力などない。子どもの頃の彼の周りに、手を差し伸べてくれるちゃんとした大人がいなかったのが悔やまれてならない。
 きっと、彼には高校を卒業してアルカナ使いでなくなるまで、自らの宿った魔法に抗い続ける戦いが待っている。
 せめて、先輩として、何か協力できることがあれば、力になってやりたい。
 ――と、思ったのは本当だが、彼の話を聞いたときに、悪魔的な考えが浮かんだ。
 彼は自分の過去を隠したがっている。
 魔法研究部は部員不足で消滅寸前。
 ならば、得られる結論はたった一つ。
 脅迫まがいな手法で入部させてみた。
 いやはや、まさか私にあんな決断力があるとは。人間、追い詰められれば何だってするのだとよく分かった。
 翔馬君は不承不承ながら、承諾してくれた。
 今日は実に有意義な一日であった。
 ただ、翔馬君と氷華梨君には、再度訊いておきたい案件ができてしまった。本当に魔法の名前は【レンチキュラー】と【イラディエイト】で良いのだろうか。それよりも私が考案した名前の方がよほど高いレベルにあると自負している。
 ……なのに、全力で拒否された。
 歳が離れているといっても精々二学年分。ジェレーションギャップとは考え難い。俗に言うツンデレというやつだろうか?

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