アルカナ・ナラティブ/ヒノエ日記/第2話

4月18日(金)
 ようやく、新入生キャンプのアシスタントから解放されて一息つける。
 あの手の行事は苦手だ。【隠者】はあまり人前には出たがらないもの。学校側が配慮に欠いていたとしか言いようがない。
 三日間、年下の面倒を見るのは正直辛かった。
 年下が嫌と言うより、集団行動が好きになれない。
 右向け右みたいな要領を課すのは、是非軍隊だけにしてもらいたい。
 いや、そういえば近代の学校教育の原点とは、富国強兵の軍人育成であったな。
 まったく、そんな黴の生えた教育など犬にでも食わせておけと言いたい。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 さて、新入生歓迎キャンプであったことを、まとめておこう。
 二泊三日の旅行だったが、あいにく私はノートパソコンを所持していない。なので、その日毎に日記を書くことができなかったので、今日の分にまとめて書くことにする。
 ルーズリーフに書いておいて、後でパソコンに入力する手もなくはないが、二度手間なのでやめておいた。私の場合、魔法【ハイブロウ】の恩恵で、キャンプ中に出会った出来事を忘れることはないのだから。
 新入生キャンプ。私がまだ一年生だったときのことが思い出される。特に思い出に残っているのは、初日のバーベキューだ。私の属していた班は、現代っ子の寄せ集めで、誰も木炭に火を点けることができなかった。他の班が続々と調理し始めている中、私の班は世界から取り残されたように飢えていた。果ては班員同士で、揉め始め、最悪の険悪さに陥ってしまった。『腹が減っては戦は出来ぬ』というが、それは嘘だ。腹が減るから戦が起きるのだ。
 そんな殺伐とした中で、手を差し伸べてきた奴がいた。
 天野篝火だ。
 真性の馬鹿だと思った。険悪な雰囲気が渦巻く班の渦中に飛び込んで、何のメリットがあるであろうか。単に空気が読めていないだけとも言えるが、あいつの考えは一種の計り知れなさがある。
 何が憎たらしいって、颯爽と現れたKYは、職人のごとき手早さで、私の班のかまどに火を点した。それこそ、私たちの数十分に及ぶ苦労がゴミに思えるほど。あっという間の作業だった。
 班の連中は当然歓喜した。人間というのは横着なもので、火がついてからはぎくしゃくしていた人間関係が急速に改善していった。私も天野が起こした火の恩恵をいかんなく受けることにした。あの日食べた焼き肉以上に美味い焼き肉を、私はこれまで食べた記憶がない。
 ところで、私は天野が火を点ける姿を何の気なしに眺めていたのだが、当然それは記憶に残り続けた。そして、時を経てそれは役に立った。自分が新入生のアシスタントをするにあたって、あの時のヤツの段取りが、翔馬君たちの班を救済するのに一役買った。後輩たちが喜んでくれたのは嬉しいが、天野の技術を転用しての結果というのが妙に悔しかった。
 ……ネガティブな気分になりそうだな。さっさと大過去の思い出話から、ここ三日間の話にシフトさせよう。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 一日目

 愚か者がバス内にて、私のフルネームを訊いてきた。
 屈辱の極みだった。キレかけた。
 同日、天野が私に対して『ヒノヒノ』とか愉快なニックネームを考案。思わず手が出た。具体的にはアームロック。乙女の恥じらいが足らなかったと反省している。同時に、天野の馬鹿さ加減をどうにかしたい。
 特に治したい愚かさは、ヤツの恋愛観である。
 天野は十年来、ずっと同じ人間に恋をしている。正直、馬鹿だと思う。何度も告白しては振られての繰り返し。いい加減に諦めろ。他に良い女などゴマンといるだろう。一途と言えば聞こえはいいが、下手をすればストーカーだ。天野にとって他に魅力的な女性が現れるのを祈るばかりだ。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 二日目

 二日目は草木も眠る丑三つ時から衝撃的な場面に遭遇した。
 ニコチンと戯れようと外に出たら、翔馬君と氷華梨君も外出している姿を目撃した。逢引きかと思いきや、どうにも様子がおかしい。
 草葉の陰から、そっと彼らを観察していたら、発狂した氷華梨君が翔馬君に剃刀で切りかかった。
 翔馬君は掌を切り付けられたが、幸いにも傷は浅かったようだ。恐怖と良心の呵責に怯える氷華梨君に『おかげで生命線が伸びた』と返した翔馬君は将来大物になれるであろう。……もっともすでに大物詐欺師の汚名を背負って生きているわけだが。
 氷華梨君が落ち着くと、翔馬君は彼女に何故異様なまでに男性に怯えるのかを訊いた。氷華梨君の話では、彼女は中学時代に付き合っていた男子に襲われかけたらしい。しかも、その男子生徒は、新入生キャンプに同道していた六組の名壁司君だ。
 あのイケメン、人当たりの良さそうな笑顔を振りまいていたが、そんな暴挙をやらかしていたとは。人間、見た目では人柄までは判断できないといういい例だと思った。
 ともあれ、司君の起こした暴行事件は未遂で終わったらしい。それでも、その事件は氷華梨君の心に大きな傷を残し、以後彼女は男性恐怖症と戦ってきたようだ。加えて、中学では女子生徒からいじめを受けていたらしいので、女性恐怖もあっただろう。
 男性恐怖と女性恐怖、二つ足せば対人恐怖の完成といったところか。
 氷華梨君は学校に入ってから、ずっとそういった恐怖と戦ってきたのだろう。恐らくは独りで。もしそうだとするならば、それがどんな地獄だったかは想像に絶する。
 翔馬君と話していて、彼女は弱音を吐いた。
 自分は襲われたトラウマを決して克服できないと――。
 聞いていて、胃酸がせり上がるような苛立ちを覚えた。陰で盗み聞きしていた身分の者が言えたことではないのは百も承知だ。けれど、自分の感情を抑えることができなかった。
 人生という物語は、困難を克服するためにあるのだ。すなわち、壁を乗り越えることが生きている者に与えられた義務といえる。
 かつて私も、どうしょうもない壁にぶつかり、激しく落ち込んでいた時期があった。何日も家に籠り、自分の未来に絶望する日々だった。私は、あの時の絶望の味を今でも忘れない。絶望とは結局自分の弱さの表れで、絶望など時間の無駄であったことも忘れない。
 私は絶望に陥っているものが嫌いだ。それはかつての、どうしょうもなく愚かであった自分の同族だから。
 同族嫌悪。たったそれだけの言葉で表せる理由。私は氷華梨君に何かを物申さねばならない衝動に駆られた。
 そして、よせばいいのに物陰から姿を現し言った。
『人間は負けるようには造られていないよ』
 ――と。
 自分で言葉をつくらず、文豪の言葉を引用したのは、自分でもどうかと反省している。自分の気持ちすら説明するのが私は下手だ。説明下手の克服は、高校生活が終わるまでには何とかしたいところだ。
 案の定というか、氷華梨君たちはきょとんとしていた。
 いきなり第三者が出てきて、突然物申してこれば、誰だってそうなるであろう。
 それどころか、盗み聞きしていたのがバレて、氷華梨君が半分キレていた。……姿を現したのは軽率かもしれない。大人しく盗み聞きに徹してれば、あるいは翔馬君が上手く氷華梨君を励ましていれたのだろうか。
 もしもの話をしても仕方がないのはわかっているが、あのときはそれが気がかりで仕方なかった。
 そして、その日の昼の写生大会で、司君に絡まれた氷華梨君は、体調を崩して早々にロッジへと戻った。翔馬君に全てをゆだねるべきだったのではないか、という後悔がずっしりと背中に圧し掛かってきた。
 ところが、不可解なことが起きた。それは写生大会が終わって、行われたドッチボール大会でのこと。
 試合中に翔馬君がボールをしたたかに顔面にぶつけた。調子が悪いからといってドッヂボールをしていたグランドの隅にはけた。と、ここまではいいのだが、問題は翔馬君がグランドの隅で休憩している間の私が得た視覚情報だ。
 改めて、あのときの記憶を再生してみると、翔馬君がいない空白の時間が存在する。私の【ハイブロウ】は便利なもので、視界にちょっとでも入っていれば、脳内再生した際にきちんと発見できるものだ。それができないというからには、翔馬君がグラウンド以外の場所に行ったことに他ならない。
 彼は一体、どこに行っていたのだろうか?
 そして、更にわからないのはこの次の日の氷華梨君の行動である。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 三日目

 この日の出来事は、説明下手の私でも一行でまとめることができる。
 ――氷華梨君が、名壁司に平手打ちをした。
 これに尽きる。
 いやはや、私もついに説明のコツを掴んできたかもしれないな、と自画自賛してみる。
 とはいえ、氷華梨君がいきなり強気な態度を取ったのには吃驚したものだ。
 なぜ、キャンプが二日目に入った夜には、消え入りそうなまでに弱気だった彼女が、ここまで強くなれたのか疑問だ。
 疑問ではあるが、しかし、実に見事であった。彼女の平手打ちはタイミング、角度ともに申し分ない。女子にとってはしつこい男を振るときの、良い参考になったはずである。
 暴力沙汰はよろしくないが、嫌なものをはっきりと拒否するのは生きていく上で大事なことだ。
 当初このキャンプは団体行動が苦手な私には陰鬱なものであった。だが、最後の最後で眼福と表現しても過言ではない氷華梨君のファイティング・スピリットを拝めた。トータルで見ればプラスマイナスはゼロ、あるいはプラスである。
 ともあれ、氷華梨君の急速成長の原因は気になるところだ。
 今度、氷華梨君に何がきっかけでああなったのかを訊いてみよう。ついでに彼女のケータイの番号とアドレスも。
 彼女も是非我が魔法研究部へと勧誘しよう。翔馬君同様に、中々に面白そうな逸材だ。

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